戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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だって仕方がない@恵介の部屋

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 炬燵で父親秘蔵の古酒を楽しんだあと、風呂を済ませて部屋へ上がった。
 近間の部屋は、東側に窓がある6畳の畳敷きだ。
 高校卒業まで暮らした部屋だが、勉強机や本棚は処分してしまったので、がらんとしている。
 郷愁に誘われることもないが、それでも、柱や壁に自分のつけた傷跡を見つけると、思わず目が細まる。
 直樹は部屋に入るなり、柱や壁をぺたぺたと触り出した。
 何をしているのかと訊くと、窓枠や柱が年輪が浮かぶ木材だったり、壁が触るとざらりとする綿壁だったりするのが、珍しいらしい。

「そうか、おまえ、日本の古い住宅って知らないんだよな」
「はい。実家も、ロンドンで住んでた家も、就職して一人暮らししてた家も、全部マンションでしたから。一軒家って憧れです」
 夜は音がよく響く。
 とうに日付は変わっているので、二人ともひそひそ声だ。
「壁、あんま触ると汚れるから気をつけろよ」
「あ、本当だ。指、なんかきらきらしてます」
 直樹は大発見でもしたように、壁の装飾繊維が付着した指先を見つめている。
 中高の時、制服でうっかり壁にもたれると、背中がきらきらになったことを思い出した。

「近間さん、ここで育ったんですね」
「兄弟4人分の個室なんてないから、兄貴や行人とのシェアだったけどな」
 畳には、母の紹子が二人分の布団を敷いてくれていた。
 掛け布団の上にうつ伏せに寝転がると、ふんわりと温かく、おひさまの匂いがする。
 昼間に干したあと、布団温風器をかけてくれたのだろう。

「近間さんのお父さんとお母さんは、すごく立派な人ですね」
 同じように寝転んだ直樹にしみじみと褒められて、胸があたたかくなる。
 反発したことは数えきれないほどある。
 それでも、いつだって両親には敵わないと知っていた。
 防衛大学校入学と同時に家を出て、命懸けの仕事に就いてからは、より一層家族を大切にしよう優しくしようと思うようになった。
 
 近間は枕を抱えたまま、首だけを直樹に向けた。
 隣の布団に寝そべる直樹も、同じ姿勢で近間を見ていた。
 散々酒を飲んだ後なので、頬と目元が赤く染まっている。可愛いなと思った。
「直樹」
「はい」
「ありがとな。気疲れしただろ」
「そんなことないですよ」
 直樹は眉を下げて否定するが、同性の恋人の両親に会うという超難関ミッションだ。
 疲れないはずがない。
 逆の立場だったらと想像すると、近間の方が胃が痛くなる思いだ。

「疲れたーって言えよ」
「それは勿論緊張しましたけど。でも、嬉しかったです。こうして、近間さんの部屋にも泊まれたし」
 見つめてくる直樹の目は、これ以上ないくらい優しい。
 ああ、好きだな。幸せだな。
 思いが溢れそうになって、近間はせわしく瞬きをした。
「古いし狭いけどな」
 感涙しているのを誤魔化すように、わざと冗談めかして言った。
「この部屋に、中学生とか高校生の近間さんがいたんだと思うと、どきどきします」
 直樹は変わらず優しい視線を投げかけている。
 その瞳の中に、微かな欲望がちらついているのを見つけ、近間は反射的に両脚をすり合わせた。
 二組の布団の間に隙間はなく、ぴったりとくっつけるように敷かれている。
 シたくなる前に寝なくてはと、近間は電灯からぶら下がる紐に手を伸ばした。
 紐の先には、遥か昔に薬局でもらったカエルのマスコットがついている。

「寝るぞ」
「はい。お預けですしね。でも、手は繋いでていいですか」
 直樹が手を差し伸べてくる。
 手のひらが大きくて、指が長くて、爪の先まで手入れされた手。これまで何度も触れたし、触れられた。
 なのに。

「……っ」
 その手に触れた瞬間、びりりと電流が走った。
 体温と一緒に直樹の心が流れこんできたようで、近間は思わず手を引っ込めた。
 その手首をすかさず掴まれる。
「近間さん?」
「……悪い、なんでもない」
「脈拍、速いです」
「酔ってるからだろ。寝るぞ」
 手を振りほどこうとするが、許されなかった。
 直樹は半身を起こすと、近間の耳元に顔を寄せた。
「近間さん」
 甘く、低い声が吐息と共に耳に吹き込まれる。
 ぞわりと背筋が泡立った。ついで下腹部に血液が集まって重くなる。
 やば。
 近間は唇を噛み締めて、足の指をぎゅっと丸めた。
 声だけで、勃つとか。
 お預けなんて言い出さなければ良かった。
 いや、そもそも、実家だぞ。
 上の階には父さんも母さんもいる。
 このまま電気消して寝たフリしよう。
 それでも治まらなければ、直樹が寝た後でトイレ行って……。
 そこまで考えていて、急に馬鹿らしくなった。

「どうせ我慢できなくなるの近間さんじゃないですか」

 そうだよ。
 だって仕方がない。好きなのだ。どうしようもなく。
 心だけで満足できるわけがない。

 電灯の紐に再度手を伸ばして、二度引っ張った。
 部屋が暗くなり、橙色の光が灯る。懐かしい色合いだ。

「全部消さないんですか?」
 近間は右脚を伸ばして、直樹の布団に差し入れた。寝間着の裾をめくり上げるように爪先で脛をなぞる。
「真っ暗だと見えないだろ」
 誘うように口角を上げると、直樹の喉仏が動くのが見えた。
「お預けなんじゃないんですか?」
 声に含まれるのは、揶揄いと色欲。
「ああ、だから、おまえは動くなよ」

 直樹の掛け布団を剥ぐと、寝間着の上から股間に口を近づけた。
 そこは柔らかいままで、柔軟剤と石鹸の匂いがする。
 唇だけで食みながら、熱い息を吹きかけると、直樹の腰が浮いた。
 タマの部分を手で揉みながら、唇や頬で竿を擦ると、あっという間に固くなっていく。
 
 あれだけ酒を飲んだのに、元気なものだ。
 寝間着の中でテントを張るのが苦しそうだったので、服を脱がした。
 腹につく勢いで飛び出したペニスに手を添え、アイスキャンディーを舐めるようにぺろぺろと舌を這わした。
 指先でカリと先端を引っ掻く度に、引き締まった下腹が震える。

「……っ!」
 上目遣いで直樹の顔を見ると、真っ赤になって必死に口元を押さえている。
 たっぷりの唾液でぬるぬるにしながら竿をしごき続けた。
 奉仕するのが気持ちいい。
 自分のものは触ってもいないのに、近間の前は固く勃ち上がり、後ろもひくひくと疼き出す。
 
 ぼんぼりのようなほのかな灯りの下、近間の視界に映るのは直樹の股間だけだ。
 これ以上ないくらい近い距離では、色や形だけじゃなく、いやらしく膨らんだカリの質感も、皮の皺も、下生えの毛穴も、全部見える。全部、俺のものだ。
 直樹の物を深く口腔に迎え入れ、唇と頬の裏側でしごくと、先からとろりと先走りが溢れ出した。それを掬いとった舌で、尿道をこじ開けるように刺激する。

「……近間さんっ……! それ、やめっ……」
「おまえだって声出してんじゃん」
 咥えたまま喋ると、直樹の腰に力が入った。
 快楽を追うのを我慢できないのだろう、腰が揺らめいたかと思うと、ぐっと喉の奥まで突き入れられた。
 カリが喉の奥の柔らかく狭い部分に入り込む。

「やばっ……」
 直樹が呻くのと同時に、口の中の物が波打った。
 口腔に生暖かい液体が放出される。
 直樹が咄嗟に腰を引いたので、出し切っていなかった精液が近間の顔に降りかかった。
 いつもなら躊躇いなく全部飲み込むのだが、喉を強く突かれたおかげで、反射的に咳が出てしまう。

「……っ、くはっ、げほっげほっ……」
 えずくと、生理的な涙が溢れ出した。
 顔は涙と精液でどろどろだし、口からは飲み切れなかった精液と唾液が糸を引いてシーツに垂れている。

「すみませんっ!」
 慌てた直樹が、壁に吊るしていたジャケットのポケットからハンカチを取り出した。
 背中を撫でながら、口元をハンカチで拭いてくれる、のかと思いきや。
 近間の顔を凝視したまま、硬直している。
「んだよ、はやく、拭くもの。けほっ……あと、水」
「……近間さん」
「なに」
「今、すげえ、エロいです」
 
 囁いた直樹は、今にも獲物に飛び掛かりそうな獣の顔をしている。
 目つきも口元もやらしく緩み、股間は達したばかりだというのにまた完勃ちしている。
 近間は枕元の水差しに直接口をつけ、水を喉に流し込んだ。
 途端に口の中がすっきりして、苦しさがなくなる。
 自らの頬に触れると、精液でとろりと濡れている。
 それを掬い取って見せつけるように舌で舐めとると、直樹が生唾を飲み込んだ。
 近間は誘うように微笑む。
 
 何も準備をしていないので挿入は無理だが、挿れるだけがセックスではない。
 数えきれないほど身体を重ねてきて、男同士で気持ちよくなれる方法はいくらでも知っている。
 近間は寝間着のズボンを下着ごと脱ぎ捨てた。
 仰向けの直樹の上に跨り、勃起した二本のペニスを擦り合わせる。
 直樹が放ったものが潤滑剤になり、ぬるぬると滑った。手でしごくより何倍も気持ちいい。
 
 堪らないというように直樹が吐息を漏らした。
 とりあえず、これでイって、そのあとスマタで……。
 メニューを考えながら腰と手を動かしていると、ドアがこんこんとノックされた。

「恵介? ひどい咳が聞こえたけど、大丈夫?」
 心配そうな声は母親の紹子だ。
 横開きの木製の扉には、簡素なフック式の鍵がついている。
 寝る前に鍵はかけていたが、近間と直樹は慌てて服を身につけた。
 近間は呼吸を整えてから、静かに答えた。
「水を飲んでてむせただけだから、大丈夫。起こしてごめん」
 顔は体液で濡れたままだし、部屋にも匂いが籠っているので、鍵は外さずに扉越しに答えた。
「ならいいけど。金沢はまだ寒いんだから、風邪ひかないようにね。置き薬は居間にあるから、飲むなら勝手に取りなさい」
「うん、ありがとう、母さん。おやすみ」
「おやすみなさい」

 母親が去る気配を確かめてから、近間は布団に戻った。
 直樹もすっかりやる気をそがれたようだ。困ったように苦笑している。
「うちの母親、日舞やってたから足音しないんだよ」
「ああ、道理で気づかなかったわけですね」
 二人はそれぞれの布団に大人しく潜り込んだ。
 どちらともなく片手を伸ばし合い、五本の指を絡ませて手を繋いだ。
 近間は、空いている方の手を色褪せたカエルのマスコットに伸ばす。
 かちんと一度引っ張ると、部屋は闇に包まれた。
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