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「俺と付き合ってください!」

 俺の告白に、イガリさんは2、3度瞬きした後、ぽかんと口を開けた。
 今日見た中で一番人間らしい表情だった。
 開いた唇は誘っているようで、今すぐにでも食らいつきたい色っぽさだ。

 グンシさんは俺とイガリさんの顔を見比べて、「ははははっ!」といきなり爆笑した。

「やばい、なにこれ、ウケるわ」

 ひとしきり笑った後、

「イガリ、付き合ってあげなよ。おまえ、今フリーだろ」

 と俺的には有り難いことに、けしかけてくれている。

「グンシ」

 イガリさんはグンシさんを冷たい目で睨んだ。怒った顔も美人だ。

「こえーこえー」

 グンシさんは、全然怖くなんかなさそうに笑っている。

「痛いから、離して」

 イガリさんが言う。力加減が分からず、思いのほか強く握っていたらしい。
 俺は慌てて両手を離した。

「あ、ごめんなさい!」
「で、今のは何かの冗談ですか?」

 俺はぶんぶんと頭を振る。冗談でこんなこと言えるわけがない。

「真剣です」

 イガリさんはふっと息を吐いた。

「いいよ」

 振られることは織り込み済みだったので、

「俺、諦めませんから!」

 と口走ってから、はたと止まった。

 え?

「付き合ってもいいと言った」

 イガリさんが繰り返す。 

「え、本当に? なんで?」

 まさかこの人も俺に一目惚れとか。
 いやいや、いくら何でもありえないだろう。
 困惑する俺に、イガリさんはやはり真顔のまま言った。

「試しにだ。上手く行かないと思ったら、諦めるように」
「絶対思いません!」

 嬉しさが溢れ抱して、俺は思わすイガリさんを抱きしめた。

「おい、急に何して」

 イガリさんが身じろぎするが、俺は構わず力を込めた。
 細くても男の身体だ。
 少々の力では壊れないのは知っている。
 耳元から立ち上るいい匂いが鼻孔を掠め、俺はくらりとする。

 やばい、離したくない。

 仕事場なのも忘れて、俺はイガリさんの頬に手を添えると、本能のままにその唇に口づけた。
 柔らかくて、温かくて、気持ちいい。
 
 調子に乗って歯列をこじ開けようとした時、脛に痛みが走った。
 イガリさんが蹴りを放ったのだ。

「ってえええ!」
 
 飛び上がる俺に、イガリさんが吐き捨てる。

「人前でサカるな」

 蹲る俺の肩を、

「いやー、暇つぶしになるなあ、これ」

 とばしばし叩いてきたのはグンシさんだ。
 あ、グンシさんの存在、完全に忘れてた。


 デザイン画はすぐに出来上がった。
 イガリさんのことを考えていると、イメージがいくらでも沸いてきて困ったくらいだ。

「おまえ、なんか一皮むけたか」
「すげー量だな。よくこんだけアイデア沸いてくるわ」

 書き散らした俺のデザイン画を見て、工房の先輩方は口々に褒めてくれた。
 海千山千のサトリオ師匠は、

「クライアントに惚れるなよ」

 とさりげなく釘を刺してきたが、その忠告は遅すぎる。
 俺は師匠の言葉を聞こえなかったことにして、仕事に邁進した。
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