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「よお、やってるな」
イガリさんの執務室で、俺が職人仲間とタイルを選別していると、グンシさんが顔を覗かせた。
モザイク画が完成するまで、イガリさんは別の部屋を執務室にしているらしい。
「お世話になってます!」
サトリオ工房は躾に厳しい。
職人一同が作業の手を止めて直立不動で挨拶すると、グンシさんは気さくに笑った。
「いーからいーから。そろそろ休憩だろ。差し入れ用意したから、どうぞ」
グンシさんの後ろから、バスケットを持った女官が入ってくる。
焼きたてのパンの香りに、俺の腹がぐーっと鳴った。
クライアントからの好意は気持ちよく受けることにしている。
全員で礼を述べると、職人たちはバスケットに手を伸ばした。
「テオ、話がある。あちらで食事をしながらで構わないか」
グンシさんが食えない顔で手招きしてくる。
この人は人当たりがいいのだが、なんかものすごく裏がありそうと言うか、本心で何を考えているのか、俺みたいな若造には全く読めない雰囲気がある。
「分かりました」
俺は職人に休憩時間の終わりを指示して、グンシさんの後に続いた。
案内されたのは、幹部用の食堂だった。
大小の丸テーブルがずらりと並ぶ食堂は、他の部屋と同じく装飾が少なく殺風景だ。
グンシさんとテーブルに着くと、配膳担当らしい若い軍人がアイスティーのグラスを3つ置いていった。
3つ?
首を傾げた直後に、後ろからふわりといい匂いがしたので、俺は思わず後ろを見た。
「イガリさん!」
突然振り向いた俺に驚いたように、美しい人は片眉を上げた。
「君は武術の心得が?」
「え?」
「今、俺の気配を読んだだろう」
「違います。武道なんかやったことない。イガリさん、いい匂いするから。それですぐ分かりました」
頭を掻く俺に、イガリさんは呆れた顔になり、グンシさんはばんばんと行儀悪くテーブルを叩いた。
「いやー、もう、ほんっと! 期待を裏切らぬ面白さだわ、おまえ」
爆笑するグンシさんに、イガリさんは大きく溜め息をつく。
「退屈しのぎに、幹部食堂に出入りの職人を呼ばないでください」
その言葉に俺はすこし傷つく。
確かに、周りのテーブルは、皇帝府や帝国軍の制服を着たいかにもエラソーな人ばかりで、木綿の作業着姿の俺は明らかに場違いだ。
しゅんとした俺に気づいたか、イガリさんは言い直した。
「君がどうとか、そういう意味じゃない。面白ければなんでもいいというグンシの性格に迷惑しているだけだ」
「それでも俺は、二人とごはんが食べれて嬉しいです」
心の底からそう言って、運ばれてきた定食のソーセージにかぶりつくと、二人は揃って優しい顔になった。
付き合うことになって2週間が経ったが、俺とイガリさんの関係は進展していない。
軍人の仕事なんて俺にはよく分からないが、イガリさんの仕事は相当激務だ。
城下町に自宅があるらしいが、平日はほとんど帝国府に泊まり込みで、早朝から深夜まで働いている。
一方、俺の作業時間は日中の8時間と決まっているので、作業終了と共に業者立入証を返却して皇帝府を出なければならない。
結局、二人きりでいられるのは、お昼休みと3時の休憩の時くらいだ。
イガリさんは男らしくて頑固な性格だけれど、俺の話をよく聞いてくれるし、俺の質問にも、丁寧にきちんと答えてくれる。
二人で話していると楽しくて、休憩時間なんてあっという間だ。
正直、つらい。
ハグとキスだけじゃ、足りなくなってきている。
イガリさんの執務室で、俺が職人仲間とタイルを選別していると、グンシさんが顔を覗かせた。
モザイク画が完成するまで、イガリさんは別の部屋を執務室にしているらしい。
「お世話になってます!」
サトリオ工房は躾に厳しい。
職人一同が作業の手を止めて直立不動で挨拶すると、グンシさんは気さくに笑った。
「いーからいーから。そろそろ休憩だろ。差し入れ用意したから、どうぞ」
グンシさんの後ろから、バスケットを持った女官が入ってくる。
焼きたてのパンの香りに、俺の腹がぐーっと鳴った。
クライアントからの好意は気持ちよく受けることにしている。
全員で礼を述べると、職人たちはバスケットに手を伸ばした。
「テオ、話がある。あちらで食事をしながらで構わないか」
グンシさんが食えない顔で手招きしてくる。
この人は人当たりがいいのだが、なんかものすごく裏がありそうと言うか、本心で何を考えているのか、俺みたいな若造には全く読めない雰囲気がある。
「分かりました」
俺は職人に休憩時間の終わりを指示して、グンシさんの後に続いた。
案内されたのは、幹部用の食堂だった。
大小の丸テーブルがずらりと並ぶ食堂は、他の部屋と同じく装飾が少なく殺風景だ。
グンシさんとテーブルに着くと、配膳担当らしい若い軍人がアイスティーのグラスを3つ置いていった。
3つ?
首を傾げた直後に、後ろからふわりといい匂いがしたので、俺は思わず後ろを見た。
「イガリさん!」
突然振り向いた俺に驚いたように、美しい人は片眉を上げた。
「君は武術の心得が?」
「え?」
「今、俺の気配を読んだだろう」
「違います。武道なんかやったことない。イガリさん、いい匂いするから。それですぐ分かりました」
頭を掻く俺に、イガリさんは呆れた顔になり、グンシさんはばんばんと行儀悪くテーブルを叩いた。
「いやー、もう、ほんっと! 期待を裏切らぬ面白さだわ、おまえ」
爆笑するグンシさんに、イガリさんは大きく溜め息をつく。
「退屈しのぎに、幹部食堂に出入りの職人を呼ばないでください」
その言葉に俺はすこし傷つく。
確かに、周りのテーブルは、皇帝府や帝国軍の制服を着たいかにもエラソーな人ばかりで、木綿の作業着姿の俺は明らかに場違いだ。
しゅんとした俺に気づいたか、イガリさんは言い直した。
「君がどうとか、そういう意味じゃない。面白ければなんでもいいというグンシの性格に迷惑しているだけだ」
「それでも俺は、二人とごはんが食べれて嬉しいです」
心の底からそう言って、運ばれてきた定食のソーセージにかぶりつくと、二人は揃って優しい顔になった。
付き合うことになって2週間が経ったが、俺とイガリさんの関係は進展していない。
軍人の仕事なんて俺にはよく分からないが、イガリさんの仕事は相当激務だ。
城下町に自宅があるらしいが、平日はほとんど帝国府に泊まり込みで、早朝から深夜まで働いている。
一方、俺の作業時間は日中の8時間と決まっているので、作業終了と共に業者立入証を返却して皇帝府を出なければならない。
結局、二人きりでいられるのは、お昼休みと3時の休憩の時くらいだ。
イガリさんは男らしくて頑固な性格だけれど、俺の話をよく聞いてくれるし、俺の質問にも、丁寧にきちんと答えてくれる。
二人で話していると楽しくて、休憩時間なんてあっという間だ。
正直、つらい。
ハグとキスだけじゃ、足りなくなってきている。
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