花鳥風月

ナムラケイ

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第1章:花ひらく頃、三条大橋にて

愛の営み ★

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 征次の匂いにくらりとして、身体がまた熱を持つ。急に血の巡りが良くなって、中弥は息を漏らした。

「……っ」
「悪い。苦しかったか」
「……や、そうじゃない。そうじゃなくて」

 身体の中心が熱を持っていた。兆しを恥じて、中弥は隠すように両脚を立てた。

「中弥。また熱がぶり返したのか?」

 わざとらしく尋ねる征次は中弥の変化に気づいていて、楽しそうに笑ってる。

「分かってて聞くな!」
「悪かった」

 悪びれずに謝って、征次は布団の中に手を突っ込んだ。
 冷えた手が足の甲を撫ぜる。

「冷たい」
「我慢しろ」

 甲、脛、膝、腿の外側、内側、脚の付け根。
 乾いた指先が輪郭を確かめるように動く。
 蝋燭1本きりの部屋は暗くて、間近にある征次の顔にも深い影が落ちている。伝わる熱と互いの息遣いだけが存在の確かさだった。
 借り物の着物が汚れないように、前をはだけて裾を後ろへ流した。

「征次。したい」
「触るだけ、な」
「なんで」
「また熱が出るぞ」
「構わない」
「俺が構う」

 短く言い返し続ける征次の手を取って、尻に導いた。
 眼前の喉が動き、指が割れ目に滑り込む。征次が触れやすいように、中弥は腰を上げ、向かい合って膝を立てた。

「色事に興味はないんじゃなかったのか」
「おまえのせいだろ」
「そうだな」

 指先がつぷりと体内に差し込まれる。慣れない感触に強張りそうになる身体を意識して弛緩させた。

「まだ柔らかいな」

 ゆっくりと浸食してくる指が内壁を擦る。その感覚にまた息を詰めた。視界が暗い分、感覚が研ぎ澄まされる。身体の中を触られている。暴かれてしまう。

「中、熱いな。熱のせいか」

 囁く征次の吐息が熱い。

「いちいち感想を言うな」
「悪い。嬉しくて感激してるんだ。何か喋っていないと歓喜で叫び出しそうなくらいに」
「だったら世間話でもしてろ」
「それは色気がなさすぎだろう。でも、そうだな」

 愛撫を続けながら、征次は話題を探すように少し黙った。そして、中弥の瞼に口づけを落としてから尋ねた。

「夢を見ていたのか?」
「夢……?」
「さっき目覚めた時、なんだか幸せそうな顔をしていた。良い夢でも見たのか?」
「ん、あっ……」

 指が腹側の気持ちの良いところに触れて、声が漏れた。喋れないだろと抗議すると、征次は笑って指を抜いた。抜かれる感覚に腰が震える。
 征次にまたがったまま、中弥は腰を揺らした。
 経験はなくても、寝屋の技は山ほど見てきて知っている。それに、目の前の男が欲しい。その思いに引きずられて身体は自然に動いた。
 屹立した互いの性器がこすれて、ゆるやかな甘い刺激に脳が痺れる。

「……征次と、二人で暮らしている夢だった。知らない時代の、知らない国のどこかで。幸せに。でも、それ以上は覚えてない」

 それを聞いた征次は何かを言いかけて、けれど思い直したように口元を押さえた。

「そうか。また、続きを見られるといいな」

 ありきたりの返しに、中弥は首を振った。

「別にいい。夢より現実の方がいい。もう、お喋りはやめよう」
「そうだな」
「そこの葛籠の中の、紙包みを取ってくれ」

 中弥の身体を抱きしめたまま、征次は後ろでに手を伸ばす。手探りで摘まんだ紙包みの中身を見て、「どうしてこんなものを持っている」と顔をしかめた。

「ずっと前に、仕事先の四ツ目屋から貰ったんだよ」
「誰かと使ったりしていないだろうな」
「馬鹿言うな。俺に経験がないことくらい、分かるだろ」

 頷く代わりに中弥の頬を撫で、征次は紙包みの中の紙片を口に含んだ。
 いちぶのりは唾液で溶かすとどろどろになる。溶けた粘液を指先に絡ませ、征次自身と中弥の後ろに塗り付けた。くちゅりと水音が立つ。
 征次は着崩れた着流しを脱ぎ捨て、中弥の借り物の着物も剥ぎ取った。
 互いの肌の色が夜に浮き上がる。征次の身体は剣の稽古で培った厚い筋肉に覆われている。
 胸筋の弾力に身体を預け、中弥は腰を浮かせた。

「中弥。後ろからした方がいい。その方が楽だ」
「このままでいい」
「膝立ち、痛くないか」
「平気」
「苦しかったら無理をするなよ」

 こくりと頷いたのを合図に、征次は両手で中弥の腰を包み込んだ。掌はあたたかくて、触れているだけでぞくぞくする。
 入り口には征次の昂りの先が触れていて、鼓動が伝わってくる。
 支えられながら腰を落とすと、熱い塊がぬめりを借りて押し入ってくる。
 まだ全部入っていないのに、脳天まで貫かれるような感覚がする。
 時間をかけて中弥の腰を最後まで落とさせると、そうしたまま、征次はしばらく動かなかった。
 動かずに深い呼吸だけ続けていると、段々、身体の中で互いの熱が溶けあい、中が征次の形に馴染んでいく。
 しばらくそうしていると、なんだかぞわぞわしてきて、中弥は身を震わせた。

「苦しいか?」
「ん……じゃなくて、なんか、へん」
「悪い、一旦抜こう」

 抜こうとした征次の動きで、先の太い部分が一番奥の部分を突いた。

「……っあっ、んんっ!」
「中弥?」
「や、だめ」
「え?」
「今のとこ、やだ」
「ああ、ここが良かったのか」

 会得したとばかりに頷いて、征次は腰をゆすった。とんとんとリズミカルに奥を突かれて、ぞわぞわが止まらなくなる。
 どうしよう、気持ちいい。

「あ、あ、はっ、んんっ」

 どうしたって声が漏れてしまう。声を出した方が気持ちいいのだ。なのに、征次はしーっと唇に指先を立ててみせた。

「中弥。俺の肩を嚙んでいろ」
「え?」
「おまえの声、艶っぽすぎる。聞いていたいが、聞かせたくない」

 征次の指が壁を指す。
 夢中で一瞬忘れていたが、そうだった。
 長屋の壁は紙のように薄い。生活音は丸聞こえで、朝の井戸端では「おきみちゃんたら、昨日は激しかったわね」なんて会話が普通に繰り広げられるのだ。
 おまけに隣は友彦だ。絶対に聞かれたくない。恥ずかしいが過ぎて死ぬ。
 中弥は言われるままに、征次の肩口に唇を押し付けた。
 声がくぐもりに変わる。唇に肌が触れているのも心地いい。

「いい子だ」

 征次は優しくそう言って、律動を速めた。中弥も無意識に腰を動かしていた。押し殺した吐息と結合した部分の水音が夜の静寂しじまにやらしく響く。
 もう達しそうだと視線で訴えると、俺もだと征次も視線で答える。
 視線を絡ませて同時に達する。快感の嵐が過ぎ去った後、胸に灯った幸福感になんだか泣きたくなる。
 狭い布団の中で征次に抱き込まれる。汗と白檀と古い布団と夜の匂い。
 中弥は静かに瞼を閉じる。同じ行為なのに、昨夜と全然違った。
 そうか。性行為っていうのは、互いに気持ちの通じ合った者同士でしないと意味がないんだな。
 それを征次にも伝えたかったが、眠気の方が勝った。
 今度は夢も見なかった。

 ***
【用語の補足】
 四ツ目屋:江戸時代のアダルトショップ
 いちぶのり:江戸時代のローション。植物由来の成分を小さな紙状に加工しており、唾液で溶かすとどろどろになる。
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