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1巻

1-3

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「もしかして、アリアナも寝られなかった?」
「……も、ってことはタイラーも?」
「そう、俺も寝れなくて……だから勉強でもしようかと」
「ほんと勤勉ね。ふふっ。そういうところ、嫌いじゃないけどさ」

 俺はアリアナの対面に座った。
 彼女は、同じハーブティーを俺にも用意してくれる。
 薄桃色の寝巻きをエチカから借りて着ているアリアナは、いつもの凜々しい彼女とは別人のように幼く見えて可愛らしかった。

「ねぇ、明日からどうしよっか」

 テーブルにひじを突き、アリアナは両方の手のひらの上にあごをのせる。綺麗な流線形の唇をたわませ、微笑んだ。
 その話は、俺もしたいと思っていた。
 自分なりにこれからすべきことは見えていたのだが、それを達成するまでの道のりを理想的なものにするためには、彼女が不可欠なのだ。
 俺にとっては超重大な案件である。

「なぁ、アリアナ」
「なーに、タイラー」
「これはキューちゃんに聞いたんだけどさ。エチカの体調をよくする薬草が、超上級ダンジョンで採取できるらしいんだ。だから俺は明日から、一日でも早く超上級ダンジョンに挑めるよう、クエストに臨むつもりだ」
「……うん、いいと思うわ。絶対できるわよ」
「そしていつか、俺は親父を超える。で、親父がダンジョンで死んだ理由を突き止めるんだ。親父を死に追いやったモンスターがいるなら俺が倒す。誰かの陰謀なら暴いてやる……なんて夢が大きすぎるか?」

 ううん。アリアナは下ろした髪を揺らしながら首を横に振った。

「ありがとう。だからさ――」

 一緒に来てくれないか。俺はそう続けるつもりだったが。

「一緒に行くわ、もちろん! 私はずーっとタイラーについて行く!」

 アリアナに先回りされてしまった。
 なんだか格好つかないが、結果的には一緒だ。
 つい「よっしゃ」と雄叫びを上げそうになる俺の口を、アリアナが手で押さえる。

「もう真夜中よ」

 二人でくすくすと笑い合う。こんな近いところに彼女がいるのが嬉しくてたまらなかった。こういう時は、幸せって簡単に手に入るなと思う。

「せいぜい足手まといにならないようにするわよ。私だってやる時はやるんだからっ!」
「頼もしいよ、ほんと」
「じゃあ乾杯しよっか。二人のパーティ結成を祝して」
「おう。乾杯」

 こつん、とカップを合わせる。
 とろけるように素敵な時間とともに、夜は更けていった。


 翌朝、起きがけのことだ。俺は枕から頭を起こすより先に、まずステータスボードを開いた。
 昨日の出来事が夢のように思えたからだ。
 属性魔法が使えるようになったことも、誕生日の後のひと時も、まぼろしだったりして……
 少し不安を覚えていたのだが、杞憂きゆうだった。ボードには全属性の魔法が表示されたままだった。それでもこの目で見ないことには、と昨日も活躍してくれた猫耳の精霊獣を召喚してみる。

「呼ばれて飛び出たっ! おはようございます、ご主人様ー。はっ、朝からボクを呼んだのはまさか! 朝のべったりなひと時をボクと!?」
「そんなつもりじゃないから!」

 キューちゃんのリアクションを見て、呼び出したのが誤りだったと気づく。
 しかしつもりがない、と言ったくらいじゃ彼女は収まらなかった。
 ボクっ娘にゃんこに身体をくまなく触られ、異常がないことを確かめられる。
 すっかり目がえてしまった。
 朝から目がギンギンになっていると、まもなくアリアナが部屋に入ってきて、キューちゃんとのいがみ合いが始まる。
 ふと枕元を見ると、そこにはアリアナから貰った指輪があった。彼女と昨日交わした約束も現実だったという証である。
 その後、エチカを含めた三人で、朝食をとる。
 パンの上に、ベーコンと目玉焼きを載せた簡単かつ安上がりで激ウマな一品だ。
 アリアナとエチカが二人で作ってくれたのだが、彼女たちが調理場で並んでいる光景は、実に微笑ましかった。
 食事を終え、エチカを残して家を出る。
 あらかじめ、今日は遅くなるかもしれない、と伝えておくことを忘れない。

「待ってるからね、お兄ちゃん!」

 俺の上着のすそを握って、うるうる瞳を揺らすエチカ。とっても天使すぎるその姿に、必ず帰ることを誓ったのだった。


 家を出てギルドに向かう途中、アリアナが恍惚こうこつとした表情で言う。

「エチカちゃんほんと可愛いな~」
「まぁ俺の妹だからな」
「いつかは私の妹になっちゃったりしないかな~、そしたらね、姉妹で同じ服を着て……」
「アリアナ……それって」
「い、今のなし! で、でもやっぱりそれがいいかも……?」

 こっぱずかしくなるやり取りを交わしながら、冒険者ギルドへと向かう。
 昨日は途中で切り上げてしまったが、まだやらねばならないことがあった。

「そういえば、わざわざ手続き取らないと、新しいパーティって作れないのよね。面倒くさいけど、どうせ昨日のことも説明しないといけないもんね」

 そう、ゼクト率いるパーティからの脱退申請だ。
 モンスターの出現するダンジョンは、世界各地に存在する。
 消えたり、出現したり、その規則性はよく分からないらしいが、それらダンジョンは全て国が管理している。
 そして、冒険者が不正にダンジョンに入ることがないよう、複数のパーティには所属してはいけない決まりになっているのだ。

「名前だけパーティに所属しているような人がいると、すり替わりや未登録でダンジョンに侵入するケースに繋がりかねないからな」

 ダンジョンに入る度に登録の確認をされるほど厳格でもないが、守るに越したことはない。

「規則は大事よね。守らないと、アイツみたいになっちゃうわ」

 そういえば、彼女が言ったアイツ――ゼクトはどうなったんだろうか。
 そんなことを考えているうちに、ギルドに到着したので、パーティから抜けるむねを記載した申請書を持って受付へ向かう。
 だが、そこで告げられた一言は衝撃の内容だった。

「ゼクトさんのパーティですが、すでに解散扱いとなっています」

 昨日とは別の受付の人が、手元の資料を見ながらにっこり笑って言う。

「えっ、そうなんですか」
「はい。記録によると、あっ、つい先ほどです。五分前! メンバーが蒸発してしまった、って書いてますけど……」

 詳しい話を聞くと、俺とアリアナがモンスターとの戦いに巻き込まれ消息不明になったと、ゼクトからの説明があったとのことだった。
 そこまで話してから、きょとん、と首をひねるお姉さんだったが、その顔が徐々に青ざめていく。

「まさかゾンビさん!?」
「「違います!」」
「わっ、声がぴったり! まるで恋人さんですね! 失礼しました!」

 いや、それも違うのだけど。

「えへへ、えへへ」

 目元がにまにまのアリアナも見れたことだし、まぁいいか。
 受付のお姉さんには、ゼクトが俺とアリアナを見捨ててダンジョンから逃走したことを、改めて説明する。
 消息不明と言われた人間があっさり戻ってきたことが何よりの証明になったのだろう。
 俺たちの言い分に納得したお姉さんは、ギルド長に報告しておくと約束してくれた。
 そして俺たちは、新しいパーティ申請書をしたため提出する。
 押印欄おういんらんには、紅のインクをたっぷり浸した人差し指を、新しい旅立ちへの希望を込めて、ぐりぐりとこすりつけた。

「ちゃんと指紋しもんが見えるように押してください」

 入念にり込んでいたら、お姉さんにこう注意されて、押し直しになってしまった。
 ……気持ちが先行しすぎたようだ。
 再度押印をやり直し、新パーティとしての登録が完了する。

「申請、たしかに受理致しました! この場で承認とさせていただきます」

 受付でのやり取りが済み、俺とアリアナが清々すがすがしい気分に浸りつつ依頼書が貼ってある掲示板に向かおうとすると――
 片腕に包帯を巻き、ボロボロになったゼクトが立っていた。


 ◇◆◇◆◇


「お前たち、どうして無事なんだ……!」

 ゼクトは、亡霊にでも遭遇した気分だった。
 しかし何度まばたきをしても、彼の目の前には憎きタイラーと愛しのアリアナがいた。
 昨日、ワイバーンのえさになったはずの二人が、あの状況から帰ってこられるわけがない。
 そうゼクトは何度も思い込もうとするのだが、目の前の光景がその思考を否定していた。
 すると、アリアナが冷ややかな目線を彼に向けながら口を開く。

「タイラーが倒したのよ、ワイバーンを」
「ふふ、笑わせますね、アリアナ。そんなわけがないでしょう。魔法も使えない雑魚になにができたと言うんです?」
「馬鹿ね、ほんと。反吐へどが出るわ。今に見てなさい。タイラーは最強になるんだから」

 アリアナの言葉を無視して、大方、自分たちと同じように、敵がなんらかの事情で巣に戻って助かっただけだとゼクトは考える。
 自分たちは帰り道でズタズタにされて、剣を奪われた。筆を持つことさえままならない負傷をしたというのに。なぜ目の前の二人は元気なのかと、疑問に思う。

「シータはどうしたんだよ」

 タイラーが口を開いた。
 今までなら面と向かって意見を言えなかったくせに、生意気な口を聞きやがって、とゼクトは睨みつける。
 だが、すぐにそれを上回る迫力ですごみ返されて、のどが引きつってしまった。

「あ、あぁ、彼女なら捨てました」
「……なんだと?」
「な、な、なに、パーティを解散しただけの話ですよ」

 本当は、昨日ここへ帰る途中にはぐれてそれきりだ。
 正直もったいないとは思った。アリアナほどではないが、シータの物静かで謎めいたところも好みで、側に置いておきたい存在だった。
 ただ、あれだけ格好悪いところを見られた以上、もう一緒には行動できない。
 ゼクトには、山のように高い自尊心があった。

「アリアナ、どうです。私ともう一度パーティを組みませんか?」

 だから本命に誘いをかける。
 一度の裏切りなら許してやろうと思ったのだ。
 タイラーなどという魔法一つ使えない奴の隣にいるよりは、賢いアリアナなら、自分の隣を選ぶだろう、とゼクトは考えた。
 ――だがその実、タイラーは力を手に入れていた。
 それでなくとも、アリアナはタイラーへの愛が溢れてやまない。恋愛においては最初からゼクトは大敗北をきっしているのだ。

「お断りよ。仲間を見捨てたって話を広げられたくないなら、それ以上しつこくしないで」

 予想よりも手痛い一言に、ゼクトは顔をしかめる。
 それを言われれば、ゼクトはどうしようもできない。

「……ははは、本当に馬鹿な奴らだ。魔法も使えない奴になにができる! 剣だけあってもしょうがないのですよ」

 捨て台詞ぜりふとともに背を向ける。腕が使い物にならない今、ゼクトの唯一の武器は口だけだった。
 そんな彼の背に、二人のやり取りが聞こえてくる。

「ねぇタイラー、あれ放っといていいの? あなたを捨てたのよ。復讐ふくしゅうの一つくらいしてもバチは当たらないわよ」
「いいよ。そんなことに割く時間があれば、魔法の練習でもする」
「ふふ、さっすが! でも私の相手もしてよねっ」

 アリアナがタイラーにぞっこんなことが分かってしまうやり取りに苛立ちながらも、ゼクトはどうにか思案する。
 変な噂が広められさえしなければ、パーティメンバーを再募集すればいいだけの話だ。
 ゼクトは、己の評判のよさには自信があった。
 裏では、アリアナやシータを手篭てごめにしようとしたこともあるドのつくクズだったが、世渡りは上手かったのだ。
 今度は女だけ募集しよう。すぐに集まるに違いない。
 昔から好意を寄せていたアリアナに、振られたことへの強がりもあったが、ゼクトはそう前向きに考えて、自分を騙すことにした。なにより、ここで弱気になるのは格好つかない。
 すぐに、受付周辺にいる女子たちの品定めを始める。
 ゼクトの予想通り、好意的な目が彼へ注がれていたのだが――その評判はすぐ地の底まで落ちることになる。

「冒険者ゼクト・ラスターン、重大な規約違反ならびに虚偽きょぎ申告の疑いにより、事情聴取を行います。至急、受付まで出頭しなさい」

 ギルド受付から、お達しが出たのだ。
 タイラーが死んだためパーティを解散した、という報告の際についた小手先の嘘が暴かれた事が原因だった。
 適当なことを並べ立てたが、タイラーたちがギルドに現れたことで矛盾が生じていることが判明してしまったのである。普段のタイラーへの横暴な態度も、証言が集まり、ゼクトを疑う根拠の一つとなった。
 結局ゼクト、シータの両名には、ダンジョン内で仲間を見捨てた罪から、厳重な処分が下った。
 高額の罰金と、初級ギルド所属の冒険者に降格という二つだ。タイラーたちが結果的に生きていたことにより、永久追放の処分をまぬがれたのが、せめてもの救いだったと言えるだろう。



 二章 新生パーティは上り詰める


「タイラー、このクエストとかどうかな。報酬ほうしゅうも点数も高いわよ。オークの進化系、親玉オーク退治!」

 ゼクトが去った後、アリアナが俺に向けて、依頼書を勧めてきた。
 俺はそれを受け取ると、内容を確認しながら考える。
 俺たちの当面の目標である、超上級ダンジョンへの挑戦。
 そのためには、まず今所属している中級ギルドから上級ギルドへ昇格する必要があった。
 ダンジョンはギルドによって管理されているわけだが、そのダンジョンのランクによって、ギルドも中級ギルドや上級ギルドと呼ばれる。
 当然、ダンジョンごとに管理しているギルドも違うため、中級ギルド所属のパーティのままでは、目的のダンジョンに入る許可を得られないのだ。
 しかし、超上級以前に、上級ギルド昇格の道のりでさえなかなか険しい。
 まずは地道にクエストをこなし、中級ギルド内の月間冒険者のランキングで上位五組に入らなければ、挑戦権すら得られない。
 上位五組に入るためには、依頼を多くこなしたり、難易度の高い依頼を達成したりすることで得点を稼ぐ必要がある。
 その上で、上級の成績下位パーティとの入れ替え戦に勝利して、やっと昇格できるのだ。
 それも入れ替え戦は一月に一回と、機会も決して多いわけではない。
 少しでも得点を稼ぐためには、討伐するモンスターのランクも高いに越したことはない。
 モンスターのランクは難易度が高い順にS、A、B、C、Dの五段階だ。その中でさらに各ランクごとに5を最大として、数の大きいものから順に強さが分けられている。
 アリアナが提案したオークの親玉というのは、俺たちが入れる中級ダンジョンの中で最も高いとされるA3ランク。ちょうどいい腕試しになるし、得点が欲しい俺たちにはぴったりの依頼だ。
 ちなみに昨日倒したワイバーンはS3級だが、なにせ一度倒しただけだ。火事場の馬鹿力のようなまぐれかもしれない。
 灰にしてしまったばかりに倒したという証拠もなく、依頼が出ていたわけでもないので得点にならなかった。

「いいな、これ。さすがアリアナだ」

 なにげなく言っただけだったが、にへっとしながらアリアナは手で頬を覆う。
 少なくともオーク退治を提案する少女の顔ではない。スイーツと紅茶を前にした乙女の顔だ。

「じゃあこれにしてみよっ。とりあえずの腕試しで♪」
「おう。望むところだ」

 俺は受付へ向かおうとして――もっといい内容の依頼を見つけて手に取る。
 それは、モンスターの討伐依頼より安全で、ダンジョン内にある珍しいものを持ってくる採取依頼だった。

「あ、こっちはどうだ? マンドラゴラの採取」

 マンドラゴラとは、変な抜き方をすれば断末魔を上げ、鼓膜こまくを破るとされる植物魔だ。ただ、それをせんじた粉は、妙薬みょうやくになる。

「採取なんて、どうせ安いでしょ……って、ひゃあ!? じゅーまぺ!?」

 呆れた表情で内容を確認した後、思いっきりアリアナの声がひっくり返る。十万ペル、と言おうとしたみたいだ。かなり噛んでいるが……
 十万ペルといえば、中級の通常クエストの十倍近い額だ。ひと月なら、二人分の生活費もまかなえる。
 ……怪しい。こんな高額報酬になるからには明らかになにかある。
 たしかに条件はすごいのだが、ここまで他と違うと、不安が先立つ。

「オークじゃなくてこれにしよっ! 点数もかなり高いみたいだし。さくっと終わらせて、今日は早くエチカちゃんのところに帰ろ♪」

 しかし、乗り気になったアリアナに、さ、さ、と背中を押されてしまった。

「帰ってきたらエチカちゃんに、ご飯作るんだ~。ふふふん♪」

 るんるん妄想もうそうふくららませはじめるアリアナ。
 止めるのも、野暮やぼというものなのかもしれない。
 そう思っていたら、あっという間に手続きが済んでしまった。
 それから、昨日修繕を依頼していた防具を受け取りに向かう。

「タイラーさんのグローリーアーマーと、アリアナさんのアーチャーズメイル、お直し終わっています。ゼクトさんの件、疑ってしまったお詫びということで、お直し代金は結構です!」
「いいんですか、そんなの!」
「やった~、助かる~!」

 正直、修繕できなくても仕方ないと思っていたから、元の姿に直っているのを見て、ほっとした。小さなほつれや汚れまで、綺麗になっている。
 剣同様、これも親父から引き継いだものだ。刀を扱う際にさわりが出ないよう、急所などの最小限を覆う仕様で、かつ軽量化されている。やはり、これが身体になじんだ。
 装備の感触を確かめ、ひと通りの準備を整えた俺たちはダンジョンへ向かった。


 ダンジョンに入ると、なんだか雰囲気が少し違った。

「なんか獣臭いわね? それも、こう、威圧感を覚えるというか」
「まだ一階なのに……変だな」

 アリアナの言葉に、俺は頷く。
 この気味悪く、鳥肌が立つ感覚はなんだろう。
 警戒しつつも、俺とアリアナは匂いのする方をたどる。
 ある程度進んだところで、女の子だけで構成されたパーティ五人がオークに襲われている現場に遭遇した。
 パーティのうちの一人が、オークを前に声をあげている。

「きゃーっ! なんでこんなところに!?」
「くっ、効かないっ!」

 よく見ると、一人の女の子は脚に怪我を負ってしまっている。まだ戦っている子もいるが、その火属性の魔法は威力が低いらしい。
 オークを止めるだけのダメージは与えられず、むしろ闘争心をかき立ててしまっていた。
 辺りを見回すと、幸い一体だけのようだ。
 それにしても、オークはこんな浅い階層に出てくる敵ではない。本来なら、もっと上階に現れるモンスターのはずだ。
 そして、このパーティはやられ方からして中級に上がりたてなのだろう。ここまで大きな個体となれば、相対するのは初めてのはずだし、苦戦するのも致し方ない。

「みんな、自分の防御だけしててくれ!」

 俺はそう言いながら、女の子たちの前へおどり出る。
「危険よ!」 とアリアナから声が飛ぶのだが、見てしまった以上は放っておけない。
 刀に手を伸ばそうとしたところで、右の手首に魔力が集まっていることに気づいた。
 抜刀する代わりに拳を握り込んで、うずいている右手を見ると、徐々に赤く燃え上がりはじめる。
 不思議と熱くないが、身体の奥底を震わすように力がたぎってくる。
 魔力が俺を、戦いに駆り立てているかのようだった。
 本来オークのような体躯たいくの大きい敵とやり合う時は、刀のような得物を使うか、もしくはアリアナの弓のような遠隔攻撃を選ぶ。
 前までの俺なら、刀を使いながら俊敏しゅんびんに動いて隙を作ったのち、ゼクトらに倒してもらっていたが……
 そう考えていると、俺の倍近く上背うわぜいのあるオークの拳が目の前に迫っていた。

「フレイムフィスト!」

 俺は一か八か、敵の親指ほどの幅しかない自身の拳を、オークの拳に打ちつける。
 衝撃音が、辺り一帯に響き渡った。
 一瞬だけ視界が赤く染まり、しばしの無音の後、前を見るとオークは燃え尽きていた。一瞬の出来事だった。

「あとは私に任せて!」

 くずが飛んだ辺りで火がくすぶっているので、アリアナが得意の水魔法で消火にあたってくれる。
 俺はといえば、まだ煙を上げている拳を見つめることしかできなかった。
 意外なほどに呆気あっけなく、まったく手応えがなかった。少ししてから、はっと気づく。
 おっと、いけない。手当が先だ。

「大丈夫か?」

 俺は、怪我をしている少女のもとへ駆け寄り、膝をつく。すぐに他の四人も周りに集まってきた。

「ライラ、平気?」
「ちょっと太ももをえぐられたぐらいで痛くないわ……すみません、助けていただいてありがとうございます」

 怪我をしていたライラと呼ばれる女性は仲間の声に答えると、痛みを感じていないと思わせるような、色っぽい目をこちらへ向ける。
 どうやら助けに入った俺が、ヒーローのように見えているらしい。
 ……なんだか、やりにくい。
 だが、そんなことで躊躇ちゅうちょしてる場合ではない。
 足の痛みを感じていないのが本当ならば、それはむしろ危険信号だ。急がなければ手遅れになる可能性もある。
 俺は一度呼吸を整え、キューちゃんを呼び出す。
 彼女がさっそく人型に変化したのをたりにして、女子たちは全員同じ反応で驚いていた。
 だが、猫娘はそんな視線はお構い無し。なぜか不満そうに頬を膨らませ俺の陰に身体を隠す。わざとらしく、身を震わせていた。


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