【完結保証】ダックダイニング店舗円滑化推進部 ~料理は厨房だけでするものじゃない!~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】

文字の大きさ
上 下
29 / 70
二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?

29話 エリート部長の事情

しおりを挟む
「私は、料理屋の長女なんです。といっても、なんてことのない定食屋です。華々しくもなければ、老舗ってわけでもない」

自分の境遇を、少しずつ言葉にしていく。

希美にとってみれば重大なことでも、話にすればそう長いものでもない。

──本当は店を継ぐはずだった。ずっと夢に見ていて、高校生のある日、それがぽっきりと折れた。ただそれだけのことだ。

「願っても、私は料理ができません。それはもう仕方ないって思ってます。でも! 私のような人を増やしたくない。お金とか人間関係とか、理由はどうだっていいんです。とにかく、そんなことで料理を諦めてほしくない。
本部にとっては企画一つでも、お店にとっては売上の上下が、命がかかってます。だから、私はこの企画が大切なんです」

意思表明を終えると、希美は右の手首に巻いたGショックを握りしめる。それで、弱気を一切合切追い出すことができた。

「今度は仲川さんが話す番です! 昇進したい理由があるんですよね」
「なぜ私まで話さなきゃいけないんです」
「そうじゃないと、公平じゃありませんよ? さっき自分でそう言ってたじゃないですか」

希美は、入り口となる襖の前に両手を広げて立ち塞がる。まさかここまでやるとは思わなかったのだろう。

パーツ一つ一つの美しい顔が、苦虫を噛み潰したような表情へ変わった。

「あなた、自分の行動の意味が分かってますか?」
「もちろん! 失礼を働いてるのは承知です。それでも引きません」
「いいえ、分かってない。ここは男と二人きりの個室ですよ。なにをしたって誰にも見られない」

それがどうかしたのだろう? そんなことは見れば分かる。希美が首を捻っていたら、長いため息が吐かれる。

「……大したことじゃありませんよ」

本当に話してくれる気になったらしい。思惑どおりになったのだが、意表をつかれた。希美は机に飛びつくよう、焦って席へ戻る。

「家が貧しいので、お金を入れる必要があるんです」
「……えっ。もしかして、ご結婚をされて?」

妻帯者を二人きりで連れ出すのは、どちらの世間体もよろしくない。
希美は、机のへりに掛けられていた彼の左手をばっと見る。薬指に、指輪はついていないようだ。

「そうではなく実家です。農家をしていて、歳の離れた兄弟が多いんですよ」

ほっと息をつく。

そういえば、たしか五人兄弟だと鴨志田からの触れ込みがあった。人数が多ければ、それだけお金が必要になろう。

「それに、恩を返さねばならない友人もいます。あなたにもお渡ししたでしょう? 煎餅。新潟で、その店主をしている者です。彼と、手紙で約束を交わしているのです」
「……あ。デスクに貼ってた手紙?」

えぇ、と仲川は浅く頷いた。

「自分で言うのもなんですが、うちはかなり貧しかった。普段でさえ家計は常に火の車でした。天候災害などで、収穫がひどい時にはお米しか食卓に上がらなかった。弟たちにお菓子を買ってやる余裕もありませんでした」

淡々と変わらぬ説明口調で、話が進んでいく。ただ内容は、別人にすり替わったかのようだった。

「そんな時に、高校の同級生だった彼が弟たちに煎餅をくれるようになったんです。大して仲がいいわけでもなかったのに、です。私はこういう性格ですし、当時は勉強と家の手伝いばかりで友達が少なかった。なにか裏があると思ったんです。それで理由を問い詰めたら、彼はそうだとあっさり認めました。でも、それが思っていたのと違った」

仲川は、少しはにかむように笑った。片方の頬だけが不器用そうに上がる。

「彼は、私と友達になりたかったのだそうです。ただそれだけの理由だ、と。馬鹿みたいでしょう? でも、おかげで初めて親友ができました。煎餅だけではなく大切なものをいくつももらった。彼には、まだ借りがたくさん残っています。早く返すためにも、私は上り詰める。そう彼と約束したのです」

話が終わったようだ。

仲川は机に肘をついて、頭を覆う。どうやら話しすぎたことを後悔しているらしい。
想像をはるかに超えていくほど、立派な理由だった。けれど、理解できなかった言動の断片が徐々に連なっていって、そのギャップを埋めていく。

「……もしかして、ゼリードリンクもなにか理由が?」
「あぁ、あれは安いからですよ。家族が質素な生活をしているのに、自分だけ贅沢はできませんから」

早川部長から仲川の話を聞いた時、覚えた違和感の理由がはっきりした。

やっぱり、地位が価値観の全てというわけではなかった。それどころか家族や友人のためだと言うのだから、健気でさえある。

そういうことならむしろ、早く成り上がってほしいくらいだ。

であればこそ。希美は彼が進まんとしている道に、立ちはだからなければならない。

「それで、昇進したいがために上の意見そのまんまのフェア商品を作ったんですね」
「……それがなにか」
「いえ別に。ただそれじゃあいつまで経っても今より上にはいけないんじゃないですか。都合のいいコマにされそうですけど」

ぴくっと仲川の額に筋が浮き上がる。

エリート様相手に、かなり偉そうなことを言ったとは思う。仲川の出身校である京大なんて、学生時代の希美には当然ご縁すらなかった。
でも、平々凡々だからこそ分かる。

この人は、上に行きたいがために、目の前しか見えなくなっている。

「仲川部長は、それでいいんですか?」
「そんなわけがないでしょう」
「じゃあ、今ここで勝負を仕掛けるべきだと思います! 御偉いさんだろうが関係ありません。ばりっと、間違ってるものは打ち砕く! そう、煎餅を噛むみたいに!」

希美は、机を手のひらで打つ。
笑ってくれるわけもなく、盛大に滑った。お冷やが揺れて、メニュー表が倒れる。

そんな時に、ちょうど店員がやってきた。
やや引け腰になりつつ、例のさくらんぼパフェを置いていく。

事前に頃合を見て持ってきてもらうよう、阪口にお願いをしていたのだ。

「……これは」
「私が考えたパフェ案です! これならインパクトも和洋折衷のコンセプトもあると思うんです!」

ただし、団子は乗っかっていない。

代わりに中央で存在感を発揮しているのは、さくらんぼの水まんじゅうである。実を丸ごと一つ、片栗粉で固めた。外から見ると実がぼやけて、ハートマークに映るのが特徴だ。

穏やかな白と赤のコントラストは、「和」ならではの落ち着いた印象を与えていた。なにより、味の主張が控えめであるため、全体にまとまりも出る。

ヒントは、実家から届いていた水まんじゅうから得たものだ。昨日、空っぽになった頭にふと浮かんできた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...