上 下
19 / 70
二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?

19話 まずそうな新作メニュー

しおりを挟む


売上不振店舗の立て直しに成功するという、華々しいデビューを飾ってから二週間。

ゴールデンウィーク明けの世間が、どこか気だるい雰囲気をくすぶらせているのと同様に、店舗円滑化推進部は社内の隅っこで、雑用にまみれていた。

相変わらず、あの目安箱には、依頼書はほとんど入らない。名前だけが知れ渡るというのも困り物だ。この間などは、ついに悪戯の投稿さえあった。やけに丸い文字で、

「木原さん、今度お食事行きませんか」

と書かれていたのだ。
たしか商品企画部の箱だった。まるで高校の下駄箱扱いである。名前も連絡先も載っていなかったので悪ふざけに違いない。

「残念だったな、後輩。せっかくのチャンスだったのに」

鴨志田は、その状況を鼻で笑っていた。

「ほんとに残念です。あんな使い方をされては困ります!」
「そういうことじゃないんだけどな」

話が通じなかったが、あれはなんだったのだろう。

ともかくも現状が大きく変わることはなかった。だからこそ、久しぶりにまともな依頼が来たとき、希美は天から恩恵を授かったような気持ちになった。

たまたま、すぐあとに部会が予定されていた。なんとかその時間まで、正確には本部直営店に関する部長の連絡事項伝達が終わるまで我慢して、

「今度のは、内部からの依頼です!」

希美はふんすと腕を組み、依頼書を提示する。

内容は、一足先に読み込んであった。早まったのではない。あくまで、この場で共有するためである。……ということにしておく。

「要望書が入れてあったのは広告営業部の意見箱で、匿名です。五月末実施予定のフェア商品に、不満があるみたいでした」

希美は別途用意していたそのフェアの告知チラシを三人に配る。

自分の分を刷り忘れる痛恨のミスをしていたことにここで気がついたが、話は続けることにした。

さっきまで散々睨めつけてきたので、とりあえずは問題ない。それに、忘れるべくもないほど、インパクトがあったのだ。

「フェアの主役は、山形県産のさくらんぼです。目玉商品は、生の果実をまるっと三粒に、アイスやジュレを使ったパフェ! 爽やかな味だろうなと思ったんです。でも、見ていただければ分かると思うんですが……」

希美はここで言い含んで、部員の反応を伺う。

三者三様の仕草ではあるが、全員が共通して、微妙な表情を見せていた。なぜならば、

「……なんつーか纏まりがないな」

団子が串ごとパフェに刺され、その上からは醤油風味の濃そうなタレが、たんまりかけられているのだ。

斬新な組み合わせだった。そういった挑戦自体は否定されるべきものではない。

だが、一番いい出来のものを写す宣材写真でさえ、正直美味しそうには見えなかった。今にチラシから、和と洋の不協和音が聞こえてきそうなほどである。

「まさにそれです、鴨志田さん。依頼書にも同じことが書かれてました。こんなもの売れるわけない! ……と、店舗からの苦情があったそうです!」

希美は眉間に血管が浮き出す勢いで、身振り手振りを交えた。わざとらしく表情も重々しげにして、鼻上に影を落とす。

「これは由々しき問題です。会社全体に関わる重大な」
「それで、後輩。要望の趣旨は?」
「えーっと……?」

希美は、一度すっとぼけてみた。だが三対一では、大した時間稼ぎも結局はできなかった。

「…………広告営業部にクレームが入ってきてるとのことで、どうにかならないかと」

語尾にかけて、希美は徐々にボリュームダウンする。

あぁ、言ってしまった。
そこは伏せておきたかったのだ。依頼文をそのまま取れば、

「ふん。営業部はフェアのクレーム対応も仕事のうちでしょ」

ほら、話がこんな風に決着してしまう。

佐野課長はたらこ唇をぱっかり開け、あくびをかます。手で隠そうともしていない。

「で、後輩はなにが言いたかったんだ」
「鴨志田さんなら大体分かってるんじゃないんですか」
「そういうの、過大評価って言うんだよ」

そうは言っても、希美はもう知っているのだ。
彼が基本的に、できる社員の部類に入るということを。ただし、著しく自発性に欠けることも同時に承知していた。

「問題の根本は、この商品自体にあると思うんです。だから、話を商品企画部に持ち込みたいと思っています。差し迫っているので、できれば上長に直接お話を通したいです」
やりにくいながら、希美は自分の考えを言葉にする。
「それはやめといた方がいいんじゃないかなぁ…………」

ここまで静観していた早川部長が、弱々しくも、こう割って入ってきた。

「そうね……。あたしの古巣だから言えるけど、それはやめておいた方がいいわ」「……まぁ俺も肯定的にはなれないな」

佐野課長も鴨志田も、同じ意見のようだった。おかしい。普段にない結束力だ。

「あの、どうしてですか」
「……後輩、人の情報を知らなさすぎるだろ」
「えっ、たしかに詳しくないですけど。それがなんの関係が?」

また三つのため息がぴったりタイミングを合わせて吐き出される。一人、希美だけは、頭に大きなクエスチョンマー
クを膨らませていた。

「あそこの部長だよ、仲川。あいつが問題なんだ」
「仲川部長が、ですか」

鴨志田は、つまらなさそうにペンを人差指の付け根で回す。それから、人物紹介へ移った。
仲川隆文、二十八歳。名門・京都大学出身の超エリートで、その若さにして、上役たちから直々に部長へ推薦された。

評価はかなり高く、将来の幹部候補でもある。五人兄弟の長男で、実家は米農家。──というのが、鴨志田による能書きだった。

無関心そうなわりに、いらぬ情報まで、やけに詳しい。

「細かいことは昔の社内報に書いてあったんだ。そもそも俺の同期だしな」
「えっ。ということは、鴨志田さんと同い年で部長ですか」
「おい、いま少し馬鹿にしたか? あっちが例外なんだよ、あっちが」

「でも、その感じだと仲川部長は、なにも問題ないと思いように思うんですが」
「はぁ……。後輩は分かってないなぁ」

うんうんと、頷き確かめ合う三人。

この会議室にいる四人の方がずっとまともではない、と思ったことは秘密にしておく。

「高学歴で、しかも昇進し続けるエリート! いいことずくめじゃないですか」
「いや、だからな」
「だからなんですか」

希美が矢継ぎ早に返したところで、鴨志田は突然投げやりになった。
食ってかかったのが気に入らなかったのかもしれない。

「……あー、もうそこまで言うなら行けばいい。行けば分かるさ」

かなり後ろ向きではあるが、肯定の言葉には違いなかった。希美は、上席二人にも了解を得ようと試みる。しかし、素知らぬ顔で目線を逸らされた。

「…………本当に行きますよ?」
「あぁ勝手にしろ。どうせ尻尾巻いて帰ってくるよ」
鴨志田は蜘蛛の巣でも避けるように、左手を乱雑に払った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~

白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街はパワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。 その商店街にあるJazzBar『黒猫』にバイトすることになった小野大輔。優しいマスターとママ、シッカリしたマネージャーのいる職場は楽しく快適。しかし……何か色々不思議な場所だった。~透明人間の憂鬱~と同じ店が舞台のお話です。 ※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に商店街には他の作家さんが書かれたキャラクターが生活しており、この物語においても様々な形で登場しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。 コラボ作品はコチラとなっております。 【政治家の嫁は秘書様】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】  https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ 【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376  【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

作ろう! 女の子だけの町 ~未来の技術で少女に生まれ変わり、女の子達と楽園暮らし~

白井よもぎ
キャラ文芸
地元の企業に勤める会社員・安藤優也は、林の中で瀕死の未来人と遭遇した。 その未来人は絶滅の危機に瀕した未来を変える為、タイムマシンで現代にやってきたと言う。 しかし時間跳躍の事故により、彼は瀕死の重傷を負ってしまっていた。 自分の命が助からないと悟った未来人は、その場に居合わせた優也に、使命と未来の技術が全て詰まったロボットを託して息絶える。 奇しくも、人類の未来を委ねられた優也。 だが、優也は少女をこよなく愛する変態だった。 未来の技術を手に入れた優也は、その技術を用いて自らを少女へと生まれ変わらせ、不幸な環境で苦しんでいる少女達を勧誘しながら、女の子だけの楽園を作る。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

処理中です...