戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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番外編

2023: Blooming Guys 2

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 ※前話の続きですが、視点は「ヤンキーDKの献身」の空乃(近間の弟の彼氏)ですので、ご注意下さい。


 劇団の大道具のバイトの後、大急ぎでシャワーを浴びて服を着替え、劇場を飛び出した。
 東急田園都市線の用賀駅で降りて、酒屋で予約しておいたシャンパンと氷を受け取り、砧公園に急いだ。
 今日は快晴、桜は満開でまさに花見日和だ。
 花見客で混雑する公園だが、行人達の居場所はすぐに分かった。空乃の目は行人に関しては高性能レーダーとなるし、恵介と直樹のカップルはとにかく目立つ。
 遠目にも、周りの女性陣がちらちらと視線を送っているのがあからさまだ。
 行人は何やら感慨深げに酒杯を重ねている。目元が赤いし少し目が潤んでいるようだ。
 桜、だしな。
 どうせ一哉のことでも考えているのだろう。
 それを腹立たしく思っては、その感情を力づくで抑え込んでいた時もあった。けれど今は、空乃さえも、一哉に対してある種の懐かしみを感じるのだ。
「ユキ、お待たせ」
 どれだけ思い出に浸ったところで、空乃が視界に入ると行人の顔はぱっと輝き、瞳に光が差し込む。
 今、この人に、花開くような微笑みを与えているのは俺だ。
 恋愛で故人には勝てないなんて迷信だ。
「おつかれ、空乃」
「お兄さん、直樹さん、遅くなってすみません」
「バイトお疲れ。好き勝手に飲み食いしてたから、気にするなよ」
 直樹が言うとおり、重箱の弁当は、取り分けてくれていた空乃の分以外はほとんど空だ。
 加賀鳶の一升瓶も5センチほどしか残っていない。
 空のビール瓶も結構な量で、いつも凛々しい恵介は、頬が染まってとろんとしている。
「お兄さん、酔ってます?」
 尋ねると、
「酔ってない」
 と反論するが、声がふわふわしている。
 直樹が苦笑して、近間の手からお猪口を取り上げた。
「近間さん、日本酒弱いんだよ」
「うるさい、直樹」
「本当のことでしょうが。シンガポールでも大使館の宴会で泥酔して、俺が岩崎1佐に呼び出されたことありましたよね」
「ナニソレ。キオクニゴザイマセン」
 この二人のやり取りは、仲良しの動物がじゃれているような風で、聞いていて面白い。
「シャンパン持ってきたんですけど、お兄さんは無理そうっすかね」
 空乃が持参した紙袋からモエ・エ・シャンドンのボトルと氷を取り出すと、酒好きの行人がおっと声を上げた。
「氷入れて飲むやつだ」
「ユキちゃん、CM見て飲みたがってただろ」
「うん、飲んでみたかったけど、家で飲むもんじゃないしな。さすが空乃」
 行人はぱちぱちと拍手までしてくれる。
 お値段はバイト代半日分に相当するが、こんなに喜んでもらえるならその価値はある。
「アイス・アンペリアルか。花見にぴったりだ。結構するだろ、ありがとう」
「いえ、直樹さんにはよくご馳走になってるので」
 これは本当だ。
 直樹は商社マンだけあって良い店に精通していて、時々空乃を連れ出しては奢ってくれる。
「直樹、これ知ってる酒? 普通のモエと違うのか?」
「元々はピクニック用に作られたそうですよ。冷やしたまま持ち歩けない時でも楽しめるように、氷を入れて飲むのが一番美味しいように作られてるんです」
「へえ、美味そう」
「近間さんは一口だけですよ。もう酔っ払いなんですから」
「えー」
 直樹に窘められ、恵介は膨れて見せるが、楽しそうだ。
 30代後半の恵介は、老いの神様も遠慮して近寄ってこないほどの美貌だが、中身は普通の男だ。根が明るくて豪快だし、おそらくこの4人の中で一番男らしい。
 その恵介が直樹に甘える姿は、見ているこっちが恥ずかしいほどだ。
 直樹さんも普段はしゅっとしてるくせに、お兄さんにはメロメロだからなー。まあ、俺もユキちゃんには頭上がんないけど。
 空乃は注意深く音を立てずにコルクを抜き、氷を詰めたグラスにモエを注ぐ。
 からからシュワシュワと良い音がする。
 柔らかい風が吹き、桜の花びらがはらはらと舞い散る。
「恵兄とこんなふうに酒を飲める日が来るなんて思ってなかったな」
 プラスチックのグラスを手に、行人が目を細めた。
 こんなふうに。
 兄弟が互いに同性の恋人を連れて、4人で。
「俺もだよ」
 恵介が静かに応じる。
 言葉はそれで事足りた。
「乾杯」
 声が重なる。
 桜色のシャンパンは染み入るように美味しかった。



「あー、飲んだなー」
「ユキ、ますます酒強くなってね?  お兄さんは結構酔ってたのに」
「恵兄は、金沢生まれなのに日本酒弱いんだよ」
 春の日はまだそこまで長くなくて、花見を終えると夕暮れ時だった。
 タクシーでホテルまで帰るという恵介と直樹と別れ、用賀駅までの道のりをゆっくりと歩いた。
「直樹さんの弁当、美味かったよな。俺も花見弁当作りたかったー」
「恵兄もしばらく関東だし、また来ればいいだろ」
「次は海か川でBBQとかもいいよな。スキレット使ってみたい」
 空乃は弾む気持ちで答える。
 行人と一緒にしたいこと、行きたい場所が沢山ある。
「俺は風呂に入りたい」
「温泉もいいよな。ユキ、浴衣似合うし」
「いや、今の話。身体冷えて寒い」
 行人はふるりと震えてみせた。
 確かに、ビニルシート越しとはいえ、土の上に座って酒を飲んでいたのだ。陽が落ちてくると肌寒い。
 そっと触れた行人の首筋は酒でうっすら染まっているが、ひんやりと冷たい。
 鎖骨のあたりを見つめていたら、急に欲情した。
「ユキ、風呂でセックスしねえ?」
 世間話の続きのように、誘ってみる。
 コーポアマノの風呂は狭くていまだにカチカチ方式で、中でいたせる余裕はない。
 だからこれは、ホテルに寄っていこうの婉曲表現だ。
「……する」
 道端で何言い出すんだとか叱られるかと思いきや、素直に頷く行人の頬はさっきより赤い。
 経験値高いしベッドの中ではめちゃくちゃエロいくせに、妙なところで照れたり恥じらったりするところが、いい。可愛くて仕方ない。
 軽口で応じようかと思ったが、春の夕暮れはしっとりと風情があったので、口をつぐんで行人の隣を歩く。
 微笑む恋人の襟にはらりと舞い降りた花びらを、そっと摘まんだ。
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感想 12

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みんなの感想(12件)

リョウ
2022.11.26 リョウ

ずっと前からこの作品を見ていました。やっぱいいっすね〜!近間さんシリーズ本当に好きです。叶うことなら続きぜひ見たいと思っています!

2022.11.27 ナムラケイ

リョウさま

感想ありがとうございます!
近間家シリーズは作者の中でも一番思い入れがある作品なので、気に入っていただけて嬉しいです。
最近はあまり執筆の時間が取れないのですが、また番外編は更新していきたいと思っています。

ナムラケイ拝

解除
nagupon
2022.06.21 nagupon

いい!
めっちゃ良かったです!悲しいとこがガツンとくると感情引きずららる方なので、笑って感動してってとても楽しく読ませていただきました。番外編また更新してもらえたら嬉しいです☆

2022.06.21 ナムラケイ

naguponさま

随分前の完結作にも関わらず発掘していだだき、そして嬉しい感想をいただき、ありがとうございます!
「戦闘機乗りの劣情」は、一番思い入れの深い作品なので、楽しんで貰えて嬉しい限りです。

番外編や連載中作品の続きも書きたいのですが、中々時間が取れず…。でも、近間と直樹の未来はずっと続いていますので、引き続き見守っていただけると嬉しいです。

解除
さくらちゃん

他サイトで一度一度読ませて頂いたのですが,アルファポリスでも見つけて嬉しいです‼️
前回作者さんのお名前も、作品名も控えておらず、パソコン壊れてしまったのでこちらで近間さんと梶さんに再会できて感激です。
他の作品も再度楽しませて頂きます‼️
今度はきちんとログインしてお気に入りに登録しましたので何時でも読むことができます😊
素敵な作品をありがとうございます♪

2021.12.08 ナムラケイ

さくらちゃん様

感想、ありがとうございます!
以前に読んでいただいてたんですね、また見つけていただけて良かったです。

「戦闘機乗りの劣情」は初めて書いたBLで、一番思い入れがある作品です。完結からもう3年も経つのに、いまだに感想をいただけるなんて、とっても嬉しいです! 感激です。
番外編も色々書き散らしていますので、ゆるりとお楽しみくださいませ。

ナムラケイ拝

解除

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