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Sorano: おまえの相手は俺だろ。
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「ふわああ、ねみ」
「授業中あんだけ寝ておいて、まだ眠いの?」
歩きながら欠伸を噛み殺す空乃に、泉田塔子が呆れたように言う。
「うっせ。6限までいただけ優秀だろ」
「三沢っちはサボリ魔のくせに、成績いいよね。家でベンキョしてんの?」
空乃と塔子の前を歩く小倉弥彦は、跳ねるような足取りだ。ピンクに染めた長めの髪がふわふわと揺れている。
空乃達が通う祥英高校は、偏差値70越えの都内屈指の進学校だ。校則はないので、派手に着飾った生徒も多い。
「別に。あんなん、教科書読んでりゃ出来るだろ」
「あんた、それ、他の子の前で言わない方がいいわよ」
そういう塔子こそ、優等生な見た目を裏切らず常に学年1桁だ。
敦はバンドが、みのりは部活があるので、なんとなく3人で帰ることになった。このあたりは学校が多いので、駅に続く道には学生が多い。
喋りながら歩いていると、前から来た奴に肩が触れた。
「あ、わりィ」
咄嗟に謝って行き過ぎようとすると、乱暴に腕を掴まれる。
「ああん! ざけんなよ、おめえ、目エついてねえのかよ」
相手はいかにもガラが悪い不良グループだ。私服だが、多分同じ高校生。
相手は6人。
煽られれば、乗るに決まってる。ケンカが始まる前の馴染み深い空気に、空乃のスイッチが入る。
「はああ? ちゃんと詫びただろうがボケ」
掴まれた腕を振り払って凄むと、相手もすかさず応酬する。
「あんなん詫び言わねえだろ。謝るなら土下座しろクソが。その服、祥英だろ? お坊っちゃんがいきがってんじゃねえぞ、こらぁっ!!」
怒鳴る男の横で、別の男が塔子に目をつけた。
「その女、お前の? めっちゃ可愛いじゃん」
あ、やべ。
塔子の身が危ないというよりは、塔子の性格は、こういう時、確実に火に油を注ぐ。
「こういう優等生タイプって萌えるわ。がんがん犯してえ気分。なあ、この女置いてくんなら、勘弁してやってもいいぜ」
詰め寄る不良に、塔子は臆すこともなく言い放った。
「馬鹿は顔だけにしてくれる?」
やっぱり。
空乃はげんなりする。
空乃や弥彦が一緒にいるからではない。塔子は一人でも同じ態度を取る
。
後先考えず、矜持を守るタイプ。巻き込まれる方は冗談じゃない。
「塔子、もうちょっと空気読め」
「空気は吸うもんでしょ」
これがみのりだったら、「えー、お兄さん、カッコいいし、どうしよっかなー。あ、そうだ。うち、めちゃ可愛い友達いるから、今度合コンしない?」とかなんとか、にこやかに媚び売って円満解決狙えたけれど、塔子じゃ無理だ。
まあ、どっちにしろ、こいつらはボコる。
通行人や他の学生が、揉める空乃達を遠巻きに見ている。通報でもされると面倒だ。
楽しそうに成り行きを見ていた弥彦が言った。
「三沢っち、とりあえず、河岸変えよっか」
こいつ、絶対わざと名前呼んだな。案の定、不良グループがざわっとなる。
「三沢? 祥英の三沢って、三沢ソラノか?」
「マジか、やばくね?」
「馬鹿、こっち6人だそ。こいつヤれば名あ上がる」
はいはい、悪名高くて悪かったな。
何やら相談がなされている間に、空乃は塔子に言った。
「おまえ、全力ダッシュで逃げろ」
逃がす意味もあるが、女子は足手纏いなだけだ。
塔子も聡いので、「でも」とかなんとかヒロインぶった台詞を吐くこともない。
「分かった。応援、呼ぶ?」
「必要ねえよ。2人で充分」
「そ。じゃあ気をつけて」
塔子はあっさり駆けてゆく。
「あ、おい、待てよっ!」
その後を追おうとした不良の腿に横から蹴りを入れた。
「おまえの相手は俺だろ」
拳が痺れる。
殴られるのも痛いけど、殴るのも痛い。
中坊の頃から、星の数ほど人を殴ってきた。
あの頃は、いつも横に敦がいて。
でも、いつの頃からか、敦はあまり喧嘩に加わらなくなった。理由は知らない。訊いてもいない。不服もない。それでダチじゃなくなるわけでもない。
倒れた相手の脇腹を踏み付ける空乃の横で、弥彦が風みたいに素早く動いている。弥彦は空乃よりパワーは劣るが、瞬発力と動体視力が半端ない。
2対6。
余裕で勝ったが、最初に因縁つけてきた奴は、多分ボクシング経験者だ。ボディに食らったパンチは速くて重かった。
気持ち悪い色のアザができること必至だ。目や鼻は無事だけど、唇の端と、口の中も切れている。
血って、マジ、まずい。
口の中に溜まった血をツバと一緒に吐き出した。
「あー!! このパーカー、下ろしたてだったのに、サイアク」
弥彦は、学ランの下に着たパーカーを摘まんで、嘆いている。
レモンイエローのパーカーには、血痕が数滴。でも、それだけだ。
見る限り、弥彦は、顔にもボディにも打撃は喰らっていない。
「おまえ、マジ強いな」
「あいつらが遅いだけだよ。これ、落ちるかなあ」
ピンクのふわ髪に、目が大きくて、ジャニーズのアイドルのような顔立ち。小柄で、運動なんて得意そうに見えない。
体育もプールもことごとくさぼっているから、弥彦と寝た女以外は知らないだろうが、こいつの身体は、鋼みたいに細くて締まった筋肉で出来ている。
空乃は乱れた髪を結び直す。
「帰るか」
「だね」
気づけばすっかり陽が落ちている。不良グループの6人は高架下で伸びたままだ。
「僕、これからデートだから。また明日、学校でね」
弥彦とは駅前で別れた。
1人になると、どっと疲れが襲ってくる。
「腹減った…」
新宿駅は仕事帰りのサラリーマンで溢れている。
あの人、おにぎり、食ってくれたかな。
今日、何度目かのことを思った。
「授業中あんだけ寝ておいて、まだ眠いの?」
歩きながら欠伸を噛み殺す空乃に、泉田塔子が呆れたように言う。
「うっせ。6限までいただけ優秀だろ」
「三沢っちはサボリ魔のくせに、成績いいよね。家でベンキョしてんの?」
空乃と塔子の前を歩く小倉弥彦は、跳ねるような足取りだ。ピンクに染めた長めの髪がふわふわと揺れている。
空乃達が通う祥英高校は、偏差値70越えの都内屈指の進学校だ。校則はないので、派手に着飾った生徒も多い。
「別に。あんなん、教科書読んでりゃ出来るだろ」
「あんた、それ、他の子の前で言わない方がいいわよ」
そういう塔子こそ、優等生な見た目を裏切らず常に学年1桁だ。
敦はバンドが、みのりは部活があるので、なんとなく3人で帰ることになった。このあたりは学校が多いので、駅に続く道には学生が多い。
喋りながら歩いていると、前から来た奴に肩が触れた。
「あ、わりィ」
咄嗟に謝って行き過ぎようとすると、乱暴に腕を掴まれる。
「ああん! ざけんなよ、おめえ、目エついてねえのかよ」
相手はいかにもガラが悪い不良グループだ。私服だが、多分同じ高校生。
相手は6人。
煽られれば、乗るに決まってる。ケンカが始まる前の馴染み深い空気に、空乃のスイッチが入る。
「はああ? ちゃんと詫びただろうがボケ」
掴まれた腕を振り払って凄むと、相手もすかさず応酬する。
「あんなん詫び言わねえだろ。謝るなら土下座しろクソが。その服、祥英だろ? お坊っちゃんがいきがってんじゃねえぞ、こらぁっ!!」
怒鳴る男の横で、別の男が塔子に目をつけた。
「その女、お前の? めっちゃ可愛いじゃん」
あ、やべ。
塔子の身が危ないというよりは、塔子の性格は、こういう時、確実に火に油を注ぐ。
「こういう優等生タイプって萌えるわ。がんがん犯してえ気分。なあ、この女置いてくんなら、勘弁してやってもいいぜ」
詰め寄る不良に、塔子は臆すこともなく言い放った。
「馬鹿は顔だけにしてくれる?」
やっぱり。
空乃はげんなりする。
空乃や弥彦が一緒にいるからではない。塔子は一人でも同じ態度を取る
。
後先考えず、矜持を守るタイプ。巻き込まれる方は冗談じゃない。
「塔子、もうちょっと空気読め」
「空気は吸うもんでしょ」
これがみのりだったら、「えー、お兄さん、カッコいいし、どうしよっかなー。あ、そうだ。うち、めちゃ可愛い友達いるから、今度合コンしない?」とかなんとか、にこやかに媚び売って円満解決狙えたけれど、塔子じゃ無理だ。
まあ、どっちにしろ、こいつらはボコる。
通行人や他の学生が、揉める空乃達を遠巻きに見ている。通報でもされると面倒だ。
楽しそうに成り行きを見ていた弥彦が言った。
「三沢っち、とりあえず、河岸変えよっか」
こいつ、絶対わざと名前呼んだな。案の定、不良グループがざわっとなる。
「三沢? 祥英の三沢って、三沢ソラノか?」
「マジか、やばくね?」
「馬鹿、こっち6人だそ。こいつヤれば名あ上がる」
はいはい、悪名高くて悪かったな。
何やら相談がなされている間に、空乃は塔子に言った。
「おまえ、全力ダッシュで逃げろ」
逃がす意味もあるが、女子は足手纏いなだけだ。
塔子も聡いので、「でも」とかなんとかヒロインぶった台詞を吐くこともない。
「分かった。応援、呼ぶ?」
「必要ねえよ。2人で充分」
「そ。じゃあ気をつけて」
塔子はあっさり駆けてゆく。
「あ、おい、待てよっ!」
その後を追おうとした不良の腿に横から蹴りを入れた。
「おまえの相手は俺だろ」
拳が痺れる。
殴られるのも痛いけど、殴るのも痛い。
中坊の頃から、星の数ほど人を殴ってきた。
あの頃は、いつも横に敦がいて。
でも、いつの頃からか、敦はあまり喧嘩に加わらなくなった。理由は知らない。訊いてもいない。不服もない。それでダチじゃなくなるわけでもない。
倒れた相手の脇腹を踏み付ける空乃の横で、弥彦が風みたいに素早く動いている。弥彦は空乃よりパワーは劣るが、瞬発力と動体視力が半端ない。
2対6。
余裕で勝ったが、最初に因縁つけてきた奴は、多分ボクシング経験者だ。ボディに食らったパンチは速くて重かった。
気持ち悪い色のアザができること必至だ。目や鼻は無事だけど、唇の端と、口の中も切れている。
血って、マジ、まずい。
口の中に溜まった血をツバと一緒に吐き出した。
「あー!! このパーカー、下ろしたてだったのに、サイアク」
弥彦は、学ランの下に着たパーカーを摘まんで、嘆いている。
レモンイエローのパーカーには、血痕が数滴。でも、それだけだ。
見る限り、弥彦は、顔にもボディにも打撃は喰らっていない。
「おまえ、マジ強いな」
「あいつらが遅いだけだよ。これ、落ちるかなあ」
ピンクのふわ髪に、目が大きくて、ジャニーズのアイドルのような顔立ち。小柄で、運動なんて得意そうに見えない。
体育もプールもことごとくさぼっているから、弥彦と寝た女以外は知らないだろうが、こいつの身体は、鋼みたいに細くて締まった筋肉で出来ている。
空乃は乱れた髪を結び直す。
「帰るか」
「だね」
気づけばすっかり陽が落ちている。不良グループの6人は高架下で伸びたままだ。
「僕、これからデートだから。また明日、学校でね」
弥彦とは駅前で別れた。
1人になると、どっと疲れが襲ってくる。
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今日、何度目かのことを思った。
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