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2巻
2-1
しおりを挟む一章 ダンジョンの謎だって解決します!
俺、タイラー・ソリスはもともと属性魔法が発現しない冒険者だった。
そして、パーティメンバーとダンジョンを訪れた際、リーダーのゼクト・ラスターンから追放された。
その時のことだ。幼馴染のアリアナ・ベネットとともにワイバーンと呼ばれる強力なモンスターに遭遇する窮地を前に、今まで使えなかった魔法が覚醒した。
それも一つの属性だけではなく、「全属性」が使えるという強力すぎる力を手に入れた。
それは、魔法の天才で一流の冒険者だったが謎の死を遂げた親父――ランティス・ソリスにも勝るものだった。
そしてアリアナと二人で新生パーティを結成した俺は、妹のエチカが侵された特殊な病を治す薬草である「ハオマ」という葉っぱがある超上級ダンジョンへの挑戦権獲得を目指す。
ひたすら依頼を受けたり、昇級試験に挑んだりしているうちに、ギルド内での評判は上がり、拠点を移すことになったのだが……その道中でマリアという王女と、メイドのサクラと出会う。
彼女たちが、王家で起きた跡継ぎ争いによってその身を追われていると知り、俺は二人を仲間にして匿うことを決意する。
やがて冒険者としてのランクが上がり、俺はいよいよ薬草のあるダンジョンを探索できるようになった。だがそこで、かつてのパーティのリーダーとユウヒ・テンバスという貴族家の冒険者が立ちはだかった。
アリアナたちの力を借りて彼らを倒し、その後に目覚めた巨大な竜を撃破すると、俺たちは待ち望んでいた薬草を無事獲得することに成功。
そして、妹の病も完治し、今は仲間とともに平和な日々を送っている。
季節は、夏真っ盛り。
ミネイシティの中心部では、大規模なお祭りが催されていた。
普段でも夜まで賑やかな大通りが、さらに人で溢れ返る。
彼らの視線はみな、立ち並ぶ露店や、大道芸集団に注がれていた。
俺が祭りの開催を知ったのは、ついさっきである。
冒険者ギルドからの帰り道に、たまたま準備しているのを見かけたのだ。
パーティメンバーである幼馴染の少女、アリアナがルビー色の目を輝かせ、俺に声をかけた。
「ね、タイラー! みんなで行こうっ!」
「ソリス様、わたくしも賛成ですわ。お祭り! なんと心躍る響きでしょう!」
もう一人のメンバーであるマリも、あっという間に乗り気になって俺の手を引いた。
名前を変え、現在は俺の奴隷ということになっているが、彼女は元王女である。
これまで祭りとは無縁だったようで、ずっと憧れていたらしい。
二人は家に帰るなり、妹のエチカ、それからマリの元メイドのサクラを誘う。
こうして全員で連れ立って祭りに繰り出したというわけだ。
「うーん、やっぱり美味しい! お祭りの食べ物って格別よね。あと夜っていうのも雰囲気あるし♪」
アリアナは幸せそうに笑う。
上は細くしなりのある腕が覗く半袖の服、下は薄水色のハーフパンツ、汗か湿気で少し蒸れた蜜柑色の髪を先まで纏めて夏らしさ全開の装いだ。
シャーベットをスプーンでちょこちょこと削り、頬張っている姿が可愛らしい。
まぁ、たまにはこんな風に息抜きをするのもいいか、という気分になる。
「サクラさん! あれ食べたいかも! あ、でもあっちのお肉も……」
「エチカ様の好みであれば、私もお付き合いします」
少し離れたところで、エチカとサクラが二人で出店を吟味しているのも、また微笑ましかった。
長年エチカを苦しめていた病は、数ヶ月前、ハオマという薬草を手に入れたことで完治した。だが、出不精な性格がたたって、エチカはまだ引きこもりがちだった。
そんな彼女を連れ出すにも、この祭りはちょうどいい機会だったようだ。
じっとり身体を蒸らすような潮風を除けば、全く悪くない。
「……それにしても暑いな。俺も買ってこようかな、シャーベット」
「ん。じゃあこれ食べる? ちょっと多いなと思ってたんだ」
アリアナがスプーンをずいっと突き出したので、俺はなかば反射的に口を開けてしまう。
するとすぐに爽やかなオレンジ風味が口いっぱいに広がった。
「ありがとう。たしかに、さっぱりしていいな」
礼を言うと、アリアナは目を見開いていた。
……なぜかスプーンを持つ手が震えている。まるで、この世の命運をその手に握っているかのような真剣さだ。
「えっと、アリアナ? もしかして、口つけたらまずかった? 新しいスプーンもらってこようか」
「い、いらない! これでいいから! というか、これしかいらないから!」
アリアナは顔を真っ赤にして、声をうわずらせる。
そしてなぜか、スプーンを守るかのように背中を向けた。何やら暗号めいた言葉をぶつくさ唱えている。
「タイラーが食べたもの……タイラーが舐めたスプーン……タイラーの唇が触れたシャーベット!」
……よく分からないが、興奮しているらしい。
そんな風に言われてしまうと、俺としても意識せざるを得なかった。
いつも同じ食卓の同じ皿からご飯を食べているから、間接キスくらい平気でしていると思うのだけど……
するとそこへ、背後からマリが合流してきた。
「それにしても、大きな祭りですわね。毎年開かれていたのは知っていましたが……参加してみると、改めてそれを感じますの」
編み込まれた銀色の髪を肩から垂らして、眼帯で左目を覆った姿は、元王女とは思えないが、纏う空気にはやはり気品がある。
その華奢な手首には、紙袋が提げられていた。
ほくほくした表情で、なにを買ったのか大体分かってしまった。
あえて尋ねないけれど、たぶん拘束道具のようなものだ。
「さすが、ヘイヴン家が主催しているだけありますわね!」
マリの言葉に、俺は首を傾げる。
「……ヘイヴン。どっかで聞いたことあるような?」
「貴族の中でも、一流の公爵家ですの。お父上から聞いたり、耳にされたことがあるのかもしれませんわね。サンタナ王国に仕える四賢臣の一つですわ。歴史ある家柄なのが、テンバス家との大きな違いでしょうか。テンバスはずっと中堅の伯爵で、一代で公爵までのしあがりましたのよ」
さすが王家を取り巻く話には詳しい。
こうした折には、マリが元王女であることを実感する。
「まぁ、今のわたくしにとっては、どこが主催だろうが、ただのお祭りですわ。なにせ、わたくしはただの奴隷ですもの」
「あんまり大声でそういうこと言うなよ、マリ。変な目で見られるから」
「残念です。できれば皆様に奴隷紋を見せつけたいくらいですのに。言うなればこれはソリス様との絆の証!」
ぽっと頬を染めるマリ。
……怖い怖い、王家の人間の考え方が怖い。なんて恐ろしく変わった性癖だろう。
俺は呆れ半分に、軽く頭を掻いていたが……
突然、肌が粟立つ、禍々しい気配を感じ取った。
ただならぬ魔力を持ったものが、すぐそこまで近づいてきている。
その直後、祭りの会場の端から悲鳴が聞こえた。
「な、なんですの?」
「マリ、アリアナ。サクラとエチカを頼む! 少し先のところで出店見てるだろうから!」
「分かりましたわっ」
「……え、ちょっとタイラー!?」
アリアナの戸惑った声を背中越しに聞きつつ、俺は人混みをすり抜けていく。
技の発動に他人を巻き込んでしまってはまずいから、風魔法は使わない。
動体視力や、身動きがとりにくい場所での身体の操作は、魔力がなかった時から鍛錬して培っていたので、特に困ることはない。
一気に人波を抜けきると、地鳴りのような声を出す怪鳥・イルマバードが現れた。
「ガルルゥゥ……ガル、ガルルゥゥ」
上級ダンジョンに棲息する、打撃に特化した鳥類のモンスターだ。
そういえば、前にマリたちの馬車を襲っていたのも、こいつらだった気がする。
「ま、そんなこと考えている場合じゃないか」
モンスターのランクはA2といったところだ。
上級ダンジョンにはゴロゴロいるクラスだが、最近の俺は超上級ダンジョンにしょっちゅう足を運んでいる身である。これくらいの敵ならすぐに対処できる。
そう思ったのだが、一つ誤算があった。
場所がダンジョンではないために、障害物も、邪魔になる人の数も多く、思うように動けない。
それも祭りで気分が舞い上がって、冷静ではない者ばかりだ。
「な、なんだ、あの怪物は!?」
「なんであんなのが、こんなところに!」
騒ぎ立てる野次馬だけならともかく……
「酒飲みすぎて幻覚見えてきたのかねぇ」
「ユミがあのモンスター倒すのー!」
酔ってるおっさんとか、はしゃいで大口を叩く子供とか、イルマバードへ向かっていく者もいた。
「酒は飲んでも呑まれるな、ってな。はははっ」
「ユミ、絶対冒険者になるんだもん!」
俺はひとまず、足裏に風魔法の神速を発動した。
「危ないよ、君! あと、おっさんは、もう呑まれてるから!」
さっと二人を両脇に抱え上げて、後退すると、父親らしき人が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます、ありがとうございます! 娘を助けてくれて! なんて勇敢な方だ! 本当に、ありがとうございます」
「いえ。それに、その娘さんも十分勇敢ですよ」
少女を、父親に引き渡す。酔いどれのおっさんも、飲み仲間の人たちが介抱を買って出てくれた。
再び俺はイルマバードのところに戻り、対峙した。
街に被害を出さないためには、参加者たち全員を守るには、どうすればいいか。
瞬時に頭を巡らせる。次に、突き出した両手に魔力を移動。エネルギーを光属性魔法の一点に集中させていく。
「ライトニングベール!」
まずは、大壁を作り出した。
ある程度ランプが灯っているとはいえ、夜の街中は昼のダンジョン内よりも暗い。
そのせいか、ライトニングベールはいつもより目に痛い眩しさだった。
それで人垣とイルマバードを分断したのち、今度は六枚のベールで立方体を作り、怪鳥の周りを囲っていく。
すると、状況の変化に気づいたイルマバードが、必死にその鉤爪で、壁を打ち砕こうと暴れる。
「そんなにやわなつくりじゃないって……ここらで大人しくしてくれよ」
俺はそうこぼしながら、その壁の範囲をじっくりと狭めていく。
イルマバードを、地上から五メートルほど浮いた地点で、光の結界に閉じ込めた。
そしてその範囲を狭め続け、イルマバードのみを綺麗に囲った状態にする。それから狙いを定め、俺は抜刀の構えをとった。
「エレクトリックヘブンフラッシュ!」
光のみが煌めく空間に、最近さらに磨きをかけて進化させた雷属性の大技を放つ。一瞬だけ結界の一部を解いて、中に電撃を閉じ込める。
強力な電撃を食らったイルマバードはそのまま燃え尽き、灰になってしまった。
イルマバードを倒し終えた俺は、屋台の方に戻った。
祭りに参加している人に心配をかけないように跡形もなく倒すという目的は、果たせたようだ。
「おおぉ! あんちゃんすげぇぇ!!」
「あんな大きなモンスターを秒殺!? あれが最強と噂されるタイラー・ソリスさんか! すげぇ、痺れるぜ!」
「もう終わりだと思ったよ! 私の屋台を守ってくれてありがとう、勇者さま!」
大歓声に、拍手喝采が響き渡る。もはや、鼓膜の奥が痛い。
別に勇者じゃないんだけどなぁ。
若干残った火種は、アリアナが消防隊員のように手際よく消火してくれた。
「私の出番だっ! ユミちゃん、見ててね?」
ついでに水をハート形に、星形に、自在に操って、先ほどの勇敢な少女を楽しませていた。
祭りのイベントだったのかな、なんて平和ボケした声も聞こえてくる。
エチカとサクラも、その呑気な一団に交じっていた。
後ろには、マリが付き添っている。騒ぎで誰かが迷子になることもなかったようだ。
俺は、なおも消火を続けるアリアナのそばまで行く。
「綺麗だな、それ。水の大道芸みたいだ」
「でしょ? こうしたら、誰も怖がらないかなぁって思ったのよ。お祭りっぽいし、人も帰らないでしょ。それにしてもタイラーってば、速すぎるのよ。走っていったと思ったら、一人で倒しちゃうんだから、びっくりよ」
「いや、気づいたら身体が動いちゃってさ」
俺は頭を掻いて言う。
まったく、と口では仕方なさそうに言いながら、アリアナは穏やかに笑っていた。
「でも、すごく格好よかったよっ」
大衆からの称賛以上に嬉しい一言だった。つい、どきりとしてしまう。
「あれ、そういえば、アリアナ。シャーベットは?」
「……それがね、落としちゃったぁ」
さっきまで少女を楽しませるお姉さんだったアリアナが、その一言で一気に子供っぽくなった。
翌日。ギルドの受付へ行くと、受付のお姉さんが頬を上気させて、お礼を言ってきた。
「昨日は本当に助かりました~! 終業後だったので、ギルドとして対応できない事件でして……ソリスさんがいなかったらどうなっていたことやら」
彼女はマリが王女を追放される前からよくお世話になっている人だった。
ゆるふわロングな茶色の髪の毛で、大人の色気のある二十代後半くらいの女性だ。
「大変でしたでしょう? お疲れだったりしません?」
そんなお姉さんに、ねぎらいの言葉とともに、手をそっと握られた。
かと思えば、指の節を確かめるかのごとくじっくり揉まれはじめる。
「あの、これはどういうサービスで……?」
「サービスって思ってくれるなら嬉しいです~。じゃあもうちょっとレベル上げちゃおうかしら」
俺がお姉さんの言葉に戸惑っていると、アリアナが間に割り込んできた。
「わ、わ、私だってええええぇ! 私ならもっとできるもんっ! 乳液擦り込んで、にゅるにゅるしてもいいわっ!」
お決まりのシャウトを響かせ、俺の手とお姉さんの手を引き剥がす。
周囲を見回し、他の冒険者がいないことを確認して、俺は安堵した。
さすがは選ばれた一部の冒険者しか入れないとされる超上級ギルドだ。他のギルドだったら大勢の人から変な注目を浴びるところだった。
受付のお姉さんに視線を戻すと、先ほどのシャウトにびっくりして固まっていた。
ちなみにマリは、一人で髪いじりに没頭中。もうアリアナの暴走には慣れっこらしい。
「えっと。助かったよ、アリアナ」
「もう、タイラーってばモテるんだから。実は年上キラー?」
「少なくとも、キラーになった覚えはないな」
「……むぅ。もう立派なキラーよ。受付のお姉さんを骨抜きにしちゃうなんて」
どちらかといえば、アリアナの大声のせいで受付のお姉さんの魂が抜けてしまった感じがするのだが。
まだ口は半開きで、白目を剥いたままのお姉さんを前にそんな話をしていたら、奥からギルド職員の制服に身を包んだ白髪の老人が、早足で現れた。
「あぁ、ソリス様。昨日はありがとうございました」
恭しく、俺たちに向かって頭を下げる。
風格ある長い髭からなにから、紳士風なのが特徴的な、元ギルド長のサラーさんだ。
彼もマリが追放された政変により立場を追われ、裏方に回った身だと聞いている。
「いつもお世話になっています」
俺たちは揃って、丁寧に礼を返す。
こうして超上級ダンジョンに戻れたのも、ハオマの草を手にして妹の病気を治せたのも、彼が手を回してくれたおかげだ。
「そんな滅相もない」
サラーさんは、そう言って俺たちの顔を上げさせる。
「ところで皆さま。大変急ですが、今お時間はありますかな?」
申し訳なさそうに、サラーさんはシワの寄った眉を下げる。
「毎度お願いばかりになって申し訳ないのですが……実は折り入って、ご相談したいことがありまして」
「俺たちに相談、ですか」
「えぇ。ここで立ち話というのもなんですから場所を移したいのですが、ご予定はいかがでしょう」
特に、これといった予定はなかった。
まだ底の知れていない超上級ダンジョンの探索を続けようと思っていたくらいだ。
「二人ともいいかな?」
アリアナもマリも話が気になるようで、こくりと頷いてくれた。
案内に従って向かったのは、カウンターの奥にある一室だった。
いつだったか不審人物として呼ばれた薄暗い談話室とは大違い。立派な応接室である。
そこには、現ギルド長が待機していた。紅茶もすでにカップの中に注がれており、至れり尽くせりの対応である。
やたら沈み込むソファに、彼らと対面になって座る。
俺が真ん中で、アリアナとマリがその両脇に座る形だ。
「ここなら、防音も完璧ですから。アリアナ様が叫んでも、問題ありませんよ」
「な、サラーさんっ! からかわないでくださいっ!」
顔から火を出しそうなアリアナを見て、俺はマリとくすっと笑いを共有する。
しかしそんな和気藹々とした雰囲気が流れたのは、ほんの束の間のことだった。
「さて、お話なのですが、よろしいですかな」
咳払いを一つして、サラーさんは転じて真剣な眼差しになった。
さすがに、上級と超上級を兼ねる一大ギルド組織の元総大将だけある。それには、空気を一変させる力があった。
サラーさんが目配せをすると、現ギルド長が机の上に資料を広げる。
その表題に、俺の頭の中で、すぐに思考回路が繋がった。
「……モンスターのダンジョン脱出について、ですか」
「えぇ、まさしく……実は、ここ最近、急激に増えておりまして。それも、低級レベルのモンスターがとち狂って出てくる、なんて話ではありません。かなり力を持った上階層のモンスターが脱出する例も増えていまして。昨日のイルマバードなどは、前にも外で目撃情報があったとか」
「そういえば、馬車を襲ったモンスターも……」
と口に手を当てるのは、マリだ。
「……あぁそれなら、俺が退治しましたよ。三体が群れを作っていましたね」
あの時は、助けた彼女たちの正体が、王女とメイドだったという方が衝撃的で、その後の報告をすっかり忘れていた。
たしかによく考えなくとも、イルマバードはあんなところで出くわす存在ではない。
「モンスターって、基本的にはダンジョン内から出てこないんですよね?」
俺は、まずごくごく基礎的な部分を一応確かめることにした。
「えぇ、その通りです。モンスターたちは、ダンジョンの放つ異質な魔力に縛られているはずですから。基本的にダンジョンとともにしか存在しないはずだ、と」
サラーさんは顎に手を当てながら俺の質問に答える。
今や各地に存在するとはいえ、ダンジョンはいまだに謎だらけの場所だ。
突然、自然発生的に現れる理由や、モンスターが湧き出る理由も、まだ解明されていない。
基本的に、モンスターはダンジョンの中に出現するもので、それを倒したり、避けてアイテムを収集したりすれば、危険と引き換えに、お金を得られる。
それだけが、冒険者たちの持つ共通の認識だ。
「これまでも、たまにはあった話なのです。冒険者との戦闘などで傷を負ったことに起因して判断力を失ったものや、正常な知能を持たないモンスターが、外へと出てくる程度なら」
「それと、今回のイルマバードとでは違うんですか?」
「えぇ、決定的な差が一つ……どこから逃げ出しているのか、全く分かっていないこと。どこのダンジョンか、どの階層からかも判明していないのです。他のギルドなどは、塗料を投げつけて跡を残そうとしたそうですが、それもうまくいかず……」
サラーさんはお手上げとばかりに、両腕を広げる。
曰く、これまでのモンスター脱出の記録は、低階層まで下りてきて冒険者と同じ出口から飛び出そうとする例のみだったらしい。
「たとえば今回のイルマバード。あれなどは、もし冒険者ゲートから外へ出ようとするなら、すぐに分かるはずなのです。四メートル近い体長に、あの凶器のような羽ですから」
「……それってつまり、どこか上層階に抜け穴があって、そこから逃げ出しているかもしれない、と」
「左様です」
サラーさんは、一つの単語をかみしめるように、重々しく首を縦に振った。
その緊張感は、その場の五人全員に伝播する。
アリアナは、難しげにうーんと唸った。理解しきれていないのが、手に取るように分かる。
正直、それは俺もだ。
元王女にしてみれば、さらに管轄外だろう。マリなどは完全に置いてけぼりにされてしまっている。磨きぬかれた銀色の髪をうなじから胸元まで垂らして、こてんと首を傾げていた。
「サラーさん。俺たちがダンジョンの外で見たのはイルマバードだけですけど、他にもいるんですか?」
「えぇ、この前も別のモンスターを目撃したという話がありました。もっと危険な竜種族の目撃情報もあるくらいですから。それは中級ダンジョンに入り込んだ、とか」
……もしかしたら、いつかのワイバーンもその事例の一つなのかもしれない。
「ですが、それも理由は一切不明。とにかく、我々も手探りなのです……そこで、ソリス様たちのパーティを我がギルド最高のパーティと見込んで、お願いがありまして」
いよいよ本題に入るようだ。
俺たちが次の言葉を待っていると、これまでサラーさんに説明を任せていた現ギルド長が、立ち上がって深々と一礼した。
「モンスター脱出の件について、ぜひとも調査をお願いしたいのです。ギルドとして、このまま危険な状態を放っておくことはできません……加えて、ここだけの話ですが。国からの調査依頼も、各地のギルドに下されております」
マリの眉が、ぴくりとはねる。
それがどういう心境からのものかは、俺には読み取れない。
が、国ということは、彼女の実家に関わる話だ。思うところがあるのだろう。
……そりゃあ考えてみれば、大きな話にもなるわけだ。
モンスターに好き勝手逃げ出されて、それを放置していては、もはや国としての面子が立たない。
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