戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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おまえ、長いよ@大使館会議室

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 直樹が日本大使館に到着すると、すっかり顔なじみの受付嬢のシンディが入館証を渡してくれた。
「あら、今日は経済班の三宅さんとのアポじゃないんですね」
 予約表を確認した受付嬢は意外そうに言いながら、防衛駐在官室へ案内してくれる。

 ノックをすると、近間が出迎えてくれた。
 今日は制服ではなく、クールビズだ。
 相変わらず美人だなとその顔に見惚れていると、近間が顔をしかめた。
「何じろじろ見てんだよ、入れ」

 そう大きくはない執務室に、両袖のデスクが2台並んでいる。
 一方のデスクでは、真っ白な制服姿の男がパソコンを操作していた。
 男は、直樹に気づくとすっと立ち上がった。
 近間が二人の間に立って紹介してくれる。
「同じ防衛駐在官の岩崎哲也1等海佐だ。こちらは、五和商事の梶さんです」
 直樹と岩崎は互いに名乗り合って、名刺交換をした。
 岩崎は熊を思わせる大柄な男で、厳しそうな顔つきをしている。
 サマーホワイトの制服がよく似合っていて、まさに海の男というイメージだ。
「昼休みまであと10分だから、こっちで待っててくれるか」
 近間は防衛駐在官室と繋がっている小部屋に案内した。会議室兼応接スペースなのだろう。簡素なソファーセットが置かれている。

 あと10分って、真面目だな、公務員って。
 直樹はソファーに座りながら思う。
 五和商事は実質的にフレックス勤務なので、休憩時間なんてあってないようなものだ。

「岩崎さん、これ、米国防長官のシンガポール訪問関連の記事、要約作ったので後で確認をお願いします」
「相変わらず仕事早いよな、おまえ」
「訳すだけですから」
「15時には戻るから、その後すぐ見るよ」
「はい、チャーリーによろしく伝えてください」
「おう。レストランのジュリア支配人が、なんでおまえは来ないのかってぶうたれてたぞ」
「今日は海軍武官の集まりなんだから、俺は顔を出せませんよ」

 仕事半分、雑談半分の二人の会話を聞きながら、直樹は執務室内を眺める。
 はっきり言って、ごちゃごちゃしている。
 書架には書籍やドッチファイルが溢れ、その前には、シンガポール国軍のものなのか自衛隊のものなのか分からないが、メダルや盾や、戦闘機や戦車の模型が所狭しと並んでいる。
 壁には、男女共同参画など定時退庁だの秘密保全だの環境月間だのの政府系ポスターが貼られ、更にミリタリー感満載のカレンダーがいくつもぶらさがっている。
 カレンダーとか、一個で十分だろ。

 「10式戦車」とキャプションが入った戦車の写真を眺めながら突っ込みを入れていると、岩崎は「どうぞごゆっくり」と外出していき、代わりに何やら紙袋を持った近間が小部屋に入ってきた。

「じゃ、メシにすっか」
 言いながら、近間は紙袋からタッパーを出して、ローテーブルに並べていく。
「え、もしかして、弁当ですか?」
「おう。おまえ、好き嫌いある?」
「ないです。これ、近間さんが作ったんですか?」
「他に誰が作るんだよ」

 やばい、すげえ嬉しい。
 直樹は顔がほころぶのを押さえられない。
 大使館で昼飯っていうから、弁当かテイクアウトでも頼むのかと思っていた。
「重箱とか持ってないから、タッパーで悪いな」
 ラップにくるまれた三角おにぎりに、鳥の空揚げ、卵焼き、おかかをまぶした茹でブロッコリーに、大根とちくわの煮物。
「すげーうまそう。ザ・日本の家庭料理って久々です」
 直樹の興奮っぷりがおかしいのか、近間は笑いながら、茶を煎れてくれた。
 自衛隊のゆるキャラが描かれたマグカップに緑茶のティーバッグを入れただけだが、十分だ。

 出身地、家族構成、出身大学、血液型、誕生日、趣味、好きな物嫌いなもの。
 基礎情報を交換しながら-一問一答形式になってしまい、なんの面接だよと二人して爆笑してしまったが-弁当を食べた。
 近間の手料理は、普通に美味かった。
 飛び抜けて美味だとか、プロ顔負けだとか言うのではなく、普通においしい。
 直樹には母親がいないが、母親が日常の食卓に並べる料理というのは、きっとこんな味なんだろうなと思った。
 何より、近間と同じものを同じ場所で食べられるのが嬉しい。
 ああ、俺、まじでこの人のこと好きなんだな。
 もぐもぐとおにぎりを咀嚼する近間を見ながら、直樹はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 食事を終えて、ローテーブルの上を片付ける。
 ダスターで卓上を拭き終え、ふと顔を上げると、タッパーを重ねていた近間と視線がかち合った。
 うわ、近い。
 互いにテーブルの上に身を屈めた姿勢である。
 近間の薄い唇は、食事を終えたばかりで濡れていて艶っぽい。
 直樹は自然に顔を寄せると、その唇に口づけた。
 そっと触れて、一度離れて、もう一度触れる。
 近間は抵抗しなかったが、手が震えたのか、タッパーの蓋が床に落ちた。
「こら、落ちただろ」
 抗議する唇を再び塞いだ。
 男の唇なんて初めて触れたが、やわらかくて、気持ちがいい。近間の首筋からはなんだかいい匂いがする。
 ずっと触れていたい気持ちよさだ。
 触れるだけのキスを繰り返していると、やがて近間が身をひいた。
「おまえ、長いよ」
 その声は全く怒っていなくて逆に甘さを含んでいたので、直樹は悪びれずに「すみません」と謝った。
「近間さん」
「なに」
「好きです」
 胸を一杯にする気持ちを伝えると、近間は綺麗に微笑んだ。
「俺もだよ」
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