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2章

29話 公爵令嬢さんとお知り合いになったので……

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「本当に助かりました、ありがとうございます、アニータさま!」
「え、私なにもしてないと思うんですけど……」
「いやいや勝手にですけど、救われました。わたくし、ジュリアご令嬢には、かなーりいびられてて! 同じ公爵令嬢でも、格下だからって。半分いじめみたいな勢いで酷い目に遭わされてたんです。
それがこの間、街でアニータさんに喧嘩を吹き掛けて負けたって話以来、収まっているんです。これがアニータさまのおかげじゃなくて、誰のおかげ? って感じですって!」

突然の襲撃事件は、よもやの縁を生み出したらしかった。

数日後の昼下がり。その日手の空いていた私は、王都でも外れにある喫茶店を一人訪れていた。
あの襲撃があってからというもの、すでに街中では「男爵令嬢アニータ・デムーロが、エリゼオ王子と懇意」という話があちこちで出回っている。
それどころか噂が過熱しすぎた結果ひとりでに歩き出して、結婚秒読みかなんて、妄想はなはだしい声すら聞こえてくるようになった、

噂にしたって、飛躍しすぎだ。信憑性にだって欠ける。

が、街の人にとってはそうでもないようで。

最近では有名人見たさに近い感覚でアイテムショップを訪れる人も現れるくらいになっていた。

やりにくいったらないので、貴族御用達の静かな店の奥まったゲージの奥で、ひそひそシナリオ作成にいそしんでいたのだが、そこを見つかってしまった。


エリゼオ王子とのことでやっかまれるならば、邪険に扱うこともできる。
けれど、栗色のきらきらとした目で、偽りのない感謝を捧げられれば、そうはいかない。

そもそも、ご令嬢さんなのは間違いないので、失礼に当らないよう振る舞わなければならないのもあった。

私は一度、ノートを閉じて立ち上がる。
箱書きを作っている途中で、若干後ろ髪を引かれるが仕方がない。

「あら、それはよかったです。でも、私は喧嘩なんてするつもりはなかったんですよ?」
「分かってます分かってます。でも、わたくしの代わりにやり返してくれた感じがして救われたんです。ちょっと前には、顔にトマト投げられたこともあって……もう最悪という厄災って感じで!」
「あ、私もそれなら額を扇子で打ち付けられたことがありますよ」
「うわぁ、痛そう~。そっちの方が嫌かも」
「いやいや、絶対トマトの方が被害甚大ですって」
「そうなの、もうお気にだった服やられて、まじげんなりって感じでした」

 ジュリアからの被害話をきっかけにして、話がつむがれていく。

 その流れの中で聞けば、彼女はラーラという名前らしく、オースティン公爵家のご令嬢さんだそうだ。


年は彼女の方が一つ上の19歳。身分も含めて彼女の方が上だが、偉ぶらずにあくまで同じ目線で喋ってくれる。

 束感を持たせて軽く巻いた前髪、肩口からモンブランのクリームみたく垂れたボリュームのある毛束、さらには塗られた爪や露出のやや多いドレス。
その派手な見た目どおりだ。

ラーラは、かなり社交的な性格らしい。

たぶんそれがゆえにジュリアは、彼女の存在を危険因子だと判断し、いじめに走ったのだろう。
万が一にも、エリゼオを取られないために。


ひょんなことから始まった会話は、なかなか終わる気配がなかった。

「いやぁ、アニーに会えてよかった~。こんなに話が弾むなんて!」
「私も、ここまでおしゃべりしたのは初めてよ」

彼女は次々と新しい話題を持ち出しては、そのたびに盛り上げてくれた。

「それ、なにを書いてらっしゃったの?」
「え、いやいや日記ですよ。なんの変哲もない日記です!」

こうして話をはぐらかしても、嫌な顔一つしない。

申し訳ない気持ちにはなったが、しょうがない。こんな妄想のたまもの、さすがに初対面の方には見せたらどんな反応をされるか。
少なくとも、変な人だと思われてしまう。
見てもらうにしたって、もう少し後になってからがいい。


会話は脈々と続く。はじめは立ったままでいた私たちだったが、予想外に時間が伸びたので、向かいの席に座ってもらった。

 アニータとしての記憶を掘り返してみても、ここまで話し込むのは珍しいことだった。

ジュリアによるいじめのせいもあり、彼女に友達はほとんどいなかったのだ。

 霧崎祥子としても、久しぶりの感覚だ。
シナリオライターを始めてからは仕事に追われ、カフェに行ってもPCと向き合い打ち合わせやストーリー作りにはげむばかりだった。

 こうして雑談に花を咲かせるのは大学生だった頃以来で、心躍るものがある。

話しながらにして、単純に「お友達になりたいな」と考えてしばし。私の頭にそれは悪魔的に降ってきた。

「ところで、ラーラさん」
「なあに、アニー。ちょっと新たまっちゃぅて」
「や、大したことじゃないんですけど、エリゼオ王子のことってどう思いますか」
「え。そりゃ、エリゼオ王子のことは格好いいな、とか、まだちゃんと話したことがないのでお話ししてみたいな、とかは思いますけど……?」

「やっぱりそう思いますか!」
「あ、でも心配しないで。アニーから盗るようなつもりは全然ない感じだし!」
「別に付き合ってるわけじゃないですから、盗るもなにもないですよ」

もしかすると、今の一時はなにげないワンシーンに見せて、酷く重要な分岐に入っている可能性がある。
と、そうよぎったのだ。

ここで、うまくシナリオを組んで、ラーラさんとエリゼオの仲を取りもつことが出来たならば……

モブとしての本来の穏やかな生活が帰ってくるかもしれない。

それに、彼女とエリゼオの組みあわせならば誰もが納得してくれるはずだ。今回みたいに、民衆から賛否両論が上がることもない。

「え、てっきりお付き合いをされているのかと思ってました。身分差を乗り越えての恋なんて小説みたいだな、って感心してた感じだったのに」
「やだな、お話はお話ですよ」

 大阪のおばさまみたく、私は顔の横で手を二度ほど振ってしまう私。
こんな有様で、王子とお付き合いなんてありえないだろう。うん。

 その後もたっぷりとおしゃべりに興じて、帰り際。すっかり仲良くなり友達となった私たちは、連れだってカフェを出る。

「では、ラーラさん。またお会いしましょう?」
「はい、ぜひまた!」
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