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ランチタイムは語学講義
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夜な夜なジーンを思い出す。で、勃起する。
毎晩勃つとか、病気なんじゃないだろうか。
知恵袋で聞いてみたい。
毎日その人を思って興奮するってことは、恋なんでしょうか。
昼休みが終わる頃、夏野は財布を掴んで一人で執務室を出た。
このところ三食コンビニだったので、今日の昼くらいは食生活を改善しようと地下にあるKENKO食堂に向かう。
タニタ監修の食堂はヘルシーなメニューが多いので女性職員に人気がある。
みぞれチキンと彩野菜の定食を食べていると、同期の今井坂梨緒がやってきた。
「一緒していい?」
梨緒のトレイには夏野菜のカレーライスとサラダが乗っている。
「おう、お疲れ。座れよ」
「お邪魔しまーす」
梨緒は手を合わせると、勢いよくカレーを食べ始めた。
「日向、最近やる気出してるらしいじゃない」
「なんだよそれ」
「猛烈に働いてるって噂だよ」
「俺は前から働き者だぞ」
「どうだかねー」
食事の合間に軽口を叩いていた梨緒だが、夏野と目が合うとふと真顔になった。
「その割に、なんか元気ないね」
滅多に合わない同期に心配されるほど、顔に出ているのだろうか。
夏野は心情を隠すように、両頬を引っ張って変顔をして見せた。
「元気だっつーの」
「そういうとこが逆にカラ元気っぽい。失恋でもした?」
プライベートに直球を投げ込まれる。
失恋は、してない。振っても振られてもない。
一方的に逃げ出しただけだ。
逃げたくせに、毎晩ジーンをオカズにしているのだから、最低だ。
「してねえよ。梨緒こそどうなんだよ、厚生労働省の彼氏とはうまく行ってんの」
話を変えたくて逆質問すると、梨緒は肩をすくめた。
「出張だの休日出勤だのですれ違って、3週間会えてない。毎日ラインはしてるけどねー。霞が関で働いてたら、アフター5のデートなんて夢の夢よね」
「梨緒も出張多いもんな」
「下手に英語できると、他課の通訳支援まで回ってくるのよ。来週も米商務省で国際会議があるから2泊5日でワシントンよ」
以前ジーンに話した帰国子女の同期とは梨緒のことだ。夏野も英語は話せるが、大臣通訳までこなす梨緒はレベルが違う。
通常業務の隙間を縫って出張準備をしているのだろう。梨緒の目の下にはうっすらクマができている。
夏野はデザートの人参のムースケーキを梨緒のトレイに乗せた。
「食えよ」
「ありがとう。どうしたの? 甘いの嫌いじゃないよね」
「通訳の準備、大変なんだろ。疲れた脳には甘いモン」
労うと、梨緒は目をぱちくりとさせた。
「日向、やっぱ変」
「なにがだよ」
「英語喋れんだから通訳よろしくーとか無邪気に宣ってたあんたはどこ行ったの」
「あの時は悪かったよ」
マカオでジーンの勉強っぷりを見て、本当に無神経な発言だったと反省した。
「どういう心境の変化だか。でも、ケーキ、ありがと」
梨緒は微笑むと、淡いオレンジ色のケーキを美味そうに食べ始める。
「梨緒は家でどんな勉強してんの」
「色々だよ。通訳者の勉強会に出たり、語学学校行く時間はないからスカイプで講義受けたり。最近はユーチューブで通訳技術を紹介してる人もいるから、そういうのチェックしたり」
それらにプライベートの時間を費やしているのだから、頭が下がる。
「スカイプとか動画で勉強とか、現代って感じだな」
「今は色んな勉強法があるからね。興味あるなら、あとで動画のリンク送ったげるよ」
「遠慮しとく。俺の英語レベルで通訳なんて無理」
「日向は文法力あるし発音もまあまあ綺麗なのに、語彙力ないものね。表現力が中学生レベルっていうか」
容赦ない批評だが、自覚があるだけに反論できない。
夏野は唇を尖らせた。
「語彙力って、どうすれば増えんの。単語帳?」
「英字新聞やCNNをチェックして、知らない単語はフレーズやパラグラフごと丸暗記する。辞書を引いて他の用法を調べて、何回も発音して口に覚えさす、かな。私は通訳だから、その単語の記号も考える」
「記号?」
「逐次通訳する時はある程度の分量をまとめて訳すから、話の内容を忘れないようにメモを取るんだけど、文字を使ってたら追いつかないから、独自の記号を編み出すの」
梨緒はポケットからメモ帳とペンを取り出すと、ハートマークを書いた。
「ハートもその記号ってことか」
「そう。ようこそ当省へ、本日はお時間をいただきありがとうございます、みたいな冒頭挨拶があった時ね」
説明しながら、梨緒は色々な記号をノートに書いていく。
「A□ rct¥~↑。意味分かんねえ」
「これは、年次報告書によると最近のゆるやかな円高傾向は、って意味ね。AはAnnual(年次)、□は紙とか本のイメージ。recently、円、~はゆるやかで矢印は上昇」
まるで暗号解読だ。
「これを見ながら瞬時に訳して喋っていくのか」
「そういうこと。私は英語の通訳しかできないけど、マルチ言語の通訳者のノートは芸術的ですらあるわ」
そういえば、ジーンのノートも謎文字と謎記号の羅列だった。
食後の緑茶を飲みながら感心していると、梨緒はにやりと笑った。
「日向。失恋の相手って、もしかして通訳者?」
「っ!……ごほっ、げほっ」
茶が器官に入った。少し飛び散ってしまった。
「汚いなあ」
梨緒が紙ナプキンを差し出してくる。
「悪い」
「そんな動揺するってことは図星ね」
「ちげーよ、失恋はしてないって言ってんだろ」
「ふーん。ま、深くは聞かないでおいてあげましょう」
「そうしてくれ。サンキューな、色々教えてくれて」
ランチタイムがちょっとした語学講義になってしまったが、梨緒の説明は思いがけず丁寧で勉強になった。
礼を述べると、梨緒は照れたように笑った。
「なんか偉そうに語っちゃったね。自分の仕事に興味持ってもらえるのって、嬉しいから喋りすぎちゃった」
時計を見ると13時半を回っている。午後も仕事だ。
二人はお疲れ様と労い合って、食堂を出た。
毎晩勃つとか、病気なんじゃないだろうか。
知恵袋で聞いてみたい。
毎日その人を思って興奮するってことは、恋なんでしょうか。
昼休みが終わる頃、夏野は財布を掴んで一人で執務室を出た。
このところ三食コンビニだったので、今日の昼くらいは食生活を改善しようと地下にあるKENKO食堂に向かう。
タニタ監修の食堂はヘルシーなメニューが多いので女性職員に人気がある。
みぞれチキンと彩野菜の定食を食べていると、同期の今井坂梨緒がやってきた。
「一緒していい?」
梨緒のトレイには夏野菜のカレーライスとサラダが乗っている。
「おう、お疲れ。座れよ」
「お邪魔しまーす」
梨緒は手を合わせると、勢いよくカレーを食べ始めた。
「日向、最近やる気出してるらしいじゃない」
「なんだよそれ」
「猛烈に働いてるって噂だよ」
「俺は前から働き者だぞ」
「どうだかねー」
食事の合間に軽口を叩いていた梨緒だが、夏野と目が合うとふと真顔になった。
「その割に、なんか元気ないね」
滅多に合わない同期に心配されるほど、顔に出ているのだろうか。
夏野は心情を隠すように、両頬を引っ張って変顔をして見せた。
「元気だっつーの」
「そういうとこが逆にカラ元気っぽい。失恋でもした?」
プライベートに直球を投げ込まれる。
失恋は、してない。振っても振られてもない。
一方的に逃げ出しただけだ。
逃げたくせに、毎晩ジーンをオカズにしているのだから、最低だ。
「してねえよ。梨緒こそどうなんだよ、厚生労働省の彼氏とはうまく行ってんの」
話を変えたくて逆質問すると、梨緒は肩をすくめた。
「出張だの休日出勤だのですれ違って、3週間会えてない。毎日ラインはしてるけどねー。霞が関で働いてたら、アフター5のデートなんて夢の夢よね」
「梨緒も出張多いもんな」
「下手に英語できると、他課の通訳支援まで回ってくるのよ。来週も米商務省で国際会議があるから2泊5日でワシントンよ」
以前ジーンに話した帰国子女の同期とは梨緒のことだ。夏野も英語は話せるが、大臣通訳までこなす梨緒はレベルが違う。
通常業務の隙間を縫って出張準備をしているのだろう。梨緒の目の下にはうっすらクマができている。
夏野はデザートの人参のムースケーキを梨緒のトレイに乗せた。
「食えよ」
「ありがとう。どうしたの? 甘いの嫌いじゃないよね」
「通訳の準備、大変なんだろ。疲れた脳には甘いモン」
労うと、梨緒は目をぱちくりとさせた。
「日向、やっぱ変」
「なにがだよ」
「英語喋れんだから通訳よろしくーとか無邪気に宣ってたあんたはどこ行ったの」
「あの時は悪かったよ」
マカオでジーンの勉強っぷりを見て、本当に無神経な発言だったと反省した。
「どういう心境の変化だか。でも、ケーキ、ありがと」
梨緒は微笑むと、淡いオレンジ色のケーキを美味そうに食べ始める。
「梨緒は家でどんな勉強してんの」
「色々だよ。通訳者の勉強会に出たり、語学学校行く時間はないからスカイプで講義受けたり。最近はユーチューブで通訳技術を紹介してる人もいるから、そういうのチェックしたり」
それらにプライベートの時間を費やしているのだから、頭が下がる。
「スカイプとか動画で勉強とか、現代って感じだな」
「今は色んな勉強法があるからね。興味あるなら、あとで動画のリンク送ったげるよ」
「遠慮しとく。俺の英語レベルで通訳なんて無理」
「日向は文法力あるし発音もまあまあ綺麗なのに、語彙力ないものね。表現力が中学生レベルっていうか」
容赦ない批評だが、自覚があるだけに反論できない。
夏野は唇を尖らせた。
「語彙力って、どうすれば増えんの。単語帳?」
「英字新聞やCNNをチェックして、知らない単語はフレーズやパラグラフごと丸暗記する。辞書を引いて他の用法を調べて、何回も発音して口に覚えさす、かな。私は通訳だから、その単語の記号も考える」
「記号?」
「逐次通訳する時はある程度の分量をまとめて訳すから、話の内容を忘れないようにメモを取るんだけど、文字を使ってたら追いつかないから、独自の記号を編み出すの」
梨緒はポケットからメモ帳とペンを取り出すと、ハートマークを書いた。
「ハートもその記号ってことか」
「そう。ようこそ当省へ、本日はお時間をいただきありがとうございます、みたいな冒頭挨拶があった時ね」
説明しながら、梨緒は色々な記号をノートに書いていく。
「A□ rct¥~↑。意味分かんねえ」
「これは、年次報告書によると最近のゆるやかな円高傾向は、って意味ね。AはAnnual(年次)、□は紙とか本のイメージ。recently、円、~はゆるやかで矢印は上昇」
まるで暗号解読だ。
「これを見ながら瞬時に訳して喋っていくのか」
「そういうこと。私は英語の通訳しかできないけど、マルチ言語の通訳者のノートは芸術的ですらあるわ」
そういえば、ジーンのノートも謎文字と謎記号の羅列だった。
食後の緑茶を飲みながら感心していると、梨緒はにやりと笑った。
「日向。失恋の相手って、もしかして通訳者?」
「っ!……ごほっ、げほっ」
茶が器官に入った。少し飛び散ってしまった。
「汚いなあ」
梨緒が紙ナプキンを差し出してくる。
「悪い」
「そんな動揺するってことは図星ね」
「ちげーよ、失恋はしてないって言ってんだろ」
「ふーん。ま、深くは聞かないでおいてあげましょう」
「そうしてくれ。サンキューな、色々教えてくれて」
ランチタイムがちょっとした語学講義になってしまったが、梨緒の説明は思いがけず丁寧で勉強になった。
礼を述べると、梨緒は照れたように笑った。
「なんか偉そうに語っちゃったね。自分の仕事に興味持ってもらえるのって、嬉しいから喋りすぎちゃった」
時計を見ると13時半を回っている。午後も仕事だ。
二人はお疲れ様と労い合って、食堂を出た。
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