戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

文字の大きさ
上 下
12 / 90

ダウト!っていうかアウト!@チャンギ国際空港

しおりを挟む
「近間さん、最近、五和商事の梶さんと仲いいですよね」
 同僚の三宅里奈が、唐突に言った。
 窓際で離発着する航空機を眺めていた近間が振り返ると、三宅は生暖かい目つきをしている。
 なんのフリだ、これ?

 ここはチャンギ国際空港のターミナルで、近間と三宅は二人きりである。勿論、仕事中だ。
 今日から、ある衆議院議員(当選5回目のそこそこの大物)がシンガポールを訪問予定で、大使館員は総出で接遇にあたっている。
 近間はパイロット=空港という安直な連想で、国土交通省出身の三宅は、その議員が道路族ということで空港出迎えを命じられているのだ。

 近間はポーカーフェイスを崩さないまま、警戒モードを発動させる。
「三宅さん、今、梶さんにご執心なんでしたっけ」
 以前、三宅から食事に誘われることが多いと直樹がこぼしていたし、三宅が五和商事の営業にアプローチしているという噂を大使館内でも聞いたことがある。
 三宅は26歳。猫を思わせる大きな目が印象的な、可愛らしい顔立ちをしている。
 その容姿と能力で、仕事相手からの評判も高い女性だ。
「んー、まあ、そうですね」
 三宅ははぐらかすように呟く。
「梶さん、付き合ってる人いるみたいですよ」
 さりげなく牽制すると、三宅は自嘲するように笑った。
「でしょうね。あれだけの優良物件ですから」
 その投げやりな言い方に違和感を覚えると同時に、物件という単語に不快感が兆す。
 大使館の玄関で、三宅はいかにも直樹の気を引きたそうに媚びを売っていたのに。
「そんなに心配しなくても、私、梶さんに異性としての興味はないですよ」
 三宅は立ち上がると、絶句する近間を真正面から見上げた。
「私、前に近間さんに告白しましたよね」
「はい」
 赴任して2週間ほど経った頃、所属部署も違いあまり接点がなかった三宅から突然好意を告げられ、丁重にお断りした経緯がある。
「あれは、真剣でした。近間さんが私には1ミリグラムも関心ないのは分かっていました。それでも、好きになったので伝えました」
 三宅の口調が誠実だったので、近間も真面目に答える。
「あの時も言いましたが、気持ちは嬉しかったですよ。三宅さんは頭が良くて、数字に強くて、シンガポールと日本の架け橋になろうと懸命に働いている。その姿勢は尊敬しています。それに、美人さんですし」
 そう言うと、三宅は赤面してぱくぱくと口を開閉させた。それから、じろりと睨んでくる。
「近間さんって、小悪魔」
「はは、なにそれ」
「でも、ありがとうございます」
「はい」
「私、本当に真剣なんです。この仕事。任期は3年しかないから、全力で、やれるだけのことやりたいです。梶さんは五和商事の社員で、私が担当するインフラ・海洋開発において、大事な仕事相手です。どんなにハイスペックでも、私は仕事相手は恋愛対象にしません」
 三宅が再び椅子に座ったので、近間もその隣に腰かけた。
 スーツケースを引きずる大勢の旅客がターミナルを行き交っている。
「その割には、随分好意的な態度で梶さんに接しているように見えましたけど?」
 探っていると悟られないように冗談めかして訊くと、三宅は微笑んだ。
「梶さんにだけじゃないんですよ。世界は男社会で、国交キャリアでも外交官でも私はやっぱり女なので。若い女性に好意を示されて、気を悪くする男性なんていませんからね。笑って愛想振りまいて、それで仕事が回るなら安いもんです。疲れてて無愛想な企業のおじさんでも、私が、おはようございます今日も頑張りましょうねってにこにこしてると、態度軟化する人多いんですよ」
 近間は三宅を見直す。
 この女性は、近間が思っていたよりも、ずっとプロフェッショナルで魅力的だ。
「男前ですね、三宅さん」
「自分でもそう思います」
「愛想振り向きすぎて、変な男に勘違いされないように気をつけてくださいよ」
「大丈夫です。私の仕事相手の中で、独身なのって梶さんくらいなので」
 その直樹は、「大使館の三宅さん、何か俺に気があるみたいなんですよね」とぼやいていた。
 近間に嫉妬させようとしたのではなく、本当に困っているように言っていたが、完全な勘違いだったわけだ。
 近間は思わず吹き出す。
「どうしたんですか? 思い出し笑い?」
「いや、直樹の奴、三宅さんに惚れられてるかもって本気で悩んでたので」
 爆笑で警戒モードがオフになっていたらしい。
 三宅がぱんと手のひらを叩いた。
「ダウト! っていうか、アウトー! ケツバットですよ」
「え、なに。三宅さん隠れキャラ多すぎ」
「今、直樹って言いました」
「あ」
「あ、じゃない! まったく、近間さん、そういうとこ本当気をつけてくださいね! そんなんじゃ、すぐ周りに気づかれちゃいますよ」
 三宅が早口でまくし立てる。
 え。気づかれるって。
 近間はフリーズする。頭の中で、戦闘機のアラーム音が鳴り響く。
「三宅さん、それってどういう」
「付き合ってますよね、梶さんと。しかも結構ラブラブですよね」
 三宅の言い方はあまりにも確信に満ちていて、嘘もごまかしも効かなそうだ。
「……俺、ばれるようなことしてましたか?」
 直樹と付き合い始めて一カ月半ほど経っているが、外ではいちゃつかないように、十分注意しているつもりだった。
「先週の水曜日、二人でランチしてましたよね。私、同じ店でテイクアウトする間、お二人のこと見てたんです」
「声かけてくれれば良かったのに」
「邪魔したら悪いかなって思ったので」
「外では、態度にかなり気を遣ってるつもりなんですが」
「大丈夫ですよ。普通に見たら友達同士にしか見えませんから。私、腐女子なので特殊フィルターかかってるんです。最初は美味しいネタだなーと思ってたんですけど、なんだかお互いを見る目が熱っぽいというか」
 近間は額に手を当てて、三宅の話を遮った。
「詳細はやめてください。居たたまれない」
「ふふ。まあ、雰囲気から、そうかなあって。でも安心してください。私、相当広くて深い在留邦人ネットワーク持ってますけど、お二人がどうのっていう噂は一切聞いたことありませんから」
 その太鼓判に、近間は胸を撫で下ろす。そして、三宅に向き直った。
「出来れば、黙っていてください」
 頭を下げると、三宅は静かに言った。
「もし私がレズビアンで、すごく好きな女性が出来たら、応援してくれますか? 誰にもばらさずに?」
「勿論応援します。三宅さんの許可無しには直樹にも話しません」
 三宅は猫のような目を細めて、にっこりと笑った。
「私も同じですよ。あ、それから、お二人のこと気づいて以来、仕事メシ以外で梶さんをごはんに誘うのも、やめますからね」
 その時、タイミングよく二人のスマホが震えた。待ち受けに表示されたメッセージを読む。
「大使、VIPルームに到着されたみたいですね。飛行機も定刻で着陸しそうだし、そろそろ機側でスタンバイしましょうか」
 近間と三宅は並んで、ターミナルを足早に歩きだした。
 議員一行を乗せたボーイング787が滑走路へ向けて近づいてくるのを眺めながら、近間はふと思い出して聞いた。
「三宅さん、スパダリってどういう意味ですか?」

 数日後。
「経済班の三宅さんって、彼氏できたんですか?」
 仕事終わりに待ち合わせて、食堂でラクサを食べていると、思い出したように直樹が言った。
「さあ、知らないけど。なんで?」
 直樹のグラスにタイガービールを注ぎながら、近間は首をかしげる。
「いや、ちょっと前まで、これ何のトラップなんだろうってくらい積極的にメシとか誘ってきてたのが、ぱったりなくなったから」
 近間は笑い出しそうになり、慌てて顔をそむけた。
 その背景は百も承知だが、面白いので黙っておく。
「なに、押されてたの急に引かれて、逆に気になったとか」
 にやにや顔で揶揄うと、直樹は顔の前で手を振った。
「ないです。全く。逆に、誘われるたびに近間さんが嫉妬しないか心配で心配で」
「どんな自惚れだよ」
「じゃあ、近間さんは、俺が三宅さんとメシ食ったり仲良く喋ってても平気なんですか」
「平気」
 だって、三宅さんの性根知ってるし。
 直樹はむうと唸った。膨れているようで、何だか可愛らしい。
「俺は、近間さんが岩崎さんと話してるだけでもやもやしてるのに」
「それは、岩崎夫妻にかなり失礼だと思うぞ。あの人は完全ノーマルだ」
「近間さんの前では、どんなノーマルだって揺らぎます」
「あほ。しっかりしろ。スパダリなんだろ。せいぜいカッコつけて、余裕見せてろよ」
 近間はジョッキを持ち上げると、直樹のジョッキにかつんとぶつけた。 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

丁寧な暮らし

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:58

クレイジーサイコホモに殺される

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:175

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:82

【R18】セッツ兄弟のヒミツ【挿絵あり】

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:31

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

ミステリー / 完結 24h.ポイント:809pt お気に入り:23

若妻はえっちに好奇心

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:276

暗に死ねって言ってます?

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:91

処理中です...