ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Yukito: 俺は、安心した。

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 傘は男二人には小さかった。
 肩が触れるのが気になった行人が一歩距離を取ると、すかさず腰を引き戻される。
「濡れるだろ。雨降ってたら、野郎同士の相合傘なんで珍しくないっしょ」
 空乃が言うが、そうではない。
「その、俺、臭くないか? 今日、ほとんど外回りしてたから、汗かいてて」
 梅雨時期の外勤は不快だ。気温は高くないのに、ワイシャツはじっとりするし、靴に染み込んだ雨は丸一日蒸発しない。
 空乃はわざとらしく鼻を鳴らすと、にかっと笑った。
「別に臭くねえよ。っつーか、俺も、昼休みバスケして汗だくだったし」
「バスケ」
「うん。俺、結構上手いよ」
「だろうな」
「あー、でも、ダチで弥彦ってのがいて。背えちっせーのに、俺よりバスケ上手いしケンカつえーの」
 友達の話をする空乃は楽しそうに笑っている。
 バスケなんて単語を久々に口にした。体育館の床でバッシュが鳴る音を彼方に思い出す。

 最寄りの東京メトロ日比谷線築地駅にはすぐに着いて、空乃は傘を閉じた。
「空乃は、友達多そうだな」
 改札を抜けながら行人がそう言うと、空乃は真面目な顔になって、首を傾げた。
「多くはねえな。でも、すっげー仲良くしてる奴らはいるから、今度、紹介するわ」
 行人は思わず空乃を仰ぎ見る。
「いや、それは無理だろ」
 大体、何と言って紹介する気なのか。
「無理じゃねえよ。いいじゃん。あいつら、ユキちゃんに会いたがってっし」
 会いたがってるって。
「まさかおまえ、俺のこと話してるんじゃないだろうな」
 地下鉄のホームは混雑していて、ホームには電車を待つ人が列を作っている。
 空乃は行人にだけ聞こえるようボリュームを絞って、囁くように言った。
「話してるよ。隣に住んでる、公務員の男を好きになったって」
 なんてストレートな表現。そして、なんて怖いもの知らずなんだ。
 高校生の時、行人にはそんな勇気は無かった。考えもしなかった。今だって家族には打ち明けられていない。
 行人が高校生活を送ったのが、十数年前の金沢ではなく、現在の東京であったとしても、やはり秘密を隠し通そうとしただろう。
 滑り込んできた電車に乗り込み、混雑する車内の端で並んで立ち位置を確保する。
「ユキ。勝手に話してごめん。でも、話したのは、本当に仲良くしてる4人だけだ。言い触らしたり馬鹿にしたり、ユキに迷惑かけるようなことする奴らじゃねえから」
 動き出した電車の中。空乃の声は神妙だった。
 行人が黙ってしまったので、怒っていると勘違いしたのだろう。
 行人は、隣で吊革を持つ空乃に軽く身体をぶつけた。
「おまえがおまえのことを友達に話すのは自由だよ。俺だって、神谷におまえのこと話したしな」
「怒ってねえ?」
「怒ってない。その友達が遊びに来たら、隣人として挨拶くらいはするよ」
「隣人としてかあ」
 空乃が残念そうに肩をすくめるのが可笑しくて、声を潜めて笑った。

 恵比寿駅に着くと、あれだけ激しかった雨が嘘のように止んでいた。
 雨上がりの濡れた匂いのする夜道を2人で歩く。
「コンビニ寄っていいか?」
「もち。何買うの」
「ビール」
「鉄板な」
 軽口を叩きながら店内に入る。
 夜のローソンは白々と明るく、浅黒い肌の異国の青年が店番をしている。
 空乃が持ってくれたカゴに、スーパードライ2缶を投げ込んだ。
 次いで、肴にと惣菜コーナーで野菜スティックと味付けたまごを選び取ったが、横から空乃が棚に戻してしまう。
「こんなん、すぐ作ってやっから」 
「おまえ、本当できた高校生だよな」
「ユキちゃんにしかしねえし。ミカエリ、期待してっから」
「じゃあ、見返りにアイスを買ってやろう」
「子供かよ」
「ハーゲン可とする」
「あざっす」
 空乃との会話はぽんぽんと弾むようで楽しい。
 金髪長身の空乃が嬉々としてアイスを選ぶのを、店員の青年がおかしそうに見ていた。

 行儀が悪いけれど、コンビニの軒下でハーゲンダッツのクリスピーサンドの封を切った。
 湿度でべたついた身体に、冷たさと濃密な甘さが沁みていく。
 ゆっくり歩きながら、あっという間にアイスを食べ切った空乃が不意に言った。
「ユキちゃん。昨日、俺、嬉しかった」
「なにが」
「触らせてくれて」
 危うく、手に取ったクリスピーサンドを落とすところだった。
「…何言い出すんだ」
「ちゃんと伝えておきたくて。ユキに近づかせてもらえたみたいで、嬉しかった。だから、サンキュ」
 コーポアマノまでの小道は暗い。
 立ち並ぶ民家の外灯が照らし出す空乃は、照れくさそうに頬を掻いている。
 行人はさくりとアイスを齧ってから言った。
「昨日、俺は、安心した」
「安心?」
「君が、引かなくて」
「ひとりエッチくらい、誰だってするだろ」
「そうじゃなくて」
 行人は言い淀んだ。
 空乃はゲイではない。だから、好きだなんて言っていても若さ故の錯覚か気の迷いで、すぐに目が醒めると思っていた。
 キスはいい。唇や歯や舌は、男も女もそんなに変わらないから。でもその先には大きな壁がある。
 空乃は自分と同じ形の性器に触れてもなお、興奮していた。そのことにとても安堵した。
 言葉にするのは躊躇われるが、行人は思い切って続けた。
「そうじゃなくて。俺のモノ触って、やっぱり男は無理ってなることもあるだろ。だから、そうならなくて良かった」
 言い切った瞬間、空乃に引き寄せられ、唇を塞がれた。短いキスはキャラメル味で、冷たくて甘い。
「ここ、外だぞ」
「誰もいないし。そんな、コクるみたいなこと言うユキが悪い」
「告白なんかじゃない」
「へーへー」
 抗議するが、空乃は悪びれずに一歩先を歩き出す。
 その後ろ姿。街灯できらきら光る金髪から覗く耳が、赤くなっていた。
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