アクアイル王国物語

ナムラケイ

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海賊編:過去のストーリー

海賊編:放蕩息子カナメ、友のために海に散る。3

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 武器の手入れを終えたヴィートと入れ替わるように、セイラがやってきた。カナメの横に腰を下ろし、鱗を手にとる。鱗磨きを手伝ってくれるようだ。
「さっきは助かった。ありがとう」
 セイラが、透き通るピンク色の瞳で、まっすぐにカナメを見て礼を言った。
 男装していても、その顔は女優のような美しさだ。カナメがこれまで付き合ってきた女達もそれなりに美しかったが、セイラはレベルが違う。
「女の子がやられてたら、黙ってられないっしょ」
 少しカッコつけて言ってみると、セイラはみるみる不機嫌になった。
「女扱いするなと言ったはずだ」
「あー、悪い」
 カナメは頭をかく。
「次同じこと言ったら、海に突き落とす」
 その台詞も何度目だろうか。実力があれば、男でも女でも関係ないとカナメは思うのだが、セイラは頑なだ。
「なあ、なんでそんな過剰反応すんの。この船、別にセクハラするような奴もいないし。女海賊なんてイマドキ珍しくないだろ」

 セイラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「ヴィートは、私が目指す理想の海賊だ」
「あいつがすげえ船長だってことは、俺にも分かるけどさ」
 ヴィートは強く、決断力があり、責任感が強い。決して明るい性格ではないし、どちらかと言えば無口だが、仲間のことをよく見ているし、優しい。
 していることは犯罪だし、必要な暴力も振るえば人を殺すこともある。けれど、それは本当に必要な時だけだ。ヴィートは絶対に無駄な殺生はしないし、仲間にもそれを許さない。
 だから、ヴィート海賊団の誰もがヴィートを慕っているし、敬っている。

「海賊は国際法的には違法だ。その海賊稼業で、仲間の命を守り、全員を食わしていくだけの金を稼ぐのは大変なことだ。きれいごとばかりじゃいられない。ヴィートは、そこを分かっていて、清濁併せ呑んでいる。何より、ヴィートとの航海は楽しくて仕方がない。僕は、恋人や家族としてじゃなく、海賊仲間としてヴィートと一緒にいたいと思ったんだ。だから女を捨てたんだよ」
「好き、なのか?」
 聞くと、セイラはふっと笑った。
「好きだよ。恋愛っていう意味じゃなくてな。あいつのことを、誰よりも誇りに思っている」
 あいつは、水なんだとセイラは言った。
 セイラの渇きを癒してくれる水なのだと。
 そう言うセイラの微笑みは、清々しく美しい。

 セイラは元々娼婦をしていて、7年前にヴィートに出会って海賊になったとサルから聞いた。
 ヴィートとセイラの7年間を思い、カナメは果てしなく広がる海を見つめた。



 航海中、大陸との連絡には伝書鳩―正確には魔物使いが操る鳥獣系モンスター-が使われる。その日、伝書鳩が咥えてきた一通の書簡は、「ラトゥ・ブラン号」を揺るがした。

 1枚目は、光の大陸国際海洋機関の事務総長令の写しだ。
 国際海洋機関は海賊活動及び国際海洋機関加盟国による私掠免許状発行を従来より禁じているが、今後これらに厳罰及び罰金を課すとの内容だった。私掠免許状発行及びそれに類似する行為が明るみに出た場合には、当該国の国際海洋機関からの追放も辞さないとしている。
 2枚目の便箋は、ヴィートが雇っている情報屋からの連絡だった。
「気をつけろ。マリノの女王様はシラを切り通す気だ」
 書かれているのはその一言だけだ。

「これ、どういうことだ?」
 事務総長令の内容は理解できたが、情報屋の忠告の意味が分からない。
 ヴィートは険しい顔で唇を噛みしめ、セイラは真っ青になっている。
 答えない二人に代わり、ゼッティがカナメの疑問に答えた。
「海の国マリノは書面での私掠免許状は発行していないが、海賊が他国商船を襲うのを推奨しているのは周知の事実だ。俺たちだって、マリノからの依頼を受けて他国商船を襲ったことがあるし、財宝を持ちかえれば、女王陛下からそれなりの報酬と特権が得られただろう」
 それはカナメにも分かる。
 カナメ自身もヴィート海賊団に入ってから、商船の強奪は何度か経験している。
「国際海洋機関もマリノの行動は黙認していたんだが、人事異動か方針転換があったんだろう。これ以上マリノの違法行為は認めないという通告だ。国際海洋機関除名はとんでもない痛手になるから、マリノは必死になって、海賊との関係に関する証拠を隠滅するだろう。陸にある物的証拠は燃やしてしまえばいい。そうしたら、残る証拠は俺たち海賊だけだ」
「すべての証拠を隠滅すれば、シラを切り通せる。女王陛下は、海賊の存在も認めていないし、海賊に何かを依頼したり、報酬を与えたりしたことなどありませんってな」
 ゼッティの言葉を繋いだセイラは忌々しそうに唇を噛んだ。
「つまり、マリノは海軍だかなんだかを動かして、俺ら海賊を一掃するってことか」
 カナメは呟く。

 嘘だと思いたかったが、誰も否定してくれなかった。
 貴族で銀行家の家に生まれ育ったカナメには、財界や政界や外交の基礎知識がある。
 国際海洋機関は、マリノが海賊掃討作戦に出ることも予測した上で、この事務総長令を出したのだろう。疎ましい海賊どもを、マリノが身銭切って一掃してくれた上に、海賊と言う名のマリノの海軍力を低下させることができる。

 ずっと黙っていたヴィートは、サルとヴィンチに命じて、海賊団全員を甲板に集めさせた。
 ヴィートとセイラを中心に扇形に集まった仲間のひとりひとりの顔を見ながら、ヴィートは現状を説明する。そして、告げた。
「マリノはすぐに海軍を差し向けてくるだろう。次の寄港地、アクアイル帝国の港まで12日かかる予定だが、1週間で着くよう全速力で飛ばす。港に着いたら。そこで、船を降りる奴は降りろ」
 全員がごくりと喉を鳴らした。
「俺は、ヴィート海賊団は光の大陸一の海賊だと自負している」
 ヴィートの言葉に、誰もが深く頷く。
「だが、マリノ海軍に攻撃されれば、ひとたまりもないだろう。相手は職業軍人だ。兵力も火力も天と地の差だ。俺たち全員、船と共に海の藻屑だ。おまえらはガラは悪いが才気はある。チャンスがあればまた船に乗れるし、他のどんな仕事でだって成功できるだろう。船を降りる奴には、この船に積んでいる金も財宝も託すから、好きに使えばいい。船に積んでいても、マリノに奪われるだけだからな」 
 淡々と述べるヴィートを、カナメは信じられない思いで見る。
 
 おまえ、アホかよ。
 
 心の底から呆れ、それはそのまま声に出ていたらしい。
 ヴィートがじろりと睨んできた。
「カナメ。何か言ったか」
 あああ、もう!
 カナメはぐしゃぐしゃと髪を掻きまわし、大声でまくしたてた。
「アホかっつったんだよ! おまえ、本当心底アホだよな。そんなこと言われて、はいそうですかって船を降りる奴がこん中にいると思ってんのか? どんだけだよ! おまえ、自分の仲間ナメてんじゃねーぞっ!!」
 怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 困った顔で黙り込むヴィートに、海賊たちは口々に言った。
「今回ばかりは、カナメに賛成」
「俺も。船長にそんな風に思われてたなんて心外」
「僕は温和な性格なんだけど、今回ばかりは君を殴りたくなったかな」
「こんなことくらいで船を降りるなら、ハナから海賊になんてなってない」
 抗議する海賊たちを驚きの表情で見ていたヴィートは、
「有り難い言葉だが、この場の雰囲気に流されるな。まだ時間はある。次の港までに考え直せ」
 そう言い置いて、さっさと船室に戻ってしまう。
 そのミントグリーンの瞳が水気を湛えていたのにみんなが気づいていたけれど、誰も何も言わなかった。


 その夜、カナメは父親のアマロ伯爵に宛てて手紙を書いた。
 銀行王でマリノで五本の指に入る資産家で貴族の親父は、王家にも元老院にも顔が効く。海の国マリノの女王陛下が、海賊相手に海軍を差し向けることなどないよう、根回しを依頼するために。



 誰もが不安と恐怖を宿していたけれど、誰一人それを表には出さず、淡々と航海を続けた。
 数日後、あと1日で海の国マリノの領海を抜け、アクアイル帝国の領海に入る位置まで船は進んでいた。
 午後5時半。
「今日の夕食は外で食べよう」
 とシェフが言い出し、甲板に敷かれた絨毯の上には、料理の大皿が次々と運ばれている。
「何かのお祝いっすか、これ」
 カナメは目を丸くする。
 刺身に焼き魚にムニエルにアクアパッツァ。海老の姿焼きに二枚貝の蒸し焼き。根菜のシチューにソーセージの盛り合わせ。たっぷりのワイン。
 今日は夕食の手伝いはいらないと言われ、太公望と釣りをしていたのだが、釣っても釣っても太公望が「まだ足りない」と言うので何事かと思っていれば、この料理のためだったわけだ。

「今日、何かの祝いなのか?」
 驚くカナメを取り囲むと、団員達は、サルの「せーの」の掛け声に続き、声を張り上げた。
「ハッピーバースデー! カナメ!!」
 口笛と拍手を一身に受けながら、カナメは目を瞬く。

 あ。あーそっか、今日、誕生日か、俺。24歳だ。
 ヴィート海賊団の一味になってから、毎日が刺激的すぎて、誕生日だのなんだのなんてすっかり忘れていた。

「あざっす!!」
 体育会系のノリで頭を下げると、また拍手が沸いた。

 水平線に沈む大きな夕陽が、空も海も船もオレンジ色に染め上げていた。
 暮れなずむ光の中で、宴はいよいよ盛り上がる。
 皆が、シェフの手尽くしの料理に舌鼓を打ち、ワインをするすると胃に納めていく。ゼッティがリュートを奏で、セイラが歌う。高めのアルトが心地よく身体に響く。

「俺、誕生日教えたっけ」
 酔っぱらった勢いで、隣に座るサルと肩を組んだ。
「これ内緒っすけど、船長が情報屋に聞いて調べてたっす」
 内緒といいながら、全員に聞こえるような大声だ。
「サル、黙れ!」
 ヴィートがピーナッツをサルに投げつけると、サルは器用に口で受け止めた。
「ヴィートは、昔から仲間の誕生日忘れないんっすよ」
「なあ、ヴィートの誕生日はいつなんだ」
 カナメが聞くと、ヴィートは薄く笑った。
「知らない。親父も海賊で年中航海に出てて、あちこちの港に女がいた。ある街に寄港した時に、女のひとりがあなたの子だって言って俺を差し出したらしい。親父は何も言わず、何も聞かず、黙って俺を引き取った」
 それは、本当の子供かどうかわからないってことか?
「ヴィートは見た目も性格も親父さんにそっくりだよ」
 カナメの心を読んだように、セイラが言った。ザルなのか、相当のワインを口にしているのに、セイラの顔色は変わっていない。
 その口調がとても優し気だったので、セイラは本当にヴィートが好きなんだなと思った。

「あ、じゃあさ。今日がヴィートの誕生日ってことにしようぜ」
 カナメは提案した。あながち酒の勢いでもなく、良い考えだと思ったのだ。ヴィートは思いっきり顔をしかめている。
「何言ってるんだ、おまえ」
「誕生日が分からないなら、今日ってことにしちゃえばいいだろ。ほら、俺と同じだし」
「断る」
「なんでだよ」
「俺に誕生日なんて必要ない」
「必要あるだろ。生まれてきてありがとうって祝われる日だ」
 また言い合っていると、シェフがタイミングよくケーキを持ってきた。バターと小麦粉と砂糖と牛乳だけのシンプルなケーキだ。
「ヴィート、諦めろ。こいつは言い出したら聞かない」
 セイラが言うと、ヴィートは大袈裟にため息をつく。
「ったく、おまえらは」
 それは承諾だった。

 カナメとヴィートの名前を入れたハッピーバースデーの歌を全員で歌った。
 ヴィンチは愛用のオレンジ色のスケッチブックを取り出して、みんなの似顔絵を描いていた。
「今夜の主役。ヴィート、カナメ、セイラ。ケーキの前で、ほーら笑って笑って」
 画家の注文にセイラが苦笑いする。
「僕は誕生日じゃないぞ」
「絵には花が必要だろ」
 カナメが女扱いしても、今夜ばかりはセイラも怒らなかった。
 並んだ3人を満足げに眺め、ヴィンチはさらさらと鉛筆を動かした。完成した絵の中の3人は、どうしようもなく幸せそうに笑っていて、カナメはくすぐったくなった。

 船は風の赴くままに進んでいく。
 今夜ばかりは、誰もモンスターやマリノ海軍や海賊稼業のことを口にしなかった。
 不安を押し隠すかのように、誰もがおかしなテンションではしゃいだ。
 食べて飲んで歌って騒いで。
 真っ暗な海の中で、「ラトゥ・ブラン号」だけが、いつまでも明るい光に包まれていた。
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