浮気上等の毒彼氏から逃げ出した私。心機一転。アフターファイブは、浅草・蔵前の小料理屋でイケメン探偵と。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】

文字の大きさ
上 下
5 / 40
蔵前地下の小料理屋には美麗な店主

第5話 けんさやき、ってどんな食べ物?

しおりを挟む
なんでも全く食べなくなったのだという。
毎日のようにリクエストを聞いても、メインが米ではなく麺ものばかりらしい。

初めの頃は、個人的ブームかなにか、そういう時期なんだろうと思っていたが、同棲を開始して二週間が経っても、一切口にしないから、これはおかしいとなったそうだ。

「別々に住んでた時は、彼の家にしょっちゅう遊びに行って、しょうが焼きとか肉じゃがとか、ごはん物の料理作ってあげたんだけどなぁ。お米、二人で三合も炊いてさ」

つい箸が進みすぎてしまうから避けているのではないだろうか。
ダイエットかなにかじゃ? 単にそう思ったのだが、

「別に糖質制限してるわけじゃなさそうなんだよねぇ。家でだけ、なぜか食べないんだ」

そうではないらしい。

加奈さんは、私たち二人に、彼氏さんのインスタグラムを見せてくれる。

ランチタイムに行ったお店の投稿に凝っているらしく、一覧にはずらりと料理の写真が並んでいた。

そこには確かに、白米が写り込んでいる。なになら、比率はラーメンやパスタ、ピザといった小麦系の料理よりダントツで高い。

痩せるためには天敵ともいえるとんかつや唐揚げが、とくに多く目についた。

「そもそもお米が大好きなんだ、うちの彼。実家が農家で、結構広い田んぼ持ってるんだって。お米には困らないっていつも言ってた。これも別々に住んでた時の話だけど、甘い味噌の乗った焼きおにぎり、よく夜食に作ってくれたんだ~」

それも写真があるらしく、加奈さんは写真フォルダを探りだす。
が、整理はできていないようで、スライドを繰り返しても、なかなか見つからない。

「もしかして、彼氏さんは北陸地方のご出身の方ですか?」

すると、駒形さんがこともなげに言った。
お米から連想したのだろうか? 
いや、そうだとしたら東北や北海道もある。

それに田んぼくらいなら、日本全国どこにでもあるだろう、田舎者の私からしたら大都会である東京でさえだ。

「えっそう! 新潟県だけど、どうして分かったの?! エスパー?」
「ははっ、俺はノーマルタイプです。その料理、『けんさ焼き』っていう北陸地方で食べられている郷土料理なんです」
「あっ、彼に聞いたことあるかも! 剣の先、で「けんさ」なんでしょ」
「よくご存じで。汐見さんは聞いたことあった?」
「……いえ、全然。なんで、剣先? イカは関係ないんですよね」

味噌と米。あまりそのまま食べ合わせたことはないが、美味しそうだなぁと朧げに思ったくらいだ。

「昔、かの有名な戦国武将・上杉謙信が、戦の最中、剣の先におにぎりを突き刺して焼いて食べたことが、名前の由来だとされてるんだ」

軽食や夜食として今でも親しまれている、新潟ではパフォーマンスとして刀のようなもので突き刺して提供する店もあるのだ、といくつか関連情報を教えてくれる。
分かりやすく、聞きやすい解説だった。

「まぁ名前よりも、美味しく食べられれば、それでいいんだけどね。すいません。山川さん、話の続きをお願いします」

それを最後は少し茶化して、こう締めくくる。
話慣れしていなければできない会話の回し方だ。そこらの大学教授よりうまいかもしれない。

「あぁ、うん。その「けんさ焼き」も食べなくなったんだよねー。お米か炊飯器がおかしいのかと思って、一人で食べてみたけど普通に美味しかったしさ~。よく理由がわからないんだ」

うーんと加奈さんは悩ましそうに唸る。

一方の駒形さんはきょろきょろと首を振ってリビングルームを見ていた。なにか気になるものでもあったのだろうか。

「た、たしかに、それは不思議ですね」

代わりに、と私はここへ来てから、やっと数度目の言葉を発す。

「だよねぇ、私の料理が実はめっちゃまずいとか? 味覚がやばいとか!?」
「たぶん違うとは思いますけど……」

私の言葉を聞く前に、加奈さんは手近にあった飴を口へ放る。
私にも同じものを渡してきた。舐めろ、ということだろう。舌に乗せると、しっかり甘いぶどう味だった。

「ねぇ甘いよね、これ?」
「甘いです、ちゃんと」

よかった、と加奈さんはにっかり笑う。くしゃっと頬にしわがよるのが可愛いなと思った。

そうこうしているうちに、なにかを確かめ終えたらしい駒形さんはすくっと立ち上がる。

「失礼ですけど、俺と汐見さんにキッチン見せてもらえませんか? なにか手がかりがあるかもしれません」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...