戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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番外編

2020: Happy Wedding!

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 畳敷きの宴会場には、白いテーブルクロスがかかったテーブルがずらりと並ぶ。
 新郎の友人席の一角で目にも美しい懐石料理を堪能しながら、直樹は隣に座る近間をちらりと見た。

 日本に帰国して2ヶ月。
 互いに忙しい毎日を送りながら、沖縄と東京の距離をスカイプやラインでやり過ごした。
 ブラックスーツに身を包んだ近間は変わらず美しくて凛々しい。
 ふわふわの黒髪は大使館時代よりも短くカットされていて、頸のラインが目に眩しい。

「そんなちらちら見られると気になるだろ」
 近間は漆の杯に口をつけながら苦笑している。
「これでも我慢してチラ見に留めてるんです。本当は穴があくほど見つめたいのに」
「それは2人きりになってからな。今の主役は三宅さんだろ」
 小声で答えて、近間は視線を雛壇に送った。

 雛壇では、白無垢の三宅里奈と羽織袴の矢倉翼が並び、友人スピーチに耳を傾けている。
 八坂神社で式を挙げた後、料亭 左阿弥に移動して披露宴が行われている。
 国土交通省勤務の三宅と文部科学省勤務の矢倉の宴なので、友人席は公務員一色だ。
 進行が終わり歓談の時間になると、新婦席から女性陣がこぞってきた。
 色とりどりの衣装が蝶々のようで華やかだ。

「あのー、新郎のご友人ですか?」
 3人組がグラス片手に直樹と近間に話しかけてくる。
「はい。シンガポールに赴任していた時に知り合いまして」
「私達は里奈と同期で、国交省なんですけど、ってことは外務省さんですか?」
「いえ、俺は商社勤めで」
「俺は自衛官です」
 近間が外向けの愛想の良さで言葉を継いだ。
「商社!  それでシンガポールに駐在されてたんですねー。あ、どこの会社なんですか?  実は、私の従兄弟も商社勤務で…」
「何自衛隊ですか?  私、この前、陸自の富士総合火力演習見に行ったんですけど…」
 女性陣は頬を上気させて、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。同じテーブルの他の男性陣の視線も痛い。
 直樹は膝の上に置いていた左手をゆっくりと日本酒のグラスにかけた。
 一口飲んで、左手はテーブルに置いた。
 その薬指には、近間から贈られた指輪が光っている。
 朝起きて、指で指輪がきらめいたあの朝の感動を思い出し、口元が緩む。
 近間の方も、指輪が見えるようにさりげなく手の位置を変えている。

「あ、お二人とも、結婚されてるんですねー」
「なーんだ、残念」
 女性陣はあからさまにがっかりした顔になり、おざなりな挨拶を残して、席へ戻って行った。
 女性は正直で面白い。
「すごいですね、指輪効果」
「だな。なあ、おまえ、なんでさっきニヤついてたの」
「内緒です」
 俺がニヤつくのなんて、あんたのこと以外ないでしょうに。


 列が途切れたのを見計らって、雛壇に向かった。心を込めて祝福の言葉を贈る。
「三宅さん、矢倉君。結婚おめでとう。末永くお幸せに」
「ありがとうございます」
 にっこり笑う三宅は輝くような美しさだ。
 猫のような目にくっきりした化粧が似合っている。色白なので、真紅の口紅と黒髪が美しく映える。
 羽織袴姿の矢倉も、大使館時代は明るかった長髪を黒に戻し、自衛官のように刈り上げている。
 元々顔立ちは整っているので、チャラさのかけらもなく、きりりとした新郎姿だ。
 お酌をそれぞれ受けながら、三宅と矢倉が礼を述べた。
「1年ぶりですね。遠いところ、来てくれて本当にありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だよ。おかげで、2ヶ月も開けずに直樹に会えた」
「えー、そこは、矢倉君に会えて嬉しいって言うてくれんと」
 泣き真似をして見せる矢倉翼に、直樹は苦笑する。
 かつて近間に横恋慕していたと聞いて不愉快に思ったものだが、こんなハレの日にはマイナスの感情など浮かばない。
 ただただ、三宅と幸せになってくれればいいと思うばかりだ。
 4人での記念撮影を終えてから、三宅が、
「2人は、結婚式しないんですか?」
 と優しい表情で訊いた。
 シンガポール時代、時々は冷やかしながらも、三宅はいつも近間とのことを応援してくれた。
 三宅に励まされ、勇気づけられたことを直樹は懐かしく思い出す。

 結婚式。
 こっそり調べたことがあるので知っている。
 法律上の婚姻関係は結べないが、ゲイカップルが挙式できる式場は少なくない。
 けれど、近間と面と向かってその話をしたことがなかった。
 形に囚われているようで、気恥ずかしくて。
 ちらりと近間を見ると、近間も同じタイミングで直樹を見上げてきて、視線が絡まった。
 切れ長の綺麗な目で見つめられる。
 一杯の日本酒が目元をほんのり染めていて、ああ、やっぱり美しい人だと、何万回も思ったことをまた思う。

 近間ははにかむように笑って、言った。
「俺はしたいと思ってるけど、おまえは?」
 とくんと胸が鳴った。
 近間らしいストレートさだ。
 言いたかったことをいとも簡単に言ってくれる。
 直樹は感激して、近間の手を握った。
「近間さん、俺もしたいです。絶対したいです。俺、実は式場検索してリスト作ったことあるんです。近間さん、ホテルとレストランどっちがいいですか?」
 人前だが、近間は手を振り払いはせずに、きゅっと力を込め返してくれる。 
 それが嬉しくて、つい早口になってしまった。
「おまえの好きなとこでいいけど。じゃあ、ホテル戻ったらゆっくり考えるか」
 目を合わせて微笑んでいると、三宅にぱしりと腕を叩かれた。
「やだもう、人の結婚式でいちゃつかないでくださいよ」
 そうは言うものの、三宅はにやにやしながら直樹たちをガン見している。
 腐女子は健在である。



 初秋の川風がさあっと吹き抜け、その涼やかさに直樹は目を細めた。

 夕暮れの四条大橋には着飾った男女がさざめくように行き交い、鴨川の川面には、迫る夜に備え灯り出した明かりがきらめいている。
 人混みを外れ、木屋町をそぞろ歩きしながら、近間が呟いた。
「なんか、変な感じだな」
「2ヶ月ぶりな感じが全然しません」
「最初の再開が京都になるとは」
「会えて嬉しいです」
「俺もだよ」
 それきりまた黙って、しばらく歩いた。

 非日常感と夕闇に紛れて、人混みの中でそっと近間の手を握った。
 近間が恋人つなぎに変えて握り返してくる。
「時間、中途半端だな。晩めし、どうする? 」
「近間さん、疲れてます?」
「ばーか。戦闘機乗りの体力舐めんな」
 秋の風が吹き抜けてゆく。

 これは奇跡だ。
 そう確信する。
 シンガポールで出会ったこの人と、結ばれて、今は京都をそぞろ歩いている。

「近間さん。どこか行きたいとことかありますか?」
 本当は今すぐにホテルに戻って、キスをして抱きしめて、脱がせて抱きつぶしたい。
 でも、それを口に出すのがこそばゆい。
 2ヶ月のブランク。
 がっつきたいけど、がっついていると思われたくない。
「お寺のライトアップとか、先斗町で夕食とか」
 近間が答えないので、直樹は言葉を重ねる。
「直樹」
「はい…っ…え?」
 近間が立ち止まり、手を繋いだまま対峙する形になる。
 三つ揃いのブラックスーツに身を包んだ近間は、本当に王子様のようだ。
 美しくて凛々しくて、誰よりも男らしい。
 俺だけの男だ。

「焦らすなよ」
 不敵な笑みを浮かべ、近間が言った。
「え?」
「行きたいとこ、ある」
「どこですか?  俺は、どこでもお供します」
「どこか分からない。そういえば、どこなんだろうな、あれって」
「近間さん?」
 近間は何やら楽しそうに呟いていたが、やがて、爪先立ちで、直樹の耳元に囁いた。
「イきたい。今すぐ。何回も」
 ぞくりと、全身の血液が一気に股間に流れ込んだ。
「ははっ、直樹。おまえ、正直すぎ」
 スーツ越しにも分かるほど反応している直樹の股間に気づき、近間は吹き出している。
「あんたのせいでしょうが」
 ぼやくが、このままでは歩けそうにない。
 隠れ蓑にするように引き出物袋を腕にかけ、直樹はタクシーをつかまえるべく手を挙げた。
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