戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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ここで興奮すんなよ@五和商事休憩室

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 社内の休憩室には先客がいた。
 後輩の梶直樹だ。
 いつになく神妙な顔をして、プラスチックのカップに口をつけている。

「よお、お疲れ」
 金子文隆は声をかけてから、カフェラテのボタンを押した。
 エスプレッソメーカーがぶおんと音を立てる。

「金子先輩、お疲れ様です」
「おまえ、今夜の五和銀行との勉強会参加すんのか?」
「行きませんよ。銀行側全員女性って、勉強会じゃなくて合コンじゃないですか」
 梶は肩をすくめた。
 こいつはこういう欧米っぽい仕草がサマになる。
「だよな」
 予想通りの返答だ。

 梶は彼氏が出来てから付き合いが悪くなった。
 夜の交流会だの勉強会だのは、仕事に繋がりそうなものだけ参加して、後はばっさりだ。
 仕事が終われば、そそくさと帰路に着いている。
 金子が観察する限り、梶は彼氏にベタ惚れである。
 そう、彼女ではなくて彼氏だ。
 一度だけ相手の男を見たことがあるが、惚れ惚れするような綺麗な男だった。
 商社は海外経験が多い連中が集まっているので、金子はゲイにもレズにも抵抗がない。
 梶からカミングアウトされた後、金子は穏やかかつ静かにその話を社内に広めた。
 おかげで、誰からも囃されたり嫌ごとを言われることなく、梶が男と付き合っていることは社内公認されている。
 感謝してほしい。
 当の梶は、考え込むようにミルクティーの表面を見つめている。
 金子は出来上がったカフェラテを啜った。

「どうした?  彼氏と喧嘩でもしたか?」
「喧嘩なんてしませんよ」
「んじゃ、なんだよ」
「先輩、相談に乗ってくれるんですか?」
 金子は片眉を上げた。
 珍しいこともあるものだ。 
 梶は、大学時代からの先輩である金子を軽い男と称している。
 無礼だが、的を得ているので反論はしていない。
「珍しいな。おまえ、軽石な俺にはガチな相談なんてしないくせに」
 梶はすみませんと皮肉を流して、深刻な顔で言った。
「もうすぐ、7月7日なんです」
「七夕の話か? シンガポールじゃ関係ないだろ」
「違います。あの人の誕生日なんです」
「ああ」
「プレゼント、何をあげたらいいのか分からなくて、先輩にアドバイスを貰えたらと」
 金子は生温かい視線を送った。ついでに溜め息も追加してやる。

 アホか、こいつは。
 言っておくが、俺たち二人は日本で一、二を争う有名私立大卒で、しかも元アメフト部で、就職人気ランキング1桁の超優良財閥系商社勤務だ。
 タッパもあるし、顔だって悪くない。
 言ってみれば、女に苦労したことなんかない。
 男の作法に煩いハイランクな女どもを満足させるデート術くらい持ち合わせている。
 それがなんだ。
 その童貞みたいな悩み相談は。

「おまえ、沸いたか?」
「ある意味沸いてます」
 梶は苦笑して、薬指の指輪を撫でた。
「これのお返しに、贈る指輪はもう準備してるんです」
 プラチナのリングは優雅なラインを描いていて、おそらく結構な値段がするはずだ。
「じゃあそれで十分じゃねえか」
「付き合って初めての誕生日なので、他にも何か贈りたくて。あの人、物に執着がないんです。サプライズでプレゼントすると、無駄遣いすんなって怒られるし」
「あっそ」

 なんだこの会話。
 相談ではなく惚気じゃないか。
 まあ、帰国土産に俺の好物である御門屋の揚げまんじゅうを買ってきてくれたから、しばらくは付き合ってやろう。

「服とか時計とか帽子とか、あの人に身に付けてほしいものが山ほどあって。でもそんなに色々プレゼントしたら、引かれますよね」

 その発想に引くわ。
 あんなモデルみたいな見た目だったら、着飾りたくなる気持ちは分からんでもないが。
 おまえはヒギンズ教授か。

「なに着せてもどうせおまえが脱がせるんだろ」
 意地悪く下ネタを吐くと、梶はきりりとした顔で、勿論ですと言った。
 言ってから、何故か赤面している。
 脱がすところでも想像したのだろう。馬鹿だ。

「おまえ、ここで興奮すんなよ」
「しませんよ。先輩が脱線させるからですよ。俺は大真面目に相談してるんです」
「服選んでやりたい気持ちも分かるけど、それって自己満足だろ。あの人、シンプルな服装してたし、しかもそれ似合ってたし、無理に服贈ることねえんじゃないの?  物に執着ないってんなら、物以外をあげればいいだろ」
「物以外って、俺ですか?」
「いや、キモいこと言うなよ」

  昔、本当に裸にリボンを巻いてくれた子がいたが、結構可愛い子だったのに萎えてしまった。
 金子は軽い男だが、セックスはノーマルが好きなのだ。

「先輩は、彼女が何くれたら嬉しいですか?」
 難しい質問である。
 好きな子がくれたものならなんでも嬉しい、なんてのは嘘だ。
 勿論好意は嬉しいが、どうしたってセンスや趣味が合わなくて、使い続けられないものもある。
 一緒に選ぶのもいいが、そうするとわくわく感が無くなってしまう。

「参考にならないぞ。今なら、コーチのマンハッタンローファー」
「参考にならないですけど、それは俺も欲しいです」
 こいつはオシャレトークが出来るのでいい。
 買おうかなと言う梶に、かぶるから止めろと釘を刺しておく。

「おまえ、これまで貰って嬉しかったプレゼントってなに?」
 逆質問すると、梶は懐かしむように目を細めた。
「15歳の誕生日に、当時のガールフレンドが和食を作ってくれたことですね。リズっていう女の子だったんですけど、料理する子じゃなかったから、こっそり特訓してくれてたみたいで。焼き鮭とか卵焼きとか朝ごはんみたいなメニューだったんですけど、めちゃめちゃ嬉しくて感動しました」

 いい話だ。
 ティーンエイジャーのロンドンガールだ。米を炊くのも大変だっただろう。
 金子は軽いので、この手の話にすぐにほだされる。
 感じ入っている金子に、梶は、その後大喧嘩して別れちゃいましたけどね、と付け加えた。

 一番嬉しかったプレゼントって何だろう、と考える。
 自分で描いた油絵をくれた子がいたが、物理的にも精神的にも重すぎて、別れた後、処分に困った。
 オートバイは高価すぎて無邪気に喜べなかった。
 カシミアのマフラーはなかなか良かったな。

「あ。誕プレではないけど、あれは嬉しかったっつーか、面白かったな」
「なんですか?」
「カップメン」
「カップ麺?」
「いや、ほら、カップラーメンの蓋を押さえる人形あるだろ。こういうの」
 首を傾げる梶に、ぐぐった画像を見せた。色とりどりの、変な格好のゴム人形だ。


 入社3年目。
 金子は、鉄道車両の海外販売プロジェクトチームに抜擢され、深夜残業が続いていた。
 トイレの時間さえ惜しいほどの忙しさで、食事はコンビニか店屋物。
 それさえ面倒な時はカップヌードルだった。
 あの頃の金子の身体の半分はカップヌードルで出来ていたと言っても過言ではない。

 ある日、湯を入れたシーフード味のカップヌードルの横で、キーボードを激しくタイピングしていたら、後ろの席の女子社員が手を伸ばしてきた。
 カップ麺の蓋の上に、オレンジ色のカップメンが置かれる。 
 蓋にしがみつくような珍味な格好に、思わず笑いが漏れた。

「何これ」
「あげます。便利ですよ」
 それがきっかけで仲良くなった。
 お互い全くタイプではなかったので異性としての進展はなく、良い友達になった。
 そのカップメンは今でも愛用していて、見る度に笑えて心が和む。

「へえ、それは素敵ですね」
 梶が微笑んだ。
「だろ? 千円もしないもんだけどさ、センスが秀逸。指輪贈るんなら、あとは高価なもんより、なんか気の利いたもんがいいんじゃねえの」
 先輩らしくアドバイスしてやると、梶はにっこりと笑った。
「ありがとうございます。参考になりました」
 お先に失礼します、と休憩室を出ていく梶の背中は楽しそうだ。
 金子は合コンが大好きだし、色んな女の子と遊んでいたい。
 まだまだ独身男市場から離脱する気はないが、花が咲いたように幸せそうな梶を見ていると、ちょっと羨ましいなと思ってしまった。
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