戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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メシ行きませんか@それぞれの部屋

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 アパートに戻ると、近間は汗に濡れた服を洗濯籠に投げ、シャワールームへ飛び込んだ。
 走っている時は無心だったが、ぬるま湯に打たれていると急にどきどきしてきた。
 本当はかっこつけなんだろうに、スーツと革靴で全力疾走してきて、なんだか必死そうな直樹を見ているうちに、思わず言ってしまった。
「じゃあ、付き合う?」と。
 そう言った時の直樹の顔といったらなかった。
 近間はシャワールームでひとり微笑む。

 まさか、Yesの答えが返ってくるとは思っていなかった。いや、Yesが返ってくると予感していたから言ってしまったのかもしれない。
 過ぎてしまっては、その時の予感なんて思い出せないものだ。

 直樹は、ゲイというわけではなさそうだった。三宅里奈と話していた空気でなんとなく分かる。
 近間も、別に男が好きなわけではない。過去付き合った人は全員女性だった。
 目立つ容姿のおかげで、異性にモテるのは自覚しているが、最近は誰かと付き合いたいという欲望なんてなかった。
 女の子は可愛くてやわらかいし、セックスは気持ちいいとも思うけど、そこに至るまでのあれやこれやの手順は時に面倒だし。
 最後に付き合った女性は、自衛官の任務の秘密主義と変則的な勤務時間を理解してくれず、喧嘩別れした。

 直樹は、なんだろう。なんだか、面白いと思ってしまったのだ。
 リア充感満載のエリート商社マンのくせに、どっか抜けていてヘタレだし。
 気が強そうで肩肘張っているのに、それが徹底されてない。


 シャワールームを出ると、たっぷりの水を飲んだ。
 バスタオルで乱暴に髪を拭いていると、リビングのテレビ台に置いたままだった紙片が目に入る。直樹の名刺だ。
 全裸のまま、思い立ってスマホを手に取った。
 3コールで相手は出た。

「近間さん?」
 もしもしも省いた直樹の第一声に、近間は吹き出す。
「おまえ、それ違う相手だったらどうすんだよ」
「違いませんでした。なんとなく、近間さんが電話くれる気がしてたので」
 自信満々である。
「これ、俺の番号だから、登録しとけよ」
「はい、速攻でします」
「ん。じゃあな」
「えっ、あ、ちょっと待ってください!」
 電話を切ろうとすると、直樹の慌てたような声が飛び込んできた。
「あの、メシ行きませんか?」

 近間は、椅子の上のビジネスバッグから手帳を引きずり出す。
 全裸の男が両手にスマホと手帳ってシュールな絵だなと思いながら。
 夜は会食やレセプションや宴会で予定が詰まっているし、昼休憩は1時間なので余裕がない。
「あー、今週来週は無理っぽいな」
「そうですか……」
 落ち込んでいる様子が目に浮かぶようだ。ふと思い立った。
「なあ、おまえ、明日の昼って大使館に来られるか?」
「大丈夫ですけど」
「じゃ、12時に来いよ。一緒に昼飯食おう」
「はい。嬉しいです。楽しみです」
 途端に声が明るくなった。分かりやすい奴だ。
「はは。じゃあな、おやすみ」
「おやすみなさい」
 電話を切ると、近間はタンクトップとハーフパンツを着てから、キッチンで冷蔵庫の扉を開いた。
 あいつ、どんな食い物好きなんだろうな。ってか、名前と年齢と職業以外、あいつのこと何にも知らないわ。
 これから沢山のことを知っていくのだと思うと、妙にうきうきした。
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