ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Yukito: ハマりそうで怖くて。

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「国民の三大義務とは」
 行人がそう問うと、隣人の優秀なヤンキー高校生は、
「教育、勤労、納税」
 とすぐに答えた。続けて、
「憲法第三十条、国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」
 と日本国憲法まで引用してくれる。

 スーパーの帰り、夕暮れ道を並んで歩きながら、買い物のレシートを見ていた空乃はぼやいた。
「正直、消費税とかたっけーって思うけどさ。オトナの皆さんは、所得税とか固定資産税とか、国税地方税もっと色々払ってんだろーし。税金無かったらさ、うちの前の道路だって、草ぼうぼうの土塗れの獣道でガードレールもなかったりすんだろ。腹立つのは税金払うことじゃなくて、それが無駄遣いされてるかもしんねえってことだ」
 高校生だって、このくらいのシステムは知っているのだ。そして、小遣いやバイト代から、色んな税金を納めている。
 なのに。

「税金なんか、金持ちから取ればいいじゃないか! 俺は、税金払って、良かったことなんか一度もない! おまえら、そうやって貧乏人イジメばっかして、本当に儲けてるヤツは脱税ばっかしてんじゃないかあっ! 知ってんだよ、タックスヘブンとかな!」
 調査対象のアダルトビデオ販売業者46歳男性は、自論をがなり立てている。自己中心的極まりない。
 脱税している資産家がいることは確かだが、そういう奴はいずれ捕まる。
 そもそも誰かがやっているから良いと言う問題ではない。
 大体、こいつは貧乏人ではない。東京国税局から目を付けられるくらいには稼いで、だが申告していない。
 ちなみに、タックスヘブンではなく、ヘイヴンだ。
「納税の意義なら、この後嫌になるほど聞かせてあげますよ」
 反論するのも馬鹿らしく、黙々と帳簿を整理する行人の横で、同僚の神谷砂羽かみやさわが微笑んだ。微笑んでいるが、目がキレている。
 砂羽は今朝から明らかに機嫌が悪い。
 調査を終え過激なDVDが散らばる対象者の家を出るなり、砂羽は言った。
「今夜、ヤケ酒付き合え」


「フられた」
 サラリーマンの聖地。
 新橋のガード下の焼き鳥屋で、砂羽は一杯目のジョッキを一息で半分飲み干した。
「それは、残念だったな」
 砂羽がヤケ酒に付き合わせるのは、仕事での失敗か男関係だ。予想していた行人は端的に返した。
 砂羽は優秀な国税専門官で美人だが、男運がない。
「理由は?」
「理由っていうか、別の女と付き合ってた」
「それは最低な」
「最低だわ。私の昔の河岸でいちゃつきながら飲んでたんだって。その店の店員が教えてくれた」
「恐ろしいネットワークだな」
 砂羽は東京国税局に異動する前は、新宿税務署で繁華街担当をしていたので、歌舞伎町だの二丁目だのの飲食店とは敵も味方も多い。
「で、元彼氏に確認したのか?」
「電話する勇気はなくて。他に好きな子いるの?ってLINEしたら、ごめん、ってそれだけ」
 砂羽が示したLINEの画面にはそのとおりのメッセージが残されている。その前のやり取りは1週間以上前だ。

「好きだったし、結構うまく行ってると思ってたのになあ」
 二杯目のビールを今度は啜るように飲む砂羽の皿に、行人はポテトサラダを取り分けてやる。
「相手の男がだらしなかっただけだろ。早く忘れて、次行けよ。神谷、いい女なんだからさ」
 慰めると、砂羽はじろりと睨んでくる。
「私が男だったら、好きになってくれた?」
 税務大学校時代、行人は砂羽に告白されてゲイだと打ち明けた過去がある。
「おまえがタチだったらな」
 想像したのか、砂羽はぶはっと吹き出した。
「ごめん、やっぱナシ。無いわ」
「だろ?」
 行人は笑って、ビールのお代わりを注文した。



 行人は酒が強い。飲んでもあまり変わらない。
 砂羽も酒が強いが、酔うと陽気になるし、普段よりよく喋る。
 2軒目の銀座コリドー街にあるエビスバーで、琥珀ビールを美味しそうに飲みながら、砂羽は最近ハマっているというハイスクールものの海外ドラマの話をしている。
 元カレの愚痴は1軒目で吐きつくしたらしく、今は口にもしていないことに行人は安心する。

「チカはさ、高校生に戻りたいなーとか思う?」
「思わない」
 ほろ酔い加減の砂羽の問いに、行人は即答した。
「あんまり良い青春じゃなかった?」
「そうじゃないよ」
 高校生に戻ってしまったら、また、あの死にたくなるような悲しみを経験するのだ。二度と味わいたくない。時が過ぎて薄れたが、まだ痛みは癒えない。
 彼を思い出して、泣いてしまう夜がある。

「チカ?」
 砂羽が心配そうな顔をしている。顔に出てしまっていたのかと、行人は口角を上げてみせた。
「今の方がお金も自由もあって楽しいだろ」
「それもそっか。ね、今時の高校生って、話通じるのかしら。会う機会ないから、どんな感じか想像できないわ」
「普通に話は通じるよ。俺らが高校生だった時と何も変わらない」
 そう答えると、砂羽が瞬いた。どうして分かるのかと無言で問いかけてくる。
「アパートの隣の部屋に高校生がいるんだ」
「行人のアパートって、単身者用よね」
「ご家族の都合で、独り暮らししてるんだよ」
「へえ。高校生なのに偉いね。その子と仲良いの?」
 すぐには言葉が出て来なかった。

 仲が良いというか、毎日朝飯と弁当作ってくれて、週末は一緒に出掛けたりもする。
 付き合ってほしいと言われていて、キスをされることもある。
 キス。
 あいつ、高校生のくせになんであんな手慣れてるんだ。
 キスとか、上手いって言うよりただただ気持ちよくて、本当にどうしようかと思ってしまう。ハマりそうで怖くて、拒もうとするけれど、拒み切れない時はつい許してしまって。
 昨日だって、買ってきた食材を冷蔵庫にしまっていたら不意打ちで唇を重ねられて、冷蔵庫が庫内温度低下の警告音を鳴らすまで解放してくれなかった。
 思い出していると、顔が熱くなってきた。火照りを冷まそうと冷たいビールを口に含む。

「チカ、もしかして」
 砂羽は自分の恋愛は苦手なくせに、人の色恋には目端が訊く。
 顔を合わせたら挨拶するくらいだよ、そう適当に答えておけば良かったのに。
 多分、百面相をしてしまっていた。見られた以上、砂羽は誤魔化しが効く相手ではない。
 黙りこくっていると、砂羽が静かな、そして優しい声で尋ねた。
「その子が、好きなの?」
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