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Side Story: Angela's Kitchen
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料理が好き。食べる人のことを考えながらごはんを作る。
接客も好き。一斉に食事をするお客さんを見るとすかっとする。
美味しいって顔を見るのが好き。美味しいって言われるのが好き。
食堂の娘に生まれて、食堂のお客さんに見守れて育って、食堂を継いだ。
昨日はアフリカンチキンを出したから、今日は魚系にしよう。
新鮮なエビを買ったばかりだから、トマトスープとお米と一緒に煮込んだシーフードライスで決まり。
煮込む間に前菜だ。微発泡のワインを持っていったから、揚げ物が合うわよね。
となればポルトガル名物のバカリャウ(干し鱈)のコロッケと、摘まみやすいフィンガーフードを何品か。
接客の合間に献立を決め、注文された料理を粗方出し終えると、アンジェラは厨房に飛び込んだ。
高速でエビとイカの下処理をして、トマトベースのスープを作る。
既に下ごしらえを終えているコロッケの種にパン粉を付け、油に落とし入れる。
じゅわっといい音がする。
「アンジェラ、注文終わったんじゃないのか?」
皿洗いをしている夫のリッキーが訊いてくる。
「これはジーン用」
「にしては多いな」
「友達来てるんだって」
「友達? 珍しいな、あいつが部屋に客以外入れんの」
「一目ぼれなんですって」
チーズとサラミを更に盛りながら答えると、リッキーは納得顔になる。
「ああ、そういうお友達」
「そ。だから、仲良く取り分けられるシーフードライスにしてみた」
「うまくいくといいな。あいつ、男前のくせに恋愛運ないからなー」
ひどい言い草だが、その通りだ。
アンジェラとジーンとリッキーは幼馴染で年も近いので、互いの惚れた腫れたの歴史は筒抜けだ。
ジーンの恋は、告白されて付き合って振られるパターンの繰り返し。
その度に、リッキーは馬鹿話で、アンジェラは美味しいごはんでジーンを慰めてきた。
きつね色にからりと揚がったコロッケを皿に盛る。最後のひとつは小皿に分けてリッキーに渡した。
「え、食っていいの?」
「いいわよー、賄い前の前菜ってことで」
「サンキュー」
言うなり、リッキーはコロッケを口に放り込んだ。
「熱っ! ん、うまー」
人相悪めなリッキーだが、食べてる時は眉が下がって子供みたいな顔になる。
この顔が好きで、結婚した。
人類皆、美味しいものの前にはひれ伏すのだ。
トレイを持って2階に上がる。ノックをすると、ジーンが出てきた。
アンジェラが話す前に、唇の前に人差し指を立てた。
「酔っちゃって寝てるんだ」
囁き声でそう言うジーンの目元と口元は緩んでいる。
隙の無いいつもの王子様スマイルとは違う、にやけ顔だ。
「なにしたのよ」
「秘密」
堂々と隠してみせ、ジーンはアンジェラからトレイを受け取った。
「ありがとう。後でちゃんといただくよ」
「残したら承知しないから」
「僕がアンジェラの料理残したことある?」
「ないわね。この食い意地張りの介。夏野君に、感想教えてって言っておいて」
「了解」
ぱたりと閉じた扉の前で、アンジェラは微笑む。
揚げたてを食べてもらえないのは残念だけど。
幼馴染が嬉しそうだと、アンジェラも嬉しい。
翌日、昼前になってからようやくジーンが店に顔を見せた。
開店準備をしていたアンジェラはぎょっとする。
昨日のままの服装だとか顔色が悪いとかそれ以前に、負のオーラをまき散らしている。
暗い。昨日のにやけ顔はどこに行った。
「ごめん、これ、食べられなかった」
差し出されたトレイはラップも剥がされないままで、美しく盛った料理が冷えて固まっている。
「そんなの、どうだっていいわよ」
アンジェラはトレイをテーブルに置くと、ジーンの前髪を上げた。
ひどい顔だ。
笑顔を作るのが癖になっている男だ。穏やかに笑おうと口角を上げようとして失敗している。
白い顔に張り付いているのは絶望だけだ。
「夏野君は?」
その名を出すと、ジーンは顔を歪ませた。今にも泣きそうだ。
「…起きたら、いなかった。今日、出発だったから」
「きちんとお別れしなかったの?」
「空港まで行ったけど、間に合わなくて」
「連絡先は?」
重ねて問うと、ジーンは力なく首を振った。
「いいんだ。昨夜、とても自分勝手なことをしてしまったから。夏野は、もう僕に会いたくなかったんだと思う」
何をしたのかは追及せず、自虐に走るジーンを無理矢理椅子に座らせた。
リッキーは手つかずのトレイを厨房に運んでから、ジャスミン茶を煎れてくれる。
開店前の店はまだクーラーを入れていないが、少々暑くてもこういう時はあたたかいものだ。
爽やかな花の香が少しでも癒しになればいい。
「好きなのね」
短く聞くと、ジーンはこくりと頷いた。
ぼろぼろと涙をこぼし始める。
そういえば、子供の頃のジーンは泣き虫だったなと思い出す。
しんみりとした気持ちでアンジェラもお茶をすすっていると、良い匂いが漂ってきた。
シーフードライスの香りだ。
厨房で温めなおしたのだろう、リッキーが湯気が立つトレイをテーブルに運んだ。
次いで、めそめそと泣いているジーンの脳天にいきなりゲンコツを落とした。
「ちょっと、リッキー!」
傷心の友人にそれはないだろう。思わず咎めるとリッキーは、今度はジーンの髪を掻きまわした。
「泣くほど好きなら追いかけろ」
3人分の小皿とカトラリーを並べると、料理を手早く取り分けた。
「食うぞ」
「食欲ない」
呟くジーンの頭を今度はぱこんと叩いた。
「おい、リッキー!」
さすがに痛かったのか、ジーンが声を上げる。
「お、元気じゃん」
リッキーはにやっと笑って、コロッケを指したフォークをジーンの口元に差し出した。
「食え。俺の嫁の料理を無駄にするとか、おまえでも許さねえ」
凄まれて、ジーンはおとなしく口を開いた。
咀嚼して飲み込んで、「美味しい」と笑う。
ちゃんと、笑顔だった。
「ほら、早く食べましょう。まだ開店準備残ってるんだから」
明るい声で言って、アンジェラはリッキーと視線を合わせる。ありがとうの形に唇を動かした。
接客も好き。一斉に食事をするお客さんを見るとすかっとする。
美味しいって顔を見るのが好き。美味しいって言われるのが好き。
食堂の娘に生まれて、食堂のお客さんに見守れて育って、食堂を継いだ。
昨日はアフリカンチキンを出したから、今日は魚系にしよう。
新鮮なエビを買ったばかりだから、トマトスープとお米と一緒に煮込んだシーフードライスで決まり。
煮込む間に前菜だ。微発泡のワインを持っていったから、揚げ物が合うわよね。
となればポルトガル名物のバカリャウ(干し鱈)のコロッケと、摘まみやすいフィンガーフードを何品か。
接客の合間に献立を決め、注文された料理を粗方出し終えると、アンジェラは厨房に飛び込んだ。
高速でエビとイカの下処理をして、トマトベースのスープを作る。
既に下ごしらえを終えているコロッケの種にパン粉を付け、油に落とし入れる。
じゅわっといい音がする。
「アンジェラ、注文終わったんじゃないのか?」
皿洗いをしている夫のリッキーが訊いてくる。
「これはジーン用」
「にしては多いな」
「友達来てるんだって」
「友達? 珍しいな、あいつが部屋に客以外入れんの」
「一目ぼれなんですって」
チーズとサラミを更に盛りながら答えると、リッキーは納得顔になる。
「ああ、そういうお友達」
「そ。だから、仲良く取り分けられるシーフードライスにしてみた」
「うまくいくといいな。あいつ、男前のくせに恋愛運ないからなー」
ひどい言い草だが、その通りだ。
アンジェラとジーンとリッキーは幼馴染で年も近いので、互いの惚れた腫れたの歴史は筒抜けだ。
ジーンの恋は、告白されて付き合って振られるパターンの繰り返し。
その度に、リッキーは馬鹿話で、アンジェラは美味しいごはんでジーンを慰めてきた。
きつね色にからりと揚がったコロッケを皿に盛る。最後のひとつは小皿に分けてリッキーに渡した。
「え、食っていいの?」
「いいわよー、賄い前の前菜ってことで」
「サンキュー」
言うなり、リッキーはコロッケを口に放り込んだ。
「熱っ! ん、うまー」
人相悪めなリッキーだが、食べてる時は眉が下がって子供みたいな顔になる。
この顔が好きで、結婚した。
人類皆、美味しいものの前にはひれ伏すのだ。
トレイを持って2階に上がる。ノックをすると、ジーンが出てきた。
アンジェラが話す前に、唇の前に人差し指を立てた。
「酔っちゃって寝てるんだ」
囁き声でそう言うジーンの目元と口元は緩んでいる。
隙の無いいつもの王子様スマイルとは違う、にやけ顔だ。
「なにしたのよ」
「秘密」
堂々と隠してみせ、ジーンはアンジェラからトレイを受け取った。
「ありがとう。後でちゃんといただくよ」
「残したら承知しないから」
「僕がアンジェラの料理残したことある?」
「ないわね。この食い意地張りの介。夏野君に、感想教えてって言っておいて」
「了解」
ぱたりと閉じた扉の前で、アンジェラは微笑む。
揚げたてを食べてもらえないのは残念だけど。
幼馴染が嬉しそうだと、アンジェラも嬉しい。
翌日、昼前になってからようやくジーンが店に顔を見せた。
開店準備をしていたアンジェラはぎょっとする。
昨日のままの服装だとか顔色が悪いとかそれ以前に、負のオーラをまき散らしている。
暗い。昨日のにやけ顔はどこに行った。
「ごめん、これ、食べられなかった」
差し出されたトレイはラップも剥がされないままで、美しく盛った料理が冷えて固まっている。
「そんなの、どうだっていいわよ」
アンジェラはトレイをテーブルに置くと、ジーンの前髪を上げた。
ひどい顔だ。
笑顔を作るのが癖になっている男だ。穏やかに笑おうと口角を上げようとして失敗している。
白い顔に張り付いているのは絶望だけだ。
「夏野君は?」
その名を出すと、ジーンは顔を歪ませた。今にも泣きそうだ。
「…起きたら、いなかった。今日、出発だったから」
「きちんとお別れしなかったの?」
「空港まで行ったけど、間に合わなくて」
「連絡先は?」
重ねて問うと、ジーンは力なく首を振った。
「いいんだ。昨夜、とても自分勝手なことをしてしまったから。夏野は、もう僕に会いたくなかったんだと思う」
何をしたのかは追及せず、自虐に走るジーンを無理矢理椅子に座らせた。
リッキーは手つかずのトレイを厨房に運んでから、ジャスミン茶を煎れてくれる。
開店前の店はまだクーラーを入れていないが、少々暑くてもこういう時はあたたかいものだ。
爽やかな花の香が少しでも癒しになればいい。
「好きなのね」
短く聞くと、ジーンはこくりと頷いた。
ぼろぼろと涙をこぼし始める。
そういえば、子供の頃のジーンは泣き虫だったなと思い出す。
しんみりとした気持ちでアンジェラもお茶をすすっていると、良い匂いが漂ってきた。
シーフードライスの香りだ。
厨房で温めなおしたのだろう、リッキーが湯気が立つトレイをテーブルに運んだ。
次いで、めそめそと泣いているジーンの脳天にいきなりゲンコツを落とした。
「ちょっと、リッキー!」
傷心の友人にそれはないだろう。思わず咎めるとリッキーは、今度はジーンの髪を掻きまわした。
「泣くほど好きなら追いかけろ」
3人分の小皿とカトラリーを並べると、料理を手早く取り分けた。
「食うぞ」
「食欲ない」
呟くジーンの頭を今度はぱこんと叩いた。
「おい、リッキー!」
さすがに痛かったのか、ジーンが声を上げる。
「お、元気じゃん」
リッキーはにやっと笑って、コロッケを指したフォークをジーンの口元に差し出した。
「食え。俺の嫁の料理を無駄にするとか、おまえでも許さねえ」
凄まれて、ジーンはおとなしく口を開いた。
咀嚼して飲み込んで、「美味しい」と笑う。
ちゃんと、笑顔だった。
「ほら、早く食べましょう。まだ開店準備残ってるんだから」
明るい声で言って、アンジェラはリッキーと視線を合わせる。ありがとうの形に唇を動かした。
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