戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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あれはまずかった@五和商事オフィス

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 梶直樹は、2年前から五和商事シンガポール支社で勤務している。つまり商社の海外駐在員である。
「Assistant Manager, Sales & Development Division」という肩書だが、要は既存の事業を動かしながら、新しいビジネスのネタを探すのが仕事だ。
 五和商事は総合商社なので、売るものはラーメンから航空機まで何でもだ。


「はああああああ」

 マリーナベイエリアを望む高層ビルに構えた五和商事シンガポール支社のオフィス。
 デスクの上でキーボードを叩きながら、直樹は大きく溜め息をついた。
 予算申請用の月次資料を鋭意作成中だが、さっきから全く進んでいない。
「あれはまずかった。いや、あれはほんとまじでなかった。絶対ひかれてる」
 ぶつぶつと後悔の念を吐き出していると、後ろから頭をぱこんと叩かれた。
「なーに、落ち込んでんの」
 丸めた資料を片手に直樹を見下ろすのは、同僚で一期先輩の金子文隆かねこふみたかである。

「ちょっとやらかしちゃって」
「なに、仕事? 女? いや、おまえに限って仕事はないか。女か?」
「男です」
「はあ?」
 金子は思い切り顔をしかめた。
「大使館の人に、失礼なこと言ってしまって」
 直樹は机に突っ伏す。
 いきなり「電話、ください」とか。安いナンパでもあるまいし。

 有名私立大卒で元アメフト部で、一流商社に入って、海外駐在員。絵に描いたような花形エリート。
 多くの商社マンがそうであるように、馬車馬のように働きながら、かなり遊んできたつもりだ。
 そう、遊び方も、人付き合いも手慣れているはずだった。
 なのに。
 あの人は、大使館の白亜の玄関で、爽やかなブルーの制服姿で立っていた。
 背筋がすっと伸びていて。
 凛々しくて、かっこよくて。色気があった。
「近間さん」
 その名を口にすると、何故か心が痛くなる。
 いや、なんだよこれ。
 相手、男だし。色気とか、どうかしてる。

 悶々としていると、金子が呆れたように言った。
「なんだ、そんなことかよ。外交官っつっても、単なる公務員だろ。あいつら偉そうにしてるけど、なんの許認可権もないんだしびびることないって。まあでも、ヘソ曲げられると後あと面倒だから、適当にメシでも奢って機嫌とっとけよ」
「メシ……」
 そっか。メシ。近間さんと一緒に。
 あの人、あんな綺麗な見た目なのに、豪快な食べっぷりだったな。
 いやいやでも、そもそも連絡先知らないし。
 大使館に直電するわけにもいかないし。
 三宅さんに取り次いでもらうか? いやおかしいだろ。
 そもそも、電話番号渡してから3日も経つのに、連絡来ないし。

「ああああああっ!」
 思考が爆発しそうになり、直樹は頭を掻きむしって立ち上がった。
「大丈夫か、あいつ」
 顔を洗ってくるとふらふら去っていく直樹を、フロア上の人間が怪訝そうな顔で見ていた。
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