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たまご焼き
第34話 再会は続く。
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二
次の日、私はろくに眠れぬ夜を明かして、平時より早く家を出た。
普段の出勤時間帯は元カレに狙われるかもしれない、そう考えたのだ。朝早いだけあって、いつもはそれなりにいる通行人は少なかった。だが大通りに出たところ
「おぉ嬢ちゃん。久しぶりだなぁ」
少ないうちの一人に、知った顔がいた。
薄いシャツと半パン姿のご老人、柳田さんだった。意表をつかれた。まさか二日連続して依頼人に会うだなんて、思わなかった。
「……おはようございます」
「おう、おはよう。嬢ちゃん、出勤かい? ちなみに俺は朝の散歩だ、徘徊じゃねぇよ」
「はい、ゴールデンウィークはお休みなくて」
昨日、加奈さんに話したのと同じように、私は事情を伝える。
流れが似ているなと思ったら、柳田さんの目的地は蔵前駅近くの公園だということで、駅まで一緒に行くことになった。こうなればほとんど前日の巻き戻しだ。
「この間は、世話になったな。うまかったよ、ヨークシャープディング」
必然的に、話題も依頼のことになる。
「それはよかったです。私も食べましたけど、あれは美味しかったですね」
「そうだな、さすが駒形だ。それと、アントニーもだな。それにしてもアントニーの奴、独自のレシピなんだったら死ぬ前に教えてくれって感じだよな。食べたくなったときに困るじゃねぇか」
「……えっと、はい」
依頼の時は頑なに言わなかったのに、こうもあっさり死の事実を打ち明けるなんて。
驚いて、私の方が蚊の鳴くような返事になってしまった。
「はははっ、そう気を使わんでいいぞ。むしろ、あの時は隠したまま依頼して、すまんかった。あの時はまだ、俺の中であいつが死んだことを認めたくなかったんだ」
「じゃあ今は」
「おう、とりあえず事実は受け入れたよ。あいつも、俺がくよくよすることなんか望んでないだろうしな」
そう気付けたのは、あのヨークシャープディングのおかげだ、と柳田さんはゆったりとあごを引く。
「あのあと、俺は駒形が焼いたプディングを持って、ロンドンに飛んだんだ。若い頃以来のロンドンだ、そりゃあ街はめちゃくちゃ変わってた。あの頃の面影なんざほとんどないわな。
でもよぉ、アントニーの葬式会場に行ったら、それがあったんだ。本人の希望で、若い頃の写真とか物飾らせたんだってよ。その中に、俺と写ってる写真とか、あの頃弾いてたギターとかも見つけた。
それもたくさんな。で、俺はその中に、あのプディングを供えてきたんだ。そしたらよ、これを待ってたみたいに遺影の中のアントニーが笑った気がしてなぁ。
まぁたぶんこれは俺の思い込みのせいだな、でもそれで、すーっと沈み込んできたんだ。これも俺の心次第だが、あいつに恩を返せた気がしたんだよ。そこから、あいつの分も一日でも健康で生きてやろうって思えるようになった」
私は、浅草から蔵前まで歩くなんて精悍だな、と思っていたが、合点がいった。
「もしかして、それで散歩を?」
「よく分かってるじゃねぇか、嬢ちゃん。蔵前駅前の公園には懸垂器もあるしな。まだまだ衰えないようにせんと」
柳田さんは、短い袖をまくってガハハと笑う。三日坊主で終わるつもりはなさそうだ。
「いやはや、本当に駒形と嬢ちゃんには礼を言い尽くせねぇよ。困ったことがあったら、今度は俺が相談に乗るから、なんでも言えよ」
「……ありがとうございます」
「こう見えてもそれなりに経験豊富だからな。がっはっは」
そう言ってもらっても、さすがに元カレのことも駒形さんとのことも、相談はできない。けれど、少しだけ気が楽になった。
次の日、私はろくに眠れぬ夜を明かして、平時より早く家を出た。
普段の出勤時間帯は元カレに狙われるかもしれない、そう考えたのだ。朝早いだけあって、いつもはそれなりにいる通行人は少なかった。だが大通りに出たところ
「おぉ嬢ちゃん。久しぶりだなぁ」
少ないうちの一人に、知った顔がいた。
薄いシャツと半パン姿のご老人、柳田さんだった。意表をつかれた。まさか二日連続して依頼人に会うだなんて、思わなかった。
「……おはようございます」
「おう、おはよう。嬢ちゃん、出勤かい? ちなみに俺は朝の散歩だ、徘徊じゃねぇよ」
「はい、ゴールデンウィークはお休みなくて」
昨日、加奈さんに話したのと同じように、私は事情を伝える。
流れが似ているなと思ったら、柳田さんの目的地は蔵前駅近くの公園だということで、駅まで一緒に行くことになった。こうなればほとんど前日の巻き戻しだ。
「この間は、世話になったな。うまかったよ、ヨークシャープディング」
必然的に、話題も依頼のことになる。
「それはよかったです。私も食べましたけど、あれは美味しかったですね」
「そうだな、さすが駒形だ。それと、アントニーもだな。それにしてもアントニーの奴、独自のレシピなんだったら死ぬ前に教えてくれって感じだよな。食べたくなったときに困るじゃねぇか」
「……えっと、はい」
依頼の時は頑なに言わなかったのに、こうもあっさり死の事実を打ち明けるなんて。
驚いて、私の方が蚊の鳴くような返事になってしまった。
「はははっ、そう気を使わんでいいぞ。むしろ、あの時は隠したまま依頼して、すまんかった。あの時はまだ、俺の中であいつが死んだことを認めたくなかったんだ」
「じゃあ今は」
「おう、とりあえず事実は受け入れたよ。あいつも、俺がくよくよすることなんか望んでないだろうしな」
そう気付けたのは、あのヨークシャープディングのおかげだ、と柳田さんはゆったりとあごを引く。
「あのあと、俺は駒形が焼いたプディングを持って、ロンドンに飛んだんだ。若い頃以来のロンドンだ、そりゃあ街はめちゃくちゃ変わってた。あの頃の面影なんざほとんどないわな。
でもよぉ、アントニーの葬式会場に行ったら、それがあったんだ。本人の希望で、若い頃の写真とか物飾らせたんだってよ。その中に、俺と写ってる写真とか、あの頃弾いてたギターとかも見つけた。
それもたくさんな。で、俺はその中に、あのプディングを供えてきたんだ。そしたらよ、これを待ってたみたいに遺影の中のアントニーが笑った気がしてなぁ。
まぁたぶんこれは俺の思い込みのせいだな、でもそれで、すーっと沈み込んできたんだ。これも俺の心次第だが、あいつに恩を返せた気がしたんだよ。そこから、あいつの分も一日でも健康で生きてやろうって思えるようになった」
私は、浅草から蔵前まで歩くなんて精悍だな、と思っていたが、合点がいった。
「もしかして、それで散歩を?」
「よく分かってるじゃねぇか、嬢ちゃん。蔵前駅前の公園には懸垂器もあるしな。まだまだ衰えないようにせんと」
柳田さんは、短い袖をまくってガハハと笑う。三日坊主で終わるつもりはなさそうだ。
「いやはや、本当に駒形と嬢ちゃんには礼を言い尽くせねぇよ。困ったことがあったら、今度は俺が相談に乗るから、なんでも言えよ」
「……ありがとうございます」
「こう見えてもそれなりに経験豊富だからな。がっはっは」
そう言ってもらっても、さすがに元カレのことも駒形さんとのことも、相談はできない。けれど、少しだけ気が楽になった。
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