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二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?
35話 白のベンツ!?
しおりを挟む企画を直前で差し替えての生放送は、全社的にも注目を集めていた。
当日は、出社した時点で空気が違った。老いも若いも、そわそわとして見える。
希美も、その一人だった。
勤務開始のチャイムが鳴っても、集中しきれない。
何度もGショックを見ては、その表示が誤っていないかと掛け時計で確認する。放送があるのは、正午からの番組だった。いよいよあと二十分というところまで来たときに、その電話は鳴った。
希美はこんな時にと思いつつも、受話器を取る。
一方的に話し始められたからメモを書きつけていく。出来上がった文章に、自分で愕然とした。
「鴨志田さん、大変!!」
通話が切れるなり、隣で手帳を開いていた彼の肩を揺する。
「『フィオーレ』さん、片栗粉がないらしくて、水まんじゅう作れてへんって!」
「はぁ? なにを言ってんだ」
「このままじゃ、写真どおりのパフェが出せへんってこと!」
思えば、仕入れ課は、「片栗粉はどの店にもあるから」と言っていた。在庫確認まではしていなかったのだろう。
それでなくとも昨日念を押していれば避けられた事態かもしれなかったが、後悔は先に立たない。
「なぁ後輩。たしか商品企画の冷蔵庫に、まだ水まんじゅうの在庫があったよな」
「えっと、たしかあった思いますけど……」
言い含んだのは、時間の話だ。もう放送開始が、刻一刻と迫っている。
「行くぞ、間に合わせる」
「でもどうやって! 吉祥寺だと、タクシーでも三十分はかかりますよ」
「なぁいつか言っただろ」
鴨志田はジャケットを着込みながら言う。
「俺の趣味、ドライブなんだ。通勤も趣味の一環だ」
希望はまだ繋がっているようだった。
鴨志田が車を回してるうちに、希美は離れにあるキッチンまで駆ける。水まんじゅうをいくつか、手近にあった蓋付きの丸皿に入れた。
ビルの外へ飛び出たところでクラクションが鳴らされる。白の光沢美しいベンツだった。
「うちの給料でこんなの買えるんですか……」
パワーウィンドが降りて、鴨志田が顔を出す。
「いいから早く乗れよ」
初めて乗る外車にやや戸惑ったが、そんなことにドキドキしている余裕はない。
右のドアから乗り込むと、車はすぐに発進して、脇道を伝っていく。
「後輩。ちゃんと抱えとけよ、まんじゅう。それから吊り手もしっかり握っとけ」
信号こそ守っていたが、スピードはかなりのものだった。
到着予定時刻は十二時を十分近く過ぎていたが、どんどん巻くりあげる。それでも、時間はかなり差し迫っていた。店前に到着したのは、放送開始である正午の三分前だった。
テレビクルーたちが様々な機材とともに、店の前を覆っている。このままではラチが開かない。
「すいません! ダッグダイニングの木原です! 中、通してください!!」
希美は、大きく声を張った。一瞬場が凍りつき、注目がこちらへ集まる。しかし沈黙は、すぐにざわつきへと変わった。
それはそう。頭上に皿をくくりつけた女が叫んでいるのだ。
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