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イギリス料理はまずい!?

第17話 ヨークシャープディングの爆弾魔。

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柳田さんは、プディングが焼き上がるより前、時間ちょうどにやってきた。

前のフランクな服装とは打って変わって、スーツに身を包んでいた。それもかなり色がいい。営業仕事の途中で抜けてきたような装いをしている。

「それで分かったか?」

今度も少し急いているように見えた。私が急須からお茶を注ぐと、すぐに手をつけようとする。

だが、あまりの熱さに湯飲みからすぐに手を離した。さっきまで火に掛かって、泡を吹いていたお湯なのだから当たり前だ。

「えぇまぁ。今ちょうど焼いていますので、少しだけゆっくりしていってください。十分もかかりませんよ」
「……まぁそれもそうか、たかが十分を急いでも仕方ねぇな」

 まさか足止めするための玄米茶だったのだろうか。そうだとすれば、意図どおりにはなった。若干ドアの方へ傾いていた柳田さんの身体が、カウンター正面に向く。

私は呼吸を整えて、スイッチを切り替える。

駒形さんからの注文は、依頼理由を探るため、少しでも柳田さんの趣味・嗜好を引き出してほしい、というものだった。話をするのは苦手だが、演技となれば少し別だ。自分ではない気になれるから。それに相手から話を引き出すコツは、一昨日学んでもいた。

「この間の喫茶店、いつも行かれてるんですか?」

ちょっと声を高めに繕って、私は尋ねる。

「……あぁあそこな、おうよ。いきつけでなぁ、マスターは無愛想だけどアイスコーヒーはうまいんだよな」
「ナポリタンも美味しかったです。他にもなにかおすすめあります?」
「あるもある。たとえばなぁ」

好きな物の話をすればいいのだ。そうすれば、留学生のメアリーみたいに自分から話してくれる。

「そもそもな、俺はこの近辺が結構好きなんだ。前に話したが、昔は、浅草なんて出て行ってやる、って思ってたがな。年の流れってやつかな。結局この年齢になっても俺はここに住んでる」

一度語り始めると、途中からは合いの手を入れずとも柳田さんは口を止めなかった。

本来は、せっかちな人ではないのかもしれない。むしろじっくり話したがるタイプと見えた。喫茶店の話は、浅草・蔵前近辺への話に移り、浅草寺の話題になった。

「これなんて、いつも持ち歩いてんだ。これのおかげで事故にあったことがないのかもしらんな」

 ジャケットの腰ポケットから彼が引っ張り出したのは、交通安全のお守りだった。

ただそれだけではなく、小さな巾着袋、少し角の丸まったなにかのチケットらしきものも、机の上には一緒に置かれた。お守りの紐に絡まっていたのだろう。

「あぁすまん、ついなんでも突っ込んじゃうんだ」

 、と柳田さんはすぐにしまう。

「ちなみにその巾着袋、なにが入ってるんですか?」

また話が広げられそうだ。それに気になる。袋が、わっかのように浮き上がっていたが、なにだろう。

だがその時、、カウンターの下、駒形さんが私を制止するように腕を広げた。

「柳田さん、そろそろ焼き上がります」

もう大丈夫、ということのようだ。私の演技が功を奏して依頼理由が分かったのか、焼き上がったからタイムアップだったのかは、分からない。

必死だったから気づかなかったが、気づけば店には豊満な香りが漂ってきていた。それは前にプディングの匂いを嗅いだ時にはなかった、甘い匂いだった。甘いと言っても、菓子特有の鼻を包みこむようなものではない。

まだ皿に出す前から、これかもしれない、と柳田さんは小声で呟いていた。

「どうぞ、ヨークシャープディングです。柳田さんが昔食べていたもの、思い出の味かと」

 皿に盛り付けられていたプディングは、この間私が見たものと同じで、円錐台の形をしていた。ただ一方で、前のものより少し黒々しかった。そして、匂いはかなり異なる。

全くなじみがないわけじゃない、どこかで嗅いだことのある匂いだ。それもよく知っている物のような──

「どうぞ、柳田さん。俺には食べてもどこまで近いか分かりません」
「……あぁ」

柳田さんは何度か鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。私と同じ事を考えているのかもしれない。この匂いの正体を探っているのだ。

 柳田さんは、フォークとナイフを駆使して、切り分けてから口に含む。そして、おもむろに天井を向くと、これだよ、と他に人のいない店内でなければ確実に聞こえないようなか細い声で言った。

「少し甘いが、間違いなくこれだ。これ、なにでできてる」
「甘いですか、すいません。家庭や店によって違いますのでご容赦ください。いわゆる、「かえし」ってやつです」

 かえし? 私の疑問は、浮かんだすぐに駒形さんによって解消された。かえしとは、お湯やだしで割る前のそばつゆのことらしい。

原材料は、醤油、みりん、酒、砂糖。昨日、駒形さんがなにやら配合していたものだ。

「もっとも、本来のかえしのようにわざわざ何日も煮込んでいたとは考えにくいので、原材料をそのまま生地に混ぜて使用していたんじゃないでしょうか。今回も同じようにさせていただきました」

私は思わぬ事実を前にして、鼻をすんと鳴らしてみる。たしかに、そばつゆと言われれば、そうにしか思えない。

そして、わざわざお茶を出した理由も腑に落ちてきた。そばなら、たしかに紅茶ではない。

「だから柳田さんが懐かしいと思ったのは当然のことなんですよ。ベースはイギリス料理ですけど、日本の味が混ざった、融合したものだったんです。
 浅草出身のあなたが懐かしい、というものですから浅草に縁があるもので当てはまる味を考えていて、そばのかえしだな、と」

「かえし……。でもアントニーのやつなんでそんなものを?」

柳田さんは少し呆然としたように、プディングをフォークで突き刺して、見つめる。

「これは推測ですが、アントニーさんのお気遣いじゃないでしょうか。日本を離れて暮らしている友人のあなたに少しでも母国の味を感じて、安心してほしかった、きっとそういう理由だと思います。でも、アントニーさん、かなり苦労されたと思いますよ」
「どうしてだ?」
「いろいろな物が入ってる分、普通のヨークシャープディングよりは、かなり焦げやすいんです。焼き時間も温度も、分量もですが、全て慎重に調節しないといけません。
 決まったレシピがあるようなものじゃないですから、何回も失敗したうえで、作り上げたんじゃないでしょうか。かなりの努力と思いやりがあってようやくできる、中々難しい代物かと。素敵なご友人をお持ちですね」

 柳田さんは、そうか、とぽっかり呟いたきり、黙り込んでしまった。

 たぶん思い出に浸っているのだ。柳田さんの遠くに霞んでいた過去を、駒形さんの料理が、現代に連れてきた。

まさに、いい料理の証だ、と駒形さんが言っていたそれだ。今日こそはセピア色ではなく、はっきりとカラフルに色を持って、柳田さんには、若い日の彼とアントニーさんのいるイギリスの光景が目前に広がっているのだろう。

柳田さんは無言で、手をつけていたヨークシャープディングだけを食べ収めると、

「残りは持ち帰りたいんだが、いいか」と問う。「用事があるからそろそろ行かなくちゃならん」
「えぇ。いいですよ、召し上がるならお早めにどうぞ」

私は駒形さんに指示されて、まだ少し熱を持った「和風ヨークシャープディング」を包みに入れて渡してやる。柳田さんはそれをスーツ鞄に入れると、そのまま退店しようとドアの前まで行って、そこで振り返った。

「今回は本当世話になったな、またくるよ。今度は金たっぷり落としてやる」
「えぇ、お待ちしています。──あぁすいません。さしでがましいかもしれませんが、もう一つ」
「なんだ? 売り込みか」
「いえ。数珠はいりませんよ。お花料だけはお持ちになるといいかと」

 ははは、と腹から声を上げて、そうかい、と柳田さんは豪快に笑う。一方の駒形さんは、少し寂しげな表情に見えた。

私には事情がさっぱり分からない。一人だけのけ者状態をどうにか脱しようと頭を悩ませていたら、

「じゃあな、お二人さん。いいコンビ、いや、いいカップルだったよ」

 敷居を半歩またいだところ、本当の退店間際に爆弾を置いて行かれた。

 まるで置き逃げ、爆弾魔。

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