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4巻

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  一章 全属性魔法使いは王女とともに北へ


 どうしてこんなことになったのだろう。
 そう思いながら、俺――タイラー・ソリスは窓の外に広がる雪景色をながめた。
 つい先日まで、東の方にあるツータスタウンという辺境で官吏かんりを任され、魔族のむダンジョン調査をしていたはずが、今は一転して北へと向かっている。
 そこに広がるのは、一面の銀世界。見渡す限り雪が積もっている。
 灰色の空からちらちらと舞う白い雪が、その地面のをさらに増していた。
 俺の出身地であるトバタウンだと、ここまでの積雪は見られない。
 ある意味ではあこがれすら覚えるような、珍しい光景だった。
 俺の妹のエチカや幼馴染おさななじみのアリアナも、後方の馬車でこの景色に夢中になっていることだろう。
 ただ、景色はともかく、この厳しい寒さは想像以上だ。
 猫の見た目をした高位の精霊――キューちゃんがいなければ、こごえていたかもしれない。

「にゃむ………ご主人様ぁ」

 その豊かな毛がもたらすぬくもりは、まるで天然の湯たんぽだった。お腹に手を入れていたら、熱いくらいだ。
 そんな俺のとなりでキューちゃんの温かさの恩恵おんけいあずかっている者が声をかけてきた。

「外ばかり見ていますが、それほど珍しいですか?」

 キューちゃんの背中に手を当てながらそう言う彼女は、ノラ・サンタナ。
 このサンタナ王国の王女であり、政変に巻き込まれた元王女・マリの腹違いの妹だ。
 マリを俺がかくまうことになった後、ノラは周囲に担ぎ上げられるまま、王女としての役目をになっている。
 今や彼女は、この国でもっとも重要な人物の一人だ。
 そのオーラも、俺みたいな一般階級の人間とはかけ離れていて、トップにふさわしい。
 ブロンドの髪はまるで純金で作った糸のようだし、琥珀こはくの瞳は銀景色の中に灯る聖火と見間違うほど美しい。
 まるで雪の精霊とも表現できそうだ。
 まぁ、彼女の性格を知っている人間からすれば、精霊なんて生易なまやさしいものではないのだが……
 どちらかといえば、雪の女王だ。

「えっと、ノラ王女は見慣れているのですか」

 俺は景色を見るのをやめて、ノラ王女に向き直る。

「いいえ。わたしも北の領土を最後に訪れたのは、幼い頃です。ただ、別に楽しむようなものでもないと思いまして、 ふふ」
「そ、そうですか……」

 話を続けようとしたが、彼女にあっさり打ち切られてしまった。
 興味のないことには、とことん無関心らしい。
 会話がなくなったことで、馬車が進む音だけが車内に響く。
 なんとも気まずい。
 俺は、冷たくなった指先に息を吹きかけた。
 そして、この空気から現実逃避するように、なぜ俺がこんなところにいるのかを思い返し始める。
 事の発端ほったんは、ノラ王女から任命されたツータスタウンでの官吏かんりとしての役目を終えて、拠点のミネイシティに帰還してからひと月も経たぬ頃。
 またしても彼女から召集がかかり、俺は一人で王城へと出向くことになった。
 前回ほど緊張することもなくノラ王女に謁見えっけんした俺は、最初にねぎらいの言葉をいただいた。

「ツータスタウンでの魔族退治、それに町の管理。大儀たいぎでしたね。さすがは超一流冒険者様の手際てぎわといったところでしょうか」

 それから、いくつかの宝石を褒美ほうびとして受け取った。
 本当は爵位しゃくいも与えるつもりだったようだが、それは辞退した。
 俺をうまく使おうとするノラ王女の目論もくろが透けて見えたからだ。
 それからツータスタウンでの出来事などをしばらく話していると、突然ノラ王女が話題を切り替えた。

「そういえば、今度、北方の辺境都市・ヴィティシティで四年に一度開かれる平和を祈念きねんする式典が行われます。他国の要人を招き、王族も参加するのがしきたりでして、代表としてわたしがその式典に参加することになりました。そこで、あなたのパーティに、その期間内の護衛をお願いしたいと思いまして」

 やはりきたか、と俺は身構える。
 前回もそうだが、ノラ王女が俺を呼び出す時は、大体なにか厄介事を依頼しようというねらいがある。
 急な話な上、長期の依頼ともなれば本当は慎重に検討したいところだったが、俺に断るという選択肢はない。
 それは、ツータスタウンの官吏に任命された時に、ノラ王女が、俺のパーティにいるマリの正体に気付いていることが分かったからだ。
 もしマリが逃亡中だと言われている元王女のマリアと同一人物であると公表されれば、どんな目にうかは想像にかたくない。
 つまり俺は、どんなお願いも断れないような圧倒的な弱みをにぎられているのだった。
 そこまで経緯を思い返したところで、俺は外の景色に目をやりつつ言葉を発した。
 変化のない景色のせいか、どれくらい時間が経ったか分からない。

「……闇属性の一族の終焉しゅうえんの地・ヴィティ。まさか、ここまでの豪雪地帯だなんて。思ってもみませんでした」

 数ある魔法の属性の中でも、特殊な出生の者のみが操れる闇属性魔法。その使用者たちが多く存在していたのが、このヴィティだ。
 魔族とあまりに近い危険な力を持つため、人々からきらわれ、先の戦いで滅ぼされたという話を聞いたことがある。

「そうですね。ヴィティは今でこそ平和の大地などと呼ばれておりますが、過去には大きな争いが起きた地でもあります。これだけ雪が降れば、魔族や敵が目眩めくらましとして使って、襲撃してきてもおかしくありません。頼りにしておりますよ、タイラー・ソリス様」

 俺はノラ王女の言葉に頷きながら、自分がこの地に来た目的を思い返す。
 何もノラ王女のおどしに屈しただけで、この過酷な任務に同行したわけではない。
 魔族と因縁いんねん浅からぬこの地ならば、おそらくツータスタウンで激突した魔族ガイアの言う『主上しゅじょう』の正体に迫れると思ったのだ。
 数年前に死んだ親父のことにガイアが触れていたことを考えると、もしかしたら、他の魔族も何か知っているかもしれないという希望的観測もあった。
 まぁ、同行を決めた後に、ノラ王女から護衛以外の厄介な依頼が追加されるとは、予想もしなかったけれど……

「……それと、例の任務もお忘れなきよう、お願いしますね」

 その内容は、国の行く末を左右する重大なものだし、同時にノラ王女の個人的な問題でもあった。
 急にノラ王女がすっと俺の方へ上半身を寄せて、耳元に手を添える。

「信頼していますよ、タイラー・ソリス様」

 優しく耳打ちされて、俺はドキリとした。
 彼女のペースに呑まれないように、俺は距離を少し開けて一呼吸置いた。

「その件に関しては……うまくいくか分かりませんよ」
「ふふ、大丈夫ですよ。なにせあなたは、お姉様の認めた殿方ですもの。ぜひ、わたしの婚約破棄こんやくはきを成立させるため、力を貸してください」

 もう一つノラ王女から頼まれていたのは、政略結婚の相手との婚約破棄のお手伝いだ。
 とにかくこの護衛期間中に、婚約相手がノラ王女をあきらめるように仕向けるから、その時のサポートをしてほしいとのことらしい。
 ……どんな任務だよ、それ!
 この話を聞かされた時は、思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。
 ただ、護衛を頼まれた時点で嫌な予感はしていた。
 一国の王女が、辺境の地へおもむくとなれば、その警戒態勢は厳重なはずだし、そこに俺のような一介の冒険者が呼び出されることはない。
 なにか裏があるのでは……と勘繰かんぐったところで、この追加任務だ。


「婚約破棄をしたいのです、どうしても」

 最初に王城に呼ばれて、警護の依頼の後にそう頼まれた時は面食らった。

「それはえっと、普通にお断りすることはできないのですか」
「それができないから、こうして頼んでいるんです。今の王家に全盛期の力はありませんから、有力貴族との結びつきは必要不可欠ですもの。ですが、わたしが望む相手ではありませんし、あの人とは相性があまり良くないんです。既にわたしに相手がいるならともかく、そういった話もありませんし」

 ツータスタウンの一件や今回のヴィティでの護衛を頼んできた時以上に、ノラ王女の私的な感情が伝わる言い方だった。
 とにかく、『婚約破棄したい!』という意志の強さだけは伝わってくる。
 任務に関わることとはいえ、一王女の結婚観を細かく聞き出すのも失礼だと思い、俺は話題を変えた。

「お相手はどんな方なんですか?」

 俺の問いに答えるノラ王女の顔は、かなり苦しそうだった。

「少なくとも私が苦手とするタイプです。一度お話もしましたが、絶望的に馬が合いませんでした。あれは最悪、いえ災厄さいやくというべきです」

 曖昧あいまいな言葉だったが、あれほど対外的に決して王女の振る舞いを崩さない彼女をもってして、ここまで言わせるあたり、よほど難があるのかもしれない。


 苦々しそうに眉間みけんしわを寄せてそう話していたノラ王女を思い出して、俺は思わずうなった。
 しかも、くだんの男はこの遠征部隊に同行しているらしいのだ。                    

「なんだ、これは。このような道では通れぬではないか!」

 男の大声が前方から聞こえてくる。
 行列の先頭からの声にもかかわらず、それははっきりと耳に届いた。
 その後も前方から男がさわがしくする声が響く。
 ノラ王女が嫌そうな顔でため息をついたのを見て、俺は察する。
 あれが、ノラ王女が婚約破棄したいという男か……
 いつも冷静なノラ王女には絶対に合わなそうだと、今の大声を聞いただけで理解することができた。
 そんなことを考えていたら、俺たちの乗った馬車が止まった。

「俺は一旦失礼します。前の様子を見てきますね」
「はぁ……ありがとうございます、タイラー・ソリス様。あの熱血で身勝手なバカと違って、気が利きますね」

 王女の愚痴ぐちに苦笑いを返してから、俺はキューちゃんを一度ノラ王女に預け、声が聞こえた先頭まで駆けていく。

「おや、タイラー・ソリスくんじゃないか。わざわざ君が来なくても問題なかったのに」

 ノラ王女の婚約者である男が、腕組みをしたままこちらをにらみつけて言った。
 なんとも挑発的な態度だ。
 セラフィーノ・フィアン。
 フィアン家は、四賢臣よんけんしん――俺に雷属性の魔法を教えてくれたランディと同じ名家――の一つに数えられる家柄で、火属性の血を引いている。
 切れ長の黄色の瞳でこちらを見る彼は、俺より少し背が低いが、すらりとしている。
 そんなセラフィーノは、俺からすぐに視線を外した。
 彼が目を向けたのは、俺たちの前に立ちふさがる雪の壁だ。

「誰かがきっと、僕らを通すまいとこの壁を作ったのだろうね。非道なやからだよ、まったく」

 セラフィーノが腕を組んだまま頷いて言った。

「……えっと、言いにくいんですけど。たぶん両脇のがけに積み重なった雪が崩れ落ちてきたせいかと思いますよ」

 俺が指さした崖は周りに比べて、明らかに積雪量が少ない。だからこの推測は間違っていないはずなのだが……

「いいや、これは誰かの陰謀いんぼうだよ、タイラーくん。君も、ノラ王女を守るために協力したまえ。さぁ、君は警護に戻るといい。ここは僕がどうにかするよ」

 俺の指摘は受け入れてもらえなかった。
 そればかりか、セラフィーノは周囲を気にせず単独行動に走ろうとする。

「さて、僕の火属性魔法で砕いてやるとするかな。下がってるといいよ、みんな。なにせ僕の魔法は、爆発するからね! 『エクスプロードッ』!!」
「あ、ちょっ――」

 俺が制止する前にセラフィーノが、腰に差していた剣を抜いて、雪壁に突き刺した。
 彼の詠唱の直後、轟音ごうおんとともに爆発が起きる。

「はは、どうだい、みんな! 見てくれたかな!」

 セラフィーノが勝ち誇った表情をしているが、そんな場合ではない。
 今の衝撃のせいで、今度は道の両脇にあった雪の壁が崩れようとしていたのだ。

「『ライトニングベール』……!」

 俺は慌てて、壁の崩壊を抑えるように、光の防御壁を張った。
 以前ツータスタウンで崖崩れを止めた経験が、こんなところで役立つとは。
 ふぅ、と俺は一息つく。
 あの時に比べれ規模は小さいので、支えるのはどうということもない。
 だが、危うく大惨事だいさんじを引き起こしかねなかった張本人には反省してもらわないと。
 そう思って、俺はセラフィーノを睨むのだが……

「はは、サポートありがとうタイラー・ソリスくん。これでノラ王女も僕を評価するに違いないよ」

 当の本人はまったく気にしていなかった。
 それどころか、良いことをしたと勘違いしている始末だ。
 この反応には、さすがに俺でもイラッとしてしまう。

「ソリス様がいてくださって本当によかった」
「まったくだ……お力はあるのに、どうも残念な人だよ」

 一部の部下たちがひそひそとささやっているのも耳には入っていないらしい。
 これは、ノラ王女が婚約破棄したくなるのも納得だ。
 思い込みが激しく、すぐに独断で行動する。挙句、本人はそれが間違っていても気にしない。
 しかも厄介なのは、実力があって、身分も高いので、その失態を正す人がいないことだ。
 さて、どうしたものか……
 婚約破棄だけでなく、ヴィティでの護衛任務でもトラブルが起きそうだと、俺は嫌な予感を覚えた。
 こっそり馬車に戻ってノラ王女に報告すると、彼女は長いため息をついた後、毒づくように言った。

「わたしの言いたいことが分かりましたでしょう?」

 俺は静かに頷く。
 まぁ、ノラ王女がセラフィーノを苦手としている理由は、さっき少し関わっただけでも十分伝わった気がする。

「ははは! では、ノラ王女へ報告しよう! きっとお褒めいただける!」

 沈黙を破るように、馬車の中までセラフィーノの高笑いが聞こえてきた。
 ノラ王女が先ほどより一段と深くため息をつく。
 俺は苦笑いしながら、王女の膝の上で眠そうにしているキューちゃんを抱きかかえた。

「じゃあ俺は、今度こそ戻りますよ」

 婚約破棄の依頼は、ヴィティに着いてからの極秘任務だ。
 今セラフィーノに見られて、変なごとを起こすわけにはいかない。
 だが、俺が馬車を出ようとしたところで、王女から思いがけずそでを引かれた。

「えっと、キューちゃんなら貸せませんよ? もし貸しても、たぶん目が覚めたら暴れます。俺以外にはとにかくなついてないんです」
「そうじゃありません。たしかにその子はとても温かくて、手放すのは名残なごりしいですが、それよりも伝えたいことがあるのです」
「婚約破棄の件ですか。念を押されなくても、約束は守りますよ」
「それも違います。完全に別件、あなたのところにいるサクラ・クラークというメイドの話をしたいのです。頃合いを見て言おうと思ったのですが、なかなかチャンスがなく言い出せませんでした」
「…………え、サクラ?」

 意外な名前が出てきて、俺は何度かまばたきをする。
 開きかけていた扉を閉めて、再び座り直した。

「はい。あなたの使用人ということは、わたしの今回の旅の同行者にもなるわけですから、念のために調べさせてもらいました。元はお姉様お付きのメイドだったそうですね」

 なんだそれ……すごすぎるだろ、王女権限。

「ええ、そうですが」

 唐突な話題転換に戸惑いながら、俺は答えた。

「あの者を直接雇用したのが、お姉様であることは知っていますよね? タイラー・ソリス様」
「あぁ、話は聞いています。たしかマリが辺境で拾ったんだとか」
「そうです。じゃあ、その辺境というのが、まさしくこのヴィティで、お姉様が式典に参加された時だったという話はご存知でしたか?」

 俺は目を丸くする。
 それはまったく考えてもみない話だった。本人たちにだって、聞いたこともない。
 ゆるゆると首を横に振る俺に、ノラ王女が顔を近付けた。

「やはり秘密にしていたのですね。もうあのバカが来るまで時間がありませんから、今はこれだけ言います。彼女には気をつけた方がよろしいかと。寝首をかかれるかもしれません。なぜなら彼女は――」

 サクラとマリがヴィティで出会ったという話をされてからずっと、理解が追いついていない。
 それも、気をつけろとか、寝首をかかれるとか、物騒ぶっそうな内容ばかりだ。
 雪に覆われた周囲と同じく、俺の頭の中が真っ白になる。
 だが、これまでサクラといた時間の方が、俺にとっては信じられるものだ。
 だから、俺はノラ王女の話をさえぎった。

「その先は言わなくて結構です」
「なぜですか? もしこの先聞きたくなっても、話しませんよ」
「サクラが自ら言わない以上、聞く必要もないと思っていますから。それに、寝首をかかれるとか、ありえません」
「……ふふ。そうですか。それは、美しいお仲間愛ですね」

 綺麗事きれいごとだと言われるかもしれない。
 それに俺だって、まったく気にならないわけではない。
 だが、本人が隠していることを他者から告げ口されるのは、俺が望むところではない。
 ましてや大事な仲間だ。過去がどんなものであれ、今の彼女らを信じたい。
 その思いを貫き通したかった。

「もうセラフィーノが来ます。今度こそ、失礼いたします」

 俺はノラ王女の乗る馬車から素早く降り、進路とは逆方向に走り出す。
 もともと俺たちパーティの持ち場は最後尾だ。
 俺だけが呼び出されて、ノラ王女と同じ馬車に乗っていたのは、依頼内容の確認のためだった。
 セラフィーノに勘付かれないよう、銀世界に紛れて『神速しんそく』――自身の移動速度を上昇させる魔法――を使う。
 アリアナたちの待つ馬車へ戻ると、目の前の光景に俺は面食らう。

「タイラー、遅かったわね。それに、さっき一瞬馬車が止まったけど、なにかあったの?」
「ソリス様、おかえりなさいませですの」
「おかえり、お兄ちゃん!」

 団子状態でくっつき合ったまま、アリアナとマリ、それからエチカが俺を迎えた。
 アリアナとマリが両端で、真ん中にサクラが座っている。彼女の膝上にはエチカが乗り、背中では元魔族の仲間で俺たちが保護した幼女――フェリシーがすやすやと寝息を立てていた。
 ノラ王女たちの馬車と違って、俺たちのものはかなり小さい。
 狭い空間の中に大勢が乗るとなれば、窮屈きゅうくつな体勢になるのも無理はない。
 だが、わざわざこんな片側に寄らなくても、多少スペースは余っているというのに……

「いや、なにやってるんだ……みんな?」

 俺が戸惑いながら聞くと、サクラが読んでいた本を伏せて顔を上げた。

「エチカ様が寒いとおっしゃるので、身を寄せ合うことで暖を取っておりました。しばらくこの状態ですが、動きづらいだけでそれほど温かくありません」

 じゃあやめたらいいのに。
 俺は半ばあきれながら、ついサクラの顔をまじまじと見てしまう。
 さっきのノラ王女の話を聞いたためだ。
 だが、彼女の様子はいつもとなにも変わらない。
 普通は集中できない環境下でさえ、本を読もうとするところなんて、まさしくサクラだ。
 やっぱり、なにも気をつけなきゃいけないことなんてない。

「ソリス様、どうかされましたか。そのような切なげな顔でそう長く見つめられると困るのですが」

 俺の視線に気付いたのか、サクラがおどけたように言った。

「あぁ、いや、えっと……なんでもないよ。切なげな顔をしたつもりもない。ちょっと寒くてボーッとしてただけ」
「そうですか。失礼いたしました。寒いのなら、私たちに交ざりますか? 暖を取れますよ」
「……遠慮しておく。というか、温かくないってさっき言ってただろ?」

 俺は、彼女らが固まる席の向かいに座る。

「タイラーってば、つれないわねぇ」

 アリアナはそう言うが、問題はそこじゃない。
 こんなすし詰め状態で、女子たちに囲まれて身体をくっつけ合うなんて、とてもじゃないができない。
 向かいのスペースががらんとしているので、俺はそちらを選んだ。
 キューちゃんがいれば、それだけで十分暖は取れる。
 そんなことを思っていたら、マリが勢い良く、俺の右側へ席を移動してきた。

「もしかして、キューちゃん目当てか?」
「いえ、違いますわ。わたくしはその……ノラのことを聞きたくて。なにをお話しされたのでしょうか、なんて」

 マリが上目遣いに俺の顔を覗き込んだ。
 サファイアのように美しい青色の瞳が少し揺らいでいた。
 何気なく尋ねるような素振そぶりだったが、かなり気がかりだったのが分かった。
 ……そりゃあ、そうか。腹違いとはいえ、妹なのだ。
 ただ、婚約破棄についてここで話すわけにはいかない。それにマリには、ノラ王女に脅されてここにいる話自体秘密だ。
 それを言えば、優しい彼女は自分のせいで俺に迷惑をかけていると抱え込みかねない。
 黙っておく心苦しさもあるが、仕方ない。

「……単に、護衛方法の話だよ。さっきもフィアン家のセラフィーノと少し揉めたからな」

 俺は別の理由を考えて、マリに伝えた。

「あぁ、ノラの婚約者になった方でしょう。昔から変わっていないみたいですわね」
「セラフィーノのこと、知ってるのか?」
「はい。といっても、ランディさんと一緒でそこまで深い仲ではありませんでしたわ。四賢臣であるフィアン家の長男で、歳はわたくしの一つ上。実力は高いと聞いていますが、極度の自信家だとか」

 どうやらあの振る舞いは、昔からのものらしい。
 俺が軽くため息をつくと、今度はアリアナが俺の左側へと座り直して口を挟んだ。

「そんな人だったのね。貴族って変わり者ばっかりなのかしら」

 ランディさんや、かつて王家相手に謀叛むほんを起こしたテンバス家のユウヒ、今話題に上がったセラフィーノを指してのことだろうが、その視線は俺の右側にいたマリに注がれていた。

「アリアナ様、それ、わたくしも入ってますわよね!?」

 前屈まえかがみになってにやにやとした顔を見せるアリアナに、マリが抗議こうぎする。

「さぁ、どうかしら? 今までの自分の言動を振り返ってみることね」
「むぅ、わたくしは常識人ですわ……!」

 いがみ合うようなたわむれるような……そんな二人のやりとりを見て苦笑いする俺の前で、エチカが立ち上がった。
 丸まるキューちゃんを抱え上げてから、俺の膝上にちょこんと座った。

「サクラさん重そうだったし、下りた方がいいかなって。それに、やっぱりお兄ちゃんの膝が一番落ち着くかも……」

 エチカが顔を上げて、俺に微笑んだ。
 ……おいおい、いつの間にか俺の周りが窮屈な状態になってるんだが?
 身動きは取りづらくなったうえ、両肩に伝わってくるアリアナとマリの温かさであったり柔らかさだったりを意識してしまうと、身体が硬直する。

「……サクラ、よくこんな状況で本読んでたな」
「じきに慣れます。それに、この空気。これから日が沈めばより寒くなると思いますから、温かくてちょうどよろしいのでは?」

 いや、まぁたしかに身体は熱くはなったけれど。
 それからまもなく、サクラの予想は的中した。
 日の入りとともに寒さが増して、ヴィティまでの道が見えなくなるほどの吹雪ふぶきに見舞われたのだ。
 それ以上先に進めないという判断を受けて、俺たちは近くで滞在できる町を探すことになった。


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平山和人
ファンタジー
Sランクパーティーに所属するテイマーのカイトは使えない役立たずだからと追放される。 さらにパーティーの汚点として高難易度ダンジョンに転移され、魔物にカイトを始末させようとする。 魔物に襲われ絶体絶命のピンチをむかえたカイトは、秘められた【神獣使い】の力を覚醒させる。 神に匹敵する力を持つ神獣と契約することでスキルをゲット。さらにフェンリルと契約し、最強となる。 その一方で、パーティーメンバーたちは、カイトを追放したことで没落の道を歩むことになるのであった。

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