4 / 14
4話 一つ目の撃退
しおりを挟む
馬車は着々と、先ほど惨事が起きた地点へと近づいていく。
このまま進めば、同じことの繰り返しになってしまう。
どこか別の場所へ馬車を走らせるというのも一つの手だが、それでは仕留めるまで追いかけてくるに違いない。
戻る場所のない私は、かなり不利だ。
ただ、ひとつだけ残る秘策には自信があった。
自分だけじゃなく同乗者たち全員を守ってみせる。
それを必ずやり遂げるだけの、覚悟があった。
♢
先ほどと同時刻、同じ場所。
巻き戻しているだけだから当たり前だが、やはり襲撃は決行されようとしていた。
なにもかも知っていた私は、馬車から顔を出して、誰よりも先に彼らと対面する。
それまでは籠ごと串刺しにせん勢いで槍を向け、こちらへ駆けてきていた夜襲一団だったが、私を見るなりその鉾を下ろした。
「な、なぜエライザ様がここに!? たしか、バレッタ様、いいえバレッタが乗っているという話じゃ……」
「あなたたち、場所を間違えてましてよ?」
「た、大変申し訳ありません! ですが、私どもは確かにこの馬車を襲うように命じられたのですが」
「なーに、あたしが間違ってるとでも?」
私は、にこりと冷ややかな笑みを浮かべる。
すると、彼らは「滅相もない!」と地面に膝をつき反抗の意志がないことを示した。
「あたしは、アルフレッド様と秘密の逢引をしていたの。これ以上首を突っ込むのが野暮なことくらい分かるでしょ?」
「も、も、もちろんでございます!」
「きっと姉は、婚約者さえ自分を裏切ったことに、傷心して森にでも逃げたのでしょう。草の根を分けて探し、殺しなさい。いいこと?」
「は、はっ、すぐにでも!」
敬礼してから、兵たちは馬車から離れて見当違いの方角へと進み始める。
それを姿が見えなくなるまで見送ってから、私はすだれを下ろして、やっと一息つく。
馬車籠の中が、白くけぶった。
もう秋口だ。夜はかなり冷え込む。今ばかりは、肝も冷えたが。
「…………まさか、本当に夜襲をかけてくるなんて。バレッタ様がいなければどうなっていたか」
「買い被らないでください。
あなた方、女性の使用人が一人も乗っていなかったら、この作戦はそもそも実行できませんでした」
そう、彼女らが化粧道具を持っていたおかげで、変装することができたのだ。
似ても似つかぬほど美しい妹とはいえ、パーツ自体は似ている部分もある。
なにより、だ。私はエライザの美貌に憧れて、化粧を覚えた。
その彼女に殺されかけたのだから皮肉極まりないが、私は他の誰より彼女をよく見てきた身だ。
暗いところから、明るいところははっきりと映る。
相手の視界に私がいなかったとしても、私の瞳の中心にいたのは、いつも彼女だった。
だから、その口ぶりを真似るのも造作ない。
「それで、これからどうされるのですかバレッタ様」
アルフレッドの従者が額に汗を浮かべて声を詰める。
当然だが、一度危機を逃れた程度で終わるような話ではない。
根本を断たねば、今夜を乗り切ったとして、延々と危険な影に怯え続けなければならない。
もちろん、それも御免被る。
「ちょうど考えていたところです。みなさんは、このままレニスの屋敷に戻ってください」
「しかし、それではお父上や妹君に狙われてしまうのでは……。私たちは、アルフレッド様にあなたを任された身。そのようなことはできません」
「心配なさらないで。アルフレッドにも言伝は不要です。策はありますから」
私は、屋敷からは影になっている小道で下ろしてもらう。
アルフレッドの従者たちは、アルフレッドには黙っておくよう告げて、馬車ごと送り返した。
私に付いていた侍女たちにも、今日は街で寝泊まりするよう言って金を渡し、そこで別れた。
侍女たちは、常に私と行動を共にしてきた信頼できる者たちだ。
最後まで私を気遣って、残るとくれていたが、これはレニス家の、いいや私の問題に他ならない。
不用意に巻き込むわけにはいかないと、固辞した。
このまま進めば、同じことの繰り返しになってしまう。
どこか別の場所へ馬車を走らせるというのも一つの手だが、それでは仕留めるまで追いかけてくるに違いない。
戻る場所のない私は、かなり不利だ。
ただ、ひとつだけ残る秘策には自信があった。
自分だけじゃなく同乗者たち全員を守ってみせる。
それを必ずやり遂げるだけの、覚悟があった。
♢
先ほどと同時刻、同じ場所。
巻き戻しているだけだから当たり前だが、やはり襲撃は決行されようとしていた。
なにもかも知っていた私は、馬車から顔を出して、誰よりも先に彼らと対面する。
それまでは籠ごと串刺しにせん勢いで槍を向け、こちらへ駆けてきていた夜襲一団だったが、私を見るなりその鉾を下ろした。
「な、なぜエライザ様がここに!? たしか、バレッタ様、いいえバレッタが乗っているという話じゃ……」
「あなたたち、場所を間違えてましてよ?」
「た、大変申し訳ありません! ですが、私どもは確かにこの馬車を襲うように命じられたのですが」
「なーに、あたしが間違ってるとでも?」
私は、にこりと冷ややかな笑みを浮かべる。
すると、彼らは「滅相もない!」と地面に膝をつき反抗の意志がないことを示した。
「あたしは、アルフレッド様と秘密の逢引をしていたの。これ以上首を突っ込むのが野暮なことくらい分かるでしょ?」
「も、も、もちろんでございます!」
「きっと姉は、婚約者さえ自分を裏切ったことに、傷心して森にでも逃げたのでしょう。草の根を分けて探し、殺しなさい。いいこと?」
「は、はっ、すぐにでも!」
敬礼してから、兵たちは馬車から離れて見当違いの方角へと進み始める。
それを姿が見えなくなるまで見送ってから、私はすだれを下ろして、やっと一息つく。
馬車籠の中が、白くけぶった。
もう秋口だ。夜はかなり冷え込む。今ばかりは、肝も冷えたが。
「…………まさか、本当に夜襲をかけてくるなんて。バレッタ様がいなければどうなっていたか」
「買い被らないでください。
あなた方、女性の使用人が一人も乗っていなかったら、この作戦はそもそも実行できませんでした」
そう、彼女らが化粧道具を持っていたおかげで、変装することができたのだ。
似ても似つかぬほど美しい妹とはいえ、パーツ自体は似ている部分もある。
なにより、だ。私はエライザの美貌に憧れて、化粧を覚えた。
その彼女に殺されかけたのだから皮肉極まりないが、私は他の誰より彼女をよく見てきた身だ。
暗いところから、明るいところははっきりと映る。
相手の視界に私がいなかったとしても、私の瞳の中心にいたのは、いつも彼女だった。
だから、その口ぶりを真似るのも造作ない。
「それで、これからどうされるのですかバレッタ様」
アルフレッドの従者が額に汗を浮かべて声を詰める。
当然だが、一度危機を逃れた程度で終わるような話ではない。
根本を断たねば、今夜を乗り切ったとして、延々と危険な影に怯え続けなければならない。
もちろん、それも御免被る。
「ちょうど考えていたところです。みなさんは、このままレニスの屋敷に戻ってください」
「しかし、それではお父上や妹君に狙われてしまうのでは……。私たちは、アルフレッド様にあなたを任された身。そのようなことはできません」
「心配なさらないで。アルフレッドにも言伝は不要です。策はありますから」
私は、屋敷からは影になっている小道で下ろしてもらう。
アルフレッドの従者たちは、アルフレッドには黙っておくよう告げて、馬車ごと送り返した。
私に付いていた侍女たちにも、今日は街で寝泊まりするよう言って金を渡し、そこで別れた。
侍女たちは、常に私と行動を共にしてきた信頼できる者たちだ。
最後まで私を気遣って、残るとくれていたが、これはレニス家の、いいや私の問題に他ならない。
不用意に巻き込むわけにはいかないと、固辞した。
68
お気に入りに追加
627
あなたにおすすめの小説
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
完結 王子は貞操観念の無い妹君を溺愛してます
音爽(ネソウ)
恋愛
妹至上主義のシスコン王子、周囲に諌言されるが耳をを貸さない。
調子に乗る王女は王子に婚約者リリジュアについて大嘘を吹き込む。ほんの悪戯のつもりが王子は信じ込み婚約を破棄すると宣言する。
裏切ったおぼえがないと令嬢は反論した。しかし、その嘘を真実にしようと言い出す者が現れて「私と婚約してバカ王子を捨てないか?」
なんとその人物は隣国のフリードベル・インパジオ王太子だった。毒親にも見放されていたリリジュアはその提案に喜ぶ。だが王太子は我儘王女の想い人だった為に王女は激怒する。
後悔した王女は再び兄の婚約者へ戻すために画策するが肝心の兄テスタシモンが受け入れない。
くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。
音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。>
婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。
冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。
「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」
妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした
水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」
子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。
彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。
彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。
こんなこと、許されることではない。
そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。
完全に、シルビアの味方なのだ。
しかも……。
「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」
私はお父様から追放を宣言された。
必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。
「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」
お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。
その目は、娘を見る目ではなかった。
「惨めね、お姉さま……」
シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。
そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。
途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。
一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。
デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~
バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。
幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。
「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」
その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。
そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。
これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。
全14話
※小説家になろう様にも掲載しています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜
津ヶ谷
恋愛
ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。
次期公爵との婚約も決まっていた。
しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。
次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。
そう、妹に婚約者を奪われたのである。
そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。
そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。
次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。
これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる