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3巻
3-1
しおりを挟む一章 全属性魔法使い、官吏に任命される
俺――タイラー・ソリスは、もともと魔法属性を持たない落ちこぼれ冒険者だった。
それでも戦闘知識などを活かしてパーティに貢献していたが、ある日、ダンジョンの奥地にてリーダーのゼクト・ラスターンからパーティを追放される。
幼馴染のアリアナ・ベネットだけは一緒に残ってくれたが、強力なモンスターのワイバーンを前に絶体絶命。
だが、その窮地を前に俺の全属性魔法が覚醒すると、無事ワイバーンを倒して帰還するのだった。
それから俺はアリアナと新パーティを結成すると、全属性魔法を活かして、次々と依頼をこなす。
当初の目的であった妹のエチカの病を治す薬草を手に入れるため奔走する中、その道中で、王家の跡継ぎ争いに巻き込まれ逃亡中であった元王女のマリアと、そのメイドであるサクラと出会う。
そして、特殊な事情を知った俺は、彼女らを匿うことに決める。
そうして新たな仲間も加えつつ、超上級ダンジョンへ向かった俺たちの前に、有力貴族であるテンバス家のユウヒという青年と、かつてのリーダーのゼクトが立ちはだかる。
だがアリアナや、形の上では俺の奴隷となり名前を変えたマリの協力もあって、彼らを撃退することに成功すると、無事に妹のエチカの病を完治させたのだった。
それからしばらくして、ダンジョンから脱出したモンスターが街で暴れている件について、ギルドから調査を依頼される。
辺境での調査の末、黒幕がテンバス家当主のテトラであると確信を得ると、由緒ある有力貴族・ヘイヴン家と手を組んで、テンバスの悪事を暴こうと動き出す。
ヘイヴン家の奥義を身につけたり、刀を新調したりしながらモンスター暴走の真相に辿り着くのが……
その裏で、テトラによるクーデターが起こされる。
俺はヘイヴン家の長女である一流の剣士・ランディや、かつての敵だったユウヒの協力なども得て、それを退けると、街に平和を取り戻すのだった。
――が、しかし。
平穏な日々は、そう長く続くものでもないらしい。
「……『偉大なる冒険者タイラー・ソリス様へ』ってなんだよ、これ」
季節は秋へと移り変わり、一通の手紙が、まるで秋の嵐かのごとく、唐突に俺のもとへと届いた。
テンバス家が引き起こした動乱の処理を終えて、王都からミネイシティへと帰ってきてから約一週間。
悪事の真相や、裏で糸を引いていた魔族という闇に包まれた存在など、いくつも引っかかることは残ったままだった。
だが、全て調査中だと王室の役人に聞かされていた俺は、戻ってきた日常をありがたく享受していたのだ。
今日だってアリアナ、マリと三人で、超上級ダンジョンでの依頼をこなし、無事に帰ってきたところだった。
そんな矢先、「ご内密に」とギルド職員に握らされたのがこの手紙だ。
「決して他の人間に見せないように。パーティメンバーにもご遠慮ください」
さらに念押しで強く忠告されている。
アリアナやマリは、俺だけ呼び止められたことを若干気にしていたが、俺はどうにかその場を誤魔化して、何事もなかったかのように帰宅すると、自室へと手紙を持って引っ込んだのだった。
ろう製のスタンプにより、堅く綴じられた問題の手紙を開けないまま、魔導灯へとかざす。
だが、残念ながら何にも透けてくれやしない。へたっとその端が折れるのみだ。
ここまで厳重なのだから、差出人の名前を書いていないのは、忘れたわけではなく、わざとなのだろう。
そこまで考えてから、背筋にゾワッとした感覚を覚えた。
……一人で開けるのはどうなんだ、この封筒。あまりにも怪しくない?
だが、他の人間には見せないように言われているし……
「あっ、人間じゃなければ――」
俺はそう思いつくと、丹田に魔力を集めて召喚魔法を発動する。
「呼ばれて飛び出たっ! ご主人様の最愛の愛猫、愛すべきキューちゃんですよっ。さぁ愛してください!」
ポンッと俺の前に現れた猫の姿の精霊獣――キューちゃんに、俺はツッコミを入れる。
「愛が多すぎだろー」
「愛は多すぎるに越したことはありませんっ。それで、ご主人様。今日はどうされたんです?」
キューちゃんは、俺の肩の上に乗ると、しっぽを俺の首にくるりと巻いて揺らした。
もふもふっとした感触が、俺の顎に打ち付けられる。
まぁまぁな鈍痛を感じたものの、彼女の機嫌がいいことは分かった。
人型になることもできる彼女だが、精霊獣なら人間には該当しない。
ズルかもしれないが、ちゃんとギルドからの言いつけは守っていると自分に言い聞かせて、俺はキューちゃんに封筒を見せた。
「この手紙を一緒に見ようと思ってさ」
「……はっ、ラブレターですか! 今すぐ破り捨てましょう! 不幸の手紙に違いありません!」
いや、それはありえない。そんなものを、あんな厳格な形で渡されても困る。
俺は軽く首を横に振って、手紙に向かって伸びる彼女の前足を押さえた。
肉球がふにん、と手のひらの中で沈む。
「なぁ、今から見るものは、俺とキューちゃんだけの秘密にしてくれるか?」
「え。ボクとご主人様の秘密、ですか……」
ごくん、とキューちゃんの喉が鳴った。
「二人だけの秘密! もちろんです! 常々欲しいと思ってたんですよっ。オレンジの人にも、銀の人にも、もちろん黙っておきますよっ」
「色で呼んでやるなよ……それと、サクラにもエチカにも秘密な」
一応やんわり注意しておきながら、俺は再度手紙を手にする。
ベッドのヘッドボードに置いていた小刀で、中身を傷つけないように慎重に封を開けた。
中には、さらに封筒が折って入れてあり、その中にも、また中にも封筒。
「もしかして馬鹿にされてる、俺……?」
そう呟いたとき、一枚の便箋がその姿を見せた。
キューちゃんが俺の肩から飛び降りて、それを咥えて引っ張り出す。
中身を読む前から、俺は驚愕する。そこに朱色で押印されていたのは、八重の花。
以前マリにも見せてもらったサンタナ国王家の紋だったのだ。
キューちゃんが器用に前足でそれを広げて読み出す。
「ふむふむ……『タイラー・ソリス様。あなた様を、当代最高の冒険者と見込み、お伝えしたいことがございますので、王城までいらっしゃっていただけないでしょうか。来る際は必ずお一人でいらしてくださいませ。サンタナ王国ノラ』、ですってご主人様……ノラってことは野良猫ですか?」
「……ううん、むしろ真逆なくらいだ。温室育ちどころか、王城育ちだよ」
『ノラ』といえば、マリの異母妹であり、サンタナ王国・現王女にして、次代の王と目される少女だ。
かたや手紙を受け取った俺は、ただ一介の冒険者。
超上級ギルドに属しているかどうかは、王家という身分の前にはまるで意味をなさない。
なぜそんな俺に手紙が……
そう思っていたら、キューちゃんが再び手紙に目を落とす。
「ご主人様、まだ続きがありましたよ? えーっと、『もし、いい返事をもらえないようなら、あなた方の重大な秘密を公にいたします。ご了承くださいませ』ですって」
読み終えると、褒めてとばかりに、キューちゃんは俺に頭を擦り付ける。
が、俺はそれにすら反応できない。
……脅しじゃねぇか、明白に! 秘密の中身はいっさい教えてくれないし。
他の人が差出人なら、たぶん無視を決めていたが、相手は現王女。ただの嫌がらせ、悪戯ではない凄みがある。
たしかノラ王女は従順でおとなしい性格と聞かされていたが、あれは嘘だったのだろうか。
行った先で待っているものに、嫌な予感しかしない。
「なぁキューちゃん、どうしようか、これ。行くしかないかなぁ、やっぱり」
「よく分かりませんけど……ご主人様が行くのであれば、ボクはどこへでもついていきますよ!」
勢いよく応えるキューちゃんを見てから、俺は天を仰いだ。
……あー、なにも考えたくない。
こうしてずっと、キューちゃんを撫でて、ぼーっとしていたい。
アリアナとサクラの手料理をいただいて、マリが大食いする様子を眺めたり、エチカの笑顔に癒されたりして過ごしたい。
しかし、そうもいかない。
数日後、俺は一人で王城を訪れていた。
今は、控え室に通してもらい、謁見の時間を待っているところだ。
どうやら俺の来訪は、王城内でも極秘らしい。
正面ではなく裏口から城へと入れてもらい、この部屋までの移動も執事が付き添ってくれた。
正直、アリアナやマリに隠れて、こそこそと動くのは、良心も痛むし、億劫だった。
けれど、ノラ王女からの手紙が本物であり、なにかの秘密を握られている以上、その命令はほとんど絶対だ。一冒険者が無下にできるものでもない。
魔族に関する件で、調査に呼び出された、なんてそれらしい理由をつけて、遠路はるばるやってきた。
……といっても、『ホライゾナルクラウド』という大きな雲を生み出して移動する風属性魔法で駆けるように移動したため、たいした時間は要さなかったのだが。
「……異次元だな」
俺は部屋を見回してそう呟く。
控え室とはいうが、家が立っていてもおかしくないくらい、そこは広々としていた。
間取り、家財、全てが国の栄華を謳うかのようだ。
先日までお世話になっていたヘイヴン家の部屋にもかなり驚かされたが、さらに上を行っている。
幾何学文様の施された毛足の長い絨毯、壁には額縁に入れて飾られた絵などもあり、力の入れようがまた一段違った。
我が家でくつろいでいる普段の状況を考えたら、正装に身を包んでいるのにも、違和感があった。
いつまでも落ち着かない気持ちでいると、先ほど案内してくれた執事が迎えにやってきた。
「タイラー・ソリス様、大変お待たせいたしました。ノラ王女殿下の支度が整いましたゆえ、こちらへどうぞ」
王女のいる広間までの廊下はかなりの距離があった。
ただ黙って真紅のカーペットを歩いているのも、居心地が悪いと思い、俺は執事に話しかける。
「ノラ王女はどういう方なんでしょう?」
軽い与太話ついでに、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
これまで、マリから聞いてきた印象では確か、『従順で聞き分けのよい子』という話だった。
だが、もらった手紙はその認識とは異なっていたし、そんな穏やかなものには思えなかった。
むしろ、連なる文字に牙を剥かれているような感すらあったくらい。
この執事ならより正確なノラ王女の印象を話してくれると思い、試しに聞いてみたのだった。
「ノラ様は、とても素晴らしい方ですよ。実に、王女様らしく振る舞われる方です」
手放しで褒める執事に俺は再び問いかける。
「……えっと、それだけですか」
「きっと、あなた様もお会いすればその素晴らしさが分かりますよ」
微笑みを浮かべて答える執事を見て、俺は眉間を押さえた。
あ、だめだ、これ。
完全にノラに心酔しきっていて、まるで参考にならない!
気付けば、王女のいる広間の前に到着しており、そのまま大きな扉が開く。
視界の先には、ノラ王女がいた。
「よくいらっしゃいました。タイラー・ソリス様。そう頭を下げなくても構いません。どうぞ、面を上げられて?」
余計なほど広く感じる一室の向かいから、ノラ王女がそう声をかける。
神殿のような大広間にいるのは、俺と彼女の二人きり。側に護衛もついていない様子で、見たところ、ノラ王女は一切の武装もなく、少し高いところにある豪奢な椅子に座っていた。
むろん、俺に狼藉を働くつもりなどないのだが、それにしたって無警戒だ。
信頼の証、ということだろうか。
「どうして呼ばれたのか、とそういう顔をしておりますね、タイラー・ソリス様」
俺が怪訝に思っていると、ノラ王女が口を開いた。
筋の通った鼻立ちなど、マリによく似た美しい顔が、ほんのりと緩む。
琥珀色の目が、薄く細められた。
それだけ見ていれば、なるほど従順そうだと称されるのもよく分かる。
優しい声音も、その印象を強めていた。
「……はい、正直。なにがなんだか」
「それでしたら、簡単ですよ。あなたにお願いがあったから、お呼び立てしました。本当はこちらから行くべきなのでしょうが、わたしはこんな身分ですから」
「いえ。そんな、王女様にご足労はかけられません」
「さすが、一流の冒険者様は礼儀正しいのですね。では、お願いの内容を聞いてもらえます?」
俺は唾を飲んでから、ゆっくり頷いた。
手紙ではなく口頭でなければいけない願いの中身が一体どんな話か。
そう思って待っていると、ふふ、と含むようにノラ王女は笑う。
「ですがその前に、私が握っている秘密の方をお教えしましょう。気になっているのではありませんか」
姉であるマリとは全く違った彼女の笑みは、覗き込んでも底が知れない。
そんな気がして、ちょっと口角が引き攣ってしまった。
ただ人の好い王女に醸し出せる空気感だとは、到底思えない。
「えぇ、それはもちろん気になりますが……」
慎重にノラ王女の問いに応えると、彼女が話を切り出す。
「では、先に。秘密というのは、あなた方の引き連れていた奴隷についてのことです」
背筋をなぞるように、ぶわりと緊張がいっぺんに駆け抜けた。おいおい、まさか……
「わたしの目はごまかせません。あの奴隷は、お姉様――マリア元王女殿下、間違いないでしょう?」
その、まさかだった。
父であるはずの王様だって、死に直面した状況で周りの人間に気が回らなかったのか、マリが失踪した自分の娘だとは気付いていなかった。近臣たちに怪しまれることもなかったが……
どうやら異母妹には、見抜かれていたらしい。
頭の中が一瞬真っ白になって、俺はなにも答えられなくなる。首筋を冷や汗がつぅーっと伝う。
ノラ王女は席を立つと、ドレスをつまみながら、わざわざ時間をかけるようにゆっくりと俺の前までやってくる。
「分かりますよ。いくら外見が変わっても、あの目、雰囲気、わたしがずっと影から見てきたマリアお姉様そのものですから」
「えっと他人の空似では?」
「シラを切りますか、なるほど。お姉様を思われての発言は素敵ですが……この情報、公開されたらどうなるでしょうねぇ。あなたとわたし、一冒険者と、失踪した姉の妹である現王女、どちらの発言に信憑性がありますか?」
マリは、処刑されるところを逃げ出した身だ。
彼女を追いやったテンバスが消えたとはいえ、マリのことが明るみに出たら、どうなるか分からない。
「……お願い、聞いてくれますよね?」
ノラ王女が耳元で囁く。それは質問というより、最終確認のようだった。
心の内を完全に見透かされ、首元に刃を突き付けられたような、そんな気分になる。
だが、なにも知らないままでは可否は下せない。
俺は怯みつつ尋ねる。
「それで、お願いというのは?」
「これは、あなたにしか頼めないお話。どうか、わたしからの勅として、依頼を受けてほしいのです」
「な、内容はどういったものでしょう?」
「難しいことではありません。元テンバス領の官吏に赴任してほしいのです」
……えっ? と俺はしばし固まる。
官吏といえば、国家に直接仕える上位職の役人だ。
以前、王に謁見した際には、冒険者を続けていたいという理由で貴族の身分の叙勲を断ったはず。そこへきて、次は役人になれとは……
突然の依頼に、俺が絶句していると、ノラ王女が話を続ける。
「大丈夫。難しい公務をしてほしいわけじゃないですから。あなたには、ダンジョンの調査と町の警護を行ってほしいんです。それでしたら、今の冒険者稼業の延長線上のお話だと思いますが」
「……調査と警護、ですか」
「はい、もちろん事務仕事や街の政治も一部は割り振られるでしょうけど。メインの依頼はそこではないです……あなたも、知ってらっしゃいますでしょう? ダンジョンが今も、各地で新たに発生していること」
それくらいは、もちろん知っている。
発生の理屈はいまだに解明されていないが、年々少しずつ増えているのは冒険者にとっての基礎知識だ。冒険者登録を前に、研修で学ぶ項目である。
「存じていますが、それが何か?」
「そのいわば未開のダンジョンが、旧テンバス領でも多く発見されているらしいのです」
「旧テンバス領で、ですか」
「はい。テンバスはその事実をこれまで隠蔽しておりました。彼らが捕まったことで、表沙汰になったのですが……臭うとは思いません? 何か秘密があるかも」
言葉とは裏腹に、ノラ王女の声には確信めいたものがあった。
彼女は、しずしずとした足取りで壇の上へと戻っていく。
降りてきたのは、どうやら俺に圧をかけるためだったらしい。
やはり、ただ大人しい飾り物の王女ではない。そして、単に人間のできた素晴らしい人というわけでもない。
有力貴族に従順なふりをしていたのも、処世術の一つなのだろうか。
ノラ王女は再び背もたれのやたら高い、立派な椅子に座ると口を開いた。
「旧テンバス領は、ひとまず国の管轄になっています。ただ、いまだに街の混乱は続いていて、荒れ果てている場所もあると聞きました」
「そんな中に未開のダンジョン……」
「危険さはお分かりいただけるでしょう?」
発生したばかりのダンジョンは、当然だが開拓されていないし、中の調査も不十分な場所だ。
どのレベルのモンスターが潜んでいるか、何階層あるか、そういった情報も分からない。
中には、金欲しさに、勝手に侵入してしまうような蛮勇を振るう者もいるとか。
「テンバス家が、ダンジョンの発生をなぜ隠蔽し、そこでなにをやっていたか。それもまだ、全容は不明です。うかつに踏み入って、対処できなくなるのが一番困りますから、今はただ現状維持に努めています」
「……そこを調査すれば、なにか手がかりが見つかる可能性がある、と」
「はい。ですから、事情を知っていて、実力も申し分のないあなたが適任なのです、タイラー・ソリス様。今ならアリアナ・ベネット様も、一緒に官吏に任命しますよ。お姉様には身分上、役職は与えられませんが、随行は構いません」
いつの間にか俺の前に戻ってきた彼女の手に握られていたのは、任命書。控えのものを含め、二通ある。
俺宛てに送られてきた手紙と同様に、王家の紋がもう押されていた。
「さて、どうされます? 判を押すか押さないか」
ノラ王女は目を細めて、ふふ、ふふ、と笑う。
逃げ道はほとんどないようなものだ。
答えはすでに決まっているも同然だったが、一つだけ聞きたいことがあった。
「あの、どうしてノラ王女の名のもとなんです?」
俺の問いに、ノラ王女が苦い顔をする。
「……痛いところをつきますね。言ってしまえば、わたしも今の立場を守らなければなりませんから。もともとテンバスに担がれていたのが、わたしです。わたしをよく思わない貴族も多い。ですから、絶対に失敗しないだろう人にお願いをして、成果を出すことで、自分の立場を確固たるものにしたいのですよ」
「それが、俺だと?」
「はい、まさに。だって、ソリス様はお姉様が信用しているくらいですからね。それで、どうされます?」
……そこまで信頼されているなら、断れるわけもなかった。
俺は受け取った小刀で指先を切り、血判を押す。
俺がその紙を渡すと、ノラ王女は、もう返さないとばかりに、背の後ろへそれを隠した。
「ふふ。やはり、あなたは断りませんね」
「……マリのこと、秘密にしていただけるんですよね?」
「もちろん。王家たるもの、約束は守りますよ。信頼してくださいな。わたしも、あなたを信じますから」
その言葉とともに任命書の控えを受け取ると、俺は王城を後にしたのだった。
王女直々のご指名をいただいてしまった。
俺はいまだ実感に乏しい状態で、これからやることを考えた。
任務中の屋敷などは用意してくれるそうだが、引っ越し等の準備も必要である。今度はヘイヴン家にお世話になった時みたいに腰かけではすまない。
それに、まずは帰ったらアリアナたちにこの状況を説明しなくてはならない。
マリが負い目を感じないようにするためにも、ノラ王女との約束を守るためにも、彼女に脅されたことは誰にも言わないつもりだ。
それから……
そもそも公務っていったい、なにをするものなのだろう。勉強の必要があったりして。
ふとそこで、こういう話に詳しい知り合いを思い出した。
「へぇ、タイラーくんが官吏かぁ」
俺が訪ねたのは、サンタナ王国、四賢臣の一つに数えられるヘイヴン家の跡取りとなる女性――ランディ・ヘイヴン。
彼女は、屋敷の応接室で俺の報告にそう反応した。
「自分でも、まだよく分かってませんけどね」
俺は頬をかきながら、そう応える。
ランディさんは美しい見た目をしていながら、剣の腕も立つ。だが完璧に見えるようで、センスは風変わりだった。
今日も、蒼色の長い髪を猫のマスコットがついた髪留めでまとめるという、不可思議なコーディネートだ。
格式高くモノトーンで統一された一室で、彼女だけ浮いて見える。
「官吏はねー、なんかこう、お堅いことしたりするのかなぁ、たぶん。そんな感じだよ~」
ランディさんは陽気にそう言った。
……前言撤回しなきゃだ、これ。
あまりにも、ふわっとしすぎである。これも、ランディさんらしさといえば、そうなのだけど。
「なるほど……」
「そういえば、ランちゃんもねぇ、ダンジョン調査に行くことになったんだ~。残念ながら、違う場所だけど、山を挟んで隣町だね」
俺が官吏の仕事の一環で、ダンジョン調査をする話を切り出すと、ランディさんが思い出したようにそう言った。
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