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4巻
4-3
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セラフィーノとの対決の日。
一つ目に言い渡された任務は、薪集めだった。
保管していた分がかなり減っており、滞在期間中に安定して暖をとるために一定量を確保しておきたいようだ。
規定の量を集め終わるまでの早さを競うらしい。
勝負と雑用を同時に片付けられる、効率を重視するノラ王女らしい内容だ。
勝負と称して顎で使われることに、愚痴をこぼしたくもなる気持ちもあったが、考えても仕方ない。
王女からの命令だからと自分に言い聞かせて、木々の採取のために屋敷の裏手にあった雪山を登る。
俺は木属性魔法を使えるので、その力で薪自体を作り出せるのだが、魔法で出した木は厄介なことに耐熱性があり、暖をとる目的には適していない。
そこで、俺たちは雪山で木を集めようと考えたのだった。
「向こうは結構な人数で作業しているみたいね」
「ですわね……人数が違うなんて平等じゃありませんわ」
アリアナとマリが、少し離れたところにいるセラフィーノたちの方を見て不満げに言った。
ノラ王女の説明では、仲間と協力するのは問題ないとされている。
そのためアリアナたちには、昨晩セラフィーノと成果を競い合っていることは報告して、この任務を手伝ってもらっている。
ノラ王女の婚約破棄をいい方向に持っていくために協力しているという件は、もちろん話していないけれど。
なんにせよ、二人の力があるだけで大助かりだ。
「心配ないって。たしかにセラフィーノたちの人数は多いけど、あんなにいたらまとめるのが大変だしな。こっちはこっちのペースでやろう」
「ま、それもそうね……っと、あの木なんてどうかしら。薪にするのにちょうどいいと思うけれど」
さっそく、アリアナが前方を指さして言った。
彼女の視線の先にあったのは、朽ちかけた大木だ。
故郷からの長い付き合いで、薪の採取を一緒にしたこともあって、アリアナは勝手が分かっていた。
俺がひとつ頷くと、マリが首を傾げながらそばにあった木を指さす。
「あんな木がいいんですの? こっちにもっと立派なのがありますわよ?」
「乾いてる方が燃えやすいだろ? 若い木は水分が多いからな」
「なるほど……言われてみれば!」
庶民ならば一度くらいは薪作りの手伝いをしたことがあるものだが、彼女は元王女だ。
俺たちとの暮らしですっかり庶民感覚が身に付いているかと思ったが、こうした折には育ちの違いが顔を覗かせる。
マリも納得してくれて、俺たちは柔らかい雪を慎重に歩き進め、枯れかけた大木の前にたどり着いた。
「少し離れててくれるか?」
俺はそこで刀を抜き、その刀身に風の魔力を纏わせる。
そのまま刀を高速で十字に切って『ウィンドカッター』を発動した。
風の刃が木に向かって縦横無尽に一気に切り込む。
音はほとんどしなかった。
ただ、技を放った瞬間に大木が程よいサイズの木の棒へと姿を変えた。
降り注いでくる木片を刀で払って目の前を見ると、そこには木々の塊ができていた。
「さすがね、タイラー。いい感じじゃない?」
「ほんとですわ! これを、あっという間に作ってしまわれるなんて……!」
アリアナとマリが手放しに褒めてくれた。
だが、個人的にはまだまだだ。俺はそこにあった一本の木を拾い上げてみる。
「ささくれができちゃったし、まだまだだよ」
うまくやれば、もっと綺麗に切り落とせたはずだ。
刃の入れ方が問題だったのだろうか。繊維の流れを見極める努力が足りなかったのかもしれない。
俺はすぐ近くにまた朽ちた木を見つけて切り落とした。
技の放ち方に工夫を凝らしたり、威力を変えてみたりと試行錯誤していると――
「タイラー、もう十分よ!」
「ソ、ソリス様、すごい集中してましたわよ⁉」
二人に呼びかけられて、俺は手を止めた。
気付けば、周囲には薪の山ができていた。
早さを競っていることをすっかり忘れて、夢中になってしまった。
今の時間は余計だったな。
セラフィーノたちが人海戦術を上手く使って木を運び出しているのが遠くに見えた。
アリアナとマリも同じものを目にして、若干焦っている。
だが、俺には秘策があった。
足を雪に取られてなかなか下ることができていないセラフィーノの部下たちを一瞥しながら、俺は木属性魔法を発動した。
作り出したのは、底面が撓んだ大きな三つの木箱。それから箱の中に簡易的な椅子を設けた。
木箱の端に開けた穴に、持参していた太い組み紐を通せば完成だ。
「タイラー、もしかして……」
俺が何を作っていたかをアリアナは察したようだ。
「たぶん予想通りだよ。登ってきた斜面をこれで下るんだ。一気に進めるし、ただ運ぶよりは楽しいだろ?」
俺の言葉に反応して、アリアナではなくマリがはしゃぎ出した。
「まぁ、とっても楽しそうですわ! ソリス様、天才! つまり、そりというやつですわね! ずっとやってみたかったんですの」
生き生きと小躍りまでし始めるマリの隣で、アリアナはしゃがみこんでいた。
実に対照的な反応だ。
「どうする、アリアナ? 怖いなら、キューちゃんに頼んで乗ってもらうから、無理しなくていいよ?」
長い付き合いだが、こういったものが苦手だとは知らなかった。
とはいえ、本人が望まないことをさせるつもりはない。
俺がアリアナに確認すると、彼女は少し迷った末に、覚悟を決めたように言った。
「やっぱりやるわ。あの泥棒猫に、びびり、とかバカにされる未来が見えるもの……!」
キューちゃんに対する意地のようなものが見える。
アリアナの決意が揺らぐ前に、俺たちはおのおのの木箱に入るだけ木を詰めた。
そして、落ちないようにライトニングベールを蓋代わりに被せる。
その箱を少し引きずって、傾斜の上部までそれを持っていった。
マリ、アリアナ、俺の順に横並びとなって、そりに乗り込む。
マリは目をらんらんと輝かせて、俺とアリアナの方を見た。
「これも競走しませんこと? きっと楽しいですわよ!」
「……いいけど。私は安全にやるからね?」
まったく乗り気でない反応を示すアリアナに続いて、俺は忠告する。
「マリ、転覆だけは避けてくれよー。競走するのはいいけど」
俺とアリアナの言葉の後、マリは大きく頷いてからカウントダウンを始めた。
だが、彼女は最後の「一」を言い切る前に、一人で斜面へと滑り出している。
スタートはゆるゆるとしたものだったが、傾斜が大きくなるにつれてそりがだんだん加速していく。
「これ、いいですわね! 顔が冷たいですけど、それもまた気持ちいいですわ!」
心地よさげに叫んだ彼女の声が遠ざかっていった。
「……マリってば、すごすぎよ! 怖いもの知らず!」
「まぁ、一度もやったことなかっただろうしなぁ」
マリの滑走は、恐れを一切感じさせないものだ。
初めての体験ゆえに、それよりも楽しさが勝っているからだろう。
見ている側としてはハラハラする。
そんな俺たちをさらにヒヤッとさせるように、マリにトラブルが起きた。
彼女の進路の先に、壁のようにそびえる大岩があったのだ。
しかも、勢いがつきすぎてそりを止めることも進行方向を変えることもできないでいるらしい。
「もう、マリってば……!! だから言ったのに!」
アリアナが声を上げた。
「それよりマリを助けないとまずい!」
かなり距離は空いているが、俺の魔法の射程範囲だ。
「這い回れ、『ソイルドラゴン』!」
俺はすぐさま刀を抜き、雪の積もった地面にそれを突き刺す。
俺は、魔法によって生み出された畝をマリのもとまで走らせた。
間一髪で、マリの木箱が走る手前の地面をでこぼこにさせることに成功した。
そりがその窪みにはまって動きを止めたのを見て、俺とアリアナはほっと胸を撫で下ろした。
危うく安堵で脱力したはずみで、そのまま俺たちのそりが滑り出しかけそうになる。
「……もう! 競争はだめね。ゆっくり下りましょ、タイラー」
「あぁ、それが賢明だな」
どうせそりで下って運べば、多少慎重に進んでも負けることはない。
そのまま俺たちは、薪をあっさり麓まで運び終えた。
勝負の審判を務めていたノラ王女の執事から、俺たちはその場で勝利を言い渡されたのだった。
薪をそりから下ろした後、マリが手を叩いて喜ぶ。
「やっぱり、そりはすごいですわ! 発明です! もう一度乗りたいです!」
さっき衝突事故を起こしかけたというのに、そんなことはなかったと思わせるくらいのはしゃぎようだ。
俺とアリアナは彼女の熱意に負けて、顔を見合わせて頷いた。
彼女とともに頂上まで戻り、再度そりを作る。
もう一回滑らせてから麓に戻っても、まだセラフィーノたちは戻ってきていなかった。
人の多さも身動きが取りづらくなった原因になっているようだ。
結果はノラ王女の要望通り圧勝だった。
まぁ、仮に俺たちより先に麓に到着していても、おそらくセラフィーノが勝つことはなかったのだけど。
「な、なんだと!? 燃えない木ばかりじゃないか!?」
山から戻ってきたセラフィーノは、木に火をつけてから驚きの声を上げた。
つまるところ、マリと同じ勘違いをしていたらしい。
彼もやはり貴族だ。
木ならばなんでもいいと思っていたらしく、手当たり次第に集めた木の中に、薪として使えそうなものはほとんどなかったようだ。
一切気にしないまま麓に持ってきて、今ようやく初めて気付いたらしい。
そこにノラ王女の執事がとどめの一言を告げる。
「大変申し訳ありませんが、やり直してもらえると助かると、王女がおっしゃっておりまして……」
敵とはいえ、さすがに同情を禁じ得なかった。
その翌日、ノラ王女から次の任務を言い渡された。
今回は、ピュリュタウンの少し外れにあるダンジョンでの鉱石採取だ。
「『不溶輝石』……か。聞いたことない名前だな」
ダンジョンに入る直前、ギルドのロビーで凍った地面を進むための靴に履き替えながら、俺はそう呟いた。
「まぁ、この地方でしか取れないものって聞いたし、綺麗っていう話だから、私も見てみたいけど」
「以前から聞いたことはありますけど、想像上のものかと思ってましたわ」
アリアナとマリも実物は見たことがないらしい。
ノラ王女が言うには、詳細な場所は分からないが、ダンジョン内のどこかに確実に存在しているとのことだ。
まぁ、真偽がどうであれ、王女の命に異を唱えるわけにもいかず、今はこうして出発の準備を整えている。
目的の鉱石は、石というより氷に近い物体らしい。
透き通るような水色をしていて、氷と言いながら溶けず、ほんのり光を放っている。不溶輝石という名前も、その特徴が由来なんだとか。
俺たちの近くでセラフィーノの部下たちが話し合っているのが聞こえる。
「でもよぉ、そんなものが本当にあるのかよ?」
「さぁ? でも俺たちはセラフィーノ様の命令に従うしかねぇよ」
このギルドにいるのは受付の人以外に、俺たちパーティとセラフィーノの集団だけだ。
ダンジョンのレベルは上級程度とかなり高く、レアなアイテムも手に入るそうだが、冬場のピュリュは雪がひどいため、この町に冒険者が寄り付かないらしい。
ギルド館内の人が少ないせいで、向こうの会話は筒抜けだった。
どうやら、相手陣営も不溶輝石についてはほとんど知らないようだ。
となれば、人数差は大きいが、手がかりを持っている俺たちの方が有利かもしれない。
その情報をくれたのは、サクラだった。
彼女は俺たちがギルドに向かう前に、こっそりと教えてくれたのだ。
「右に行き、湖を見つければいいのです」
「このダンジョンのことを知っているのか?」
不思議に思って俺が聞くと「メイドの勘です」と誤魔化されてしまった。
ノラ王女からは、すでにサクラがこの辺りで育っているらしいと聞かされたし、もしかしたらその関係でダンジョンについて聞いたことがあるのかもしれない。
詳細は話したくないが、少しでも俺たちの役に立ちたいという彼女なりの応援だったのかもしれない。
彼女の事情が気にならないといえば嘘になるが、根掘り葉掘り聞くような真似はしない。
俺は屋敷を出た時を思い返しながら、アリアナたちと顔を見合わせた。
二人も俺と同じことを考えていたようで、こくりと頷き、人差し指を唇に当てる。
この貴重な情報は、俺たちだけの秘密だ。
それからしばらくして、ダンジョンに入る時間になった。
先へ進むと、すぐに二つの洞穴が現れる。
左右への分かれ道になっているようだ。
「はは、残念だったね、タイラーくん。二回戦はいただいたよ。君たちみたいな少人数パーティじゃ、分岐の多いダンジョンで目的の物を見つけるのは難しいだろう」
セラフィーノは勝ち誇ったような顔で言った。
十人近くいるメンバーの半分に右へ行くように命じて、自分は残りの部下たちと一緒に左の道へ入っていく。
……まぁ、サクラの言葉を考えるなら、セラフィーノが行ったルートは間違っているんだけど。
もちろん、これは勝負なので教えることはない。
俺たちは迷いなく右の道を選んだ。
第一階層で待ち受けていたのは、一面の氷の床だった。
「わ、わ、わ……!!」
足を滑らせかけるマリを、俺とアリアナで支える。
「ありがとうございます、ですわ……」
「気にすんなよ。ここからは慎重に進もう」
靴を履き替えておいてよかった。
そうでなければ、全員で滑り続けていたかもしれない。
「壁も床も一面が凍りついてるって……こんなの見たことないわよ」
アリアナが足元を見つめながら、そうこぼした。
外の空気や魔素に影響されて、ダンジョンがその環境に合わせて変容するのは聞いていた。
だが、ここまで凍りついているとは予想外だ。
出現するモンスターも、普段見かけないものが多い。
「な、なにあの真っ白な大蛇……! サーペント?」
モンスターを指さして驚くアリアナに、俺は頷き返す。
「その亜種らしいな」
小さな穴から顔を見せたのは、ネーヴェサーペント。
体表が白く染まっており、サーペント特有の毒だけでなく氷系統の攻撃も加えてくる。
魔法書で学習して存在こそ知っていたが、対峙するのは初めてだ。
「シャァァァ!!」
サーペントが奇声を発しつつ、穴から這い出てきた。
そして勢いよく尻尾を振って、こちらへ突き刺そうとしてくる。
俺はすかさず、刀に火属性魔法を宿して赤く染めてから、その尾を切り落としにかかる。
だが、足場が少し不安定だったことが災いして、攻撃を当て損ねた。
「この場所で戦うのはなかなか大変だな……」
俺が少し距離をとって姿勢を立て直しているうちに、ネーヴェサーペントの傷口が氷で塞がれていた。
さらにサーペントが身体を大きくうねらせて、牙を剥きながら正面から突進してきた。
「ここはわたくしが! 精霊さん、あの蛇を止めてくださいな!」
俺が手を出す前に、マリがそう指示して先んじて迎え撃つ。
呼び出した精霊が、そのサーペントを大口を開けた状態のまま食い止めた。
それ以外の精霊に攻撃させているが、大きなダメージは与えられていない。
「『ウォーターアロー!』」
アリアナが、水を流線形に纏わせた矢をその口の中へと打ち込んで援護射撃するが、そのまま矢も凍らされてしまった。
威力が弱くなっているのは傍から見ても分かるし、その原因もはっきりしていた。
「考えてみたら、氷の上で戦ったことなんてないわね」
アリアナが困った顔で言った。
そう、凍りついた地面のせいで、踏ん張りがきかず、攻撃に力をのせきれないのだ。
「精霊さんたちには関係なさそうですけど……」
マリの言う通り、空中を浮く精霊には足場の影響はなさそうだ。
とはいえ、ネーヴェサーペントは、通常のサーペントよりかなり強いらしい。
サーペントの攻撃を躱しながら、どうしたものかと考えて、妙案を思いつく。
「ライトニングベール!!」
使ったのは、雪崩を抑えるために使った魔法。
ただし、目的はサーペントの攻撃を防ぐことではない。
俺は、この魔法を地面に向かって放った。
氷の床が光の膜で覆われ、足場ができる。
これならば、ネーヴェサーペントくらい簡単に倒せる。
アリアナとマリが連携して、サーペントの口の中に勢いよく矢を打ち込む。
俺は、驚いてひっくり返った巨体を一刀両断してやった。
胴が真っ二つになれば、さすがに再生しないようだ。
巨体は地面に倒れて動かなくなった。
「……ソリス様、さすがですわ」
マリが目を丸くして、そう呟いた。
「実力も戦略もあいかわらずすごいわね!」
アリアナの褒め言葉に、俺は首を横に振る。
「やめろって。二人のおかげだよ」
言い終わってまもなく、大きな衝撃音が後方から響く。
振り返ると、セラフィーノの部下がモンスターと対峙しているところだった。
雪の塊に手足がついたような見た目のモンスター・アイスイエティが、俺たちに背を向けて立っている。
氷系魔法と物理攻撃を得意とするこのモンスター相手に、部下たちは足元がおぼつかないながら善戦していた。
「へっ、精霊を操って攻撃できる俺たちなら、問題なく倒せる!」
「あぁ、とっとと倒して、あの冒険者たちより先へ行くぞ」
部下の五人のうち二人は、マリと同じく精霊を使役しているらしい。
「火を噴くのだ、フーコ!」
部下の一人が横にいた精霊に命じる。
彼は、火属性の魔法を使えるかなり立派な精霊を操っていた。
別の男は、自身の身体をかなり大きく変化させて防御壁にできる精霊を召喚している。
その精霊は「ウォールン」と呼ばれていた。
「……わたくしの精霊たちとは、まるで違いますね」
マリが、部下とモンスターの戦いぶりを食い入るように見ていた。
先を急ぎたいところだったが、同じ精霊使いからなにかを学ぼうとする彼女の様子を見ていたら、水を差すことはできなかった。
たしかに、精霊を使って戦っている場面に出くわすのは珍しい。
光属性の魔力を持つ者の数が、そもそも少ないからだ。
前のめりで観戦するマリの横に立って、俺とアリアナも精霊たちとアイスイエティとの戦いを見届けることにした。
あっという間に、アイスイエティは精霊によって燃やし尽くされた。
「はは、この分ならこっから先も余裕だな」
セラフィーノの部下たちがニヤリと笑っている。
だが、その近くでトラブルが発生していた。
精霊同士で揉めていたのだ。
「お前、私の手柄を横取りしたな? あやつは、私だけで十分だった。お前の助けなど、一割にも満たぬ功績だったと言っておくぞ」
ウォールンの言葉に、フーコが言い返す。
「はぁ!? このフーコ様の火属性魔法がなけりゃ、あいつは溶けちゃいなかった! そもそもお前は図体がでかいだけで攻撃などできないだろう? 情けない壁役がお似合いだぜ」
「相変わらず口汚いな、フーコ。そんなことだから君はいつまで経っても殻を破れないのだ」
精霊二体は、そのままお互いに罵り合いを続けた。
役目を終えた精霊の召喚を解こうと、セラフィーノの部下たちが命じるが、どうやらうまくいかないらしい。
「こいつら、俺の命令に従わねぇ!」
「くそ、主人を誰だと思ってるんだ、まったく」
精霊たちを戻すためには、召喚時同様に魔力が必要になる。
通常なら、精霊が指示に素直に応じて戻っていくだけなのだが、抵抗されると話は別だ。
最悪の場合、召喚主との仲が完全に決裂して契約が解消され、二度と現れなくなることもあるとか。
今の状況を見る限り、そこまでの事態には発展していないが、ちょっと厄介そうだ。
しかもタイミングが悪いことに、そんな争いに反応したのか、二体のネーヴェサーペントが新たに出現した。
セラフィーノの部下たちのさらに奥から、こちらに向かってきている。
「おい、フーコ、まずはモンスターを倒せ!!」
「そうだ、とりあえず俺たちを守れ、ウォールン」
召喚主の男たちが指示するが、精霊たちに命令を聞く様子はなく、いまだにいがみ合っている。
「どうする、タイラー? 敵同士だし、先に行ってもいいけど、あのまま放っておいたらまずいよね」
アリアナが俺の様子を窺いながら言った。
「だな。仕方ない、なんとかしてやるか。万が一死なれでもしたら寝覚めも悪いし」
俺はそう答えて、大蛇がいる方へ駆け出した。
だが、このまま彼らの間に割って入って攻撃するにしても、サーペントの手前で言い争う精霊たちを巻き込んでしまう危険が高い。
部下の男たちも、それが理由で手をこまねいているようだった。
俺が逡巡していると、マリが横に立って精霊たちを召喚する。
「ここは、わたくしが! エレメンタルプラズム・改!」
今日の彼女は、いつにも増してやる気に満ちている気がする。
彼女の召喚に応じて、羽のついた小さな精霊が杖先から出てくる。
彼らは、塊となって一斉にサーペントのところへ向かおうとするのだが……
「名もない、喋れもしない精霊は立ち去れ! このフーコ様の前でなにをする!」
「それだけはフーコに同意しよう。実力のない精霊がしゃしゃり出てくる場所じゃない。引っ込んでいろ!」
フーコとウォールンがそう言って追い返してきた。
邪険に払い除けられて、マリの精霊たちが悲鳴を上げながら戻ってきた。
一つ目に言い渡された任務は、薪集めだった。
保管していた分がかなり減っており、滞在期間中に安定して暖をとるために一定量を確保しておきたいようだ。
規定の量を集め終わるまでの早さを競うらしい。
勝負と雑用を同時に片付けられる、効率を重視するノラ王女らしい内容だ。
勝負と称して顎で使われることに、愚痴をこぼしたくもなる気持ちもあったが、考えても仕方ない。
王女からの命令だからと自分に言い聞かせて、木々の採取のために屋敷の裏手にあった雪山を登る。
俺は木属性魔法を使えるので、その力で薪自体を作り出せるのだが、魔法で出した木は厄介なことに耐熱性があり、暖をとる目的には適していない。
そこで、俺たちは雪山で木を集めようと考えたのだった。
「向こうは結構な人数で作業しているみたいね」
「ですわね……人数が違うなんて平等じゃありませんわ」
アリアナとマリが、少し離れたところにいるセラフィーノたちの方を見て不満げに言った。
ノラ王女の説明では、仲間と協力するのは問題ないとされている。
そのためアリアナたちには、昨晩セラフィーノと成果を競い合っていることは報告して、この任務を手伝ってもらっている。
ノラ王女の婚約破棄をいい方向に持っていくために協力しているという件は、もちろん話していないけれど。
なんにせよ、二人の力があるだけで大助かりだ。
「心配ないって。たしかにセラフィーノたちの人数は多いけど、あんなにいたらまとめるのが大変だしな。こっちはこっちのペースでやろう」
「ま、それもそうね……っと、あの木なんてどうかしら。薪にするのにちょうどいいと思うけれど」
さっそく、アリアナが前方を指さして言った。
彼女の視線の先にあったのは、朽ちかけた大木だ。
故郷からの長い付き合いで、薪の採取を一緒にしたこともあって、アリアナは勝手が分かっていた。
俺がひとつ頷くと、マリが首を傾げながらそばにあった木を指さす。
「あんな木がいいんですの? こっちにもっと立派なのがありますわよ?」
「乾いてる方が燃えやすいだろ? 若い木は水分が多いからな」
「なるほど……言われてみれば!」
庶民ならば一度くらいは薪作りの手伝いをしたことがあるものだが、彼女は元王女だ。
俺たちとの暮らしですっかり庶民感覚が身に付いているかと思ったが、こうした折には育ちの違いが顔を覗かせる。
マリも納得してくれて、俺たちは柔らかい雪を慎重に歩き進め、枯れかけた大木の前にたどり着いた。
「少し離れててくれるか?」
俺はそこで刀を抜き、その刀身に風の魔力を纏わせる。
そのまま刀を高速で十字に切って『ウィンドカッター』を発動した。
風の刃が木に向かって縦横無尽に一気に切り込む。
音はほとんどしなかった。
ただ、技を放った瞬間に大木が程よいサイズの木の棒へと姿を変えた。
降り注いでくる木片を刀で払って目の前を見ると、そこには木々の塊ができていた。
「さすがね、タイラー。いい感じじゃない?」
「ほんとですわ! これを、あっという間に作ってしまわれるなんて……!」
アリアナとマリが手放しに褒めてくれた。
だが、個人的にはまだまだだ。俺はそこにあった一本の木を拾い上げてみる。
「ささくれができちゃったし、まだまだだよ」
うまくやれば、もっと綺麗に切り落とせたはずだ。
刃の入れ方が問題だったのだろうか。繊維の流れを見極める努力が足りなかったのかもしれない。
俺はすぐ近くにまた朽ちた木を見つけて切り落とした。
技の放ち方に工夫を凝らしたり、威力を変えてみたりと試行錯誤していると――
「タイラー、もう十分よ!」
「ソ、ソリス様、すごい集中してましたわよ⁉」
二人に呼びかけられて、俺は手を止めた。
気付けば、周囲には薪の山ができていた。
早さを競っていることをすっかり忘れて、夢中になってしまった。
今の時間は余計だったな。
セラフィーノたちが人海戦術を上手く使って木を運び出しているのが遠くに見えた。
アリアナとマリも同じものを目にして、若干焦っている。
だが、俺には秘策があった。
足を雪に取られてなかなか下ることができていないセラフィーノの部下たちを一瞥しながら、俺は木属性魔法を発動した。
作り出したのは、底面が撓んだ大きな三つの木箱。それから箱の中に簡易的な椅子を設けた。
木箱の端に開けた穴に、持参していた太い組み紐を通せば完成だ。
「タイラー、もしかして……」
俺が何を作っていたかをアリアナは察したようだ。
「たぶん予想通りだよ。登ってきた斜面をこれで下るんだ。一気に進めるし、ただ運ぶよりは楽しいだろ?」
俺の言葉に反応して、アリアナではなくマリがはしゃぎ出した。
「まぁ、とっても楽しそうですわ! ソリス様、天才! つまり、そりというやつですわね! ずっとやってみたかったんですの」
生き生きと小躍りまでし始めるマリの隣で、アリアナはしゃがみこんでいた。
実に対照的な反応だ。
「どうする、アリアナ? 怖いなら、キューちゃんに頼んで乗ってもらうから、無理しなくていいよ?」
長い付き合いだが、こういったものが苦手だとは知らなかった。
とはいえ、本人が望まないことをさせるつもりはない。
俺がアリアナに確認すると、彼女は少し迷った末に、覚悟を決めたように言った。
「やっぱりやるわ。あの泥棒猫に、びびり、とかバカにされる未来が見えるもの……!」
キューちゃんに対する意地のようなものが見える。
アリアナの決意が揺らぐ前に、俺たちはおのおのの木箱に入るだけ木を詰めた。
そして、落ちないようにライトニングベールを蓋代わりに被せる。
その箱を少し引きずって、傾斜の上部までそれを持っていった。
マリ、アリアナ、俺の順に横並びとなって、そりに乗り込む。
マリは目をらんらんと輝かせて、俺とアリアナの方を見た。
「これも競走しませんこと? きっと楽しいですわよ!」
「……いいけど。私は安全にやるからね?」
まったく乗り気でない反応を示すアリアナに続いて、俺は忠告する。
「マリ、転覆だけは避けてくれよー。競走するのはいいけど」
俺とアリアナの言葉の後、マリは大きく頷いてからカウントダウンを始めた。
だが、彼女は最後の「一」を言い切る前に、一人で斜面へと滑り出している。
スタートはゆるゆるとしたものだったが、傾斜が大きくなるにつれてそりがだんだん加速していく。
「これ、いいですわね! 顔が冷たいですけど、それもまた気持ちいいですわ!」
心地よさげに叫んだ彼女の声が遠ざかっていった。
「……マリってば、すごすぎよ! 怖いもの知らず!」
「まぁ、一度もやったことなかっただろうしなぁ」
マリの滑走は、恐れを一切感じさせないものだ。
初めての体験ゆえに、それよりも楽しさが勝っているからだろう。
見ている側としてはハラハラする。
そんな俺たちをさらにヒヤッとさせるように、マリにトラブルが起きた。
彼女の進路の先に、壁のようにそびえる大岩があったのだ。
しかも、勢いがつきすぎてそりを止めることも進行方向を変えることもできないでいるらしい。
「もう、マリってば……!! だから言ったのに!」
アリアナが声を上げた。
「それよりマリを助けないとまずい!」
かなり距離は空いているが、俺の魔法の射程範囲だ。
「這い回れ、『ソイルドラゴン』!」
俺はすぐさま刀を抜き、雪の積もった地面にそれを突き刺す。
俺は、魔法によって生み出された畝をマリのもとまで走らせた。
間一髪で、マリの木箱が走る手前の地面をでこぼこにさせることに成功した。
そりがその窪みにはまって動きを止めたのを見て、俺とアリアナはほっと胸を撫で下ろした。
危うく安堵で脱力したはずみで、そのまま俺たちのそりが滑り出しかけそうになる。
「……もう! 競争はだめね。ゆっくり下りましょ、タイラー」
「あぁ、それが賢明だな」
どうせそりで下って運べば、多少慎重に進んでも負けることはない。
そのまま俺たちは、薪をあっさり麓まで運び終えた。
勝負の審判を務めていたノラ王女の執事から、俺たちはその場で勝利を言い渡されたのだった。
薪をそりから下ろした後、マリが手を叩いて喜ぶ。
「やっぱり、そりはすごいですわ! 発明です! もう一度乗りたいです!」
さっき衝突事故を起こしかけたというのに、そんなことはなかったと思わせるくらいのはしゃぎようだ。
俺とアリアナは彼女の熱意に負けて、顔を見合わせて頷いた。
彼女とともに頂上まで戻り、再度そりを作る。
もう一回滑らせてから麓に戻っても、まだセラフィーノたちは戻ってきていなかった。
人の多さも身動きが取りづらくなった原因になっているようだ。
結果はノラ王女の要望通り圧勝だった。
まぁ、仮に俺たちより先に麓に到着していても、おそらくセラフィーノが勝つことはなかったのだけど。
「な、なんだと!? 燃えない木ばかりじゃないか!?」
山から戻ってきたセラフィーノは、木に火をつけてから驚きの声を上げた。
つまるところ、マリと同じ勘違いをしていたらしい。
彼もやはり貴族だ。
木ならばなんでもいいと思っていたらしく、手当たり次第に集めた木の中に、薪として使えそうなものはほとんどなかったようだ。
一切気にしないまま麓に持ってきて、今ようやく初めて気付いたらしい。
そこにノラ王女の執事がとどめの一言を告げる。
「大変申し訳ありませんが、やり直してもらえると助かると、王女がおっしゃっておりまして……」
敵とはいえ、さすがに同情を禁じ得なかった。
その翌日、ノラ王女から次の任務を言い渡された。
今回は、ピュリュタウンの少し外れにあるダンジョンでの鉱石採取だ。
「『不溶輝石』……か。聞いたことない名前だな」
ダンジョンに入る直前、ギルドのロビーで凍った地面を進むための靴に履き替えながら、俺はそう呟いた。
「まぁ、この地方でしか取れないものって聞いたし、綺麗っていう話だから、私も見てみたいけど」
「以前から聞いたことはありますけど、想像上のものかと思ってましたわ」
アリアナとマリも実物は見たことがないらしい。
ノラ王女が言うには、詳細な場所は分からないが、ダンジョン内のどこかに確実に存在しているとのことだ。
まぁ、真偽がどうであれ、王女の命に異を唱えるわけにもいかず、今はこうして出発の準備を整えている。
目的の鉱石は、石というより氷に近い物体らしい。
透き通るような水色をしていて、氷と言いながら溶けず、ほんのり光を放っている。不溶輝石という名前も、その特徴が由来なんだとか。
俺たちの近くでセラフィーノの部下たちが話し合っているのが聞こえる。
「でもよぉ、そんなものが本当にあるのかよ?」
「さぁ? でも俺たちはセラフィーノ様の命令に従うしかねぇよ」
このギルドにいるのは受付の人以外に、俺たちパーティとセラフィーノの集団だけだ。
ダンジョンのレベルは上級程度とかなり高く、レアなアイテムも手に入るそうだが、冬場のピュリュは雪がひどいため、この町に冒険者が寄り付かないらしい。
ギルド館内の人が少ないせいで、向こうの会話は筒抜けだった。
どうやら、相手陣営も不溶輝石についてはほとんど知らないようだ。
となれば、人数差は大きいが、手がかりを持っている俺たちの方が有利かもしれない。
その情報をくれたのは、サクラだった。
彼女は俺たちがギルドに向かう前に、こっそりと教えてくれたのだ。
「右に行き、湖を見つければいいのです」
「このダンジョンのことを知っているのか?」
不思議に思って俺が聞くと「メイドの勘です」と誤魔化されてしまった。
ノラ王女からは、すでにサクラがこの辺りで育っているらしいと聞かされたし、もしかしたらその関係でダンジョンについて聞いたことがあるのかもしれない。
詳細は話したくないが、少しでも俺たちの役に立ちたいという彼女なりの応援だったのかもしれない。
彼女の事情が気にならないといえば嘘になるが、根掘り葉掘り聞くような真似はしない。
俺は屋敷を出た時を思い返しながら、アリアナたちと顔を見合わせた。
二人も俺と同じことを考えていたようで、こくりと頷き、人差し指を唇に当てる。
この貴重な情報は、俺たちだけの秘密だ。
それからしばらくして、ダンジョンに入る時間になった。
先へ進むと、すぐに二つの洞穴が現れる。
左右への分かれ道になっているようだ。
「はは、残念だったね、タイラーくん。二回戦はいただいたよ。君たちみたいな少人数パーティじゃ、分岐の多いダンジョンで目的の物を見つけるのは難しいだろう」
セラフィーノは勝ち誇ったような顔で言った。
十人近くいるメンバーの半分に右へ行くように命じて、自分は残りの部下たちと一緒に左の道へ入っていく。
……まぁ、サクラの言葉を考えるなら、セラフィーノが行ったルートは間違っているんだけど。
もちろん、これは勝負なので教えることはない。
俺たちは迷いなく右の道を選んだ。
第一階層で待ち受けていたのは、一面の氷の床だった。
「わ、わ、わ……!!」
足を滑らせかけるマリを、俺とアリアナで支える。
「ありがとうございます、ですわ……」
「気にすんなよ。ここからは慎重に進もう」
靴を履き替えておいてよかった。
そうでなければ、全員で滑り続けていたかもしれない。
「壁も床も一面が凍りついてるって……こんなの見たことないわよ」
アリアナが足元を見つめながら、そうこぼした。
外の空気や魔素に影響されて、ダンジョンがその環境に合わせて変容するのは聞いていた。
だが、ここまで凍りついているとは予想外だ。
出現するモンスターも、普段見かけないものが多い。
「な、なにあの真っ白な大蛇……! サーペント?」
モンスターを指さして驚くアリアナに、俺は頷き返す。
「その亜種らしいな」
小さな穴から顔を見せたのは、ネーヴェサーペント。
体表が白く染まっており、サーペント特有の毒だけでなく氷系統の攻撃も加えてくる。
魔法書で学習して存在こそ知っていたが、対峙するのは初めてだ。
「シャァァァ!!」
サーペントが奇声を発しつつ、穴から這い出てきた。
そして勢いよく尻尾を振って、こちらへ突き刺そうとしてくる。
俺はすかさず、刀に火属性魔法を宿して赤く染めてから、その尾を切り落としにかかる。
だが、足場が少し不安定だったことが災いして、攻撃を当て損ねた。
「この場所で戦うのはなかなか大変だな……」
俺が少し距離をとって姿勢を立て直しているうちに、ネーヴェサーペントの傷口が氷で塞がれていた。
さらにサーペントが身体を大きくうねらせて、牙を剥きながら正面から突進してきた。
「ここはわたくしが! 精霊さん、あの蛇を止めてくださいな!」
俺が手を出す前に、マリがそう指示して先んじて迎え撃つ。
呼び出した精霊が、そのサーペントを大口を開けた状態のまま食い止めた。
それ以外の精霊に攻撃させているが、大きなダメージは与えられていない。
「『ウォーターアロー!』」
アリアナが、水を流線形に纏わせた矢をその口の中へと打ち込んで援護射撃するが、そのまま矢も凍らされてしまった。
威力が弱くなっているのは傍から見ても分かるし、その原因もはっきりしていた。
「考えてみたら、氷の上で戦ったことなんてないわね」
アリアナが困った顔で言った。
そう、凍りついた地面のせいで、踏ん張りがきかず、攻撃に力をのせきれないのだ。
「精霊さんたちには関係なさそうですけど……」
マリの言う通り、空中を浮く精霊には足場の影響はなさそうだ。
とはいえ、ネーヴェサーペントは、通常のサーペントよりかなり強いらしい。
サーペントの攻撃を躱しながら、どうしたものかと考えて、妙案を思いつく。
「ライトニングベール!!」
使ったのは、雪崩を抑えるために使った魔法。
ただし、目的はサーペントの攻撃を防ぐことではない。
俺は、この魔法を地面に向かって放った。
氷の床が光の膜で覆われ、足場ができる。
これならば、ネーヴェサーペントくらい簡単に倒せる。
アリアナとマリが連携して、サーペントの口の中に勢いよく矢を打ち込む。
俺は、驚いてひっくり返った巨体を一刀両断してやった。
胴が真っ二つになれば、さすがに再生しないようだ。
巨体は地面に倒れて動かなくなった。
「……ソリス様、さすがですわ」
マリが目を丸くして、そう呟いた。
「実力も戦略もあいかわらずすごいわね!」
アリアナの褒め言葉に、俺は首を横に振る。
「やめろって。二人のおかげだよ」
言い終わってまもなく、大きな衝撃音が後方から響く。
振り返ると、セラフィーノの部下がモンスターと対峙しているところだった。
雪の塊に手足がついたような見た目のモンスター・アイスイエティが、俺たちに背を向けて立っている。
氷系魔法と物理攻撃を得意とするこのモンスター相手に、部下たちは足元がおぼつかないながら善戦していた。
「へっ、精霊を操って攻撃できる俺たちなら、問題なく倒せる!」
「あぁ、とっとと倒して、あの冒険者たちより先へ行くぞ」
部下の五人のうち二人は、マリと同じく精霊を使役しているらしい。
「火を噴くのだ、フーコ!」
部下の一人が横にいた精霊に命じる。
彼は、火属性の魔法を使えるかなり立派な精霊を操っていた。
別の男は、自身の身体をかなり大きく変化させて防御壁にできる精霊を召喚している。
その精霊は「ウォールン」と呼ばれていた。
「……わたくしの精霊たちとは、まるで違いますね」
マリが、部下とモンスターの戦いぶりを食い入るように見ていた。
先を急ぎたいところだったが、同じ精霊使いからなにかを学ぼうとする彼女の様子を見ていたら、水を差すことはできなかった。
たしかに、精霊を使って戦っている場面に出くわすのは珍しい。
光属性の魔力を持つ者の数が、そもそも少ないからだ。
前のめりで観戦するマリの横に立って、俺とアリアナも精霊たちとアイスイエティとの戦いを見届けることにした。
あっという間に、アイスイエティは精霊によって燃やし尽くされた。
「はは、この分ならこっから先も余裕だな」
セラフィーノの部下たちがニヤリと笑っている。
だが、その近くでトラブルが発生していた。
精霊同士で揉めていたのだ。
「お前、私の手柄を横取りしたな? あやつは、私だけで十分だった。お前の助けなど、一割にも満たぬ功績だったと言っておくぞ」
ウォールンの言葉に、フーコが言い返す。
「はぁ!? このフーコ様の火属性魔法がなけりゃ、あいつは溶けちゃいなかった! そもそもお前は図体がでかいだけで攻撃などできないだろう? 情けない壁役がお似合いだぜ」
「相変わらず口汚いな、フーコ。そんなことだから君はいつまで経っても殻を破れないのだ」
精霊二体は、そのままお互いに罵り合いを続けた。
役目を終えた精霊の召喚を解こうと、セラフィーノの部下たちが命じるが、どうやらうまくいかないらしい。
「こいつら、俺の命令に従わねぇ!」
「くそ、主人を誰だと思ってるんだ、まったく」
精霊たちを戻すためには、召喚時同様に魔力が必要になる。
通常なら、精霊が指示に素直に応じて戻っていくだけなのだが、抵抗されると話は別だ。
最悪の場合、召喚主との仲が完全に決裂して契約が解消され、二度と現れなくなることもあるとか。
今の状況を見る限り、そこまでの事態には発展していないが、ちょっと厄介そうだ。
しかもタイミングが悪いことに、そんな争いに反応したのか、二体のネーヴェサーペントが新たに出現した。
セラフィーノの部下たちのさらに奥から、こちらに向かってきている。
「おい、フーコ、まずはモンスターを倒せ!!」
「そうだ、とりあえず俺たちを守れ、ウォールン」
召喚主の男たちが指示するが、精霊たちに命令を聞く様子はなく、いまだにいがみ合っている。
「どうする、タイラー? 敵同士だし、先に行ってもいいけど、あのまま放っておいたらまずいよね」
アリアナが俺の様子を窺いながら言った。
「だな。仕方ない、なんとかしてやるか。万が一死なれでもしたら寝覚めも悪いし」
俺はそう答えて、大蛇がいる方へ駆け出した。
だが、このまま彼らの間に割って入って攻撃するにしても、サーペントの手前で言い争う精霊たちを巻き込んでしまう危険が高い。
部下の男たちも、それが理由で手をこまねいているようだった。
俺が逡巡していると、マリが横に立って精霊たちを召喚する。
「ここは、わたくしが! エレメンタルプラズム・改!」
今日の彼女は、いつにも増してやる気に満ちている気がする。
彼女の召喚に応じて、羽のついた小さな精霊が杖先から出てくる。
彼らは、塊となって一斉にサーペントのところへ向かおうとするのだが……
「名もない、喋れもしない精霊は立ち去れ! このフーコ様の前でなにをする!」
「それだけはフーコに同意しよう。実力のない精霊がしゃしゃり出てくる場所じゃない。引っ込んでいろ!」
フーコとウォールンがそう言って追い返してきた。
邪険に払い除けられて、マリの精霊たちが悲鳴を上げながら戻ってきた。
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