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2章

42話 喧騒から離れて。

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いくらエリゼオが王子とはいえ、ここはオースティン公爵家の中。
手当をしてくれると言っても、どうするのかと思えば、

「……ちょ、ちょっとさすがに恥ずかしいとか、そういう域を飛び越えすぎているんですけど!?」
「そうは言っても、足が痛いって言ってる女性を歩かせられないよ。大丈夫、オースティン家から王家の客人様に専用の控室を貰ってるんだ。そこまで、少し我慢してくれ。
そうだな、今のシチュエーションも、またあの物語のメモに加えてくれてもいいよ」
「か、からかわないでくださいよ!」

まさかのお姫様だっこ。
エリゼオは存外にたくましい両腕で私を抱えて、屋敷の中を移動した。

そうなると、じたばた暴れてエリゼオに怪我を負わせたり、この高い高いドレスを汚すのも失礼だし弁償が恐ろしい。
とにかくお願いだから誰にもすれ違わないで、と祈りつつ、私は必死になって目を瞑る。

「アニータ。もう大丈夫だ、ほらついたよ」

やっと目を開けたのは、エリゼオにこう教えてもらってからだ。
どうやら、いつのまにか控室についていたようで、私はほっと一息つく。

「ちょっと過保護すぎですよ、エリゼオ王子」

椅子に座らせてもらってから、せめてもの抗議としてこう言うが、目の前に座った彼はけらけらと笑うだけであった。

「けが人は、これくらい甘やかされてもいいんだよ。さ、手当をはじめようか」
「でも、どうやって? お薬なんか持ってないんじゃ」
「ああ、それはヴィオラが持ってきてくれてたんだ。なにがあるか分からないからね」

なるほど、さすがは王子を任される執事だけのことはある。これくらいの備えはすでにあったらしい。

「さ、足を出してくれるか?」

言われたとおりにすると、エリゼオは私の足からまず靴を取り外す。
なかなかどうして、心の落ち着かないワンシーンだった。

画面の外でゲームのプレイヤーとして迎えるのであれば、最高の一コマだったかもしれない。
けれど、こうも見目麗しい人に、足をさらけ出して、まじまじと見られるなんて、実際に体験してみたらこのうえなく恥ずかしい。今になって、もっときちんと手入れをしておけば、とか後悔したくなる。

そんな私の葛藤をよそにエリゼオは織布に傷薬を垂らすと、

「少ししみるよ」

血のにじむくるぶしに、布をとんとんと数回叩く。

「いた……っ」
「ごめん、少ししみたか? でも大丈夫。すぐに引くはずさ。なにせ王家秘伝の傷薬だからね。国内で育てられる最上級の薬草を使用しているんだ」
「ありがとう。でも、私にはもったいないくらい高そうね、それ」
「気にしなくていいよ。どうもアニータはお転婆だからね。このまま傷薬をプレゼントしたいくらいだよ」

エリゼオは最後、青色の三角巾で傷口を結ぶ。
ドレスと同じような色味をしており、悪目立ちしないように配慮してくれたらしい。

「うん、これでよし。あとは安静にしてるといいよ」
「……ありがとう。って言っても、別に歩けるわよ? 靴が合わなかっただけだし」

私は無事を示すため、立ちあがろうとする。
が、しかし。さっきまでは痛みに慣れてしまっていただけらしい。すぐによろめき、今度はエリゼオにもたれかかるように倒れていってしまう。

「ご、ごめんなさい、エリゼオ王子!」

なんてテンプレなミス! 
そしてシナリオライターとしては、実によくあるテンプレな展開を生み出してしまっていた。


エリゼオは顔を赤くしつつも、私を気遣ってくれる。肩を抱き、椅子へと再び座らせてくれた。
その手のひらがどれだけ温かく感じたことか。
もしかしたら、足首の傷より、ずっと熱を持っっているかもしれない。

「無理しちゃいけないよ、アニー。言ったそばから、君はお転婆だな、まったく。下手に動かないように、僕もここで見ているよ」
「えと、でもパーティーに戻らなくてもいいのです? ほら、ジュリアの件とか対処しなきゃいけないんじゃ」
「大丈夫、それなら今頃ヴィオラが対応してくれているさ。まあでも、僕のことを探している方はいるかもしれないけどね」

じゃあやっぱり戻った方がいい。
口にしようとするのだけど、エリゼオの優しい声を聴いていると、それらが喉の奥で消えてしまう。

ふいに、無言が訪れた。
二人の間に落ちてくるのは、かなり遠くに聞こえるピアノの音だ。この部屋が、パーティー会場と切り離されていることを、二人きりであることを改めて実感させる。

でも、それくらいはいつものことだ。
彼がうちの屋敷を訪れるたび、私たちは二人の時間を過ごしている。もう今更緊張するようなことでもないのに、呼吸が浅くなり、鼓動がはやる。

「今日のパーティーでは、妙な男に声を掛けられることはなかったかい?」

少しして、エリゼオが言った。
私は無駄に何度も首を縦に振り、それに答える。

「ええ、もうまったく。ヴィオラさんが傍にいてくれましたし、やっぱり私なんかに興味がある男の人なんていないんですよ」

見ていると、周りの女性たちは声を掛けられていることもあったが、私にはゼロ。
別に? こちらから求めているわけではないから、いいのだけど。

現世でも、転生しても、いわゆるモテ女にはなれないらしい。

「はは、それは勘違いだよ、アニータ。実際、たくさんの男たちが君を見てはいたよ。そりゃあそうさ、これだけ綺麗なんだ。そのうえ、見慣れない令嬢がいたら、誰でも声をかけたくもなるさ」
「えっ……というと? でも、実際なんにも」
「ここに来る前に渡した胸飾りがあるだろ? たぶん、それのおかげだね」

私は胸元で輝くベージュの花に目をやる。
もしかして、男避け的なファンタジックな効果があるのかと思えば……

「それは本来、すでに結婚した女性が身に着ける胸飾りらしいからね」

判明したのは、よもやすぎる事実だった。

「はは、ごめんごめん。先に意味を伝えるとつけてくれないかと思ってね」
「……私、結婚どころかむしろ婚約破棄された側なんですけど」

そう考えると急に恥ずかしくなってくる。

「うん、知っているよ。けど、いつかはそうなればいいなと思ってね」
「言ってる意味がよくわかりません」
「簡単な話、その胸飾りは普通、伴侶となった男性からもらうものなんだ」
「え。それってつまり」

私はこの胸飾りをエリゼオから受け取った。
要するにそれは、エリゼオが夫、ということになるのではなかろうか。

少し考えてみて、頭が沸騰しそうになる。それから冷静さを取り戻して、そんな未来はありえないと断じた。

私はあくまでモブキャラ男爵令嬢、アニータ・デムーロだ。一国の王子と正式に結ばれるという未来はイレギュラーすぎる。

「な、なにを言ってるんですか、もう。仮の恋人の関係は終わってますよ」
「はは、そうだったね。うん、アニータらしい答えだ」
「ちょっとなんですか、そのぼかした逃げ方は!」

私は追究しようと椅子から立ちあがらんとするが、足が痛んで再びエリゼオに崩れこむ。

こんなふうにわちゃわちゃとしているうち、パーティーの夜は更けていったのであった。

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