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第1章:花ひらく頃、三条大橋にて
余談:其ノ壱(上)★
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冬の光の眩しさで目が覚めた。
昨夜はあまり眠れなかった。あと少し惰眠を貪っていたかったが、隣の座敷からは箒で畳を掃く音が聞こえてくる。
黒井は身体を起こして大きく伸びをした。
障子を開けると冷気が吹き込んできて眠気の残滓を洗っていく。
布団を上げて、井戸水で顔と口を漱いだ。
寝間着代わりの古い浴衣姿のまま座敷を覗くと、白井は既に小袖に着替えて床の間の花を活けていた。座敷の空気は澄んでいて、縁側の床板は塵一つなく光っている。
「おはようございます。早いですね、白井さん」
「おはよう。君は相変わらず寝穢(いぎたな)いですね」
白井は床の間にかがみこんだまま振り向かない。
肩越しに手元を覗き込むと、細い指先で南天の葉を整えている。濃い緑の葉に真っ赤な実がいくつも房を作っている。
床の間には雪景の掛け軸がかけられていて、南天の赤は雪の白に良く映えそうだ。
「非番なんだからいいじゃないですか」
「武士たるもの、非番でも規律正しく生活するものです」
「朝飯、食いました?」
「朝は食欲がないんですよ」
「駄目ですよ、食べないと」
「お茶だけ煎れてくれますか」
「米も炊きます」
「粥なら食べられます」
「了解です」
小袖の襟から伸びたうなじが白い。
指先でそっと触れると、「やめなさい」と制される。白井は黒井の先輩格だが、この人は誰に対しても丁寧語で話す。
牽制に構わずに、喉元に指を滑らせた。
「白井さん、俺、何かしましたか?」
「何の話ですか」
「昨夜、抱かせてくれなかったから」
二条在番は、城内の屋敷に住む者もいれば、城外で寺社や商人の家の一角に間借りする者もいる。
白井は遠縁が所有する家に一人で住んでいて、黒井はそこに居候している。
土間と炊事場、6畳が4室だけの小さな平屋だ。二条城から距離があるのが難点だが、その分、街の喧騒から逃れて静かだ。
「言ったでしょう。気分じゃなかったんですよ」
白井の表情は見えない。答える声は静かだが、矢張り怒っている。というか、多分拗ねている。
「非番の前の夜はいつもしてるじゃないですか」
「いつもってことはありません。君だって、そういう気分じゃない時くらいあるでしょう」
「一切ありません。断言します」
「ヤリチンめ」
「但し白井さん相手に限るですけど。白井さん、時々言葉遣いがえぐくなりますよね」
「無駄口を叩いていないで、さっさと粥を炊きなさい」
「昨日、俺が中弥さんに抱きついたからですか?」
埒が明かないので直球をぶっこむと、白井の身体が目に見えて硬直した。
南天の茎を手折っていた手元も固まっている。
「は?」
あ、こっち向いた。青筋立ってるけど。
「図星ですか」
「どうして」
分かったんですかと語尾は消え入るようだった。
膝を立てて、白井の身体を後ろから抱き込んだ。
「分かりますよ、それくらい。いや、昨日は分からなかったので寝床で悶々と考えてたんですけど。思い返せば、白井さんの機嫌が悪くなったのって、昨日の夕方、中弥さんが番所に来た後からでしたから」
首筋に唇を落とすと、白井がわずかに震えた。薄い肩に頬を乗せ、耳元で話す。
「すみませんでした。嫌な思いをさせてしまって」
詫びると、白井は静かに息を吐いた。
「いや。君が人懐っこいのは昔からですから。ただ、中弥さんはなんというか、最近妙に雰囲気がある表情をするようになったから。それで、なんだか胸がざわついただけです。くだらない感情でした」
着物越しに触れ合う肌から互いの体温が浸透していく。
こんな風に、いつだって胸のうちを明け透けに話してくれるといい。それが一番、安心する。
「くだらないことじゃないです。付き合っている相手に嫌な思いをさせないのは、最低限の礼儀ですから。白井さんが俺に妬いてくれるなんて、俺としては嬉しい限りですけど」
「相変わらず脳内がお花畑ですね」
「すぐそうやって暴言吐くとこも好きですよ。あ、言っておきますけど、中弥さんはすごく良い人だし城に来なくなるのは寂しいですけど、そういう意味での興味は全くないですから」
「もういいから。それより、いい加減離れてください。熱い、ので」
腕の中で白井が身じろぎするので、一層強く身体を押し付けた。
「熱いって、冬ですよ、今」
「……当たってるんですよ、さっきから」
「当ててるんで」
「朝っぱらから興奮しないでください」
「朝だからです。もう3日もしてないし。白井さん、いー匂いするし」
わざとらしく首元ですんと鼻を鳴らして匂いをかぐ。
肌の匂いにまた体温が上がった。
きつく締められた帯の端を引く。緩んだ襟元に白井が吐息を漏らした。
「今も、気分じゃないですか?」
白井は答えない。白かった首筋がうっすら朱に染まっている。
黒井は距離を詰め、完全に勃起している股間を白井の尻にごりりと押し付けた。指先で白井の下腹をさする。
「ちゃんと答えてください。俺のこれ、白井さんの一番奥まで挿れて、出たり入ったりして、良いところとんとん突かれて、気持ちよくなりたくないですか?」
この人は清廉な顔をして好色だ。露骨な言葉で責められるのも好きだ。
低い声で囁くと、腕の中の身体は熱を発して湿度を増す。
薄く開かれた唇の中に指を差し入れ、上顎を擦ってやると、白井はようやく舌を動かした。
「……なりたい。して、ください」
思わず意地悪な笑みが漏れた。
「勿論。どろどろにしてあげますよ。布団、敷きなおしますか?」
「ここでいい、から、早く」
切羽詰まった懇願にこめかみが痛くなるほど情欲が高まる。
白井の帯を解き去り、腰ひもをほどく。濃紺の小袖が肩から滑り落ちて、日に灼けていない白い背中が露わになる。
下帯も外して白井を丸裸にして、後ろから強く抱きしめた。
首筋を鎖骨を、胸を腹をゆるゆると撫でていく。
触れているだけで気持ちが良いなんて、なんなのだろう。
掌が胸の尖りをかする度に白井は震え、身体を支えるように床柱にしがみついた。
この人は怖くなるほど敏感だ。最初は苦しそうなだけだったのに、ある時から抱く度に感度が上がるようになった。
押し当てた股間を擦り付けて腰を動かしたいけれど、我慢する。
今日はじらすだけじらすことにしたので、先に達するわけにはいかない。先に達せさせるわけにも。
黒井は畳に散らばる着物から腰紐を手に取り、白井の手首に巻き付ける。膝をついて立っていられるくらいの位置で白井の手を床柱に固定した。
「え、何?」
「自分で触れないようにです」
「変態」
「好きでしょ?」
縛るのは初めてではない。
もう57回も身体を重ねている。本気で嫌がっているかどうかなんて分かる。
黒井は手を伸ばして床柱の横の地袋を開け油壷を取り出した。尾てい骨に丁子油を垂らすと花の香気が立つ。
尻の割れ目に油を塗り広げていく。指先で蕾の縁を揉むと誘いこむように収縮した。
「ひくついてますよ」
「……っ、ん」
中指を差し入れると、柔らかくて温かい。熱いくらいだ。
油分のぬめりを借りて指を押し込んでいく。きついのにふわふわしている。不思議な器官だといつも思う。
指を二本に増やして中を揉むと、白井が背をそらした。腰の曲線が色っぽくてまた熱が高まる。
「あ、はっ……んんっ」
背中側の内壁をしつこく擦る。白井は快感を逃がすように太ももを擦り合わせている。もどかしいのだろう。
「も、そこいいから。前、触って」
「前? ああ、そうですね、すみません」
わざとらしく謝って、左手を胸に滑らせた。
昨夜はあまり眠れなかった。あと少し惰眠を貪っていたかったが、隣の座敷からは箒で畳を掃く音が聞こえてくる。
黒井は身体を起こして大きく伸びをした。
障子を開けると冷気が吹き込んできて眠気の残滓を洗っていく。
布団を上げて、井戸水で顔と口を漱いだ。
寝間着代わりの古い浴衣姿のまま座敷を覗くと、白井は既に小袖に着替えて床の間の花を活けていた。座敷の空気は澄んでいて、縁側の床板は塵一つなく光っている。
「おはようございます。早いですね、白井さん」
「おはよう。君は相変わらず寝穢(いぎたな)いですね」
白井は床の間にかがみこんだまま振り向かない。
肩越しに手元を覗き込むと、細い指先で南天の葉を整えている。濃い緑の葉に真っ赤な実がいくつも房を作っている。
床の間には雪景の掛け軸がかけられていて、南天の赤は雪の白に良く映えそうだ。
「非番なんだからいいじゃないですか」
「武士たるもの、非番でも規律正しく生活するものです」
「朝飯、食いました?」
「朝は食欲がないんですよ」
「駄目ですよ、食べないと」
「お茶だけ煎れてくれますか」
「米も炊きます」
「粥なら食べられます」
「了解です」
小袖の襟から伸びたうなじが白い。
指先でそっと触れると、「やめなさい」と制される。白井は黒井の先輩格だが、この人は誰に対しても丁寧語で話す。
牽制に構わずに、喉元に指を滑らせた。
「白井さん、俺、何かしましたか?」
「何の話ですか」
「昨夜、抱かせてくれなかったから」
二条在番は、城内の屋敷に住む者もいれば、城外で寺社や商人の家の一角に間借りする者もいる。
白井は遠縁が所有する家に一人で住んでいて、黒井はそこに居候している。
土間と炊事場、6畳が4室だけの小さな平屋だ。二条城から距離があるのが難点だが、その分、街の喧騒から逃れて静かだ。
「言ったでしょう。気分じゃなかったんですよ」
白井の表情は見えない。答える声は静かだが、矢張り怒っている。というか、多分拗ねている。
「非番の前の夜はいつもしてるじゃないですか」
「いつもってことはありません。君だって、そういう気分じゃない時くらいあるでしょう」
「一切ありません。断言します」
「ヤリチンめ」
「但し白井さん相手に限るですけど。白井さん、時々言葉遣いがえぐくなりますよね」
「無駄口を叩いていないで、さっさと粥を炊きなさい」
「昨日、俺が中弥さんに抱きついたからですか?」
埒が明かないので直球をぶっこむと、白井の身体が目に見えて硬直した。
南天の茎を手折っていた手元も固まっている。
「は?」
あ、こっち向いた。青筋立ってるけど。
「図星ですか」
「どうして」
分かったんですかと語尾は消え入るようだった。
膝を立てて、白井の身体を後ろから抱き込んだ。
「分かりますよ、それくらい。いや、昨日は分からなかったので寝床で悶々と考えてたんですけど。思い返せば、白井さんの機嫌が悪くなったのって、昨日の夕方、中弥さんが番所に来た後からでしたから」
首筋に唇を落とすと、白井がわずかに震えた。薄い肩に頬を乗せ、耳元で話す。
「すみませんでした。嫌な思いをさせてしまって」
詫びると、白井は静かに息を吐いた。
「いや。君が人懐っこいのは昔からですから。ただ、中弥さんはなんというか、最近妙に雰囲気がある表情をするようになったから。それで、なんだか胸がざわついただけです。くだらない感情でした」
着物越しに触れ合う肌から互いの体温が浸透していく。
こんな風に、いつだって胸のうちを明け透けに話してくれるといい。それが一番、安心する。
「くだらないことじゃないです。付き合っている相手に嫌な思いをさせないのは、最低限の礼儀ですから。白井さんが俺に妬いてくれるなんて、俺としては嬉しい限りですけど」
「相変わらず脳内がお花畑ですね」
「すぐそうやって暴言吐くとこも好きですよ。あ、言っておきますけど、中弥さんはすごく良い人だし城に来なくなるのは寂しいですけど、そういう意味での興味は全くないですから」
「もういいから。それより、いい加減離れてください。熱い、ので」
腕の中で白井が身じろぎするので、一層強く身体を押し付けた。
「熱いって、冬ですよ、今」
「……当たってるんですよ、さっきから」
「当ててるんで」
「朝っぱらから興奮しないでください」
「朝だからです。もう3日もしてないし。白井さん、いー匂いするし」
わざとらしく首元ですんと鼻を鳴らして匂いをかぐ。
肌の匂いにまた体温が上がった。
きつく締められた帯の端を引く。緩んだ襟元に白井が吐息を漏らした。
「今も、気分じゃないですか?」
白井は答えない。白かった首筋がうっすら朱に染まっている。
黒井は距離を詰め、完全に勃起している股間を白井の尻にごりりと押し付けた。指先で白井の下腹をさする。
「ちゃんと答えてください。俺のこれ、白井さんの一番奥まで挿れて、出たり入ったりして、良いところとんとん突かれて、気持ちよくなりたくないですか?」
この人は清廉な顔をして好色だ。露骨な言葉で責められるのも好きだ。
低い声で囁くと、腕の中の身体は熱を発して湿度を増す。
薄く開かれた唇の中に指を差し入れ、上顎を擦ってやると、白井はようやく舌を動かした。
「……なりたい。して、ください」
思わず意地悪な笑みが漏れた。
「勿論。どろどろにしてあげますよ。布団、敷きなおしますか?」
「ここでいい、から、早く」
切羽詰まった懇願にこめかみが痛くなるほど情欲が高まる。
白井の帯を解き去り、腰ひもをほどく。濃紺の小袖が肩から滑り落ちて、日に灼けていない白い背中が露わになる。
下帯も外して白井を丸裸にして、後ろから強く抱きしめた。
首筋を鎖骨を、胸を腹をゆるゆると撫でていく。
触れているだけで気持ちが良いなんて、なんなのだろう。
掌が胸の尖りをかする度に白井は震え、身体を支えるように床柱にしがみついた。
この人は怖くなるほど敏感だ。最初は苦しそうなだけだったのに、ある時から抱く度に感度が上がるようになった。
押し当てた股間を擦り付けて腰を動かしたいけれど、我慢する。
今日はじらすだけじらすことにしたので、先に達するわけにはいかない。先に達せさせるわけにも。
黒井は畳に散らばる着物から腰紐を手に取り、白井の手首に巻き付ける。膝をついて立っていられるくらいの位置で白井の手を床柱に固定した。
「え、何?」
「自分で触れないようにです」
「変態」
「好きでしょ?」
縛るのは初めてではない。
もう57回も身体を重ねている。本気で嫌がっているかどうかなんて分かる。
黒井は手を伸ばして床柱の横の地袋を開け油壷を取り出した。尾てい骨に丁子油を垂らすと花の香気が立つ。
尻の割れ目に油を塗り広げていく。指先で蕾の縁を揉むと誘いこむように収縮した。
「ひくついてますよ」
「……っ、ん」
中指を差し入れると、柔らかくて温かい。熱いくらいだ。
油分のぬめりを借りて指を押し込んでいく。きついのにふわふわしている。不思議な器官だといつも思う。
指を二本に増やして中を揉むと、白井が背をそらした。腰の曲線が色っぽくてまた熱が高まる。
「あ、はっ……んんっ」
背中側の内壁をしつこく擦る。白井は快感を逃がすように太ももを擦り合わせている。もどかしいのだろう。
「も、そこいいから。前、触って」
「前? ああ、そうですね、すみません」
わざとらしく謝って、左手を胸に滑らせた。
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