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第二部 第四章 カスガイくんは、旅行の準備を一緒にしたい
4-8 なんやそれ、チートやないかい!
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ボール投げを終えた頃合いを見計らったかのようなタイミングで、ソワレから合流の連絡が入る。待ち合わせ場所は、ショッピングモールの中庭だった。広々とした緑の芝生の合間に、木目調のモダンなベンチが点々とセッティングされている。今日のような晴れた日にはうってつけの休憩ポイントだが、今は自分たち以外に誰の姿も見えない。遠くのほうでマイクパフォーマンスや歓声が聞こえてくるので、どうやら客はそちらのイベントに夢中になっているようだ。
「やあやあ、勇者組とイリスくん! お買い物、お疲れ様ー!」
暖かな日差しと爽やかな空気に包まれながら進んでいくと、こちらを見つけたソワレが大きく片手を振った。隣にマオの長身を見つけて、イリスの足が自然と速くなる。
「こっちも第三総括からの依頼がちょうど終わったとこだよー! マオくんを長々とお借りしちゃってごめんね! 三人ともホントにありがとー!」
ソワレがユラとイリス、そして隣のマオに向けてそれぞれぺこりとお辞儀する。「おれはほとんど何もしていない」と、いつもの無表情で淡々と答えるマオの姿が、なんだか妙に懐かしい。
どうやらマオは、第三総括の依頼を受けたソワレの手伝いをしていたようだ。そこでようやく、イリスは心の底から安堵する。よかった、本当によかった。もしもマオにとってソワレがユラやイリスよりも優先されるような親密な相手だったら、とても立ち直れずに意識だけが現実世界に戻ってしまいそうだった。すなわち、死である。
(安心したら急にお腹がすいてきた! 推しの摂取! 推しの摂取をしなければ! はああああ、やっぱりため息が出るほどかっこいい! 最強最高!)
ほんの数時間ほど離れていただけなのに、ずいぶん久しぶりに会った気がする。『美人は三日で飽きる』ならぬ、『美丈夫は三時間で飢える』だ。
深刻なマオ不足を満たすべく穴が開くほど見つめていると、不意に視線が合い、マオの表情がわずかに和らいだ。思わずキュンとなった勢いのまま、イリスはマオの足元に抱きつこうとする。——が、そこで聞き慣れない声が間に割り込んできた。
『くっそー! 魔法さえ使えればこんなことになってへんのに!』
(んん? なんだろう、ボイスチェンジャーみたいな声が?)
慌てて首をめぐらせると、ソワレが水晶玉サイズのスノードームを胸の前で抱えていることに気づいた。泡立った曇りガラスのようになっているので中の様子は見えないが、どうやら声はそこから聞こえてくるらしい。
『なんでやねん! なんで急に魔法が使えなくなっとんのや!』
「なんでって、それはマオくんがいるからでしょ。君ってば、魔物なのにそんなことも知らないの?」
『知らんわ、誰やそいつ! 怖いんじゃ、ぼけー!』
ソワレとスノードームの中にいる何者かのやり取りを見て、イリスは首を傾げた。なぜかエセ関西弁を話す、その何者か――便宜上、今後は『水晶くん』と呼ぶ――の言葉を頭の中で反芻する。マオが? なんだって?
「あのあの、どういうことですか? パ――マオさんがいると魔法が使えないって」
水晶くん自体が何者なのかももちろん知りたかったが、まずは推しカプに関する情報収集を優先させる。なぜなら腐男子なので。オタクとはそういうものなので。
「ああ、ん、えっと、そうだね、どこから話そうか。まず、魔物と人間はどちらも魔法を使えるけど、そのメカニズムがちょっと違うんだよね」と、ソワレがスノードームを指先でつんつんしながら説明する。
「そうなんですか?」
ユラもマオも同じように魔法を使っていると思っていたが、よく考えると確かにその出力方法はそれぞれ違うかもしれない。マオの魔法は氷を操る派手なパフォーマンスが特徴的だが、ユラの魔法は自身の身体能力を強化するタイプで、外から見ると非常に地味――否、内向きである。
「この世界には『眞素』っていう、目には見えない不思議な力を持つ粒子が存在していてね。基本的には空気のようにどこにでもあるものなんだけど、それが魔法を使うために必要になってくるんだ」
「しんそ」
思わず、ぐるりと頭を回す。ここにも普通にあるのだろうか。試しに大きく息を吸い込むと、ユラや双子がおかしそうに笑った。
「そうそう、ここにもあるよ! で、魔物は眞素を変換することで魔法を使うことができるんだ。マオくんの場合は、眞素を氷に変えてるってことだね」
「なるほど」
「でも人間は、外側の眞素には干渉できない。そのかわり、自分の体内で眞素を作り出すことができるんだ。これは魔物にはない能力だね」と、ソワレの言葉を引き継いでマチネが続ける。
「体の中に眞素があるんですか?」
ユラを見上げて尋ねれば、「そうだよ」と笑いながら心臓の位置に右の手のひらを当てた。
「もともと体の中にあるものだから、人間は自分の肉体や感覚を強化する魔法のほうが得意なんだよね。特別に目がよかったり、耳がよく聞こえたり、第六感が鋭かったりする人間は、みんな魔法を使ってるっていう認識でいいんじゃないかな」
『ふーん』
その相槌で、みんなの視線がスノードームに向けられる。一瞬の沈黙が降りたあとで、『いや、そのくらい知っとるし! 馬鹿にすんなや!』と、水晶くんが叫んだ。
「なので人間は眞素の薄い場所でも魔法を使うことができるんだけど、自分の中の眞素を消費しちゃったら、しばらくは使えなくなっちゃうんだ。逆に魔物は眞素のある場所でなら魔法を使いたい放題だけど、なんらかの原因で眞素をいじれなくなると、もちろん魔法が使えなくなっちゃう」
何事もなかったかのように説明を続けるソワレに「なんらかの原因?」と、イリスが聞き返す。
「そう。いくつかあるけど、今回はマオくんだね。マオくんは眞素そのものを凍結――停滞、鈍化させることができるから、その空間にいる魔物はみんな魔法を使うことができなくなっちゃうんだよ」
「そうなんですか!?」
『なんやそれ、チートやないかい! どうなっとんのや!』
水晶くんに突っ込まれても、マオの表情に変化はない。我関せずといった様子で石像のように動かないマオに向けて、『無視すんな!』と、再びスノードームから声が上がった。
「パパって、本当にすごいんですねぇ……」
ため息と一緒に言葉をこぼしたあとで、うっかりマオを『パパ』と呼んでしまったことに気づいた。慌てるイリスに、ソワレが微笑む。「そうだよ、イリスくんのパパってすごいんだよ」
ああ、この人もマチネと同じだ。イリスたち三人の事情を理解したうえで、イリスが『パパ』と呼ぶことを喜んでくれた。その優しさがうれしくて、イリスもへらっと笑い返す。
「やあやあ、勇者組とイリスくん! お買い物、お疲れ様ー!」
暖かな日差しと爽やかな空気に包まれながら進んでいくと、こちらを見つけたソワレが大きく片手を振った。隣にマオの長身を見つけて、イリスの足が自然と速くなる。
「こっちも第三総括からの依頼がちょうど終わったとこだよー! マオくんを長々とお借りしちゃってごめんね! 三人ともホントにありがとー!」
ソワレがユラとイリス、そして隣のマオに向けてそれぞれぺこりとお辞儀する。「おれはほとんど何もしていない」と、いつもの無表情で淡々と答えるマオの姿が、なんだか妙に懐かしい。
どうやらマオは、第三総括の依頼を受けたソワレの手伝いをしていたようだ。そこでようやく、イリスは心の底から安堵する。よかった、本当によかった。もしもマオにとってソワレがユラやイリスよりも優先されるような親密な相手だったら、とても立ち直れずに意識だけが現実世界に戻ってしまいそうだった。すなわち、死である。
(安心したら急にお腹がすいてきた! 推しの摂取! 推しの摂取をしなければ! はああああ、やっぱりため息が出るほどかっこいい! 最強最高!)
ほんの数時間ほど離れていただけなのに、ずいぶん久しぶりに会った気がする。『美人は三日で飽きる』ならぬ、『美丈夫は三時間で飢える』だ。
深刻なマオ不足を満たすべく穴が開くほど見つめていると、不意に視線が合い、マオの表情がわずかに和らいだ。思わずキュンとなった勢いのまま、イリスはマオの足元に抱きつこうとする。——が、そこで聞き慣れない声が間に割り込んできた。
『くっそー! 魔法さえ使えればこんなことになってへんのに!』
(んん? なんだろう、ボイスチェンジャーみたいな声が?)
慌てて首をめぐらせると、ソワレが水晶玉サイズのスノードームを胸の前で抱えていることに気づいた。泡立った曇りガラスのようになっているので中の様子は見えないが、どうやら声はそこから聞こえてくるらしい。
『なんでやねん! なんで急に魔法が使えなくなっとんのや!』
「なんでって、それはマオくんがいるからでしょ。君ってば、魔物なのにそんなことも知らないの?」
『知らんわ、誰やそいつ! 怖いんじゃ、ぼけー!』
ソワレとスノードームの中にいる何者かのやり取りを見て、イリスは首を傾げた。なぜかエセ関西弁を話す、その何者か――便宜上、今後は『水晶くん』と呼ぶ――の言葉を頭の中で反芻する。マオが? なんだって?
「あのあの、どういうことですか? パ――マオさんがいると魔法が使えないって」
水晶くん自体が何者なのかももちろん知りたかったが、まずは推しカプに関する情報収集を優先させる。なぜなら腐男子なので。オタクとはそういうものなので。
「ああ、ん、えっと、そうだね、どこから話そうか。まず、魔物と人間はどちらも魔法を使えるけど、そのメカニズムがちょっと違うんだよね」と、ソワレがスノードームを指先でつんつんしながら説明する。
「そうなんですか?」
ユラもマオも同じように魔法を使っていると思っていたが、よく考えると確かにその出力方法はそれぞれ違うかもしれない。マオの魔法は氷を操る派手なパフォーマンスが特徴的だが、ユラの魔法は自身の身体能力を強化するタイプで、外から見ると非常に地味――否、内向きである。
「この世界には『眞素』っていう、目には見えない不思議な力を持つ粒子が存在していてね。基本的には空気のようにどこにでもあるものなんだけど、それが魔法を使うために必要になってくるんだ」
「しんそ」
思わず、ぐるりと頭を回す。ここにも普通にあるのだろうか。試しに大きく息を吸い込むと、ユラや双子がおかしそうに笑った。
「そうそう、ここにもあるよ! で、魔物は眞素を変換することで魔法を使うことができるんだ。マオくんの場合は、眞素を氷に変えてるってことだね」
「なるほど」
「でも人間は、外側の眞素には干渉できない。そのかわり、自分の体内で眞素を作り出すことができるんだ。これは魔物にはない能力だね」と、ソワレの言葉を引き継いでマチネが続ける。
「体の中に眞素があるんですか?」
ユラを見上げて尋ねれば、「そうだよ」と笑いながら心臓の位置に右の手のひらを当てた。
「もともと体の中にあるものだから、人間は自分の肉体や感覚を強化する魔法のほうが得意なんだよね。特別に目がよかったり、耳がよく聞こえたり、第六感が鋭かったりする人間は、みんな魔法を使ってるっていう認識でいいんじゃないかな」
『ふーん』
その相槌で、みんなの視線がスノードームに向けられる。一瞬の沈黙が降りたあとで、『いや、そのくらい知っとるし! 馬鹿にすんなや!』と、水晶くんが叫んだ。
「なので人間は眞素の薄い場所でも魔法を使うことができるんだけど、自分の中の眞素を消費しちゃったら、しばらくは使えなくなっちゃうんだ。逆に魔物は眞素のある場所でなら魔法を使いたい放題だけど、なんらかの原因で眞素をいじれなくなると、もちろん魔法が使えなくなっちゃう」
何事もなかったかのように説明を続けるソワレに「なんらかの原因?」と、イリスが聞き返す。
「そう。いくつかあるけど、今回はマオくんだね。マオくんは眞素そのものを凍結――停滞、鈍化させることができるから、その空間にいる魔物はみんな魔法を使うことができなくなっちゃうんだよ」
「そうなんですか!?」
『なんやそれ、チートやないかい! どうなっとんのや!』
水晶くんに突っ込まれても、マオの表情に変化はない。我関せずといった様子で石像のように動かないマオに向けて、『無視すんな!』と、再びスノードームから声が上がった。
「パパって、本当にすごいんですねぇ……」
ため息と一緒に言葉をこぼしたあとで、うっかりマオを『パパ』と呼んでしまったことに気づいた。慌てるイリスに、ソワレが微笑む。「そうだよ、イリスくんのパパってすごいんだよ」
ああ、この人もマチネと同じだ。イリスたち三人の事情を理解したうえで、イリスが『パパ』と呼ぶことを喜んでくれた。その優しさがうれしくて、イリスもへらっと笑い返す。
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