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4巻
4-2
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たどり着いたのは、ピュリュタウンという小さな町だった。
「ねぇ。アリアナさん、なんで屋根が三角なの?」
馬車を降りた俺たちの前で、アリアナと手を繋いで歩くエチカがそう尋ねた。
彼女たちの視線の先には、さまざまな色に塗られた屋根が雪景色に埋もれるようにして並んでいた。
「雪が積もらないようにしてるのよ、たぶん。あんまり積もると、屋根が重みで潰れちゃうからね」
「たしかに、積もってない!」
とはいえ、民家の数は多くない。
どの家も頼み込んだところで、この大人数を受け入れてもらえるほどの設備はなさそうだった。
それに王女がいることを考えれば、古いレンガの家屋に泊まるのは心もとない。
どこに滞在するつもりかと思っていると、雪で見えづらくなっていた前方の奥から立派な屋敷が現れた。
レンガ造りの三階建てで、遠目で見ても横幅もかなり広い。
えんじ色の屋根の上には、銅製の八重の花飾りまであしらわれていた。
マリの胸の下あたりに刻まれていたものとまったく同じで、すなわち王家の紋章を表している。
初めて見せられた時の光景が頭の中で勝手に膨らむが、俺はそれを振り払った。
「なんでこんな場所に王家の紋章が……」
俺が疑問を口にすると、マリが横から教えてくれる。
「昔この町は、魔族と戦争する際の拠点でしたの。ですから、王族が出入りすることも多く、こういった屋敷があるのですわ。今もこの地を治める辺境伯が屋敷の管理や整備をしています」
「そういう事情があったのか……」
「わたくしも四年前に式典に参加する際、大雪に見舞われてここに数日泊まりました。中はかなり豪華絢爛でしたわ」
元王女が『かなり』とつけるからには、よほど立派なはずだ。きっと内装も見た目に違わず立派なものなのだろう。
だが、今回の俺たちには縁のない場所だ。
屋敷の脇にこぢんまりと佇む小屋のような施設に、俺は視線を移す。
「まぁ、俺たちが泊まるのは、よくてあの離れだろうな」
「ですわね。お屋敷に泊まるのはノラとその使用人だけですわ、たぶん。わたくしたちは臨時で雇われただけの護衛ですもの」
「だな。暖炉があればそれでいいや」
「なかったら、またさっきみたいにくっつけばいいんですわ!」
マリが顔を上げて勢いよく言う。
「いや、それは遠慮させてもらうよ」
そんな風に行列の最後尾で呑気に笑い話をしていた数分後、俺たちは縁がないと言っていた屋敷の玄関にいた。
俺たちには、ノラ王女と同じく屋敷の一室がそれぞれ割り当てられていた。しかも俺の部屋は、彼女の居室のすぐ隣だった。
代わりに、俺たちが本来滞在するはずの離れの小屋は、セラフィーノたちが入ることになった。
一流貴族に対してこの扱い……あまりに露骨すぎる……!
「えっと、俺たちの部屋の場所はここで合ってるんですか?」
一応なにかの間違いでないことをたしかめるため、俺は隣にいた使用人に問いかける。
執事服を着た男がこくりと頷いた。
「ノラ王女殿下がそのようにご希望をされております、今しがた渡した部屋割表にもそう書かれているはず」
男に促されて紙を見るが、そこにも俺たちの名前が書かれていた。
「でもこれでは、婚約者様――セラフィーノ様が黙ってないと思うのですが」
「王女殿下は、くじ引きでお決めになったとのことです。この雪国での滞在は、誰もが大変な思いをします。そんな中ですから、身分に関係なく全員の扱いが平等になるようにとのご配慮で、くじ引きを選択されたようです」
都合のいい嘘をよく思いつくものだ。
婚約破棄を望んでいるという裏側を知っている俺からすれば、それが建前でしかないことは考えるまでもない。
暗にセラフィーノに好意がないことを示すため、この手段を講じたのだろう。
「いやはや、なんと素敵な方でしょうか、王女殿下は。まさしく次期君主にふさわしいお方だ……!」
そう感嘆する若い使用人は、裏の意図に気付くはずもなく、どうやらノラ王女の作る仮面に騙されているらしかった。
きらきらとしたその目には、たぶん王女の理想の姿だけが映っているのだろう。
使用人に微塵の疑いも持たせないのだから、ノラ王女の演技の完璧さが恐ろしい。
案内されるまま、部屋の中に入ると、マリが言っていた通り豪華絢爛な内装に目を奪われる。
しかも、ベッドの整備や部屋の清掃はノラ王女の使用人が行ってくれるそうだ。まさに至れり尽くせりであった。
だが、あのセラフィーノが、すんなりとこの状況を受け入れるとは思えない。
さて、どうなることやら……
面倒なことが起きそうな予感しかしなかった。
翌朝、俺たちが通されたのは食堂だった。
鍵のかかった扉の先にある廊下をさらに渡った場所にあり、俺たちがいるには場違いな空間だった。
長テーブルの上には、すでにたくさんの料理が並べられている。
その近くの床には、先ほどまで小皿に入った魚の切り身らしいものも置かれていたが、それは壁際で待機していたキッチンメイドさんにお願いして下げてもらった。
たぶんキューちゃんのために準備してくれたのだろうが、キューちゃんはペットとして扱われるのを好まない。こんな置き方をしていたら、間違いなく怒ってへそもしっぽも曲げてしまう。
それにしても、先ほどお願いした時に思ったが、ここにいるメイドの数は相当なものだ。
俺たちに給仕するためだけに集められたとは到底思えない。
俺はアリアナにひそひそ声で話しかけた。
「なぁ、アリアナ。ここってもしかしなくても」
「きっとそうよね。これからノラ王女がここにくるのよね」
アリアナも緊張感を覚えているようで、ソワソワしている。
「また誰かの歓迎会?」
だが、そんな張り詰めた空気の中で、片側にいたフェリシーが首を傾げて言った。
その一言で、張り詰めていた場の空気が緩んだ。
彼女は元魔族で、ツータスタウンでの任務の際に出会って保護したばかりの少女。
まだ貴族との食事を体験したことがなく、ここまで大がかりなものは、フェリシーが俺たちの仲間に加わった際に開いた歓迎会だけ。
だから今回もその時と同じものだと勘違いしたのだろう。
アリアナがくすりと笑い、つられたようにエチカも口元を押さえる。
「もう、フェリシーちゃんってば! 笑かさないでよ」
「……笑わせてない。私、そんなつもりなかった……」
エチカの言葉を聞いたフェリシーが肩を落とした。
「分かってるってば~。落ち込まなくていいよ!」
その後も年少者二人が会話をするのを、俺は微笑ましく見守る。
いつもならこれに加えてさらに騒がしくなるのだが、今日は少し静かだ。
マリとサクラがここにいないからだろう。
この食堂に来る前にマリを部屋に呼びにいったのだが、断られてしまったのだ。
「わたくしは奴隷ですもの。王女がいるかもしれない場にご一緒するのはやめておきます」
ノラ王女からは、マリの同席についても気にしなくていい、と依頼時に言われていた。
だが、その事情を伝えてもなお、マリが首を縦に振ることはなかった。
身分以外にも理由があるかもしれない。
生き別れになった異母妹と再び顔を合わせることに思うところがあってもおかしくないし、もしかしたらノラ王女の近くにいて、正体がバレるのを危惧した可能性もある。
サクラもそんなマリの世話をするからといって、誘いを固辞した。
今頃、なにをしているのだろう。
俺がこの場にいない二人のことを考え始めたところで、メイドたちが唐突に頭を下げた。
どうやらノラ王女が来たようだ。
俺たちも慌てて立ち上がり、それにならう。
状況を理解できていない様子のフェリシーに頭を下げるよう伝えたところで、扉が開かれた。
ノラ王女が靴音をほとんど鳴らさずにしずしずと歩いてくる。
まっすぐに一番奥の席に向かうかと思ったのだが、彼女はフェリシーの横でぴたりと止まった。
その場に屈むと、ノラ王女がにこりと微笑んだ。
「こんなに小さいのに静かに待てるなんて、大変優秀なのですね、あなたは」
「……私、小さくない」
「あら。ふふ、そうですね。立派なお嬢様でしたね」
ドレスの色も相まって、ノラ王女はまるで、花弁に一切の汚れのない白薔薇のように見えた。
美しくあると同時に、慎ましい。
「素敵な人……」
アリアナがそう呟いてしまうのも納得だ。
――だがその実体は、とんだ猫かぶり……いやそんな可愛いものではなく、食虫植物だ。
理想の王女を演じながら、腹の中では相手をどう手中に収めるか企んでいる。
だが、この場で彼女の本性を知るのは、マリの件で脅されている俺一人だけだろう。
「あら、なにかありまして? タイラー・ソリス様」
ノラ王女が声をかけてきた。
表情は、まるで本当になにも分かっていないかのようなキョトンとしたものだが、俺の考えを見透かしていてもおかしくない。
「いえ、なにもございません」
俺が素知らぬ顔でそう答えると、彼女は薄紅色の唇の端を上げた。
そのまま彼女は最奥の上座に用意されていた自席へと向かい、儀礼的な挨拶を述べる。
「わたしたちの来訪を歓迎するとのことで、この食事は地元の貴族から寄進いただいたものです。どうぞ遠慮なくお召し上がりください」
食事が始まったと思ったら、どこからか弾き手が現れてヴァイオリンの演奏が流れる。
優雅すぎてついていけない。
馴染みのなさすぎる状況に若干くらくらしつつも、俺はうろ覚えの作法をどうにか思い出す。
それをフェリシーに教えながら、料理を食べ進めた。
やがて気まずい空気を感じたのか、アリアナが機嫌を窺うように少し上目遣いでノラ王女に尋ねる。
「えっと、今日はどうしてお招きくださったのでしょう?」
「ふふ、楽にしてくださいませ。別になにか考えがあったというわけではなく、急なお願いにかかわらず、護衛を引き受けていただいたお礼でございます。それに、お二人には昨日お世話になりましたから」
一瞬なんの話かと首を傾げるが、すぐに昨夜の出来事を思い出した。
この屋敷の風呂は、町にある温泉を引いているそうなのだが、そのお湯が大雪によって冷やされてほぼ氷と化していた。
魔法で薪に火をつけて、氷と化したそれを温めなおした一件を王女は言っているのだろう。
細かい温度の調節は、アリアナに手伝ってもらって、風呂問題を解決したのだった。
まぁ、魔法が使えれば、誰にでもできることだから、まさかそのお礼で豪華な料理を用意されるとは思いもしなかった。
やはり王族の感覚は一般人とは違うらしい。
「あなた方を屋敷にお招きしてよかったです」
「いえ、あれくらいならいつでも呼んでください」
ノラ王女の言葉に、アリアナがそう言って微笑み返した。
「ありがとうございます。アリアナ様にそう言っていただけると、頼もしいです。わたしのあたたかな夜は、タイラー様とアリアナ様がいれば守られますね」
そのやりとりで、ノラ王女はアリアナとすっかり打ち解けたようだった。
その後も、ノラ王女はエチカやフェリシーに程よく話を振って、和やかな雰囲気を作っていた。
食事の時間が終わりへと近づき、メイドがラテティーと焼き菓子を配膳しに来た。
「わ、すごい! アリアナさん。見て、猫ちゃん!」
「ふふ、そうね。私は犬にしてもらったわ。こっちも可愛いわよ? フェリシーちゃんは?」
「私は、お星さま。光ってるみたい」
女子の皆は、紅茶の表面にミルクで描かれた模様で大盛り上がりだった。
そんな様子を見てから、俺は一人、自分のもとへ運ばれたカップに目を落とす。
その中身を見てから、しばらく呆然とした後、ぞっと身震いした。
「タイラーは? どんな絵が描いてあったの?」
アリアナから尋ねられるやいなや、俺は一気に飲み干した。
舌も喉も火傷しそうな熱さだったが、仕方がない。
「えっと、キューちゃんみたいな猫かな?」
「見てみたかったかも、それ」
「ごめん、喉が渇いていたから」
アリアナにはそう誤魔化したが、実際は違う。
『十二時 屋敷広間 一人で』
俺のラテティーにはそんな指令が書かれていたのだ。
あまりに穏やかな雰囲気に油断していたから、してやられた気分だ。
俺はこのメッセージを送ってきた張本人へ視線を向ける。
その先にいたノラ王女は、ウインクを一つして軽くあしらったのだった。
正午、屋敷の広間、一人。
王女からの指示である以上、それは厳守しなければいけない。
それも、ラテティーに書いてくるという回りくどい方法をとったからには、相当な訳がありそうだ。
誰かに勘付かれてはいけないと気を回して、俺は部屋に鍵をかけて窓から外へ出るという遠回りで、広間の前へ向かう。
おかげで誰にも会わずに、目的の場所まで来られた。
まるで忠犬のように待ちながら、辺りを見回す。
「時間ちょうどになったら中から声がかかるのか……?」
時計は見当たらなかったが、そろそろ呼ばれてもいい時間だ。
せっかく余裕を持って着いたというのに、中に入っていないだけで遅刻扱いされるのは避けたいが……準備が整ったら呼ばれるのなら、ここで大人しく待っている方がいい気もする。
結局どうすることもできずに、その場でソワソワしていると、廊下の角からセラフィーノが突然現れた。
昨日会った時と同じように、自信に満ちた表情に変わりはない。
彼は赤い髪をかき上げつつ、大股のまま早足でこちらへやってきた。そして俺をひと睨みしてから、大きな扉を豪快に開け放つ。
「なんだよ……」
扉が壁にぶつかる音が響き、俺は思わず呟いた。
ちょっと無神経すぎないだろうかとしばらく呆れるが、ここを逃したら入るタイミングを失ってしまいそうなので、俺もセラフィーノの後に続いた。
扉が閉まる直前で慌てて中へ入り、俺は目の前の光景に思わず息を呑む。
白を基調としたその広間は、何本もの立派な柱で囲われており、神殿のようだ。
いかにも荘厳な雰囲気が醸し出されており、天井のところどころにはステンドグラスが嵌められている。
吊り下げられたシャンデリアが優しい黄金色の光を放つ。
まるで、王家の栄華を詰め込んだような空間だ。
雪が降りしきる田舎町には、似つかわしくないとさえ思う。
部屋の奥に目を向けると、一部が壇のようになっており、その上には金色の玉座があった。
後ろの壁には、王家の紋が刺繍されたシルク製で真紅の布が垂らされている。
ノラ王女は、その玉座に堂々とした居ずまいで腰かけていた。
部屋の雰囲気に俺が気後れする中、セラフィーノは一切遠慮せずにノラ王女の方へ詰め寄っていく。
「ノラ王女! なぜ、私が離れの小屋で、タイラー・ソリスがあなた様の隣の部屋なのですか!? 待遇が間違ってはおりませんか!?」
一直線に玉座へ向かいながら、セラフィーノが苦言を呈す。
「だいたい、私は公的に認められ、あなた様の婚約者となっているのです! 私というものがありながらそばに他の男を置くなど、王族として許されざる行為であるかと――」
玉座を見上げて強い口調で語りながら、彼はどんどん近づくが、その足が壇の手前まできたところでぴたりと止まった。
彼の足の先には、王家の紋がある。
それを踏むことは、臣下として許されないのだろう。
「あれは、全員に配慮して無作為に配置を決めただけです。気分を害してしまったのなら申し訳ありませんわ、セラフィーノ様」
ノラ王女が玉座に座ったまま心底申し訳なさそうに言った。
「えっと、いや、責めているわけではなくて……」
今のノラ王女の態度を見て、何も言えなくなったのかもしれない。
それまで熱くなっていたセラフィーノだったがすぐにトーンダウンして、そのまま黙り込んでしまった。
「では、本題に入ってもいいでしょうか?」
「もちろんでございます!」
ノラ王女の言葉に、セラフィーノが即答した。
「ありがとうございます、セラフィーノ様は単純……じゃなくて、話が早くて助かります!」
ちょっと本性が出かけているのはともかくとして、相手を手玉に取るようなノラ王女の話術はかなりのものだ。
「今日お二人を呼びたてしたのは、ご報告があるからです。タイラー様もどうぞお近くへ」
二人のやりとりを傍観している俺を王女が呼んだ。
このまま黙って後ろにいようと思ったが、そうはいかないらしい。
手に持った扇で手招きされたので、仕方なく壇のすぐ下まで向かう。
セラフィーノに睨まれながらも、俺は彼の隣に並んだ。
セラフィーノがこちらを見る視線からは、はっきりと敵意が感じられる。
よほど王女のそばにいる俺のことが気に食わないようだ。
俺は目をつぶって、隣を気にしないことに決めた。
セラフィーノの鋭い眼差しを受けながら待っていると、王女が口を開いた。
「わたしたちはしばらく、ここピュリュの町に滞在します」
「……それは、どうしてまた?」
俺が尋ねると、王女は残念そうな顔で説明する。
「大雪の影響です。この先は山間を通ることもあって、道幅が狭くなっております。もし雪崩が起きたら、被害は甚大になる。そのため、しばらく様子を見ようと決めたのです」
「でも、いつ雪がやむか分かりませんし、このままではずっとここに留まることになるのでは?」
「それなら心配ありません。ここの天気が約二週間の周期で、穏やかになったり厳しくなったりするのを繰り返すのは知っています。ちょうど昨日から雪が厳しくなりましたし、あと二週間ほどでまた進めるようになりますよ」
この辺りに詳しいノラ王女がそう言うなら、問題ないだろう。
だが、俺が納得して頷いたところで、隣にいたセラフィーノが憤慨し出す。
「ここに二週間⁉ つまり、私はそれまでずっと離れにいることになるのですか!? だいたい、どうして私がこんな扱いを!」
いや、部屋割りの件はさっきの王女とのやりとりで終わったはずじゃ……
まぁ、数日ならともかく二週間ともなると、彼の中でも許容できなかったのかもしれない。
セラフィーノは真剣な表情で、身振り手振りを交えてノラ王女に訴えかけていた。
「そう言われると、たしかに……何か他にいい決め方があれば」
セラフィーノの話を聞いたノラ王女が顎に指を当てて思案顔になった。
俺とセラフィーノは、王女の次の言葉を静かに待つ。
やがて彼女は少し口角を上げたかと思えば、手を叩いた。
「そうだ! それでしたら、お二人に対決してもらって、その結果がよかった方に屋敷の部屋を割り当てるというのはどうでしょう。実は、この町にしばらく滞在するにあたって、わたしから頼みごとがありまして、お二人にはその内容で競ってもらおうかと。一つの内容につき、勝者には一週間屋敷での滞在を認めます。とはいえ、今屋敷にいるソリス様には得のない話だと思いますので、爵位でもご用意しましょうか?」
ノラ王女がテキパキとルール説明をする。
どう考えても、今のセラフィーノの訴えを聞いただけで、その場で思いつくような内容ではない。
苦情が入ることを事前に察して、この計画を準備していたのだろう。
俺が呼ばれた理由もこの勝負を引き受けさせるのが本命に違いない。
ちょっとした報告くらいなら、執事を介してでも伝えられるし、セラフィーノと一緒に呼び出して、彼の対抗心を煽るのがねらいだったわけだ。
「いいでしょう……! このセラフィーノ、必ずやご期待に応えてみせます!」
ノラ王女の手のひらで踊らされているとも気付かず、セラフィーノは力強く答えた。
「ふふ。わたし、仕事ができる人は好きですよ」
「ははは、では私の仕事ぶりをしっかり見ていてください! 証明してみせますよ、たかが冒険者風情と公爵家。その格の差をね!」
そこまで言い切ってから、セラフィーノは背伸びをして俺を見下ろした。
まだどんな指令が下されるのかさえ教えられていないのに、自信たっぷりだ。
「もちろんソリス様もやってくださいますよね?」
ノラ王女が俺の意思を確認してくるが、そもそも肯定以外の回答は認められていないに等しい。
それに、これが婚約破棄の手伝いでもあるというなら、約束通り付き合わないわけにはいかなかった。
俺は、無言で頷いて応じる。
ノラ王女が俺の反応を見て、わざとらしく肩を落として、ほっと息をついた。
「では、任務について説明しますね!」
先ほどまでのしおらしい態度から一転して、ノラ王女が元気に話し始めた。
ひと通り説明を終えると、その内容を側近にまとめてもらったであろう紙を取り出して、俺とセラフィーノに手渡す。
何の気なく俺がちらっと裏面を見ると、そこには――
『完膚なきまでに倒しての勝利を期待しています』
とだけ書かれていた。恐ろしい王女だ。
「ねぇ。アリアナさん、なんで屋根が三角なの?」
馬車を降りた俺たちの前で、アリアナと手を繋いで歩くエチカがそう尋ねた。
彼女たちの視線の先には、さまざまな色に塗られた屋根が雪景色に埋もれるようにして並んでいた。
「雪が積もらないようにしてるのよ、たぶん。あんまり積もると、屋根が重みで潰れちゃうからね」
「たしかに、積もってない!」
とはいえ、民家の数は多くない。
どの家も頼み込んだところで、この大人数を受け入れてもらえるほどの設備はなさそうだった。
それに王女がいることを考えれば、古いレンガの家屋に泊まるのは心もとない。
どこに滞在するつもりかと思っていると、雪で見えづらくなっていた前方の奥から立派な屋敷が現れた。
レンガ造りの三階建てで、遠目で見ても横幅もかなり広い。
えんじ色の屋根の上には、銅製の八重の花飾りまであしらわれていた。
マリの胸の下あたりに刻まれていたものとまったく同じで、すなわち王家の紋章を表している。
初めて見せられた時の光景が頭の中で勝手に膨らむが、俺はそれを振り払った。
「なんでこんな場所に王家の紋章が……」
俺が疑問を口にすると、マリが横から教えてくれる。
「昔この町は、魔族と戦争する際の拠点でしたの。ですから、王族が出入りすることも多く、こういった屋敷があるのですわ。今もこの地を治める辺境伯が屋敷の管理や整備をしています」
「そういう事情があったのか……」
「わたくしも四年前に式典に参加する際、大雪に見舞われてここに数日泊まりました。中はかなり豪華絢爛でしたわ」
元王女が『かなり』とつけるからには、よほど立派なはずだ。きっと内装も見た目に違わず立派なものなのだろう。
だが、今回の俺たちには縁のない場所だ。
屋敷の脇にこぢんまりと佇む小屋のような施設に、俺は視線を移す。
「まぁ、俺たちが泊まるのは、よくてあの離れだろうな」
「ですわね。お屋敷に泊まるのはノラとその使用人だけですわ、たぶん。わたくしたちは臨時で雇われただけの護衛ですもの」
「だな。暖炉があればそれでいいや」
「なかったら、またさっきみたいにくっつけばいいんですわ!」
マリが顔を上げて勢いよく言う。
「いや、それは遠慮させてもらうよ」
そんな風に行列の最後尾で呑気に笑い話をしていた数分後、俺たちは縁がないと言っていた屋敷の玄関にいた。
俺たちには、ノラ王女と同じく屋敷の一室がそれぞれ割り当てられていた。しかも俺の部屋は、彼女の居室のすぐ隣だった。
代わりに、俺たちが本来滞在するはずの離れの小屋は、セラフィーノたちが入ることになった。
一流貴族に対してこの扱い……あまりに露骨すぎる……!
「えっと、俺たちの部屋の場所はここで合ってるんですか?」
一応なにかの間違いでないことをたしかめるため、俺は隣にいた使用人に問いかける。
執事服を着た男がこくりと頷いた。
「ノラ王女殿下がそのようにご希望をされております、今しがた渡した部屋割表にもそう書かれているはず」
男に促されて紙を見るが、そこにも俺たちの名前が書かれていた。
「でもこれでは、婚約者様――セラフィーノ様が黙ってないと思うのですが」
「王女殿下は、くじ引きでお決めになったとのことです。この雪国での滞在は、誰もが大変な思いをします。そんな中ですから、身分に関係なく全員の扱いが平等になるようにとのご配慮で、くじ引きを選択されたようです」
都合のいい嘘をよく思いつくものだ。
婚約破棄を望んでいるという裏側を知っている俺からすれば、それが建前でしかないことは考えるまでもない。
暗にセラフィーノに好意がないことを示すため、この手段を講じたのだろう。
「いやはや、なんと素敵な方でしょうか、王女殿下は。まさしく次期君主にふさわしいお方だ……!」
そう感嘆する若い使用人は、裏の意図に気付くはずもなく、どうやらノラ王女の作る仮面に騙されているらしかった。
きらきらとしたその目には、たぶん王女の理想の姿だけが映っているのだろう。
使用人に微塵の疑いも持たせないのだから、ノラ王女の演技の完璧さが恐ろしい。
案内されるまま、部屋の中に入ると、マリが言っていた通り豪華絢爛な内装に目を奪われる。
しかも、ベッドの整備や部屋の清掃はノラ王女の使用人が行ってくれるそうだ。まさに至れり尽くせりであった。
だが、あのセラフィーノが、すんなりとこの状況を受け入れるとは思えない。
さて、どうなることやら……
面倒なことが起きそうな予感しかしなかった。
翌朝、俺たちが通されたのは食堂だった。
鍵のかかった扉の先にある廊下をさらに渡った場所にあり、俺たちがいるには場違いな空間だった。
長テーブルの上には、すでにたくさんの料理が並べられている。
その近くの床には、先ほどまで小皿に入った魚の切り身らしいものも置かれていたが、それは壁際で待機していたキッチンメイドさんにお願いして下げてもらった。
たぶんキューちゃんのために準備してくれたのだろうが、キューちゃんはペットとして扱われるのを好まない。こんな置き方をしていたら、間違いなく怒ってへそもしっぽも曲げてしまう。
それにしても、先ほどお願いした時に思ったが、ここにいるメイドの数は相当なものだ。
俺たちに給仕するためだけに集められたとは到底思えない。
俺はアリアナにひそひそ声で話しかけた。
「なぁ、アリアナ。ここってもしかしなくても」
「きっとそうよね。これからノラ王女がここにくるのよね」
アリアナも緊張感を覚えているようで、ソワソワしている。
「また誰かの歓迎会?」
だが、そんな張り詰めた空気の中で、片側にいたフェリシーが首を傾げて言った。
その一言で、張り詰めていた場の空気が緩んだ。
彼女は元魔族で、ツータスタウンでの任務の際に出会って保護したばかりの少女。
まだ貴族との食事を体験したことがなく、ここまで大がかりなものは、フェリシーが俺たちの仲間に加わった際に開いた歓迎会だけ。
だから今回もその時と同じものだと勘違いしたのだろう。
アリアナがくすりと笑い、つられたようにエチカも口元を押さえる。
「もう、フェリシーちゃんってば! 笑かさないでよ」
「……笑わせてない。私、そんなつもりなかった……」
エチカの言葉を聞いたフェリシーが肩を落とした。
「分かってるってば~。落ち込まなくていいよ!」
その後も年少者二人が会話をするのを、俺は微笑ましく見守る。
いつもならこれに加えてさらに騒がしくなるのだが、今日は少し静かだ。
マリとサクラがここにいないからだろう。
この食堂に来る前にマリを部屋に呼びにいったのだが、断られてしまったのだ。
「わたくしは奴隷ですもの。王女がいるかもしれない場にご一緒するのはやめておきます」
ノラ王女からは、マリの同席についても気にしなくていい、と依頼時に言われていた。
だが、その事情を伝えてもなお、マリが首を縦に振ることはなかった。
身分以外にも理由があるかもしれない。
生き別れになった異母妹と再び顔を合わせることに思うところがあってもおかしくないし、もしかしたらノラ王女の近くにいて、正体がバレるのを危惧した可能性もある。
サクラもそんなマリの世話をするからといって、誘いを固辞した。
今頃、なにをしているのだろう。
俺がこの場にいない二人のことを考え始めたところで、メイドたちが唐突に頭を下げた。
どうやらノラ王女が来たようだ。
俺たちも慌てて立ち上がり、それにならう。
状況を理解できていない様子のフェリシーに頭を下げるよう伝えたところで、扉が開かれた。
ノラ王女が靴音をほとんど鳴らさずにしずしずと歩いてくる。
まっすぐに一番奥の席に向かうかと思ったのだが、彼女はフェリシーの横でぴたりと止まった。
その場に屈むと、ノラ王女がにこりと微笑んだ。
「こんなに小さいのに静かに待てるなんて、大変優秀なのですね、あなたは」
「……私、小さくない」
「あら。ふふ、そうですね。立派なお嬢様でしたね」
ドレスの色も相まって、ノラ王女はまるで、花弁に一切の汚れのない白薔薇のように見えた。
美しくあると同時に、慎ましい。
「素敵な人……」
アリアナがそう呟いてしまうのも納得だ。
――だがその実体は、とんだ猫かぶり……いやそんな可愛いものではなく、食虫植物だ。
理想の王女を演じながら、腹の中では相手をどう手中に収めるか企んでいる。
だが、この場で彼女の本性を知るのは、マリの件で脅されている俺一人だけだろう。
「あら、なにかありまして? タイラー・ソリス様」
ノラ王女が声をかけてきた。
表情は、まるで本当になにも分かっていないかのようなキョトンとしたものだが、俺の考えを見透かしていてもおかしくない。
「いえ、なにもございません」
俺が素知らぬ顔でそう答えると、彼女は薄紅色の唇の端を上げた。
そのまま彼女は最奥の上座に用意されていた自席へと向かい、儀礼的な挨拶を述べる。
「わたしたちの来訪を歓迎するとのことで、この食事は地元の貴族から寄進いただいたものです。どうぞ遠慮なくお召し上がりください」
食事が始まったと思ったら、どこからか弾き手が現れてヴァイオリンの演奏が流れる。
優雅すぎてついていけない。
馴染みのなさすぎる状況に若干くらくらしつつも、俺はうろ覚えの作法をどうにか思い出す。
それをフェリシーに教えながら、料理を食べ進めた。
やがて気まずい空気を感じたのか、アリアナが機嫌を窺うように少し上目遣いでノラ王女に尋ねる。
「えっと、今日はどうしてお招きくださったのでしょう?」
「ふふ、楽にしてくださいませ。別になにか考えがあったというわけではなく、急なお願いにかかわらず、護衛を引き受けていただいたお礼でございます。それに、お二人には昨日お世話になりましたから」
一瞬なんの話かと首を傾げるが、すぐに昨夜の出来事を思い出した。
この屋敷の風呂は、町にある温泉を引いているそうなのだが、そのお湯が大雪によって冷やされてほぼ氷と化していた。
魔法で薪に火をつけて、氷と化したそれを温めなおした一件を王女は言っているのだろう。
細かい温度の調節は、アリアナに手伝ってもらって、風呂問題を解決したのだった。
まぁ、魔法が使えれば、誰にでもできることだから、まさかそのお礼で豪華な料理を用意されるとは思いもしなかった。
やはり王族の感覚は一般人とは違うらしい。
「あなた方を屋敷にお招きしてよかったです」
「いえ、あれくらいならいつでも呼んでください」
ノラ王女の言葉に、アリアナがそう言って微笑み返した。
「ありがとうございます。アリアナ様にそう言っていただけると、頼もしいです。わたしのあたたかな夜は、タイラー様とアリアナ様がいれば守られますね」
そのやりとりで、ノラ王女はアリアナとすっかり打ち解けたようだった。
その後も、ノラ王女はエチカやフェリシーに程よく話を振って、和やかな雰囲気を作っていた。
食事の時間が終わりへと近づき、メイドがラテティーと焼き菓子を配膳しに来た。
「わ、すごい! アリアナさん。見て、猫ちゃん!」
「ふふ、そうね。私は犬にしてもらったわ。こっちも可愛いわよ? フェリシーちゃんは?」
「私は、お星さま。光ってるみたい」
女子の皆は、紅茶の表面にミルクで描かれた模様で大盛り上がりだった。
そんな様子を見てから、俺は一人、自分のもとへ運ばれたカップに目を落とす。
その中身を見てから、しばらく呆然とした後、ぞっと身震いした。
「タイラーは? どんな絵が描いてあったの?」
アリアナから尋ねられるやいなや、俺は一気に飲み干した。
舌も喉も火傷しそうな熱さだったが、仕方がない。
「えっと、キューちゃんみたいな猫かな?」
「見てみたかったかも、それ」
「ごめん、喉が渇いていたから」
アリアナにはそう誤魔化したが、実際は違う。
『十二時 屋敷広間 一人で』
俺のラテティーにはそんな指令が書かれていたのだ。
あまりに穏やかな雰囲気に油断していたから、してやられた気分だ。
俺はこのメッセージを送ってきた張本人へ視線を向ける。
その先にいたノラ王女は、ウインクを一つして軽くあしらったのだった。
正午、屋敷の広間、一人。
王女からの指示である以上、それは厳守しなければいけない。
それも、ラテティーに書いてくるという回りくどい方法をとったからには、相当な訳がありそうだ。
誰かに勘付かれてはいけないと気を回して、俺は部屋に鍵をかけて窓から外へ出るという遠回りで、広間の前へ向かう。
おかげで誰にも会わずに、目的の場所まで来られた。
まるで忠犬のように待ちながら、辺りを見回す。
「時間ちょうどになったら中から声がかかるのか……?」
時計は見当たらなかったが、そろそろ呼ばれてもいい時間だ。
せっかく余裕を持って着いたというのに、中に入っていないだけで遅刻扱いされるのは避けたいが……準備が整ったら呼ばれるのなら、ここで大人しく待っている方がいい気もする。
結局どうすることもできずに、その場でソワソワしていると、廊下の角からセラフィーノが突然現れた。
昨日会った時と同じように、自信に満ちた表情に変わりはない。
彼は赤い髪をかき上げつつ、大股のまま早足でこちらへやってきた。そして俺をひと睨みしてから、大きな扉を豪快に開け放つ。
「なんだよ……」
扉が壁にぶつかる音が響き、俺は思わず呟いた。
ちょっと無神経すぎないだろうかとしばらく呆れるが、ここを逃したら入るタイミングを失ってしまいそうなので、俺もセラフィーノの後に続いた。
扉が閉まる直前で慌てて中へ入り、俺は目の前の光景に思わず息を呑む。
白を基調としたその広間は、何本もの立派な柱で囲われており、神殿のようだ。
いかにも荘厳な雰囲気が醸し出されており、天井のところどころにはステンドグラスが嵌められている。
吊り下げられたシャンデリアが優しい黄金色の光を放つ。
まるで、王家の栄華を詰め込んだような空間だ。
雪が降りしきる田舎町には、似つかわしくないとさえ思う。
部屋の奥に目を向けると、一部が壇のようになっており、その上には金色の玉座があった。
後ろの壁には、王家の紋が刺繍されたシルク製で真紅の布が垂らされている。
ノラ王女は、その玉座に堂々とした居ずまいで腰かけていた。
部屋の雰囲気に俺が気後れする中、セラフィーノは一切遠慮せずにノラ王女の方へ詰め寄っていく。
「ノラ王女! なぜ、私が離れの小屋で、タイラー・ソリスがあなた様の隣の部屋なのですか!? 待遇が間違ってはおりませんか!?」
一直線に玉座へ向かいながら、セラフィーノが苦言を呈す。
「だいたい、私は公的に認められ、あなた様の婚約者となっているのです! 私というものがありながらそばに他の男を置くなど、王族として許されざる行為であるかと――」
玉座を見上げて強い口調で語りながら、彼はどんどん近づくが、その足が壇の手前まできたところでぴたりと止まった。
彼の足の先には、王家の紋がある。
それを踏むことは、臣下として許されないのだろう。
「あれは、全員に配慮して無作為に配置を決めただけです。気分を害してしまったのなら申し訳ありませんわ、セラフィーノ様」
ノラ王女が玉座に座ったまま心底申し訳なさそうに言った。
「えっと、いや、責めているわけではなくて……」
今のノラ王女の態度を見て、何も言えなくなったのかもしれない。
それまで熱くなっていたセラフィーノだったがすぐにトーンダウンして、そのまま黙り込んでしまった。
「では、本題に入ってもいいでしょうか?」
「もちろんでございます!」
ノラ王女の言葉に、セラフィーノが即答した。
「ありがとうございます、セラフィーノ様は単純……じゃなくて、話が早くて助かります!」
ちょっと本性が出かけているのはともかくとして、相手を手玉に取るようなノラ王女の話術はかなりのものだ。
「今日お二人を呼びたてしたのは、ご報告があるからです。タイラー様もどうぞお近くへ」
二人のやりとりを傍観している俺を王女が呼んだ。
このまま黙って後ろにいようと思ったが、そうはいかないらしい。
手に持った扇で手招きされたので、仕方なく壇のすぐ下まで向かう。
セラフィーノに睨まれながらも、俺は彼の隣に並んだ。
セラフィーノがこちらを見る視線からは、はっきりと敵意が感じられる。
よほど王女のそばにいる俺のことが気に食わないようだ。
俺は目をつぶって、隣を気にしないことに決めた。
セラフィーノの鋭い眼差しを受けながら待っていると、王女が口を開いた。
「わたしたちはしばらく、ここピュリュの町に滞在します」
「……それは、どうしてまた?」
俺が尋ねると、王女は残念そうな顔で説明する。
「大雪の影響です。この先は山間を通ることもあって、道幅が狭くなっております。もし雪崩が起きたら、被害は甚大になる。そのため、しばらく様子を見ようと決めたのです」
「でも、いつ雪がやむか分かりませんし、このままではずっとここに留まることになるのでは?」
「それなら心配ありません。ここの天気が約二週間の周期で、穏やかになったり厳しくなったりするのを繰り返すのは知っています。ちょうど昨日から雪が厳しくなりましたし、あと二週間ほどでまた進めるようになりますよ」
この辺りに詳しいノラ王女がそう言うなら、問題ないだろう。
だが、俺が納得して頷いたところで、隣にいたセラフィーノが憤慨し出す。
「ここに二週間⁉ つまり、私はそれまでずっと離れにいることになるのですか!? だいたい、どうして私がこんな扱いを!」
いや、部屋割りの件はさっきの王女とのやりとりで終わったはずじゃ……
まぁ、数日ならともかく二週間ともなると、彼の中でも許容できなかったのかもしれない。
セラフィーノは真剣な表情で、身振り手振りを交えてノラ王女に訴えかけていた。
「そう言われると、たしかに……何か他にいい決め方があれば」
セラフィーノの話を聞いたノラ王女が顎に指を当てて思案顔になった。
俺とセラフィーノは、王女の次の言葉を静かに待つ。
やがて彼女は少し口角を上げたかと思えば、手を叩いた。
「そうだ! それでしたら、お二人に対決してもらって、その結果がよかった方に屋敷の部屋を割り当てるというのはどうでしょう。実は、この町にしばらく滞在するにあたって、わたしから頼みごとがありまして、お二人にはその内容で競ってもらおうかと。一つの内容につき、勝者には一週間屋敷での滞在を認めます。とはいえ、今屋敷にいるソリス様には得のない話だと思いますので、爵位でもご用意しましょうか?」
ノラ王女がテキパキとルール説明をする。
どう考えても、今のセラフィーノの訴えを聞いただけで、その場で思いつくような内容ではない。
苦情が入ることを事前に察して、この計画を準備していたのだろう。
俺が呼ばれた理由もこの勝負を引き受けさせるのが本命に違いない。
ちょっとした報告くらいなら、執事を介してでも伝えられるし、セラフィーノと一緒に呼び出して、彼の対抗心を煽るのがねらいだったわけだ。
「いいでしょう……! このセラフィーノ、必ずやご期待に応えてみせます!」
ノラ王女の手のひらで踊らされているとも気付かず、セラフィーノは力強く答えた。
「ふふ。わたし、仕事ができる人は好きですよ」
「ははは、では私の仕事ぶりをしっかり見ていてください! 証明してみせますよ、たかが冒険者風情と公爵家。その格の差をね!」
そこまで言い切ってから、セラフィーノは背伸びをして俺を見下ろした。
まだどんな指令が下されるのかさえ教えられていないのに、自信たっぷりだ。
「もちろんソリス様もやってくださいますよね?」
ノラ王女が俺の意思を確認してくるが、そもそも肯定以外の回答は認められていないに等しい。
それに、これが婚約破棄の手伝いでもあるというなら、約束通り付き合わないわけにはいかなかった。
俺は、無言で頷いて応じる。
ノラ王女が俺の反応を見て、わざとらしく肩を落として、ほっと息をついた。
「では、任務について説明しますね!」
先ほどまでのしおらしい態度から一転して、ノラ王女が元気に話し始めた。
ひと通り説明を終えると、その内容を側近にまとめてもらったであろう紙を取り出して、俺とセラフィーノに手渡す。
何の気なく俺がちらっと裏面を見ると、そこには――
『完膚なきまでに倒しての勝利を期待しています』
とだけ書かれていた。恐ろしい王女だ。
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