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2巻

2-3

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い回れ、クインティプル・ソイルドラゴン!」

 いつかアリアナに教えられた前口上とともに、その真ん中へ刀を突き刺した。
 ソイルドラゴンは全属性魔法を操れるようになった最初のうちから使用していたが、こちらも俺のレベルに応じて進化していた。
 前は一つのうねを操る程度だったが、今度は五つの方角へ向けて、土脈がうねり、動いていく。
 モンスターに向けて広範囲の攻撃を加えられる技の一つだ。けれど今回の狙いは、モンスターの駆除ではない。

「森が生き物みたいに揺れてますわっ!!」
「うん。でも私たちの周りだけ、なんにもないみたい……」

 地面を震わせ、その振動を木の根から枝葉まで伝えていく。
 土の竜を複数の方向に操るには、大量の魔力だけではなく、かなりの神経も使う。一本一本、別々に動こうとするベクトルをたばで制御するイメージだ。
 一方、全体を揺さぶるイメージも必要不可欠である。集中を切らさぬまま、刀をさらに強く奥へと差し込んでいった。
 練度を維持した魔力を伝え続けていたところ、ばさりと羽音が起こる。

「ガルルゥゥ……ガルッ!」
「シャァァッ!」

 狙い通り、翼を持つモンスターたちが各所から飛び上がったのだ。
 合計して十体近くといったところか。例のイルマバードの姿もちらほら見える。空の一画を、上級クラスモンスターが埋めるのだから、なかなか壮観だ。

「あとは任せて、タイラー!」
「わたくしも助太刀すけだちしますわ。エレメンタルプラズム・改! ……アリアナ様の矢にご加護を!」
「ありがと、マリ。さぁ行くわよ。地の果てまで追い詰めろ、ウォーターアロー連弾!」

 水だけではなく、光の魔力をも纏い、煌めきを帯びたアリアナの矢は何本かに分かれ、空高くに放物線を描く。
 そのうちに、俺も土魔法から種別を切り替えていく。
 身体の中の魔力をまだ色のない状態へと戻して、今度は一転、雷魔法。刀を抜いて、アリアナの弓が届かなかったモンスターへと放つ。

「エレクトリックフラッシュ!」

 たぶんオーバーダメージな技を食らわせる。どちらも、ばっちり命中していた。
 アリアナの弓は正確だったし、俺の攻撃は、うん、範囲の広さでカバーした。
 そうして少しののち。飛行系のモンスターたちが一斉に、暮れかけた空から落ちた。俺は刀を軽く振って、帯びた電気を払い落とす。
 ティン、と軽い音とともに、刀を腰に収めた。

「さっすがですわっ! わたくしの主人はっ!」

 待っていましたとばかり、マリがダイブしてきた。
 ……その言い方、色々とまずくない? 具体的に言うなら、アリアナがなんて言うか。
 そう思うのだが、美麗びれいなアーチャーは矢を引き終えた手をそのままに、呆然ぼうぜんと固まっていた。

「……アリアナ、帰ろうか? そろそろギルドに戻る制限時間だろ」

 顔の前で手を振ってみると、やっと気づいたらしい。

「あ、うん! びっくりしちゃって……ほんと規格外すぎよ」
「俺だけの話じゃないっての。ここまでうまくいったのは、二人が手助けしてくれたおかげだよ」

 二人の協力なしでは、そもそも使えない技だったろう。

「それにしても、これだけ狩ったんだし。しばらくモンスターが脱出することもなくなってくれればいいんだけどな」
「たしか時間が経ったら、また増えるのよね?」

 そう、どれだけ狩り尽くそうとも、モンスターが絶滅することはない。
 万が一、狩り尽くしてしまったら冒険者としては生活に困るから、俺にしてみれば、どちらにも転んでほしくなかったりする。

「まぁでも、たぶん元の数に戻るにはかなり時間がかかるんじゃないかしら!」
「きっとこれで脱出はなくなりますね♪」

 アリアナとマリは、そうよねー、ですわよねー、と意見が一つであることを確かめ合う。
 俺は一人、嫌なフラグが立っている気がしてならなかった。


 朝の食後のひと時、サクラが俺に新聞の号外記事を読み上げる。
 どうやら飛行系モンスターを掃討したはずの日の夜に、またイルマバードがミネイシティを襲ったらしい。
 俺の嫌な予感が的中してしまった……
 今度はやや街の外れの方で、住民が怪我を負う被害もあったそうだ。
 死者が出た例はないというが、家もいくつか倒壊してしまったらしい。

「たまたま冒険者が近くにいたようで、退治に成功したそうです。お手柄をあげたのは……」

 リビングにはマリもいたが、テーブル席に残っていたのは、サクラと俺の二人きりだった。
 元王女のメイドだった彼女だが、今やすっかり、家族の一員だ。
 ハリガネが入っているのかと思うほど、まっすぐ伸びた背は、エチカと変わらぬほど小さい百五十センチ。
 けれど、この家の中では最年長の二十歳だ。
 続きをうながすようにサクラを見ると、彼女は苦虫をつぶしたような表情をしていた。

「お手柄は……? 誰なんだよ、そこで止められると気になるな」
「……貴族家召し抱えの冒険者だそうです。面白くありませんね、下手な絵物語より面白くありません」

 サクラは、いきなり新聞紙を捻りあげると、ページを半分ずつに破ったのち、ちぎりはじめる。それが済んだら、これでもかと丸めだした。
 突然のご乱心だ。何かさわることが書かれていたのだろうか。

「ど、どうしたんだよサクラ」
「いえ、唐突に油処理に使えるなと思っただけです。気にしないでください」

 サクラの夜空のような黒い瞳は、一切揺らいでいない。

「唐突すぎるだろ……!」

 結局、その冒険者が誰かは分からずじまい。
 ただ、ことサクラに関しては、これくらいの想定外は日常茶飯事といえばそうだった。
 ふと俺なりに考えついたことを、サクラに言ってみる。

「……あ。もしかして、召し抱えってところに反応したのか。城仕えのメイドに戻りたい、とか?」
「いえ、そんなことはありません。この家にいられることは、この上ない幸福です。それに、私は住み込みの家政婦ですから。城でこそありませんが、メイドみたいなものですよ。夢破れて一文無いちもんなし、という設定です」
「それ、覚えてたのかよ」

 たしか、マリを奴隷にした時に決めた設定だ。
 万が一、身分を尋ねられるようなことがあった際の言い訳である。

「紅茶をおれします」

 サクラは、これまた突飛な発言とともに席を外す。
 彼女の手には紙屑かみくずとなって、もはや原形のない情報紙が握られている。
 戻ってくると、それがカップとソーサーにすり替わっていた。

「どうぞ、ソリス様」
「……ありがとう」
「日頃の感謝をありったけお詰めしました。どうぞお召し上がりください」

 なんの記念日でもないのに、やたらと力の入った言葉だった。
 俺は何気なく一口含んで、すぐにカップを置いた。というより置かざるをえなかった。
 なんでかって、もう、べったべたに甘い。頬がひきつってしまう甘さだ。

「私は城のメイドに戻りたいなどと思っていませんよ。この家に残り、ソリス様のお世話をさせていただきたいと思っております。その気持ちをお紅茶にて、表現いたしました」
「砂糖の量でかよ!」
「それくらいが、ちょうど私の心の甘さです」

 うっすら赤面してみせる元メイドさん。
 白黒にフリルな給仕服も相まって、まるでお人形のようだ。
 ただし、分かりにくいが、ちゃんと感情はあるし、少しポンコツだ。
 彼女は俺の前へ座り直すと、じぃっとこちらを見つめてくる。
 飲み終えるのを見届けるつもりらしい。甲斐甲斐かいがいしいお世話もここまで来れば、監視状態だ。
 観念して、俺はカップに口をつける。

「お、美味しいよ、サクラ」

 彼女の口元は満足げに少し緩んでいた。
 ……それにしても、やっぱり彼女の感情は読みきれない。


 サクラの淹れた紅茶を一滴残らずしっかり飲み干した後、俺はアリアナたちとギルドを訪れていた。

「ソリス様、大丈夫ですの?」
「タイラー、顔色悪いわよ」

 アリアナとマリが俺の顔を覗き込んでくる。

「うん。ちょっと胸焼けしてるだけだから」

 一時間経っても、たっぷり溶かされたサクラの「お気持ち」は、腹の中でうずを巻いている。
 胸の奥は重たいし、舌はざらついていた。
 けれど、それよりもモンスター脱出調査の件の報告で俺の意識は完全にそちらへ向く。
 俺は気を取り直して膝に手をつき、サラーさんに伝える。

「……夜にモンスターたちが逃げ出している可能性が高いと思います」

 水を注ぎながら、サラーさんが渋みあふれる声で聞き返す。

「夜に……ですか?」

 そう、それこそが俺たちがたどり着いた、とりあえずの推論だった。

「はい、昨日の夕方、森にいたイルマバードは一斉に倒したんです。それでも夜に街に現れたということは……夜のうちに生まれて、なんらかの理由で脱出したのかと思ったんです」
「しかし……一応、夜に何事も起きないか、過去にも何度かダンジョンの入り口を見張らせていたのですが……その時は特に異変はありませんでしたよ」

 むぅ、とギルド長とサラーさんが唸る。

「ですが、ダンジョン自体も入り口を監視しているだけで全てを見張っていたわけじゃないですよね?」

 俺の指摘に、現ギルド長が頷き、口を開いた。

「……ダンジョンはかなり険しいですし、横手に入ると深い森に繋がっています。ですから、外から監視できる範囲は、せいぜい手前の方だけですね。もう片側はただの絶壁なので、なにかあるのは考えにくいかと」

 若干言葉に詰まりながらも、ギルド長が説明した。
 サラーさんとは対照的に、自信なさげな印象だ。
 そんな彼に、アリアナが首を若干かしげて問いかける。

「ちなみに、ダンジョンの中からも見張ってたりもするんです?」
「い、いえ、してません! よ、よ、夜のダンジョンは基本的に立ち入りを禁じていますから!」

 ギルド長はアリアナに詰め寄られて緊張しているようで、いっそうオドオドしていた。
 彼女の美貌びぼうは、色んな層に通じるらしい。
 まぁ、たしかに贔屓ひいきに見ずとも、その切れ長の目も睫毛まつげも、高い鼻も、抜群のバランスで配置されている。
 ちなみにそんなアリアナの方は、ギルド長のことは全くどうとも思ってなさそうな顔だが……

「ま、ま、魔素の反応で、日暮れとともに、ダンジョン内部も真っ暗になります。つまり、より危険なのです。一応、定期的に冒険者を雇って見回りをさせていますが……細かくは見てないでしょうね」

 その言い方からして、あまり頻繁ではないだろう。
 それならば、やはり詳しくは分かっていないわけだ。

「なら、俺たちに夜の見回りをさせてもらいたいんですが、できますか」
「えっ、そんな。い、いいんですか!?」

 あんまり気軽に提案したものだから、現ギルド長はかなり驚いたらしい。
 体を跳ねさせ、テーブルの足に思いっきり膝をぶつけていた。
 なんというか色々残念だが、あえてそこには触れない。

「むしろ、俺たちの方からお願いしたいです」

 この提案は、パーティ三人で話し合って事前に決めていたものだった。
 もし夜のダンジョンの偵察が可能なら、一度見てみようということになった。

「夜のダンジョンは怖そうだけど、街にモンスターが出てくるって方が怖いもの」

 アリアナは正義感ゆえに俺の意見に乗ってくれた。

「あら? わたくし、ちょっと楽しみなくらいですわ」

 うん。相変わらず、うちの奴隷様はきもわっている。
 完全にキャパオーバー状態の現ギルド長に代わり、サラーさんが口を開いた。

「……そういうことなら、願ったり叶ったりです。お願いしてもよろしいですかな、ソリス様。もちろん、しっかり報酬は払わせていただきますので」

 そして、あっさり話はまとまった。
 自分から言い出しておいてなんだが、あまりのことの早さに驚く。
 そう簡単に許しを出さないような場所だから、夜のダンジョンは立ち入り禁止なのだと思っていた。

「えっといいんですか? そんなに簡単に決めて」
「ソリス様にはお世話になっていますから。それに、あなたなら万が一にもモンスターにやられることもないかと」

 よほど期待してくれているようだ。もしかすると、俺自身より俺の能力を信じてくれているかもしれない。
 そう思うと一層、心がたかぶってきた。俺は期待には応えたいタチだ。
 そこから、さらに細かい話を詰めていく。
 夜間警備を兼ねているから、固定の報酬をくれるそうだ。
 ちなみに、夜間の業務は報酬が割増らしい。
 加えて宿直用の部屋までくれると言うから、至れり尽くせりである。
 家が遠いわけではないが、ある分にはありがたい。
 そんなこんなで打ち合わせを終え、俺たちは応接室を後にする。
 防音ばっちりの応接室と違い、上級ダンジョン用受付近くのラウンジは騒がしかった。
 たくさんの冒険者が準備や会話にいそしむ中、よからぬ噂が聞こえてきた。

「タイラー・ソリスとかいう若い兄ちゃんいたろ? あいつら、ギルドとズブの関係なんだぜ。この間も、応接間に通されるところ見たもんな」
「おうよ。しかもな、奴隷連れだとよ、これが。きなくせぇよな」
「連れの、弓の使い手の姉ちゃんは怖いしな。綺麗な顔してるくせに、中に獣飼ってやがる。あやうく殺されるところだったぜぇ。ありゃ、モンスターより凶暴だ」

 声のする方を見ると、ソファ席に座る女冒険者に、男たちが絡んで話しかけている。

「もっとあいつらのこと知ってるぜ? てことでよぉ、俺たちと一杯引っかけに行こうぜ」

 あろうことか人の噂を利用して口説くどいているのは、ゴーレムから助けてやった冒険者二人組だ。
 なんというか。苛立いらだちよりも、呆れの感情しか湧かない。

「放っておきましょ。下賤げせんの噂を気にしていては心がいくつあっても足りませんわ」

 マリは目を細め、こう達観していた。
 元王女らしいというべきか、変わってきたというべきか。
 なんて、そんなことを考えていると、烈火のごとく怒るアリアナが視界に入った。

「……あいつら! 恩知らずすぎよね!」

 まぁこっちは収まらないよね……知ってましたとも。
 その迫力はモンスターと対峙たいじした時と、大差のない圧だ。

「タイラーをバカにしてぇ……!」

 自分が散々に評されていることには、気が回っていないらしい。
 蜜柑色の髪が逆立っているように見えたが、さすがに空目だった。
 だが俺がとりあえずアリアナを止めようとする前に、話はついたようだった。
 ぱんっ、という音が響く。
 男たちの伸ばした下心ありありの手が、声をかけられていた女によって情け容赦ようしゃなく払われた。

「悪いけど、却下。それに、タイラーさんたちのことなら、あなたたちよりよく知ってるの。ずっとずっとね」

 しっとりした青の髪に、大人の色気を備えた容姿。男たちに言い寄られていた女性の正体は、見知ったものだった。
 かつて親玉オークから救ったガールズパーティのリーダー・ライラだったのだ。
 冒険者の男二人はその返事に困惑している。

「……え? は?」
「本当の話よぉ? なんせ、に顔を埋めた仲だもの」

 ぴーんと立てた左手の小指が吸い込まれてゆくのは、ちらりと覗く谷間。緻密な計算のうえだろう、見えそうで見えないラインを維持している。

「「な、な、なんてうらやましいんだ、あの兄ちゃん。クソ!」」

 二人はライラの言葉で撃沈し、その場で項垂うなだれてしまった。

「久しぶりだな。一人か?」

 俺はライラのもとまで行って声をかけた。
 年齢は彼女たちパーティのほうが一つ上だが、冒険者としてランクアップしたのはほぼ同じ、いわば同期みたいなものでもある。
 男二人は、俺たちがやってきたのを見るや否や、ゴーレムに襲われていた時と同じように、ひっと短く悲鳴をあげた。
 一方で、薔薇ばらの花が咲くような笑みがこちらを振り向いた。

「タイラーさんに、アリアナさん! 噂をすれば、会えるものねぇ。そう、今みんなと待ち合わせ中なの」
「そっか、会えて嬉しいよ。まぁ、よくない噂だったけどな」
「でも、根も葉もないでしょ? タイラーさんたちが悪事に手を染めないのは、よく知ってる。二度も助けてもらったんだし。変な噂を吹き込まれたところで、信じない信じない~」

 ライラが俺たちに両手をそれぞれ差し出す。おかげさまで強張こわばっていたアリアナの顔が柔らかくほぐれた。

「あ、やった。タイラーさんの手、捕まえた~。今度は顔じゃなくて、手、埋めてみる?」

 だが、その言葉にアリアナがいつものように絶叫した。
 唯一、ライラと知り合いでないマリは、そんなやり取りにくすりと笑っている。
 ライラはアリアナをあやすようにしつつも、マリの方に視線を向ける。

「あなたは、新メンバーさん? 素敵な眼帯だね」
「えっと……初めまして、マリと言いますわ。新メンバーと言われればそんなところですが……正確には所有物ですわね」
「しょ、所有物?」

 ここで、俺は不穏な空気を察知したのだが、少し遅かった。

「なにせ、奴隷ですもの! わたくし、ソリス様の所有物ですわ」

 そう言って、マリは俺にしなだれかかってきた。こちらを見上げ、むふふんと誇らしげだ。

「ほ、ほ、本当に奴隷さんがいたの?」

 声をひそめて俺に尋ねてくるライラ。
 この流れにアリアナは、「あー……」となにも言えずにいる。
 まさか彼女の素性が元王女ということを明かすわけにはいかないし、事情についても詳しく話せない。

「まぁ、嘘ではない、というか……なんだ、まぁそんなところだな」

 しばらく言葉選びに迷った末、曖昧あいまいな返答をする。
 そんな俺の様子を見て、男冒険者たちがヘラついた顔で会話に加わってきた。

「な、本当だったろ?」
「本当だぜ、こんなに可愛い銀髪ちゃんなのに、奴隷だなんてよ。まじもったいねぇ」
「ってか、モノなんだったら触ってもいいんじゃね!?」
「いいんじゃね? しかし可哀想かわいそうな子だなぁ。どんな事情があったか知らないけど、よっぽど酷い人生送ってきたんだろうよ。なんか同情するぜ、こんな男に拾われたとこまで含め──って、ひぃっ!」

 気づけば、俺は男たちの手首を捻り上げていた。
 耐えろ、耐えろ、と自分に言い聞かせていたはずだったのだが、堪えきれなかった。

「それ以上言ったら、次は折るからな」

 こいつらのことだから、下手なことをしたら難癖つけて金を請求してくることもあるかもしれない。
 だが、マリは大事な仲間なのだ。そして、俺は彼女が経験してきた苦労の一部を知っている。
 なんなら俺たち民間人より、よっぽど我慢ばかりだろう。
 そんな彼女の人生を、立場だけで勝手に決めつけて嘲笑ちょうしょうされるのは、許しがたかった。
 そう思っていると、マリが近付いて口を開いた。

「ソリス様、もう結構ですわ。解放してやってくださいまし」
「……マリ」
「そうやって、あなた様が、わたくしを思ってくれたことが、なにより嬉しいんですもの」

 マリが俺の手の甲に、指を重ねる。
 彼女の微笑みを見ていたら、力が自然と抜けていった。
 王女としてでも、奴隷としてでもなく、一人の女の子として笑ってくれている。

「それに、もう失禁しそうですわよ、この方々」

 マリに言われて男たちを見ると、口から泡を吹いていた。

「……え。あ、本当だ」
「……タイラーさん」

 そして呆れた様子の俺を、今度はライラが呼んだ。

「とりあえず、彼女を大事にしてるってことは分かったかなぁ」
「……ありがとう、ライラ」
「素直に思ったもの。ここまで大事に思ってもらえるなら私も奴隷になっちゃってもいいかなぁ、とか」

 なにを言い出すんでしょう、この人は。
 意味深に、袖を引いて上目遣いなあたり、魅力がましましだ。

「「「私も(うちも)なってもいいかも!」」」

 追い討ちをかけるように、女の子たちの甲高かんだかい声が重なる。
 ちょうど、ガールズパーティの他の面々が合流したようだ。
 まずい、ライラの演技に、みんな悪ノリしてしまっている。
 どうしたものか、と思っていたら、アリアナがうつむいてこぶしを震わせているのが目に入る。

「わ、わ、わ、わ」
「……アリアナ? 落ち着け?」
「私だって奴隷になっちゃうんだからぁぁぁ!!」

 調子はずれな声が、ラウンジの喧騒けんそうを切り裂いた。
 周囲がどよめく中、マリだけは嬉しそうにパンっと手を叩いた。

「まぁ! それはそれで素敵ですわね? お揃いですわっ」
「わ、わ、私も名前もらうもんっ! 一文字取って、アリアにしてもらうもん~」

 俺としては、アリアナには変わらず幼馴染でいてほしいのだけれど……
 そうは思いつつも、余計なことを言えば火に油を注いでしまうかもしれないので、口には出せない。
 俺は、ただ苦笑いを浮かべるのがやっとだった。
 ガールズトークが俺を囲うようにして、かまびすしく展開されていく。
 匂いもフローラルで、感触も至る所がやわっこい女の花園の完成だ。もはや身動きが取れない。
 その合間から、いまだ正気に戻れないでいる男冒険者たちのむごい姿がちらりと見えた。

「でも、なんで俺たちの変な噂なんて吹き込もうとしたんだろ」
「さぁ? ソリス様に嫉妬しっとなされたのでは? もしくは、自分たちの違反を通報されたことを逆恨みしてかもしれませんわね。誰かを恨むことができるのも命あっての話ですのに」
「マリ……」

 どんな目に遭っても、こんな風に考えられる少女もいるというのに、こいつらときたら。
 マリの爪のあかせんじて飲ませてやりたいくらいだ。
 まぁそれすらも、こいつらには惜しいのだけど。


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