戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

文字の大きさ
上 下
6 / 90

おまえ、長いよ@大使館会議室

しおりを挟む
 直樹が日本大使館に到着すると、すっかり顔なじみの受付嬢のシンディが入館証を渡してくれた。
「あら、今日は経済班の三宅さんとのアポじゃないんですね」
 予約表を確認した受付嬢は意外そうに言いながら、防衛駐在官室へ案内してくれる。

 ノックをすると、近間が出迎えてくれた。
 今日は制服ではなく、クールビズだ。
 相変わらず美人だなとその顔に見惚れていると、近間が顔をしかめた。
「何じろじろ見てんだよ、入れ」

 そう大きくはない執務室に、両袖のデスクが2台並んでいる。
 一方のデスクでは、真っ白な制服姿の男がパソコンを操作していた。
 男は、直樹に気づくとすっと立ち上がった。
 近間が二人の間に立って紹介してくれる。
「同じ防衛駐在官の岩崎哲也1等海佐だ。こちらは、五和商事の梶さんです」
 直樹と岩崎は互いに名乗り合って、名刺交換をした。
 岩崎は熊を思わせる大柄な男で、厳しそうな顔つきをしている。
 サマーホワイトの制服がよく似合っていて、まさに海の男というイメージだ。
「昼休みまであと10分だから、こっちで待っててくれるか」
 近間は防衛駐在官室と繋がっている小部屋に案内した。会議室兼応接スペースなのだろう。簡素なソファーセットが置かれている。

 あと10分って、真面目だな、公務員って。
 直樹はソファーに座りながら思う。
 五和商事は実質的にフレックス勤務なので、休憩時間なんてあってないようなものだ。

「岩崎さん、これ、米国防長官のシンガポール訪問関連の記事、要約作ったので後で確認をお願いします」
「相変わらず仕事早いよな、おまえ」
「訳すだけですから」
「15時には戻るから、その後すぐ見るよ」
「はい、チャーリーによろしく伝えてください」
「おう。レストランのジュリア支配人が、なんでおまえは来ないのかってぶうたれてたぞ」
「今日は海軍武官の集まりなんだから、俺は顔を出せませんよ」

 仕事半分、雑談半分の二人の会話を聞きながら、直樹は執務室内を眺める。
 はっきり言って、ごちゃごちゃしている。
 書架には書籍やドッチファイルが溢れ、その前には、シンガポール国軍のものなのか自衛隊のものなのか分からないが、メダルや盾や、戦闘機や戦車の模型が所狭しと並んでいる。
 壁には、男女共同参画など定時退庁だの秘密保全だの環境月間だのの政府系ポスターが貼られ、更にミリタリー感満載のカレンダーがいくつもぶらさがっている。
 カレンダーとか、一個で十分だろ。

 「10式戦車」とキャプションが入った戦車の写真を眺めながら突っ込みを入れていると、岩崎は「どうぞごゆっくり」と外出していき、代わりに何やら紙袋を持った近間が小部屋に入ってきた。

「じゃ、メシにすっか」
 言いながら、近間は紙袋からタッパーを出して、ローテーブルに並べていく。
「え、もしかして、弁当ですか?」
「おう。おまえ、好き嫌いある?」
「ないです。これ、近間さんが作ったんですか?」
「他に誰が作るんだよ」

 やばい、すげえ嬉しい。
 直樹は顔がほころぶのを押さえられない。
 大使館で昼飯っていうから、弁当かテイクアウトでも頼むのかと思っていた。
「重箱とか持ってないから、タッパーで悪いな」
 ラップにくるまれた三角おにぎりに、鳥の空揚げ、卵焼き、おかかをまぶした茹でブロッコリーに、大根とちくわの煮物。
「すげーうまそう。ザ・日本の家庭料理って久々です」
 直樹の興奮っぷりがおかしいのか、近間は笑いながら、茶を煎れてくれた。
 自衛隊のゆるキャラが描かれたマグカップに緑茶のティーバッグを入れただけだが、十分だ。

 出身地、家族構成、出身大学、血液型、誕生日、趣味、好きな物嫌いなもの。
 基礎情報を交換しながら-一問一答形式になってしまい、なんの面接だよと二人して爆笑してしまったが-弁当を食べた。
 近間の手料理は、普通に美味かった。
 飛び抜けて美味だとか、プロ顔負けだとか言うのではなく、普通においしい。
 直樹には母親がいないが、母親が日常の食卓に並べる料理というのは、きっとこんな味なんだろうなと思った。
 何より、近間と同じものを同じ場所で食べられるのが嬉しい。
 ああ、俺、まじでこの人のこと好きなんだな。
 もぐもぐとおにぎりを咀嚼する近間を見ながら、直樹はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 食事を終えて、ローテーブルの上を片付ける。
 ダスターで卓上を拭き終え、ふと顔を上げると、タッパーを重ねていた近間と視線がかち合った。
 うわ、近い。
 互いにテーブルの上に身を屈めた姿勢である。
 近間の薄い唇は、食事を終えたばかりで濡れていて艶っぽい。
 直樹は自然に顔を寄せると、その唇に口づけた。
 そっと触れて、一度離れて、もう一度触れる。
 近間は抵抗しなかったが、手が震えたのか、タッパーの蓋が床に落ちた。
「こら、落ちただろ」
 抗議する唇を再び塞いだ。
 男の唇なんて初めて触れたが、やわらかくて、気持ちがいい。近間の首筋からはなんだかいい匂いがする。
 ずっと触れていたい気持ちよさだ。
 触れるだけのキスを繰り返していると、やがて近間が身をひいた。
「おまえ、長いよ」
 その声は全く怒っていなくて逆に甘さを含んでいたので、直樹は悪びれずに「すみません」と謝った。
「近間さん」
「なに」
「好きです」
 胸を一杯にする気持ちを伝えると、近間は綺麗に微笑んだ。
「俺もだよ」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

嫁さんのいる俺はハイスペ男とヤレるジムに通うけど恋愛対象は女です

ルシーアンナ
BL
会員制ハッテンバ スポーツジムでハイスペ攻め漁りする既婚受けの話。 DD×リーマン リーマン×リーマン

春ですね~夜道で出会った露出狂をホテルに連れ込んでみたら~

夏芽玉
BL
4月、第3週目の金曜日。職場の歓迎会のせいで不本意にも帰りが遅くなってしまた。今日は行きつけのハプバーのイベント日だったのに。色んなネコとハプれるのを楽しみにしていたのに!! 年に1度のイベントには結局間に合わず、不貞腐れながら帰路についたら、住宅街で出会ったのは露出狂だった。普段なら、そんな変質者はスルーの一択だったのだけど、イライラとムラムラしていたオレは、露出狂の身体をじっくりと検分してやった。どう見ても好みのど真ん中の身体だ。それならホテルに連れ込んで、しっぽりいこう。据え膳なんて、食ってなんぼだろう。だけど、実はその相手は……。変態とSMのお話です。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

処理中です...