上 下
47 / 53
3章

46話 魔物にすらひれ伏せられる

しおりを挟む

ミリリを抱え、俺は森を駆け抜ける。

途中、邪魔となる枝や葉は、ミリリがオリジナルの魔道で払ってくれて、道無き道に、一本筋ができていく。

「えっへへ、私連れてきてよかった?」
「そーだな。いい日曜大工さんだ」
「なっ、日曜大工じゃないやーいっ!!」

冗談である。正直、とても助かった。

やはりこの瘴気に吸い寄せられたのか、森の中には相当数の魔物がいたのだ。

それだけじゃない。

「ヨシュア! 右の木陰! 闇鳥・サックバードだよっ」

まるで大木に隠れるようにして、恐ろしく強い魔物も出現していた。
人間だろうが魔物だろうが構わず襲いかかり、魔力や瘴気を吸い尽くすと言われる。

めったに現れないため、危険度分類表外に位置づけられる魔物だ。

「……それも、ただもんじゃあなさそうだな」

森全体から放たれる異質な気に当てられたのかもしれない。
明らかに変異している。

「見えにくいな。擬態の能力を身につけたみたいだな」
「これは厄介だよ……。強いだけじゃなくて、見えにくいなんて」

たしかに、面倒な相手だ。
だが、まともに戦ってやるほど、今は暇でもない。

俺が大技を繰り出そうとしていたら、

「…………ヨシュア、サックバードったら、なんか身縮めてるんだけど?」

……本当だ。
頭をこちらに差し出してさえいる。

いわゆる、服従の証というやつだね、これ。

「上下関係に忠実な魔物なのかもしれないね。きっとヨシュアに恐れをなしたんだ」

……えぇ。まさか魔物に頭を下げられる日がこようとは。

さしもの俺も、思いもしなかった。

魔物とは、人の外の存在。
その生まれる摂理さえ、詳しくはわかっていない生き物である。

「……とりあえず、勝ったってことで?」
「そーだよっ! 戦わずして勝ったんだよっ。よっ、名冒険者!」
「雑におだてるのはやめろよ」

とにかく、通してくれるというなら、ありがたくそうさせてもらう。

一時期であれ、魔物も食らうサックバードがこちらについてくれたのは大きかった。
駆逐してくれたのだろう。俺たちの近くに、その後魔物は寄り付かなかった。

そして、

「…………なに、この子」
「今日は珍しいものとばっかり遭遇するなぁ」
「うん、ほんと。初めて見たよ。身体光ってるみたい。魔物じゃなさそうだね」
「でも、普通の獣なんで代物じゃあ、到底ないしなぁ……。」

邂逅。

何者なのか、はっきりとは知らない。
ただ、禍々しいものではない。

なぜなら、『広範探知』で探ったとおり。
この獣の周りだけは、このくすんだ森の中で、ひときわ澄みきっている。

「……神獣」

俺の身長の二倍はあろうかと言う体に、年月を感じさせる長い毛並み。

見ていたら、そう口をついていた。

「それ、ルリママさんが言ってた迷信じゃなかったの?」
「かなり珍しい存在だったから、もう何年も現れてなかったのかもな」

傷だらけになって息も絶え絶えながら、それが命を保っている。

頼りなくはあったが、その目はうっすらながら開いている。
まだ望みはありそうだ。

俺は、その渇き始めた傷口に手を当てやる。
明らかな異物を除去してから、

「スキル発動・治癒(高)」

ヒール魔法をかけていった。

習得したのもついこの間なら、人以外の存在に行うなど当然初めてのことだ。
うまくいくのかやや不安だったけれど、

「私の力も使わせてよ。一緒に、ね?」

ミリリが手を重ねてくれると、不思議なことにどうにかなる気がした。

実際、傷口が塞がっていく。それとともに、獣の身体が放つ煌めきが一層目に眩しくなっていった。
獣の身体自体から、それは発されていたらしい。

否、それだけではなかった。

「森全部が、光ってる…………?」

どういう摂理かは知らない。

けれど、獣にヒールをかけているはずが、俺たちを囲む木々、土、水。

そういったあらゆる自然が、浄化されていく。

根拠もないのに、「これで問題が片付く」とはっきり思った。

ずれていたものが、元どおりに整っていく感覚だ。

俺は身体を刺していた瘴気がすっかり消えるのを確認してから、ヒールを終える。

立派な二本の角が生え戻った獣は、むくり起き上がった。

『……またしても人間であるか。崖に追い込むのも人間なら、手をのべてくれるのも人間。面白い。そして、心から感謝をする』

目が点になる。
空耳というには、あまりに発音がしっかりしていた。

低い地なりのような、けれど頭に直接響くような不思議な響きだった。

ミリリは俺の顔をちらりと、確かめるように見る。

それから恐る恐るといったように、獣へ問いかけた。

「……しゃべれるの?」
『当然。人と交流するには必要なことである。仮にも、当方は神獣・白老狼であるがゆえ』
「本当に神獣だったんだ!」
『いかにも。神々につかわれ、この森を司っている』

その言葉に嘘がなさそうなのは、現象が物語っていた。
気になるのは、

「で、どうしてこんなことになっちまったんだ? 水が汚れるわ、魔物が荒れるわ、結構大変なことになってたんだけど……」
『……そうか。すまない。森に悪しきものの侵入があって対処をしにかかったのだが、いかんせん当方の力が落ちていたのだ』

白老狼と森とは繋がっている。

森が荒れたり汚されれば、白老狼もまた力を失うらしい。
最近この地を治める男爵家により、乱雑な伐採がなされたことが大きな要因だったと言う。

「白老狼を襲った人間ってのは、どんなだったか覚えてるか?」
『たしか少し長めの金色の髪に、長い剣を持っていた。当方を見るなり、斬りつけてきた』

………間違いなく、奴だ。

「……ヨシュア。もしかして」
「あぁ、たぶんそうだな。サンタナがすぐそこまできてるみたいだから」

俺はため息をつくほかない。また最後の最後に、奴に振り回された。

妙なエクストラクエストだが、捕らえにいくほかない。

『そなた、もう行くのか?』
「あぁ、ちょっと野暮用ができたんでな」
『そうか。この森を、そして当方を癒してくれたこと、改めて感謝する。代わりと言ってはなんだがーー』

はて、なんだろう。
そう思っていたら、白老狼は、俺に手を出すよう促す。

言われるままに差し出せば、乗せられたのは木で作られた笛だ。

『これは、当方を呼び出すことのできる、いわば呼び笛だ。どこにいても、当方にはその音が聞こえる。
 困ったときは、当方をそなたの従属獣として、扱うがよい。呼び出されれば、いつでも駆けつけよう』
「いいのか、こんなもの。俺に渡して。その人間にこっぴどくやられたんだろ?」
『よい。そなたたちは信頼に足りうる。……当方に、人間も捨てたものではないと思わせてくれたのだから。
 最後だ。名前を教えてくれ』
「ヨシュア・エンリケ、だけど」
『うむ。主の名前、はっきりと覚えた』

魔獣をひれ伏させ、神獣に忠誠を誓われる。

そんなことが短時間に起きる、奇妙な体験だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八
ファンタジー
 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

処理中です...