ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Sawa: 意気地なし。

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 中央区築地5丁目3番1号。
 東京国税局の庁舎は3年前に新築されたばかりの近代的なビルだ。
 広いエントランスには受付と待合用のソファー、改札のようなゲートがある。

 神谷砂羽かみやさわが同僚女性と外回りを終えて戻ってくると、その同僚が砂羽の袖を引っ張った。
「神谷さん、こんなとこにDKがいますよ」
「DK?」
「男子高校生ですよ」
 JKなら知っているが、男子版もあるのか。
 同僚の指先を辿ると、昨日会ったばかりの金髪の彼がいた。
 ソファには座らずに、待合スペースの隅に立ち、ゲートを行き来する人の流れを見ている。
「カッコいい子ですね、ごくせんに出てそう」
 同僚は興味津々だ。それもそうだろう。
 昨夜も思ったが、空乃は目立つ。
 長身で金髪で姿勢がいい。制服を着崩しているのに、ガラの悪さがない。
 眩しいな、と砂羽は思う。
 制服とか学校とか。自分も確かにいた世界は、もう思い出せないほど遠い。

 国税局のロビーには似つかわしくない高校生に目を止めた警備員が誰何の声をかけた。
「どなたかとお待ち合わせですか?」
「あー、はい」
 問われて、空乃は曖昧に濁している。
「部署とお名前を頂戴できればお呼びいたしますが」
「待ってるんでいいっす」
「いや、しかし」
「俺、不審者でもなんでもないんで。ここ、公共スペースだし待つのは自由っすよね」
 ヤンキーだけあって空乃は妙に迫力がある。丁寧な子だが、力が入った時の眼光と威圧感は大人でも怖い。
 長身の空乃が上から睨みつけるので、警備員の温度が悪い方に冷えたのが分かった。
 騒ぎになるとまずい。
「先戻ってて」
 砂羽は同僚に言い置くと、警備員に歩み寄り身分証を見せた。
資料調査課りょうちょうの神谷です。彼、私の親戚なんです。ここで待ち合わせをしていたので、誤解を与えて申し訳ありません」
 慇懃に言うと、警備員は姿勢を正して敬礼した。
「それは、失礼しました。入館されるようでしたら、受付で面会票をお願いします」
「いえ、もう少しだけここで待たせてください」

 警備員が立ち去ってから、砂羽は空乃に尋ねた。
「チカと待ち合わせ、じゃないわよね」
 同僚の近間行人はゲイであることを隠している。職場で男子高校生と待ち合わせるとは思えない。
「俺が勝手に待っているだけです。外で待つつもりだったんすけど、雨ひどくなってきたから」
 空乃は窓の外に目をやった。確かに叩きつけるような雨で、砂羽のパンプスも水を吸って気持ち悪い。
「チカに連絡すればいいのに」
「仕事の邪魔すると悪いんで。終わるまで待ってようと」
 腕に巻いたノキアを見ると、時刻は夜8時半だ。
 今週はそう忙しくはなかったが、午後に面倒な調査案件が舞い込んできたので、行人はその作業をしているのだろう。
 神谷は受付の電話を借りると、行人のデスクの内線にかけた。
「はい、料調、近間です」
「チカ? 神谷だけど、仕事まだかかりそう?」
「ああ。例のプロダクションの件、今日できるだけやっておこうと思って。どうかしたのか?」
「あんたのカレシ、下に来てる」
「え、空乃が? なんで」
 空乃の話をした途端、行人の声色が仕事モードでなくなった。
「私が知るわけないでしょ」
「すぐ行く」

 言葉通り、行人はすぐに降りてきた。
 余程急いだのか、ジャケットのボタンがずれているし、傘も持っていない。
 待ち人を認めて嬉しそうに笑う空乃に比して、行人は険しい顔だ。
「空乃、何してるんだ」
「迎えに来た」
「なんで」
「無理やり来ないと、明日も恥ずかしいとか言われそうだから」
 行人は困ったように視線を落とした。
「……言わないよ」
「いや、あんたは言うね」
 なんの話だ。
 よく分からないが、お邪魔虫になるのはごめんだ。砂羽が立ち去ろうとすると、
「神谷、連絡ありがと」
「砂羽さん、さっきは助けてくれてありがとうございました」
 と二人に礼を言われた。同時に頭を下げる様子が可愛らしい。
 いい男同士を引き合わせるなんて、神様は女性に怨みでもあるんだろうか。

 エレベーターがなかなか来ないので、なんとなくエントランスを見ると、空乃が自分の傘に行人を引き入れているところだった。
 肩が触れたのか、行人が身を引くと、空乃がその腰に手を回して引き寄せている。
 何やら言い合っているようだが、じゃれているようにしか見えない。
 見ている方が恥ずかしくて、砂羽はようやく降りてきたエレベーターに飛び乗った。
 上昇していくランプを見つめる。
 付き合ってないとか言いながら、カレシって言われてすぐに空乃のことだと分かるあたり。
 さっさと腹くくりなさいよね、意気地なし。
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