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Yukito: キス、されてしまう。
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「じゃあ、帰るわ。ちゃんとメシ食って仕事行けよ」
「ん」
行人は布団の中から、昨夜と同じシャツを着て玄関に向かう藤森を見送る。
恋人じゃないから、甘い言葉も別れのキスもない。
時計を見ると6時半だ。
身支度をして、築地の職場まで30分。充分間に合う。
身を起こすと、腰に甘い痺れが走った。
まだ、中に藤森が入ってるみたいだ。
嫌な男だが、セックスの相性はいい。セフレ相手でも手を抜かずに手練手管を尽くしてくれる。だから、時々寝ている。
4月の朝はまだ肌寒い。脱ぎ散らかしたシャツを羽織って風呂場へ向かうと、洗面台に藤森のスマホが残されている。
昼間に会うことはないから、置いて行かれても困る。
咄嗟に掴んで玄関へ向かうと、藤森はまだ外廊下にいた。
その隣には、何故か男子高校生がいる。
金髪にピアス。着崩した制服。いかにもヤンキーな、派手な男の子だ。
事態がよく飲み込めないままに、藤森にスマホを返した。礼とばかりに、頬にちゅっとキスをされる。
「サンキュ。また連絡くれよな」
藤森は普段そういうことをしないから、びっくりした。
びっくりしている間に、藤森はいなくなった。
残された学ラン姿のヤンキー高校生は、まじまじと行人を見つめてくる。
今時なのかは分からないが、カッコいい子だ。
若いだけあって、肌が瑞々しい。釣り上った目尻が生意気そうだが、かなり整った顔立ちだ。
勿体ないことに、学ランの下は真っ赤なTシャツで、髪型はポニーテールだし、片耳はピアスだらけだ。
意地悪そうな顔は10年後だったらドストライクだが、今はただの理解不能な生物。
とにかく関わらない方がいい。
無視して部屋に戻ろうとしたら、ドアの隙間に足を入れられた。ローファーは高校生らしくなく、よく磨かれている。
「なに、君」
声が掠れたのは、昨夜喘ぎ過ぎたせいじゃない。
高校生は扉から身を滑り込ませてくる。
並ぶと、行人より身長が高く、狭い玄関では圧迫感を感じる。
「隣に越してきた、三沢空乃です」
礼儀正しく自己紹介をされた。
「……は?」
隣って。隣はずっと空部屋だったはずだ。
「いつから?」
「先週っす」
全く知らなかった。
異動したばかりで超過勤務続きだったのもあるが。
藤森を喜ばせるのが癪でいつも声は抑えているけれど、それでも昨夜はそれなりに喘いでしまった。気が、する。
老朽化した安普請のアパートだ。壁は、多分、薄い。
顔が火照って、思わず口元を押さえた。
空乃は気まずそうに目を逸らす。
「とりあえず、前隠せよ。目に毒なんで」
空乃の指が伸びてきて、シャツの胸元を合わせられる。
藤森は跡をつけるのが好きだ。
止めろと言っても聞かないし、他に寝ている相手だって他人のつけた跡なんて気にしない。寧ろカンフル剤だ。だから好きにさせている。
空乃の指先が器用にボタンを留めてゆく。
吐息がかかる距離で、空乃が囁くように尋ねた。
「あいつ、カレシなんすか?」
「……関係ないだろ」
「じゃあ、ちゅーしてもいい?」
「………」
どうしてそうなる。
接続詞が意味をなしていない。思考回路についていけない。
男子高校生なんて異世界の生き物だ。
金はあるけど税金払いたくないって泣き喚く税金滞納者より不可解。
「黙ってたら、しますよ」
通告されているのに、何故か言葉が出なかった。
空乃の膝が股の間に入ってくる。
なんで、こんな慣れてんだよ。
顔が近い。なんだかいい匂いがする。
うわ、まつ毛、なが。
目、なんかきらきらしてるし。さすが十代。
キス、されて、しまう。
寧ろ、期待、してるのかもしれない。
観念して目を閉じた時。
ぐううっ。
腹の虫が鳴った。
それで、色っぽい雰囲気が吹っ飛んだ。
空乃は我に返ったようにきょとんとして。それから苦笑した。
「朝メシまだっすか」
「あー、うん。いつも、コンビニで何か買うから」
「いつも?」
「うん、まあ。食べないことも多いけど」
なんだ、この間の抜けた会話は。
空乃はちょっと考えてから訊いた。
「まだ時間ありますか?」
「あるけど、7時過ぎには出る」
「りょ」
言い置いた空乃はばたばたと自分の部屋に戻っていく。
りょ、ってなんだ。ああ、了解ってことか。
シャワーを浴びて、髪を整え、スーツを着て、眼鏡をかける。
身支度を終えたのと、再びドアが開いたのが同時だった。
仕事モードの行人を見るなり、空乃は吹き出した。
「うっわー、ギャップ半端ないわ」
「うるさい」
「はい、これ」
手渡されたビニール袋には、ラップに包まれたおにぎりが2個入っている。
「え」
「朝メシ。好き嫌い知らないから、塩むすび。あ、ちゃんとラップ越しに握ってっから」
「え、いや」
タラコとかシャケとか食べられないし、素人の他人が握ったものなんて気持ち悪いから、それは有り難いのだが。
なんで、朝メシを与える?
なんで、ヤンキーが握り飯握れんだよ。
惚ける行人に、空乃は笑った。
「じゃ、行ってきます! 遅刻すると、現国(げんこく)のヤマセンうるさいんで」
ビニールを持ったまま、行人は立ち尽くす。
「現国って、久々に聞いたな」
とどうでもいい事を呟いた。
「ん」
行人は布団の中から、昨夜と同じシャツを着て玄関に向かう藤森を見送る。
恋人じゃないから、甘い言葉も別れのキスもない。
時計を見ると6時半だ。
身支度をして、築地の職場まで30分。充分間に合う。
身を起こすと、腰に甘い痺れが走った。
まだ、中に藤森が入ってるみたいだ。
嫌な男だが、セックスの相性はいい。セフレ相手でも手を抜かずに手練手管を尽くしてくれる。だから、時々寝ている。
4月の朝はまだ肌寒い。脱ぎ散らかしたシャツを羽織って風呂場へ向かうと、洗面台に藤森のスマホが残されている。
昼間に会うことはないから、置いて行かれても困る。
咄嗟に掴んで玄関へ向かうと、藤森はまだ外廊下にいた。
その隣には、何故か男子高校生がいる。
金髪にピアス。着崩した制服。いかにもヤンキーな、派手な男の子だ。
事態がよく飲み込めないままに、藤森にスマホを返した。礼とばかりに、頬にちゅっとキスをされる。
「サンキュ。また連絡くれよな」
藤森は普段そういうことをしないから、びっくりした。
びっくりしている間に、藤森はいなくなった。
残された学ラン姿のヤンキー高校生は、まじまじと行人を見つめてくる。
今時なのかは分からないが、カッコいい子だ。
若いだけあって、肌が瑞々しい。釣り上った目尻が生意気そうだが、かなり整った顔立ちだ。
勿体ないことに、学ランの下は真っ赤なTシャツで、髪型はポニーテールだし、片耳はピアスだらけだ。
意地悪そうな顔は10年後だったらドストライクだが、今はただの理解不能な生物。
とにかく関わらない方がいい。
無視して部屋に戻ろうとしたら、ドアの隙間に足を入れられた。ローファーは高校生らしくなく、よく磨かれている。
「なに、君」
声が掠れたのは、昨夜喘ぎ過ぎたせいじゃない。
高校生は扉から身を滑り込ませてくる。
並ぶと、行人より身長が高く、狭い玄関では圧迫感を感じる。
「隣に越してきた、三沢空乃です」
礼儀正しく自己紹介をされた。
「……は?」
隣って。隣はずっと空部屋だったはずだ。
「いつから?」
「先週っす」
全く知らなかった。
異動したばかりで超過勤務続きだったのもあるが。
藤森を喜ばせるのが癪でいつも声は抑えているけれど、それでも昨夜はそれなりに喘いでしまった。気が、する。
老朽化した安普請のアパートだ。壁は、多分、薄い。
顔が火照って、思わず口元を押さえた。
空乃は気まずそうに目を逸らす。
「とりあえず、前隠せよ。目に毒なんで」
空乃の指が伸びてきて、シャツの胸元を合わせられる。
藤森は跡をつけるのが好きだ。
止めろと言っても聞かないし、他に寝ている相手だって他人のつけた跡なんて気にしない。寧ろカンフル剤だ。だから好きにさせている。
空乃の指先が器用にボタンを留めてゆく。
吐息がかかる距離で、空乃が囁くように尋ねた。
「あいつ、カレシなんすか?」
「……関係ないだろ」
「じゃあ、ちゅーしてもいい?」
「………」
どうしてそうなる。
接続詞が意味をなしていない。思考回路についていけない。
男子高校生なんて異世界の生き物だ。
金はあるけど税金払いたくないって泣き喚く税金滞納者より不可解。
「黙ってたら、しますよ」
通告されているのに、何故か言葉が出なかった。
空乃の膝が股の間に入ってくる。
なんで、こんな慣れてんだよ。
顔が近い。なんだかいい匂いがする。
うわ、まつ毛、なが。
目、なんかきらきらしてるし。さすが十代。
キス、されて、しまう。
寧ろ、期待、してるのかもしれない。
観念して目を閉じた時。
ぐううっ。
腹の虫が鳴った。
それで、色っぽい雰囲気が吹っ飛んだ。
空乃は我に返ったようにきょとんとして。それから苦笑した。
「朝メシまだっすか」
「あー、うん。いつも、コンビニで何か買うから」
「いつも?」
「うん、まあ。食べないことも多いけど」
なんだ、この間の抜けた会話は。
空乃はちょっと考えてから訊いた。
「まだ時間ありますか?」
「あるけど、7時過ぎには出る」
「りょ」
言い置いた空乃はばたばたと自分の部屋に戻っていく。
りょ、ってなんだ。ああ、了解ってことか。
シャワーを浴びて、髪を整え、スーツを着て、眼鏡をかける。
身支度を終えたのと、再びドアが開いたのが同時だった。
仕事モードの行人を見るなり、空乃は吹き出した。
「うっわー、ギャップ半端ないわ」
「うるさい」
「はい、これ」
手渡されたビニール袋には、ラップに包まれたおにぎりが2個入っている。
「え」
「朝メシ。好き嫌い知らないから、塩むすび。あ、ちゃんとラップ越しに握ってっから」
「え、いや」
タラコとかシャケとか食べられないし、素人の他人が握ったものなんて気持ち悪いから、それは有り難いのだが。
なんで、朝メシを与える?
なんで、ヤンキーが握り飯握れんだよ。
惚ける行人に、空乃は笑った。
「じゃ、行ってきます! 遅刻すると、現国(げんこく)のヤマセンうるさいんで」
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