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9話 到着

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私が決して逃げ出せないのをいいことに、彼女は父の側に寄る。
必死の形相で何度も揺らすのだが、目が覚める気配はない。

許さない、そうエライザは言った。許さない、許さない、そう彼女は繰り返す。

狂気を詰め込んだ一叫を放ったのち、その眉間に雷を刻む。

「あんた、ふざけないでよ。この落とし前、その命でつけなさい」

言わせておけば、好き放題言ってくれるものだ。
一気に感情が沸点に達する。

おかげで、動揺とのバランスがうまく取れた。
 
「そもそも私を暗殺しようとしてきたくせに。どの口が言うの、エライザ。
 私をあなたと勘違いして、襲ってくるこの変態がいけないのよ」

皮肉をたっぷり込めて、言い返す。

「そこまで知っちゃったのね、不細工。私とお父様のことも、あんたを殺す計画も。あっそう」
「だったらなに?」
「その口、悪いけど塞がせてもらうわ。
 状況分ってるの、あんた。いつでも殺せるのよ、あなたのことなんて」

エライザは、鮮やかな赤のリップが乗った唇を、ほんの少し吊り上げた。
勝利を確信している顔だ。実際、幾つもの刃物が私に向けられている状況だから、無理もない。

死ぬ、また死ぬ。

感情の激しい上下の結果、変に落ち着いているが、それはもう目と鼻の先に迫っている。


また死に戻る可能性が、ちらついた。でも、そうなる保証はないし、あの悍ましい痛みはもう味わいたくない。

刺された時の痛切な痛みが、胸に蘇ってくる。
身体がじわじわ血生臭くなり、自分のものではなくなっていく、あの感覚が襲いくる。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ……」
「は、はぁ? なに言ってんの、選択権なんてないのよ不細工女」
「嫌だ、嫌だ」

途端に気が狂いそうになり、私は頭を抱えた。
強迫観念に押しつぶされそうになって、髪をかきむしる。

「気持ち悪いから、とっとと殺しなさい」

妹が顎先で命じた。
兵士らの握っていた槍が数本、私の首元に狙いを定めたまま、すうっと後ろに引かれる。

それが喉元に刺されば、また終わりだ。また人生の幕が閉じる。

ごめんなさい、アルフレッド。
私は愛しい婚約者の顔を思う。彼が明日に味わうだろう哀しみを悔やむ。

馬鹿な強がりだったろうか。
素直に彼を頼っていれば、こうはならなかったかもしれない、

でも、すべては後の祭りだ。もう遅い。

「死になさい。恥じらしなのよ、あんたみたいなのが姉だとね」

私の喉を抉り取らんと、ぎらつく槍の穂先が迫りくる。

その時のことだ。
廊下が、にわかに騒がしくなって、ぴたりそれが止まった。

慌てた風に、一人の兵が飛び込んでくる。

「エライザ様、ご報告です。アルフレッド様が攻め込んできました!! もう、ここに着くとのことです!!」

エライザが私を睨みつける。
援軍を呼んだと思われたのだろうが、違う。
それは、私にも思いがけない知らせだった。
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