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羨ましすぎやろ@防衛駐在官室
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防衛駐在官と言うと露出が多く派手な仕事に聞こえるが、実際はデスクワークが多い。
勿論、式典やレセプションには参加するし、総理大臣が外遊する際には、政府専用機のタラップの下で大使と並び、敬礼する姿がニュースに出たりもする。
が、そんな出番は数えるほどだ。
防衛駐在官は幹部自衛官であり、国家公務員である。
日本でも、幹部自衛官の半分は地方部隊で指揮を振るうのではなく、新宿区市ヶ谷にある幕僚監部でお役所仕事をしているのだ。
そんなわけで、在外公館勤務の岩崎も近間も、大使館の防衛駐在官室で書類作成や電話対応に追われていることが多い。
その日、近間が「シンガポール軍事・安全保障情勢」と銘打ったパワポ資料の更新作業をしていると、執務室のドアがノックされた。
入り口には目隠しのパーテーションがあるので、扉は常時開け放している。
パーテーションの横から顔を覗かせたのは広報文化部の矢倉翼だった。
「ごめんやすー、今、ちょっとええですか?」
「いいよ、そっちに座るか」
近間はキーボードを打つ手を止めて、執務室の横にある小会議室に移動した。
矢倉は右手に資料の束、左手にレジ袋を持っている。
「これどーぞ」
レジ袋から取り出したのは、アイスクリームのカップだ。
「仕事相手から貰ったんで、お裾分けです。チョコミントとマンゴー、どっちがええですか?」
「お、さんきゅ。じゃあチョコミントで」
こういう時には変な遠慮をしない主義である。有り難くカップを頂戴し、フタを開けた。
「んで、アイスと言えばこれ」
次にレジ袋から取り出されたのは、6枚切り食パン1斤だ。
「お、気が利くな」
近間は食パンを取ると、軽く半分に折り、そこにアイスクリームを落とし入れた。
スプーンで形を整えて、パンで挟む。
矢倉も同じようにして、アイスサンドイッチにかぶりついた。
「矢倉君もすっかりシンガポーリアンだな」
「週末にアイスサンドの屋台見つけて、最初はなんやねんこれって思たんですけど、食ったらめっちゃ美味くて。今マイブームっす」
「確かに、日本だとこういう食べ方しないよな。うん、美味い」
着任して2週間の矢倉だが、シンガポール生活にも大使館の仕事にもすっかり馴染んでいるようだ。
ノリが良く関西弁でぺらぺらと話すので、大使館のムードメーカーの地位を確立しつつある。在外勤務は3か所目だそうだから、順応力が高いのだろう。
カラフルな服装を好む矢倉は、今日はレンガ色のパンツに黄色のストライプシャツだ。
ウェーブのワンレングスという、長髪厳禁の自衛官の近間からしたらありえない髪型も、服装のお洒落さと相まってよく似合っている。
「で、矢倉君は俺に何の用?」
「あ、そやそや。アイス食いに来たんちゃうかった」
矢倉は傍らに置いていたファイルを差し出した。
「こちらの決裁文書、2件合議お願いします。再来週、シンガポール国立大学と共催で海洋関係のセミナー開催するんですけど、安全保障関係の教授も招へいする予定なんで、議題と主旨の部分確認してください。もう1件は、総務班から回ってきた図書要望書で、全館員に回すやつなんで、終わったら経済部に渡して下さい」
「うん、了解」
決裁用ファイルを受け取った近間に、矢倉は更に1枚のA4紙を差し出した。
「ほんで、今日の本題はこれです」
その書類を見て、近間は吹き出した。
「たこ焼きパーティー?」
「ザ・たこパ!」と毛筆で力強く書かれた一枚紙は、たこ焼きパーティーの案内状だ。
何が笑いを誘ったかといえば、オール筆書きだし、添えられた水墨画調のタコのイラストが魚拓のようにリアルなのだ。
「おまえ、絵上手すぎ」
「俺、芸大出やし」
矢倉は胸を張っている。
パーティーの日付は今週土曜日の昼だ。
直樹は週末を挟んだ出張が入るかもしれないと言っていたから、先に予定を確認しとくか。
腰を浮かして尻ポケットからスマホを取り出すのと、帰りかけていた矢倉が何事か思い出したのか、「あ、そやそや」と勢いよく振り向いたのが同時だった。
視界にオレンジ色の軌跡が見えたが、中腰の半端な姿勢だった上、スマホとアイスサンドイッチで両手が塞がっていたので、動きが遅れた。
やばいと思った瞬間には、遠心力で矢倉の食パンから飛び出したマンゴーアイスが、近間の膝にぺとりと落ちていた。
「うわ、すんません!!」
矢倉が慌ててハンカチで膝を拭こうとするのを押しとどめた。
擦ると広がるだけだ。
ライトグレーのズボンなので、オレンジ色のシミが目立つ。洗うにしても、まず着替えだ。
「ほんまにすんません! クリーニング代出すんで」
「いやいいよ、これくらい手洗いで落ちる。悪いけど、ロッカーから制服取ってくれるか?」
普段はスーツで勤務しているが、国防省や国軍にアポがある時は制服を着るため、ロッカーには常に着替えが入っているのだ。
近間はベルトを外し、濡れたズボンを脱いだ。
「近間さん、ここで着替えるんですか?」
ロッカーからズボンを取り出し、クリーニング屋のビニールを外していた矢倉が何故かぎょっとしている。
「そうだけど。この部屋、角度的に廊下から見えないし」
「俺、いますけど」
その反応で、矢倉の言いたい事が分かった。
「悪いな、変なもん見せて。自衛官って共同生活長いから、男同士だと人前で着替えるの平気なんだ」
「いや、変なもんっていうか。近間さん、脚キレーっすね」
片眉を上げる矢倉の口調は冗談めかしていたが、その台詞に近間はどきりとする。
近間さん、脚、綺麗ですよね。
昨夜の直樹の声が耳元に蘇った。
セックスの時、近間をとろけさせる時だけに出される、あの甘く低い声。
邪念を追い払うべく、近間は頭を振って、わざと粗雑に言った。
「はあ? 男の脚に綺麗も汚いもないだろ」
「……ってか、近間さん…」
先ほどまでべらべら喋っていた矢倉は、視線を下に落としたまま困ったような表情をしている。
「なに」
脚、綺麗です。
昨夜、直樹は何度もそう言いながら。
不意に思い当たった近間は、咄嗟に内股を合わせた。
内腿を強く吸われた。何度も。
昨夜も今朝も自分では確認しなかったが、あれだけ強く口づけられたのだ。きっと跡が残っている。
えろ、と矢倉が小さく呟いたのが聞こえた。
「うわー、彼女さん、積極的なんすね」
矢倉はにやにやと笑っている。
男同士で猥談をする時の雰囲気に、近間は胸を撫で下ろす。
「こら、そういうのは見て見ぬフリしろよ」
余裕を装いながら、ノリの効いたパンツを受け取ろうとした手首を不意に掴まれた。
「矢倉? なんだよ」
「彼女ちゃうやろ」
矢倉は変わらず笑顔だが、口調からは明るさが消えていた。近間は眉を顰めた。
「どういう意味だよ」
「近間さんて、抱かれてるクチやろ」
手首を掴んだまま距離を詰められた。
挑発するような視線で射抜かれるが、命を懸けて任務に当たっていた身だ。
民間人の、それも自分より若い男の目力なんて、怖くもなんともない。
近間は微笑んだまま、やわらかい口調で反撃した。
「だったとしても、おまえには関係ないだろ」
今後2年半は一緒に働く同僚だ。
矢倉が曲者だろうが裏表があろうが、摩擦は最小限に抑えておきたい。
おまえが軍人だったら、アルベールみたいに痛い思いしてるところだぞ、と威嚇したのは心の中でだけだ。
怒気を含んだ近間の微笑みに、矢倉はすぐに引き下がった。
「それもそうやわ。すんません、調子乗りました。ほな、たこ焼きの件、よろしゅう頼んます」
へらりと笑うと、献上でもするように両手でズボンを差し出し、小会議室を出て扉を閉めた。
扉の向こうで、近間がズボンを履く布ずれとバックルの金属音を聞きながら、矢倉は波打つ髪を掻き上げた。
ぼそりと呟く。
「……つけた奴、羨ましすぎやろ」
勿論、式典やレセプションには参加するし、総理大臣が外遊する際には、政府専用機のタラップの下で大使と並び、敬礼する姿がニュースに出たりもする。
が、そんな出番は数えるほどだ。
防衛駐在官は幹部自衛官であり、国家公務員である。
日本でも、幹部自衛官の半分は地方部隊で指揮を振るうのではなく、新宿区市ヶ谷にある幕僚監部でお役所仕事をしているのだ。
そんなわけで、在外公館勤務の岩崎も近間も、大使館の防衛駐在官室で書類作成や電話対応に追われていることが多い。
その日、近間が「シンガポール軍事・安全保障情勢」と銘打ったパワポ資料の更新作業をしていると、執務室のドアがノックされた。
入り口には目隠しのパーテーションがあるので、扉は常時開け放している。
パーテーションの横から顔を覗かせたのは広報文化部の矢倉翼だった。
「ごめんやすー、今、ちょっとええですか?」
「いいよ、そっちに座るか」
近間はキーボードを打つ手を止めて、執務室の横にある小会議室に移動した。
矢倉は右手に資料の束、左手にレジ袋を持っている。
「これどーぞ」
レジ袋から取り出したのは、アイスクリームのカップだ。
「仕事相手から貰ったんで、お裾分けです。チョコミントとマンゴー、どっちがええですか?」
「お、さんきゅ。じゃあチョコミントで」
こういう時には変な遠慮をしない主義である。有り難くカップを頂戴し、フタを開けた。
「んで、アイスと言えばこれ」
次にレジ袋から取り出されたのは、6枚切り食パン1斤だ。
「お、気が利くな」
近間は食パンを取ると、軽く半分に折り、そこにアイスクリームを落とし入れた。
スプーンで形を整えて、パンで挟む。
矢倉も同じようにして、アイスサンドイッチにかぶりついた。
「矢倉君もすっかりシンガポーリアンだな」
「週末にアイスサンドの屋台見つけて、最初はなんやねんこれって思たんですけど、食ったらめっちゃ美味くて。今マイブームっす」
「確かに、日本だとこういう食べ方しないよな。うん、美味い」
着任して2週間の矢倉だが、シンガポール生活にも大使館の仕事にもすっかり馴染んでいるようだ。
ノリが良く関西弁でぺらぺらと話すので、大使館のムードメーカーの地位を確立しつつある。在外勤務は3か所目だそうだから、順応力が高いのだろう。
カラフルな服装を好む矢倉は、今日はレンガ色のパンツに黄色のストライプシャツだ。
ウェーブのワンレングスという、長髪厳禁の自衛官の近間からしたらありえない髪型も、服装のお洒落さと相まってよく似合っている。
「で、矢倉君は俺に何の用?」
「あ、そやそや。アイス食いに来たんちゃうかった」
矢倉は傍らに置いていたファイルを差し出した。
「こちらの決裁文書、2件合議お願いします。再来週、シンガポール国立大学と共催で海洋関係のセミナー開催するんですけど、安全保障関係の教授も招へいする予定なんで、議題と主旨の部分確認してください。もう1件は、総務班から回ってきた図書要望書で、全館員に回すやつなんで、終わったら経済部に渡して下さい」
「うん、了解」
決裁用ファイルを受け取った近間に、矢倉は更に1枚のA4紙を差し出した。
「ほんで、今日の本題はこれです」
その書類を見て、近間は吹き出した。
「たこ焼きパーティー?」
「ザ・たこパ!」と毛筆で力強く書かれた一枚紙は、たこ焼きパーティーの案内状だ。
何が笑いを誘ったかといえば、オール筆書きだし、添えられた水墨画調のタコのイラストが魚拓のようにリアルなのだ。
「おまえ、絵上手すぎ」
「俺、芸大出やし」
矢倉は胸を張っている。
パーティーの日付は今週土曜日の昼だ。
直樹は週末を挟んだ出張が入るかもしれないと言っていたから、先に予定を確認しとくか。
腰を浮かして尻ポケットからスマホを取り出すのと、帰りかけていた矢倉が何事か思い出したのか、「あ、そやそや」と勢いよく振り向いたのが同時だった。
視界にオレンジ色の軌跡が見えたが、中腰の半端な姿勢だった上、スマホとアイスサンドイッチで両手が塞がっていたので、動きが遅れた。
やばいと思った瞬間には、遠心力で矢倉の食パンから飛び出したマンゴーアイスが、近間の膝にぺとりと落ちていた。
「うわ、すんません!!」
矢倉が慌ててハンカチで膝を拭こうとするのを押しとどめた。
擦ると広がるだけだ。
ライトグレーのズボンなので、オレンジ色のシミが目立つ。洗うにしても、まず着替えだ。
「ほんまにすんません! クリーニング代出すんで」
「いやいいよ、これくらい手洗いで落ちる。悪いけど、ロッカーから制服取ってくれるか?」
普段はスーツで勤務しているが、国防省や国軍にアポがある時は制服を着るため、ロッカーには常に着替えが入っているのだ。
近間はベルトを外し、濡れたズボンを脱いだ。
「近間さん、ここで着替えるんですか?」
ロッカーからズボンを取り出し、クリーニング屋のビニールを外していた矢倉が何故かぎょっとしている。
「そうだけど。この部屋、角度的に廊下から見えないし」
「俺、いますけど」
その反応で、矢倉の言いたい事が分かった。
「悪いな、変なもん見せて。自衛官って共同生活長いから、男同士だと人前で着替えるの平気なんだ」
「いや、変なもんっていうか。近間さん、脚キレーっすね」
片眉を上げる矢倉の口調は冗談めかしていたが、その台詞に近間はどきりとする。
近間さん、脚、綺麗ですよね。
昨夜の直樹の声が耳元に蘇った。
セックスの時、近間をとろけさせる時だけに出される、あの甘く低い声。
邪念を追い払うべく、近間は頭を振って、わざと粗雑に言った。
「はあ? 男の脚に綺麗も汚いもないだろ」
「……ってか、近間さん…」
先ほどまでべらべら喋っていた矢倉は、視線を下に落としたまま困ったような表情をしている。
「なに」
脚、綺麗です。
昨夜、直樹は何度もそう言いながら。
不意に思い当たった近間は、咄嗟に内股を合わせた。
内腿を強く吸われた。何度も。
昨夜も今朝も自分では確認しなかったが、あれだけ強く口づけられたのだ。きっと跡が残っている。
えろ、と矢倉が小さく呟いたのが聞こえた。
「うわー、彼女さん、積極的なんすね」
矢倉はにやにやと笑っている。
男同士で猥談をする時の雰囲気に、近間は胸を撫で下ろす。
「こら、そういうのは見て見ぬフリしろよ」
余裕を装いながら、ノリの効いたパンツを受け取ろうとした手首を不意に掴まれた。
「矢倉? なんだよ」
「彼女ちゃうやろ」
矢倉は変わらず笑顔だが、口調からは明るさが消えていた。近間は眉を顰めた。
「どういう意味だよ」
「近間さんて、抱かれてるクチやろ」
手首を掴んだまま距離を詰められた。
挑発するような視線で射抜かれるが、命を懸けて任務に当たっていた身だ。
民間人の、それも自分より若い男の目力なんて、怖くもなんともない。
近間は微笑んだまま、やわらかい口調で反撃した。
「だったとしても、おまえには関係ないだろ」
今後2年半は一緒に働く同僚だ。
矢倉が曲者だろうが裏表があろうが、摩擦は最小限に抑えておきたい。
おまえが軍人だったら、アルベールみたいに痛い思いしてるところだぞ、と威嚇したのは心の中でだけだ。
怒気を含んだ近間の微笑みに、矢倉はすぐに引き下がった。
「それもそうやわ。すんません、調子乗りました。ほな、たこ焼きの件、よろしゅう頼んます」
へらりと笑うと、献上でもするように両手でズボンを差し出し、小会議室を出て扉を閉めた。
扉の向こうで、近間がズボンを履く布ずれとバックルの金属音を聞きながら、矢倉は波打つ髪を掻き上げた。
ぼそりと呟く。
「……つけた奴、羨ましすぎやろ」
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