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02:イエローウォーター
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極彩色の鳥が飛び交う熱帯雨林を散策し、数万年前のアボリジニの壁画を見学し、断崖の頂から湿地が広がる絶景を見晴らし、遅めの昼食となった。
歩き回ったので腹ペコだ。食事はビュッフェ形式で、誰もが皿を山盛りにしている。
航平は有馬と向かい合って席につくと、帽子とサングラスを取った。
同じように素顔を見せて食事を始めた有馬の顔を思わず二度見する。
薄暗いバスの中やサングラス越しでも見目の良い男だとは思っていたが、晒された素顔は相当な美形だった。
女子が好きそうな王子様系の甘いマスクで、なんだかきらきらしている。
フライドチキンにかぶりついていても絵になる。
眺めていると、妙な既視感にとらわれた。
あれ、どっかで会ったような。
いや、こんな目立つ男、一度会ったら忘れないだろう。会ったというより、見たことあるような。
「何? そんなに見つめられると食べづらいんだけど」
「悪い。あのさ、あんた、芸能人だったりする?」
尋ねると、有馬は苦笑して首を振った。
「僕は会社員だよ。今は、早めの夏休みを取って一人旅中」
「そっか。なんか見たことある気がしたんだけど、気のせいかな」
それには答えずに、有馬は「航平も夏休み中?」と訊いてきた。
「あー、ええと」
やましいところがあるので、航平は言い淀む。
「言いたくないならいいよ。プライバシーだしね」
有馬はさして気にする様子もなく、ビュッフェの2ラウンド目を取りに行ってしまう。
半日の付き合いだが有馬は気のいい男だし、帰国すればもう会うこともないだろう。
戻ってきてコブサラダとパスタをつつく有馬に切り出した。
「実は出張中にサボってる」
「え?」
「いや、完全なサボりじゃなくて。予定されてた会議が1日早く終わったから、今日はフリーになったんだ。そういう場合、普通はホテルで出張報告書いたりテレワークするんだけど、折角だから観光しようと思ってさ」
早口で打ち明けると、有馬は笑った。
「なんだ。深刻な顔してるから、国外逃亡者か何かかと思った」
「国外逃亡者はツアーになんか参加しないだろ」
「それもそうだね。出張中の観光なんて、結構みんなやってるんじゃないかな。観光して、その国の文化や歴史を学ぶのって大事だし」
常々思っていることを有馬が代弁してくれたので、航平は深く頷いた。
「だよな! 有名なスポット巡ったり、名物を食べたりしておけば、オージーと仕事する時にアイスブレイクのネタにあるし。外国人と仕事する時は、相手の国のことを知るのってすげえ大事だと思うんだよ。けど、うちの組織、そういうの厳しいから、今ここにいることがバレたら絶対まずい」
「へえ。じゃあ、内緒にしておいてあげよう。どこの会社?」
有馬はいたずらっぽい視線を送ってくる。
思わず答えそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「キョーハクされたら困るから教えない」
「それは残念。一杯奢ってもらおうと思ったのに」
「一杯くらい、脅さなくても奢ってやるよ」
会話を楽しんでいるうちにランチタイムはあっという間に終わってしまった。
午後はツアーのハイライト、イエローウォータークルーズだ。
イエローウォーターは、カカドゥ国立公園の中央部に広がる大湿原だ。雨季が終わると川の水量が減り、川底がところどころ陸地となって姿を現し、湿原となる。
ガイドの案内の下に全員が乗り込むと、ボートはたゆたう水の中を滑るように動き出した。
たっぷりの水には水草が浮き、敷き詰めたような蓮は濃いピンク色の花を咲かせている。
その間に、ごつごつとした黒い甲羅のようなものが現れた。
「有馬、あれ」
航平が指さすと、有馬も水面を覗き込んだ。
「ワニだね。可愛いな」
「可愛いか?」
よく見ると、ボートの周りには結構な数のワニが泳いでいる。
「可愛いよ。僕、動物は何でも好きなんだよね」
「ボートが転覆したらアウトだろ」
航平たちの会話の内容を雰囲気で察したのか、ガイドが口を挟んだ。
「このワニは人を食うぞ」
「これまで食べられた人はいるんですか?」
有馬が尋ねた。
有馬の英語は完璧なキングス・イングリッシュだ。英国に留学経験があるのかもしれない。
ガイドはシリアスな顔になって、目元を押さえた。
「先週も観光客が食われたばかりだ」
ガイドの発言に有馬はぎょっとする。写真を撮ろうとボートの外に延ばしていた腕を慌ててひっこめた。
「マジで…。その人、大丈夫だったのか」
「ワニに食われて大丈夫なわけないだろう。骨の1本も上がらなかった」
「……」
言葉が見つからず黙り込む航平の背を、有馬がぽんと叩いた。
「人を食べるのは本当だけど、観光客が食われたっていうのは多分ガイドさんの冗談だよ」
「冗談?」
有馬の言うとおり、びびる航平を見て、ガイドはにやにやしている。先ほどの深刻な雰囲気は演技だったらしい。
他のツアー客も航平たちのやりとりに笑っている。
「子供向けの鉄板ジョークなんだが、乗ってくれてサンキューな」
ガイドが親指を立ててくる。
くっそ、子ども扱いするなって。あんな暗い声で言われたら信じちまうだろ。
有馬はくすくすと笑っている。
「航平は素直だねえ」
「うっせ」
歩き回ったので腹ペコだ。食事はビュッフェ形式で、誰もが皿を山盛りにしている。
航平は有馬と向かい合って席につくと、帽子とサングラスを取った。
同じように素顔を見せて食事を始めた有馬の顔を思わず二度見する。
薄暗いバスの中やサングラス越しでも見目の良い男だとは思っていたが、晒された素顔は相当な美形だった。
女子が好きそうな王子様系の甘いマスクで、なんだかきらきらしている。
フライドチキンにかぶりついていても絵になる。
眺めていると、妙な既視感にとらわれた。
あれ、どっかで会ったような。
いや、こんな目立つ男、一度会ったら忘れないだろう。会ったというより、見たことあるような。
「何? そんなに見つめられると食べづらいんだけど」
「悪い。あのさ、あんた、芸能人だったりする?」
尋ねると、有馬は苦笑して首を振った。
「僕は会社員だよ。今は、早めの夏休みを取って一人旅中」
「そっか。なんか見たことある気がしたんだけど、気のせいかな」
それには答えずに、有馬は「航平も夏休み中?」と訊いてきた。
「あー、ええと」
やましいところがあるので、航平は言い淀む。
「言いたくないならいいよ。プライバシーだしね」
有馬はさして気にする様子もなく、ビュッフェの2ラウンド目を取りに行ってしまう。
半日の付き合いだが有馬は気のいい男だし、帰国すればもう会うこともないだろう。
戻ってきてコブサラダとパスタをつつく有馬に切り出した。
「実は出張中にサボってる」
「え?」
「いや、完全なサボりじゃなくて。予定されてた会議が1日早く終わったから、今日はフリーになったんだ。そういう場合、普通はホテルで出張報告書いたりテレワークするんだけど、折角だから観光しようと思ってさ」
早口で打ち明けると、有馬は笑った。
「なんだ。深刻な顔してるから、国外逃亡者か何かかと思った」
「国外逃亡者はツアーになんか参加しないだろ」
「それもそうだね。出張中の観光なんて、結構みんなやってるんじゃないかな。観光して、その国の文化や歴史を学ぶのって大事だし」
常々思っていることを有馬が代弁してくれたので、航平は深く頷いた。
「だよな! 有名なスポット巡ったり、名物を食べたりしておけば、オージーと仕事する時にアイスブレイクのネタにあるし。外国人と仕事する時は、相手の国のことを知るのってすげえ大事だと思うんだよ。けど、うちの組織、そういうの厳しいから、今ここにいることがバレたら絶対まずい」
「へえ。じゃあ、内緒にしておいてあげよう。どこの会社?」
有馬はいたずらっぽい視線を送ってくる。
思わず答えそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「キョーハクされたら困るから教えない」
「それは残念。一杯奢ってもらおうと思ったのに」
「一杯くらい、脅さなくても奢ってやるよ」
会話を楽しんでいるうちにランチタイムはあっという間に終わってしまった。
午後はツアーのハイライト、イエローウォータークルーズだ。
イエローウォーターは、カカドゥ国立公園の中央部に広がる大湿原だ。雨季が終わると川の水量が減り、川底がところどころ陸地となって姿を現し、湿原となる。
ガイドの案内の下に全員が乗り込むと、ボートはたゆたう水の中を滑るように動き出した。
たっぷりの水には水草が浮き、敷き詰めたような蓮は濃いピンク色の花を咲かせている。
その間に、ごつごつとした黒い甲羅のようなものが現れた。
「有馬、あれ」
航平が指さすと、有馬も水面を覗き込んだ。
「ワニだね。可愛いな」
「可愛いか?」
よく見ると、ボートの周りには結構な数のワニが泳いでいる。
「可愛いよ。僕、動物は何でも好きなんだよね」
「ボートが転覆したらアウトだろ」
航平たちの会話の内容を雰囲気で察したのか、ガイドが口を挟んだ。
「このワニは人を食うぞ」
「これまで食べられた人はいるんですか?」
有馬が尋ねた。
有馬の英語は完璧なキングス・イングリッシュだ。英国に留学経験があるのかもしれない。
ガイドはシリアスな顔になって、目元を押さえた。
「先週も観光客が食われたばかりだ」
ガイドの発言に有馬はぎょっとする。写真を撮ろうとボートの外に延ばしていた腕を慌ててひっこめた。
「マジで…。その人、大丈夫だったのか」
「ワニに食われて大丈夫なわけないだろう。骨の1本も上がらなかった」
「……」
言葉が見つからず黙り込む航平の背を、有馬がぽんと叩いた。
「人を食べるのは本当だけど、観光客が食われたっていうのは多分ガイドさんの冗談だよ」
「冗談?」
有馬の言うとおり、びびる航平を見て、ガイドはにやにやしている。先ほどの深刻な雰囲気は演技だったらしい。
他のツアー客も航平たちのやりとりに笑っている。
「子供向けの鉄板ジョークなんだが、乗ってくれてサンキューな」
ガイドが親指を立ててくる。
くっそ、子ども扱いするなって。あんな暗い声で言われたら信じちまうだろ。
有馬はくすくすと笑っている。
「航平は素直だねえ」
「うっせ」
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