アクアイル王国物語

ナムラケイ

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酒場のロレンツォ、お節介を焼く。(1)

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 王宮都市アクアイルのロレンツォの酒場と言えば、出会いの場として有名だ。
 人気月刊誌「パーティ・マニア」の「パーティを探すならこの酒場!」ランキングでも上位5位から落ちたことがない。
 磨き込まれた木材が鈍く輝くシックな内装の店内では、常連も旅人も美味い酒とロレンツォが腕に寄りをかけたつまみを楽しみながら、しっとりとした雰囲気の中で意味深な視線を巡らしたり、パーティ候補者名簿を眺めたりしている。

 ここは、そんな大人の酒場なのに。
 店主のロレンツォは、カウンターの中でシェイカーを振りながらため息をついた。
 目の前の客が若くてイケメンの二人連れなのは申し分ないのだが、この二人、先ほどから女々しいコイバナしかしていない。おまけに相当酔っている。
「マスター、おかわり~」
 空になった陶器のビールマグを同時に差し出す二人に、ロレンツォは釘を刺す。
「ちょっとあんたたち、いい加減にしなさいよ。そんなに彼女に不満があるなら、別の女と付き合えばいいじゃないの。適当に可愛くて愛想が良くて、男を立てて、セックス上手くて、何にも考えずにほいほいついてきてくれる女なんて、ここには山ほどいるわよ」
 ロレンツォは言い放つと、このろくでもない男二人を狙っているテーブル席の女性二人からオーダーされたバイオレットフィズを、心情的には乱暴に置きたかったが、マスターの矜持として宝石を扱うようにそっとカウンターに滑らせた。


 時は2時間前にさかのぼる。
 道具屋ティトと武闘家ルシオが二人とも何やら沈んだ様子で来店した。
 ティトは冗談好きで明朗快活、ルシオは寡黙でいぶし銀タイプと正反対の性格だが、いや、正反対だからか、二人は妙に馬が合い、ルシオがアクアイルに立ち寄った際はよくつるんでいるようだ。
 ロレンツォは注文も聞かずに、黒ビールにアクアパッツァ、野菜スティックと鶏ささみとキノコのオイルがけを手早くサーブした。
 アクアイル在住のティトも、アクアイルを旅の拠点としているルシオも常連なので、好みは分かっている。ティトは兄弟共々魚好きで、武闘家のルシオは職業柄タンパク質摂取に余念がないのだ。

 1杯飲むなり、ティトが語り出したところによると、どうやら彼女と喧嘩をしたらしい。
 アクアイル一番の美人でクールビューティと謳われている薬師ニーナとティトが付き合い始めた時は、その組み合わせの意外性にアクアイルばかりかハーブの街リムールや草原の国グラシールトにまで、噂が広まったものだ。
「ニーナって俺のこと好きなんかなあ」
 ティトはちゃらい見た目に似合わないアンニュイな雰囲気を漂わせ、ため息まじりに呟いている。
 そんなこと本人に訊けと突っ込みたくなる台詞だが、ルシオは真剣に聞いてやっている。
「それは好きじゃなかったら付き合わないだろう」
「そうかもしんないけどさあ。俺もニーナも最近仕事がやたらと忙しくてさ」
 商売繁盛で結構じゃないのとロレンツォが思っていると、ルシオも、
「商売繁盛で結構じゃないか」
 と同じ感想を返した。
「それはまあ有り難い限りなんだけど、忙しすぎて滅多に合えなくてさ。この前一緒に仕入れの旅に行って帰ってきてから、3週間まともに会えなかったんだぜ?」
 職業柄、客の恋愛相談を受けることも多いロレンツォは、数か月や数年単位の遠距離カップルも数え切れないほど見てきたので、誰もが多忙なこの現代では3週間くらい会えないのは普通ではないかと思うのだが、ルシオは、
「それはつらいな」
 としみじみ頷いている。
 そういえばルシオは、同じパーティの弓使いマルタと付き合っていたわねとロレンツォは思い出す。

「勿論全く会えないわけじゃなくてさ、一緒に昼飯食ったり、仕事の合間にちょっと会ったりはしてるんだけど。一日デートするとか、夜も一緒にいるとかそういうのがご無沙汰なわけよ」
「欲求不満なのか?」
 ルシオはニンジンのスティックを齧りながら、大真面目な顔で問う。
 東の国の侍のような顔をしているのに、直球を投げる男である。
「ちげーよ」
 と否定するティトの方が、一見契約な外見なのに純情なのか赤面している。
「まあともかくだ。そんな状況だったのが、一昨日、ニーナの店の水道管が壊れて、工事が入るからってんで一日臨時休業になったんだ。折角の休みだから、一日一緒にいられるなと思って、俺も店休んでさ、ニーナの家に行ったんだよ。アングレックの花屋で花束買ってさ。したら、あいつ、奴烈火のごとく怒ってさ」
「え、なんでだ?」
 ルシオはきょとんとしているが、ロレンツォにはすぐに理由が分かった。
 あの才色兼備でキャリアウーマンなニーナなのだ。仕事を蔑ろにする男に惹かれるわけがない。
「仕事休んで会いに来られても全然嬉しくないってさ」
 案の定、そう説明したティトは、がっくりと肩を落としている。
 グラスがほとんど空になっているのを見計らい、ロレンツォは新しい黒ビールを注いでやった。
「それは、酷いな」
「酷いだろー。ちゃんと商工会にも連絡して臨時休業の許可取ったし、その日は予約客もいなかったのにさあ」
 そういう問題じゃないのよとロレンツォは心の中で呟く。言いたいことは山々だが、意見は求められない限り口にしないのが、賢明なマスターの接客心得だ。
 自分のために男が仕事を蔑ろにするのを喜ぶのは浅学な女。上等な女は、会えない時間を上手く活用して、会える時間をより素敵にすることを知っているものなのよ。
 ニーナが、クールビューティを気取ってはいるが、可愛らしく寂しがり屋な一面も持っていることは、百戦錬磨のロレンツォ様にはお見通しなのである。
 本当は嬉しいんだけど、それを喜んじゃいけないってニーナは知ってるのよん。
 まあそんな女心は若造には分かんないでしょうけど。

 ロレンツォが内心でにやついていると、ルシオが言った。
「ニーナさんも嬉しかったんだとは思うよ。でも、照れて素直に喜べなかったんじゃないか」
 ほらね、見当違いもいいところ。
「そんな感じじゃないんだよ。マジでマジ切れして、それ以降連絡してないしさ。なんかニーナって、何考えてるか時々わかんないだよな。他の誰かが一緒にいるときは絶対零度の冷たさだし。俺と二人っきりのときも、9割以上がツンで、デレは1割もないんだぜ?」
「ニーナさんは元々そういう性格だろ。そのツンデレがたまらんとか言ってたじゃないか」
「いや俺的にはもっとデレを増やしてほしいっす。酔っぱらった時はちょっと可愛いこと言ったりもすんだけど、基本冷たいしさ。その上、なんか色々厳しいんだよ。部屋の掃除とか整理整頓とか体調管理とか、ことごとく駄目出ししてくるしさ」
「おまえ、店はあんなに綺麗なくせに、自分の部屋はカオスだからな」
「部屋ん中の服装まで注意されるし」
「ちなみにどんな服装してたんだ」
「普通にハーフパンツだよ。白の」
「上は?」
「着てないけど」
「彼女の前でそれはいかんだろう」
「いや、でも俺普段はそうだしさ。俺の生活とか習慣とか全部知ってほしいって思うだろ、普通」
「知ってもらうのは大事だが、その上で互いの妥協点を探るのがより大事だろう。お互い違う環境で育ってるんだし。女性は普通上半身裸で生活したりしない」
「ううう。まあそれはそうかもしんないけど。とにかく、俺はもっと甘えてもらったりべたべたしたりしたいんだよ」
 二杯目のビールを飲み乾し、ティトはそう主張する。酩酊してきたのか話の矛先が拡散している。

 ロレンツォはやれやれと肩をすくめながら、今度は白ワインを出してやり、空になった料理の皿も下げた。次の料理を準備する前に、箸休めにピクルスの小皿をサーブする。
 二人の男は酔っぱらっているのに、グラスや皿を出したり片付けたりする度に、律儀にありがとうございますと軽く頭を下げるので、ロレンツォは嬉しくなる。
 管を巻いていても、良い客は良い客なのだ。
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