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1章

7話 嫌いなゲームのシナリオくらい変えてみせます!

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声をかけてしまったあとに、あーあと思ったが、それはもう後の祭りだった。

遅れてしまった初稿シナリオの締め切りぐらい、どうしようもない。

「だ、誰だ、君は! 葉っぱの怪人かなにかか」

……必死で隠れたせい、せっかくの純白ドレスがミノムシみたく葉だらけになったのも、もうどうしようもなさそうだった。

慌てて取り繕うのも煩わしくなった私は、そのまま王子の前へと出て行く。

近くに寄れば寄るほど、その美貌の解像度は上がっていった。
銀色の髪も、その白磁のような肌も、その光沢を増すばかり。

私の身体から舞い上がる木の葉が、彼の近くを通るときだけ、まるで桜の花になったかのような錯覚さえ覚える。


戸惑うような表情を見せていても、奥二重のまぶたに収まる碧眼はあせない輝きを放っていた。
一方で、長いまつげや目尻の下にあるほくろは、どこかつかめない儚さもたたえているから不思議だ。

「あなたはたしか……茶会でいつか見たことがあるような」

低く穏やかな声は、耳元で囁かれているよう。

これは、令嬢らが虜にされるわけだ。けれどあいにく私はその一人ではない。

「アニータ・デムーロです。葉っぱの怪人ではなくて申し訳ありません」

皮肉を交えて返す。彼は細く笑うと、こめかみを少し伸びた爪で掻いた。
繊細かつ白すぎる肌は、それくらいでも赤くなる。

「申し訳ありません。年頃の女性になんて失礼なことを。とても驚いてしまったんだ、許してほしい。それより、……聞いていたと言うと、どこからどこまでを?」
「もううんざりなんだよ、というところからです」
「つまり最初から?」
「別に聞きたくて聞いたわけじゃありませんよ、あしからず」

 
ここ大切! である。
私は事故に巻き込まれた側であって、決して盗み聞きしたかったわけじゃない。

主張は通ったようで、彼は柔和に何度か頷く。

「どちらにせよ、恥ずかしいところをお見せしたね。どうかこのことはご内密にいただきたい」

まず口止めから入るとは、よっぽど知られたくなかったことらしかった。

作られた笑顔は余裕そうだが、実は内心アップアップなのかもしれない。

ならば、攻め入る好機だ。どうせ私に退却の道はない。

「内密にすることはできますけど……。エリゼオ王子はそれでいいんですか?」
「なにを言っておられるのです、アニータさん」

「このままじゃこの先、いやいや半年以上は、あなたは王家のお道具扱いですよ。
 お茶会だけじゃ飽き足らず、舞踏会やジュリアの家にお呼ばれして一生べたべたされます。
 挙句は隣国の気性が荒いお姫様と婚約させられそうになったりもします。
 その結果、『たぶらかし』王子だなんて悪口言われたりして」

「…‥まるで僕がジュリアのことを苦手に思っているかのような口ぶりはーー」
「だって事実でしょう? きれいごとは聞きませんよ」

ぴしゃり切り返すと、エリゼオは一瞬口をつぐむ。
図星だったようで、身振りが大きくなった。

「よ、予言や占いのような世迷いごとならば、よしてくれないかな。そういったものには傾倒しないよう言われているんだ」
「そうだと思うなら、思っていても構いません。でも、このままじゃそうなりますよ、きっと」

確信のある私に、いっさいの迷いはない。

たかだか男爵令嬢ごとき身分の女が突然出てきて、王子に意見するなんて本来あってはならないのだろう。
もしかすると。エリゼオにしたら私は、怪しい預言者として映っているかもしれない。

けれど、これは予言でなく、決められたシナリオなのだ。
胡散臭い点は一つもない。

意識して抗おうとしない限りは、そうなってしまう。

「………はは、なんだか確信めいた言葉だね。そう言われると、そんな気がしてくるから怖いな」

エリゼオ王子は、取ってつけたように目元だけで微笑む。
ここは私も、社交的に笑顔を返しておいた。

「そりゃあ確信してますから。信じるかそうでないかは、エリゼオ王子次第でございますよ」

長い沈黙が訪れる。
彼と私の間を、西日に温められたぬるい春風が通り抜けていった。

長いまつ毛の間から、青の瞳が少しのぞく。

どうやら私の発言は値踏みされているらしい。


その結果どちらに判断するかは私の管轄外だ。
信じないと言うなら、それはそれだろう。
優柔不断な彼ならば、その選択も十分にあり得る。

と、彼は口を開いた。

「仮に信じたとして、どうにもならないなら僕はそれを聞かなかったことにしたい。下手な希望は持ちたくないんだ。
 どうすればその未来は変わるのか、君にはそれも分かるのかい?」
「いいえ、残念ながらそこまでは」

だって占いは専門外だ。
けれど。

「ただ、どうにか変える方法ならないこともありませんよ」

シナリオを変えるには、新たな筋を作ればいい。

それならば、専門中の専門だ。こっちの世界に来るまでは、これで生計を立てていたくらいである。

「……僕の負けみたいだ」

彼は手首の裏で頭を打つと、薄く鮮やかな血色をした唇の端をほんの少しだけ吊り上がる。

溢れたのは、ふっという短い吐息だった。

「あなたのその自信に満ちた声を、表情を信じてみたくなった。今を変えられるというなら、ぜひに賭けてみたい」

なんだ、意外と言えるじゃない。

嫌いなキャラだからと散々なイメージを持っていたが、ひっそり彼を見直す。

「教えてくれないかな、その方法。…………いや、待ってくれ。やはりもう少し考えてもいいかな」

まだ、ほんの少しだけれど。
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