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16:嫉妬
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1週間、仕事に打ち込んだ。
同僚の堀内真奈1尉が夏季休暇に入ったので、その分の仕事も全部引き受けた。
防衛課長が、「十波、あんまり働き過ぎるなよ。課員の残業が多すぎると、俺が人事に呼び出されるんだからな」と心配するくらいに。
早起きしてランニングをして、朝食を食べて、出勤して働いて、昼食も夕食も職場で取って、家に帰ってテレビを見て風呂に入って寝る。
有馬のことを考えないように意識的に忙しく身体を動かすけれど、ふとしたタイミングにあの夜のことを思い出してしまう。
通勤電車に揺られている時や風呂に入っている時、つけたテレビのチャンネルがたまたま帝都テレビだった時に。
薄暗い部屋で花火に彩られた有馬の、凄絶なオスの色香。
有馬の指と唇。触れあった皮膚の熱と汗。目も眩むような快楽。
知ってしまった。教えられてしまった。
思い出す度に、鼓動が高鳴って、苦しくなる。
航平とて健康な男子だ。これまで何人かの女の子と付き合ったことがあるし、当然、キスもセックスもしてきた。
けれど、有馬とのことは、彼女たちの誰とのこととも全く違った。
次の土曜日はすぐにやって来た。
日比谷のシャングリラ・ホテルで母上ご所望のマンゴープリンを入手し、有馬との待ち合わせ時間までにはまだ余裕があったので、カフェで時間をつぶすことにした。
アイスコーヒーだけ注文して、通りに面したスツールに座る。
どんな顔をして会えばいいのか、何を話せばいいのか。何もなかったように普通にしていたいけれど、実際会ったら照れてしまいそうだ。
有馬のことばかり考えていたせいかもしれない。
航平はスツールの上で身を乗り出した。
噂をすれば影。カフェの目の前の通りを、有馬が歩いていた。
人通りが多い銀座の中でも、その長身と姿勢の良さですぐに分かった。
サングラスをしているが、間違いなく有馬だ。ポロシャツにチノパンのラフな休日スタイルで、その隣には小柄な女性が並んで歩いている。
女は帽子を深くかぶって同じくサングラスをしているが、顔の小ささとスタイルの良さ、着ているサマードレスの上質さが、周りの女性達から群を抜いている。
二人とも歯を見せて笑い合っていて、楽しそうだ。
航平は拳を握り締めた。
「なんだよ、それ」
あれだけ俺のことが好きだとか言ってあんなことまでしておきながら、俺との約束の前に、女と会ってるとか。
アイスコーヒーのストローを噛んだ。紙製のストローは強く噛むとすぐボロボロになってしまった。
コーヒー1杯で苛々と時間を潰してから待ち合わせ場所の駐車場に向かうと、有馬は運転席でコーヒーを飲んでいた。当然女はいなくて、航平に気づくとにこやかに手を振ってくる。
「待たせて悪い」
「待ってないよ」
挨拶を交わして航平が助手性に乗り込むと、有馬はマンゴープリンを後部席のクーラーボックスに入れてくれる。航平に断ってから音楽をかけた。マメな男だ。
車を出し、交通量が多い銀座の街中をゆっくりと走りながら、有馬がちらりと航平を見た。
「どうしたの? なんか元気ないけど」
「別に」
「もしかして、花火の夜のこと、怒ってる?」
「もう怒ってねえし、そうじゃねえよ」
「怒ってないなら、なに?」
有馬はしつこい。
航平は窓枠に肘をついて車窓を眺める。
土曜日の昼下がり。日差しは強くて街は明るいのに、自分だけが曇っている。
「さっきの女、誰」
吐き出すように訊くと、有馬は変わらないトーンで応えた。
「航平、近くにいたんだ。声かけてくれれば良かったのに」
「誰だって聞いてんだけど」
「はなりんだよ」
「はなりんって、葉梨カレン!?」
帝都テレビの人気女子アナで、件の「はぴはぴモーニング☆」のMCだ。
綺麗な女だとは思ったが、帽子とサングラスで全く分からなかった。
「女子アナは注目されるからね。プライベートで出歩く時は、あんまり素顔を晒さないんだよ」
「仲良いんだな。プライベートで二人で出歩くとか」
自分でも嫌味な言い方だと思ったが、有馬は気にもしていないように答えた。
「葉梨は大学の後輩だからね」
「二人で何してたんだよ」
「買い物に付き合ってもらってただけだよ。どうしたの、妙に絡むね」
「買い物くらい、俺が付き合ったのに」
思わずそう口走った。
有馬は驚いたように航平に視線を送ってから、車を脇に寄せ、ハザードランプを灯した。
「なんで停めるんだよ」
「航平、もしかして、嫉妬してくれてる?」
有馬はハンドルに両腕を乗せたまま、航平の顔を覗き込んだ。その口元はゆるんでいる。
「はあ? なんで俺が」
「僕が女の人と一緒にいたのを見て、嫌な気持ちになった?」
「嫌っつうか、なんかもやもやしてただけだ」
正直に答えると、有馬は益々口元をゆるめた。
「航平。すごく嬉しいし可愛いんだけど、僕はゲイだからね。そもそも女性は対象外。例えどんな美女に迫られても、何も感じないし、絶対に勃たないよ」
有馬の説明に、航平は馬鹿みたいに口を開けてしまった。
言われてみれば当たり前だ。
「そっか。そうだよな」
自分のアホさが恥ずかしい。
航平はがしがしと頭を掻いた。
「誤解されたくないから解説しておくと、葉梨には、航平の母上へのお土産を一緒に選んでもらってたんだよ。ワインと入浴剤。僕はどっちも全く詳しくないからね。それから、これは絶対に誰にも言わないでほしいんだけど、葉梨は、同じアナウンス部に彼氏がいる」
有馬が指さした後部席には、確かに横文字の入ったオシャレな紙袋が並んでいる。
「ええと。誤解をして、ごめん、なさい」
「機嫌治った?」
航平が殊勝に頷いたのを確認すると、有馬はエンジンをふかした。
「じゃ、車出すよ。首都高乗るコースでいいよね」
「おう」
有馬はハザードを消し、東銀座を抜け、みゆき通りに入っていく。
休日の銀座はカップルが多い。航平は、手をつないで行き交う人々を見るともなしに眺めた。
同僚の堀内真奈1尉が夏季休暇に入ったので、その分の仕事も全部引き受けた。
防衛課長が、「十波、あんまり働き過ぎるなよ。課員の残業が多すぎると、俺が人事に呼び出されるんだからな」と心配するくらいに。
早起きしてランニングをして、朝食を食べて、出勤して働いて、昼食も夕食も職場で取って、家に帰ってテレビを見て風呂に入って寝る。
有馬のことを考えないように意識的に忙しく身体を動かすけれど、ふとしたタイミングにあの夜のことを思い出してしまう。
通勤電車に揺られている時や風呂に入っている時、つけたテレビのチャンネルがたまたま帝都テレビだった時に。
薄暗い部屋で花火に彩られた有馬の、凄絶なオスの色香。
有馬の指と唇。触れあった皮膚の熱と汗。目も眩むような快楽。
知ってしまった。教えられてしまった。
思い出す度に、鼓動が高鳴って、苦しくなる。
航平とて健康な男子だ。これまで何人かの女の子と付き合ったことがあるし、当然、キスもセックスもしてきた。
けれど、有馬とのことは、彼女たちの誰とのこととも全く違った。
次の土曜日はすぐにやって来た。
日比谷のシャングリラ・ホテルで母上ご所望のマンゴープリンを入手し、有馬との待ち合わせ時間までにはまだ余裕があったので、カフェで時間をつぶすことにした。
アイスコーヒーだけ注文して、通りに面したスツールに座る。
どんな顔をして会えばいいのか、何を話せばいいのか。何もなかったように普通にしていたいけれど、実際会ったら照れてしまいそうだ。
有馬のことばかり考えていたせいかもしれない。
航平はスツールの上で身を乗り出した。
噂をすれば影。カフェの目の前の通りを、有馬が歩いていた。
人通りが多い銀座の中でも、その長身と姿勢の良さですぐに分かった。
サングラスをしているが、間違いなく有馬だ。ポロシャツにチノパンのラフな休日スタイルで、その隣には小柄な女性が並んで歩いている。
女は帽子を深くかぶって同じくサングラスをしているが、顔の小ささとスタイルの良さ、着ているサマードレスの上質さが、周りの女性達から群を抜いている。
二人とも歯を見せて笑い合っていて、楽しそうだ。
航平は拳を握り締めた。
「なんだよ、それ」
あれだけ俺のことが好きだとか言ってあんなことまでしておきながら、俺との約束の前に、女と会ってるとか。
アイスコーヒーのストローを噛んだ。紙製のストローは強く噛むとすぐボロボロになってしまった。
コーヒー1杯で苛々と時間を潰してから待ち合わせ場所の駐車場に向かうと、有馬は運転席でコーヒーを飲んでいた。当然女はいなくて、航平に気づくとにこやかに手を振ってくる。
「待たせて悪い」
「待ってないよ」
挨拶を交わして航平が助手性に乗り込むと、有馬はマンゴープリンを後部席のクーラーボックスに入れてくれる。航平に断ってから音楽をかけた。マメな男だ。
車を出し、交通量が多い銀座の街中をゆっくりと走りながら、有馬がちらりと航平を見た。
「どうしたの? なんか元気ないけど」
「別に」
「もしかして、花火の夜のこと、怒ってる?」
「もう怒ってねえし、そうじゃねえよ」
「怒ってないなら、なに?」
有馬はしつこい。
航平は窓枠に肘をついて車窓を眺める。
土曜日の昼下がり。日差しは強くて街は明るいのに、自分だけが曇っている。
「さっきの女、誰」
吐き出すように訊くと、有馬は変わらないトーンで応えた。
「航平、近くにいたんだ。声かけてくれれば良かったのに」
「誰だって聞いてんだけど」
「はなりんだよ」
「はなりんって、葉梨カレン!?」
帝都テレビの人気女子アナで、件の「はぴはぴモーニング☆」のMCだ。
綺麗な女だとは思ったが、帽子とサングラスで全く分からなかった。
「女子アナは注目されるからね。プライベートで出歩く時は、あんまり素顔を晒さないんだよ」
「仲良いんだな。プライベートで二人で出歩くとか」
自分でも嫌味な言い方だと思ったが、有馬は気にもしていないように答えた。
「葉梨は大学の後輩だからね」
「二人で何してたんだよ」
「買い物に付き合ってもらってただけだよ。どうしたの、妙に絡むね」
「買い物くらい、俺が付き合ったのに」
思わずそう口走った。
有馬は驚いたように航平に視線を送ってから、車を脇に寄せ、ハザードランプを灯した。
「なんで停めるんだよ」
「航平、もしかして、嫉妬してくれてる?」
有馬はハンドルに両腕を乗せたまま、航平の顔を覗き込んだ。その口元はゆるんでいる。
「はあ? なんで俺が」
「僕が女の人と一緒にいたのを見て、嫌な気持ちになった?」
「嫌っつうか、なんかもやもやしてただけだ」
正直に答えると、有馬は益々口元をゆるめた。
「航平。すごく嬉しいし可愛いんだけど、僕はゲイだからね。そもそも女性は対象外。例えどんな美女に迫られても、何も感じないし、絶対に勃たないよ」
有馬の説明に、航平は馬鹿みたいに口を開けてしまった。
言われてみれば当たり前だ。
「そっか。そうだよな」
自分のアホさが恥ずかしい。
航平はがしがしと頭を掻いた。
「誤解されたくないから解説しておくと、葉梨には、航平の母上へのお土産を一緒に選んでもらってたんだよ。ワインと入浴剤。僕はどっちも全く詳しくないからね。それから、これは絶対に誰にも言わないでほしいんだけど、葉梨は、同じアナウンス部に彼氏がいる」
有馬が指さした後部席には、確かに横文字の入ったオシャレな紙袋が並んでいる。
「ええと。誤解をして、ごめん、なさい」
「機嫌治った?」
航平が殊勝に頷いたのを確認すると、有馬はエンジンをふかした。
「じゃ、車出すよ。首都高乗るコースでいいよね」
「おう」
有馬はハザードを消し、東銀座を抜け、みゆき通りに入っていく。
休日の銀座はカップルが多い。航平は、手をつないで行き交う人々を見るともなしに眺めた。
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