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「ヤンキーDKの献身」番外編
It's a small world.
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「ヤンキーDKの献身」の行人と空乃の日常です。まだ付き合う前の頃です。「戦闘機乗りの劣情」の「っつーか、羨ましいわ@マクドナルド桜新町店」ともリンクしています。
***
コーポアマノは築51年、2階建ての昔ながらのアパートだ。当然外廊下なので、住人の出入りの音は嫌でも耳に入る。
カンカンと金属の階段を軽やかに上がる音が聞こえる。
畳の上に寝そべっていた近間行人は身を起こした。足音は隣の部屋へ消える。
15分後、隣の扉が再度開く音がしたタイミングで、行人は玄関に向かった。
インターホンが鳴る前にドアを開けてやる。
「ユキちゃん、今日は本当、申し訳ない!」
足音の主、三沢空乃は顔を合わせるなり、勢いよく頭を下げた。
一緒に植物園に行く約束だったのを、ドタキャンしたことを詫びているのだ。
「もういいって、バイトだから仕方ないだろ。ほら、入れよ」
行人は空乃を招き入れるように身を引いた。
空乃の派手な金髪は洗いざらしで、シャンプーのフローラルな香りが漂った。空乃は、見た目はヤンキー高校生だが、生活スタイルは整然としている。
バイトの後、行人の家に来る時は、必ず隣の自分の部屋でシャワーを浴びてくる。マックの油くさい身体のままで来るのは失礼なのだそうだ。
空乃は、持っていた茶色の紙袋をダイニングのテーブルに置いた。
「どうしたんだ、これ」
「I'm loving it.」
空乃は世界中で流れている勤め先のキャッチコピーを口ずさんだ。
「ピンチヒッターのお礼にって店長がこっそりくれた。一緒に食おうぜ」
「肉、食わないって言ってるだろ」
思想的なベジタリアンやビーガンではないが、行人は肉や魚が好きではない。
「だから、野菜とチーズと卵だけのやつ、厨房で作らせてもらった」
バーガーの包みとフライドポテト、サラダ。ドリンクは炭酸が抜けると思ったのか、コンビニで買ったらしいコーラのペットボトルだ。行人が好きな牛乳プリンもあった。ナプキンの他にウェットティッシュも入っている。
行人は思わず苦笑する。
「おまえ、できたコーコーセーだよな」
「そんなスパダリな俺に、ユキはいつなびいてくれるのかな」
空乃の腕が伸びてきて、腰を引き寄せられた。
高校生のくせに、空乃は行人より背が高いし、手足も長い。服越しに脇腹をゆるゆると撫でられる。
「うわ。腰ほっそ」
触れられた場所が熱を持つ。最近はその手の店にも行っていないので、ご無沙汰なのだ。
反応しそうになる前に、ぱしりとその腕を叩いた。
「やめろ。メシ食うんだろ」
「へえへえ。相変わらず塩だよなー、ユキちゃん」
空乃はあっさりと離れていく。
三沢空乃は、この春に隣に越してきた高校2年生だ。
行人は今年31歳。14歳も離れていればお互いに異人種のはずだが、空乃は何故か行人に懐いていて、部屋に入り浸っている。
行人はゲイで、空乃は本人曰く、「好きになったら性別なんてどっちでもいい」らしい。
空乃は、冗談なのか本気なのか判断がつかない態度で口説いてくる。悪い気はしないが、行人は相手にするつもりはない。
性欲は外で処理する主義だし、特定の相手を作る気もない。そもそも、国家公務員が男子高校生に手を出せるものか。
ベジバーガーは普通に美味かった。
「マックって、こんな味なんだな」
「美味い?」
「うん、美味い。これ、美食の美味さっていうか、中毒的な美味さだな」
「まさに。お、えびフィレオやっぱ美味いわ」
空乃は自分のバーガーを3口で片付けたあと、2個目の紙包みを開いた。さすが現役高校生は食欲がある。
「そうそう、今日、バイト先にめっちゃイケメンが来てさ」
「へえ。好みだったのか?」
そう言うと、空乃は明らかに不機嫌な顔になった。
ヤンキーなので、こういう顔をするとちょっと怖い。
「ちげーよ。ユキちゃん、俺がこんなに口説いてんのに、なんでそういうこと言うわけ」
「はいはい、悪かったよ。で、そのイケメンがどうしたって?」
「男連れだった」
「へえ」
「相手の男もさ、背え高くて、オシャレで、エリート商社マンって感じで」
「別にゲイカップルなんて珍しくないだろ」
「そうなんだけど。その二人、すっげえ仲良くて、いい雰囲気だったんだ。いちゃついてんのが全然嫌味じゃなくて。男女でもあんな微笑ましい感じのカップルってあんまいねーよ。なんか羨ましかった」
行人は自分の性癖とはとっくに折り合いをつけているので、幸せそうな家族やカップルを見ても何とも思わない。
「俺もユキちゃんとあんな風になりた……痛え」
最後まで言い切る前に、デコピンで制した。
「おまえもしつこいね」
「うー。でもそのイケメンさ、イケメンっつーか美人系なんだけど。ちょっとユキちゃんに似てたぞ。クールそうに見えて、笑うとほわんとするとことか」
そこまで聞いて、行人ははたと止まる。
長身の商社マンと美人系って。
ゲイカップルは珍しくなくても、そんな二人組がそうそういないだろう。
「空乃のマックって、桜新町だよな」
「そうだけど?」
行人は指を拭ってから、スマホを取り出した。家族ラインを開き、写真を表示させる。
ライオンのぬいぐるみを抱きながら寄り添って自撮りする、兄の恵介とその恋人の直樹だ。
「その二人って、もしかしてこの二人?」
写真を見るなり、空乃が目をまんまるにさせる。こういう表情をすると年相応に子供らしい。
「あー! そう、この二人! ってか、なんでユキが写真持ってんの?」
「左側、俺の兄貴」
「今朝迎えに行くって言ってたお兄さん?」
「そう」
「うわ、そっかー、世間狭っ! ってか無駄に可愛い写真だなこれ」
空乃は興奮して写真を眺めている。
「おまえの言うとおり、あの二人は本当、いい相手に巡り合ったと思うよ」
それを聞くと、空乃は真面目な顔で、行人を見つめた。
大きな瞳には、人が年齢と共に失ってしまうきらめきがフルに満ちている。
「俺も、ユキにそう思ってもらえるよう頑張る」
真剣な声で告げられる。まったく揺らがないわけじゃない。でも。
「いや、だからおまえ」
俺はおまえとは付き合わないって何度も言ってるだろ。
そう続けようとしたが、空乃の瞳があんまり眩しいので、面倒くさくなってやめた。
***
コーポアマノは築51年、2階建ての昔ながらのアパートだ。当然外廊下なので、住人の出入りの音は嫌でも耳に入る。
カンカンと金属の階段を軽やかに上がる音が聞こえる。
畳の上に寝そべっていた近間行人は身を起こした。足音は隣の部屋へ消える。
15分後、隣の扉が再度開く音がしたタイミングで、行人は玄関に向かった。
インターホンが鳴る前にドアを開けてやる。
「ユキちゃん、今日は本当、申し訳ない!」
足音の主、三沢空乃は顔を合わせるなり、勢いよく頭を下げた。
一緒に植物園に行く約束だったのを、ドタキャンしたことを詫びているのだ。
「もういいって、バイトだから仕方ないだろ。ほら、入れよ」
行人は空乃を招き入れるように身を引いた。
空乃の派手な金髪は洗いざらしで、シャンプーのフローラルな香りが漂った。空乃は、見た目はヤンキー高校生だが、生活スタイルは整然としている。
バイトの後、行人の家に来る時は、必ず隣の自分の部屋でシャワーを浴びてくる。マックの油くさい身体のままで来るのは失礼なのだそうだ。
空乃は、持っていた茶色の紙袋をダイニングのテーブルに置いた。
「どうしたんだ、これ」
「I'm loving it.」
空乃は世界中で流れている勤め先のキャッチコピーを口ずさんだ。
「ピンチヒッターのお礼にって店長がこっそりくれた。一緒に食おうぜ」
「肉、食わないって言ってるだろ」
思想的なベジタリアンやビーガンではないが、行人は肉や魚が好きではない。
「だから、野菜とチーズと卵だけのやつ、厨房で作らせてもらった」
バーガーの包みとフライドポテト、サラダ。ドリンクは炭酸が抜けると思ったのか、コンビニで買ったらしいコーラのペットボトルだ。行人が好きな牛乳プリンもあった。ナプキンの他にウェットティッシュも入っている。
行人は思わず苦笑する。
「おまえ、できたコーコーセーだよな」
「そんなスパダリな俺に、ユキはいつなびいてくれるのかな」
空乃の腕が伸びてきて、腰を引き寄せられた。
高校生のくせに、空乃は行人より背が高いし、手足も長い。服越しに脇腹をゆるゆると撫でられる。
「うわ。腰ほっそ」
触れられた場所が熱を持つ。最近はその手の店にも行っていないので、ご無沙汰なのだ。
反応しそうになる前に、ぱしりとその腕を叩いた。
「やめろ。メシ食うんだろ」
「へえへえ。相変わらず塩だよなー、ユキちゃん」
空乃はあっさりと離れていく。
三沢空乃は、この春に隣に越してきた高校2年生だ。
行人は今年31歳。14歳も離れていればお互いに異人種のはずだが、空乃は何故か行人に懐いていて、部屋に入り浸っている。
行人はゲイで、空乃は本人曰く、「好きになったら性別なんてどっちでもいい」らしい。
空乃は、冗談なのか本気なのか判断がつかない態度で口説いてくる。悪い気はしないが、行人は相手にするつもりはない。
性欲は外で処理する主義だし、特定の相手を作る気もない。そもそも、国家公務員が男子高校生に手を出せるものか。
ベジバーガーは普通に美味かった。
「マックって、こんな味なんだな」
「美味い?」
「うん、美味い。これ、美食の美味さっていうか、中毒的な美味さだな」
「まさに。お、えびフィレオやっぱ美味いわ」
空乃は自分のバーガーを3口で片付けたあと、2個目の紙包みを開いた。さすが現役高校生は食欲がある。
「そうそう、今日、バイト先にめっちゃイケメンが来てさ」
「へえ。好みだったのか?」
そう言うと、空乃は明らかに不機嫌な顔になった。
ヤンキーなので、こういう顔をするとちょっと怖い。
「ちげーよ。ユキちゃん、俺がこんなに口説いてんのに、なんでそういうこと言うわけ」
「はいはい、悪かったよ。で、そのイケメンがどうしたって?」
「男連れだった」
「へえ」
「相手の男もさ、背え高くて、オシャレで、エリート商社マンって感じで」
「別にゲイカップルなんて珍しくないだろ」
「そうなんだけど。その二人、すっげえ仲良くて、いい雰囲気だったんだ。いちゃついてんのが全然嫌味じゃなくて。男女でもあんな微笑ましい感じのカップルってあんまいねーよ。なんか羨ましかった」
行人は自分の性癖とはとっくに折り合いをつけているので、幸せそうな家族やカップルを見ても何とも思わない。
「俺もユキちゃんとあんな風になりた……痛え」
最後まで言い切る前に、デコピンで制した。
「おまえもしつこいね」
「うー。でもそのイケメンさ、イケメンっつーか美人系なんだけど。ちょっとユキちゃんに似てたぞ。クールそうに見えて、笑うとほわんとするとことか」
そこまで聞いて、行人ははたと止まる。
長身の商社マンと美人系って。
ゲイカップルは珍しくなくても、そんな二人組がそうそういないだろう。
「空乃のマックって、桜新町だよな」
「そうだけど?」
行人は指を拭ってから、スマホを取り出した。家族ラインを開き、写真を表示させる。
ライオンのぬいぐるみを抱きながら寄り添って自撮りする、兄の恵介とその恋人の直樹だ。
「その二人って、もしかしてこの二人?」
写真を見るなり、空乃が目をまんまるにさせる。こういう表情をすると年相応に子供らしい。
「あー! そう、この二人! ってか、なんでユキが写真持ってんの?」
「左側、俺の兄貴」
「今朝迎えに行くって言ってたお兄さん?」
「そう」
「うわ、そっかー、世間狭っ! ってか無駄に可愛い写真だなこれ」
空乃は興奮して写真を眺めている。
「おまえの言うとおり、あの二人は本当、いい相手に巡り合ったと思うよ」
それを聞くと、空乃は真面目な顔で、行人を見つめた。
大きな瞳には、人が年齢と共に失ってしまうきらめきがフルに満ちている。
「俺も、ユキにそう思ってもらえるよう頑張る」
真剣な声で告げられる。まったく揺らがないわけじゃない。でも。
「いや、だからおまえ」
俺はおまえとは付き合わないって何度も言ってるだろ。
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