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第三章 カスガイくんは、パパとママのお仕事を見学したい
3-5 勝手に諦めてんじゃねぇぞふざけんな、って
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「センリさんっ!」
「はい、イリスさん」
「決意表明ついでに宣言します! 本当はボクがいるせいでパパとママに余計な負担をかけてしまうなら、やっぱり離れたほうがいいんじゃないかと、さっきほんのちょこっとだけ真剣に検討しました! でもやっぱり嫌です! ずっとそばにいます! だって二人は強いから! どんな絶望的な状況でも必ず乗り越える強い人たちだって知ってるから!」
ポップコーンが破裂したかのように一気にまくしたてながら、イリスはステージに向けて一直線に視線を注ぐ。
カリカリ好きの少女とのやり取りが呼び水になったのか、ほかの子どもたちからも次々と質問が上がり、今やユラとグレイは返答に大忙しだ。「玉子焼きが好きなひとは?」「ぼくはオムレツが好き!」という元気な声を聞いた周囲の大人たちからも笑顔がこぼれている。
「だからボクは絶対に離れませんし、そのことで誰にも謝ったりしません! 怖いことや嫌なことがあってもいいです、そういうのも全部欲しいです! あの二人の隣の席ごと、全部もらっちゃいます!」
腹の中にあったものを全てぶちまけてから勢いよくセンリを振り返ると、彼は新緑色の瞳を見開いて固まっていた。やがて、ゆっくりと目を細めながら「……ありがとう」と、泣き出しそうに微笑んでくれる。
「死ぬほど手のかかるトラブルメーカーが約一名いるので本当に大変だと思いますが、どうか二人をよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ!」
マオとユラを近くで見守る者同士としてのシンパシーを強く感じながら、イリスは大きく頷いた。そのまま膝をきちんと揃えて座り直すと、首を長く伸ばしてセンリへと身を乗り出す。
「そういうことで今後の参考にお聞きしたいんですが、さっきのあの現象はなんだったんですか? いくらパパとママのビジュアルがとてつもないからって、あんなふうにはなりませんよね?」
まるで魔法にかけられて石化したかのように、全員の時が止まった。普通ではあり得ない光景だった。きっとマネージャーのセンリなら何か知っているだろうと確信を込めて問いかければ、案の定、はっきりと首を縦に振って答えてくれる。
「これはメモリアコード内でのひとつの見解なんですが、おそらくあの二人のデータ量が大きすぎるんだと思います」
「データ量、ですか?」
それはいわゆる、画像だったり動画だったり、音楽だったりゲームだったりの、春日井亮太が推し活で大変お世話になった、あのデジタルコンテンツの容量ということだろうか。
「はい。データ量――まあ、とどのつまり情報量ですね。アンバーサスという特殊な存在の中でもさらに最強を誇る二人組であるという特異性。それに見合った膨大すぎる魔力の圧。二人が並んだ分の相乗効果に加えて正装の華やかさも加味された、とんでもないことになっているビジュアル。それらの情報量があまりにも大きすぎて、ダウンロードに時間がかかっている状態だと思うんです。一般の回線速度では混雑してしまって全てを受け取るまでにタイムラグが発生するんじゃないか――と、ラボの人間が言っていました」
「な、なるほど!」
つまり超高品質なグラフィックを備えた超大作最先端ソシャゲを、一から取得するようなものだろうか。なるほど、それは確かに時間がかかりそうだ。機種や環境によっては、フリーズしてしまうのも無理はないかもしれない。
(ということは、二人と初めて会ったときに僕が割と平気だったのは、推しカプのロミジュリとして認識していたから? サービス開始前に事前ダウンロードをすませていたからオープン直後でもすぐに遊ぶことができた、みたいなこと?)
そんなふうに身近なもので例えると妙に納得できてしまって、イリスは「あああ」と、おかしな声を上げる。よかった、腐男子で! ロミジュリ推しで本当によかった!
だってそうじゃなかったら、ひょっとしたら二人を見た瞬間に後ずさりしてしまっていたかもしれない。あまりの衝撃に動揺して物陰に隠れてしまっていたかもしれない。そんなリアクションをされた二人の顔を想像するだけで、口から色んなものが飛び出しそうだった。
「ダウンロードが完了して、改めて目の前にいる二人と向き合えば、大体ああいう感じになると思います」と、センリが前方へ視線を戻す。
「あっ、でも待ってください。調停騎士団の人たちは?」
自分は実は相当、根に持つタイプなのかもしれない。先日の件で頭の片隅にこびりついた名称が、ついうっかりと口をついて出てしまった。
「……ああ。ひょっとして、幻獣退治のときに嫌な思いをさせてしまいましたか? すみません、こちらの配慮が足りませんでした」
「謝るのはなしです、センリさん。パパとママに関することなら、そういうことも全部まるっと受け入れるってボク決めました」
「そうでしたね。ではこちらも遠慮なく」と、センリがひとつ小さく笑ってから、軽く咳払いをする。
「調停騎士団が二人を怖がるのは、その強さをはっきりと肌で感じてしまったからです。無理もないですよ。あんなの近くで見たら誰だってそうなります。消えない傷を魂に刻み込まれるほどのインパクトがありますから」
ほとんどトラウマですよね、と。妙に実感を込めて、センリが深いため息をつく。
「それくらい、あのひとたちは強いんです。強すぎるんです。それこそ、常識では測れないほどに。――おそらくは、千年前まで実在した真性の魔王や勇者と同じくらいに」
「えっ、真性って本物って意味ですよね? そ、そんな伝説級の人物並みに!?」
強いことは知っていたが、まさかそこまでとは思わなかった。それを聞いてしまえば、イリスとしても調停騎士団の四人に対する考えを改めざるを得ない。
何も知らないイリスと、日常的に魔王や勇者や魔法や幻獣といったものが身近にある人とでは、マオとユラの尋常ならざる強さに対する認識も全く違うはずだ。文化や風習、宗教や歴史なども関わってくるレベルであれば尚更。すぐ隣の国とでさえ考え方や価値観が異なるということは、春日井亮太もよく知っている。
「そうです。なので、オレは調停騎士団の彼らを非難できません。オレも初めて二人に出会ったときは、バトルの真っ最中だったので」
「そうだったんですかっ?」
「六年くらい前ですかね。若気の至りとはいえ、あまり大声で言えないようなことをしていたときに出会ったんですが、あのときはめちゃくちゃ怖かったですよ。なにしろバケモノから逃げてきたはずなのに、それ以上のバケモノがすっ飛んできたんですから」
思いがけないファーストインプレッションにイリスが驚いているうちに、センリがくくっと喉を鳴らして笑う。バケモノ、と。少し誤解されるような呼び方をしながらも、その表情はどこか郷愁を帯びていて物優しい。
「……それでもセンリさんは、今はここにいるんですね?」
最初はマオとユラに恐怖心を覚えたとしても。今は二人のサポートのために近くにいる。それはいったい、どういう心境の変化なのだろうか。
「はい。――なんかね、諦められるのが嫌だったんです」
「諦められる?」
「あの二人、自分たちに関することは意外とすぐに諦めるでしょう? 自分は怖がられてもしかたない存在だから、そういう人には触らずにそのままにしておこうって」
「……あー」
思い当たる節はあった。それこそ、あの四人の調停騎士団に対する態度がまさにそうだった。イリスは『寛容』だと受け止めたが、確かに『諦め』だと言われれば、そういう見方もできるかもしれない。
「オレは、それがムカついてムカついてしょうがなかった。アイツらの視界にどうしても入り込んでやりたくて、嫌いな勉強をして、わざわざ国まで渡って、なんとか今の仕事に就きました。なので今回のイベントは、あの人たちへの荒療治というか――まあ、オレによる『未成年の主張』みたいなものです」
ステージを見つめるセンリの横顔が、一瞬だけ全く知らないものに変わった。
「勝手に諦めてんじゃねぇぞふざけんな、って」
ひゃっ、と。心の中で小さく悲鳴を上げたイリスの心臓が、ひとつ大きく鳴る。マオとユラのことをこんなにも強く想ってくれている人が近くにいてくれることが、とんでもない幸福だと思った。そしてそして、さらにさらに。
(ふだんとのギャップがたまらないです、センリさん! それはずるいです!)
ほんの少し垣間見えたセンリの粗野な一面に悶絶するイリスの耳へ、「カリカリじゃない普通の目玉焼きが好きなひとは優しくないひと?」という幼い男の子の声が、ステージのほうから飛んでくる。
「まさか。オレも好きだよ、普通の目玉焼き。だから、ええと――普通の目玉焼きが好きなひとは、かっこよくて、かけっこも速くて、料理も上手で、あとはおばあちゃんっ子かな」
「寂しがりで臆病なところもある」
「ちょっ、魔王さま? 普通の目玉焼きにだけネガティブな要素を付け加えなくていいから! 不公平になっちゃうから!」
マオの突然の介入に、ユラがすぐさまびしっと突っ込む。夫婦漫才で沸く会場の片隅でパソコンのキーボードをカタカタカタカタ打ち続けている女性のことが、イリスはさっきから気になって気になって仕方ない。これはひょっとしたら同士かもしれないぞ。そわそわ。
「――だからこの人たちには、二人が戦っている姿はあまり見せたくないですね」
イリスと同じ風景を眺めているセンリが、隣でそっと呟く。
「内面の柔らかい部分――マオさんは魔物ですけど、いわゆる人間味のある姿だけ見ていてほしい。そうすれば、こうやってみんなが笑っていられますから」
「それが、センリさんの願いなんですね」
「はい」
大きく、深く。センリが頷く。それだけで、彼がどれだけマオとユラのことを大事にしているのかがわかってしまった。
「じゃあスクランブルエッグが好きなひとは?」
そしてどうやら、卵料理診断はまだまだ続くらしい。スクランブルエッグといえば、けさイリスが注文したメニューだ。ユラはなんと答えるのだろうとイリスが見守る先で、最強のアンバーサスがおもむろに顔を見合わせ――そして。
「ずっと一緒にいてほしいひと」
「ずっと幸せでいてほしいひと」
まるで願いのように、祈りのように。二人で声をそろえるものだから。
つんと鼻の奥が痛くなって、じわりと涙がにじんでしまった。
(ああ、好きだ! やっぱり好きだ! 大好きだ!)
川柳のように軽快なテンポで紡がれた熱い想いを胸に、イリスはじんと幸せをかみしめる。
すると、ステージのほうから小さな悲鳴が聞こえてきた。反射的にセンリが席を立ち、「ちょっと失礼します」と、イリスに言い残して前方へと移動する。どうやら子どもたちが盛り上がりすぎて、座席から転がり落ちてしまったらしい。引率の先生が何か声をかけている姿が見え――あれ? ユラがいない?
ぽっかり空いたステージの空席。目元をこしこしと擦ってから、改めて確認しようとしたイリスだったが――。
「なんだよ、急に盛り上がっちゃってさ。あんな奴ら、全然大したことないじゃん」
「はい、イリスさん」
「決意表明ついでに宣言します! 本当はボクがいるせいでパパとママに余計な負担をかけてしまうなら、やっぱり離れたほうがいいんじゃないかと、さっきほんのちょこっとだけ真剣に検討しました! でもやっぱり嫌です! ずっとそばにいます! だって二人は強いから! どんな絶望的な状況でも必ず乗り越える強い人たちだって知ってるから!」
ポップコーンが破裂したかのように一気にまくしたてながら、イリスはステージに向けて一直線に視線を注ぐ。
カリカリ好きの少女とのやり取りが呼び水になったのか、ほかの子どもたちからも次々と質問が上がり、今やユラとグレイは返答に大忙しだ。「玉子焼きが好きなひとは?」「ぼくはオムレツが好き!」という元気な声を聞いた周囲の大人たちからも笑顔がこぼれている。
「だからボクは絶対に離れませんし、そのことで誰にも謝ったりしません! 怖いことや嫌なことがあってもいいです、そういうのも全部欲しいです! あの二人の隣の席ごと、全部もらっちゃいます!」
腹の中にあったものを全てぶちまけてから勢いよくセンリを振り返ると、彼は新緑色の瞳を見開いて固まっていた。やがて、ゆっくりと目を細めながら「……ありがとう」と、泣き出しそうに微笑んでくれる。
「死ぬほど手のかかるトラブルメーカーが約一名いるので本当に大変だと思いますが、どうか二人をよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ!」
マオとユラを近くで見守る者同士としてのシンパシーを強く感じながら、イリスは大きく頷いた。そのまま膝をきちんと揃えて座り直すと、首を長く伸ばしてセンリへと身を乗り出す。
「そういうことで今後の参考にお聞きしたいんですが、さっきのあの現象はなんだったんですか? いくらパパとママのビジュアルがとてつもないからって、あんなふうにはなりませんよね?」
まるで魔法にかけられて石化したかのように、全員の時が止まった。普通ではあり得ない光景だった。きっとマネージャーのセンリなら何か知っているだろうと確信を込めて問いかければ、案の定、はっきりと首を縦に振って答えてくれる。
「これはメモリアコード内でのひとつの見解なんですが、おそらくあの二人のデータ量が大きすぎるんだと思います」
「データ量、ですか?」
それはいわゆる、画像だったり動画だったり、音楽だったりゲームだったりの、春日井亮太が推し活で大変お世話になった、あのデジタルコンテンツの容量ということだろうか。
「はい。データ量――まあ、とどのつまり情報量ですね。アンバーサスという特殊な存在の中でもさらに最強を誇る二人組であるという特異性。それに見合った膨大すぎる魔力の圧。二人が並んだ分の相乗効果に加えて正装の華やかさも加味された、とんでもないことになっているビジュアル。それらの情報量があまりにも大きすぎて、ダウンロードに時間がかかっている状態だと思うんです。一般の回線速度では混雑してしまって全てを受け取るまでにタイムラグが発生するんじゃないか――と、ラボの人間が言っていました」
「な、なるほど!」
つまり超高品質なグラフィックを備えた超大作最先端ソシャゲを、一から取得するようなものだろうか。なるほど、それは確かに時間がかかりそうだ。機種や環境によっては、フリーズしてしまうのも無理はないかもしれない。
(ということは、二人と初めて会ったときに僕が割と平気だったのは、推しカプのロミジュリとして認識していたから? サービス開始前に事前ダウンロードをすませていたからオープン直後でもすぐに遊ぶことができた、みたいなこと?)
そんなふうに身近なもので例えると妙に納得できてしまって、イリスは「あああ」と、おかしな声を上げる。よかった、腐男子で! ロミジュリ推しで本当によかった!
だってそうじゃなかったら、ひょっとしたら二人を見た瞬間に後ずさりしてしまっていたかもしれない。あまりの衝撃に動揺して物陰に隠れてしまっていたかもしれない。そんなリアクションをされた二人の顔を想像するだけで、口から色んなものが飛び出しそうだった。
「ダウンロードが完了して、改めて目の前にいる二人と向き合えば、大体ああいう感じになると思います」と、センリが前方へ視線を戻す。
「あっ、でも待ってください。調停騎士団の人たちは?」
自分は実は相当、根に持つタイプなのかもしれない。先日の件で頭の片隅にこびりついた名称が、ついうっかりと口をついて出てしまった。
「……ああ。ひょっとして、幻獣退治のときに嫌な思いをさせてしまいましたか? すみません、こちらの配慮が足りませんでした」
「謝るのはなしです、センリさん。パパとママに関することなら、そういうことも全部まるっと受け入れるってボク決めました」
「そうでしたね。ではこちらも遠慮なく」と、センリがひとつ小さく笑ってから、軽く咳払いをする。
「調停騎士団が二人を怖がるのは、その強さをはっきりと肌で感じてしまったからです。無理もないですよ。あんなの近くで見たら誰だってそうなります。消えない傷を魂に刻み込まれるほどのインパクトがありますから」
ほとんどトラウマですよね、と。妙に実感を込めて、センリが深いため息をつく。
「それくらい、あのひとたちは強いんです。強すぎるんです。それこそ、常識では測れないほどに。――おそらくは、千年前まで実在した真性の魔王や勇者と同じくらいに」
「えっ、真性って本物って意味ですよね? そ、そんな伝説級の人物並みに!?」
強いことは知っていたが、まさかそこまでとは思わなかった。それを聞いてしまえば、イリスとしても調停騎士団の四人に対する考えを改めざるを得ない。
何も知らないイリスと、日常的に魔王や勇者や魔法や幻獣といったものが身近にある人とでは、マオとユラの尋常ならざる強さに対する認識も全く違うはずだ。文化や風習、宗教や歴史なども関わってくるレベルであれば尚更。すぐ隣の国とでさえ考え方や価値観が異なるということは、春日井亮太もよく知っている。
「そうです。なので、オレは調停騎士団の彼らを非難できません。オレも初めて二人に出会ったときは、バトルの真っ最中だったので」
「そうだったんですかっ?」
「六年くらい前ですかね。若気の至りとはいえ、あまり大声で言えないようなことをしていたときに出会ったんですが、あのときはめちゃくちゃ怖かったですよ。なにしろバケモノから逃げてきたはずなのに、それ以上のバケモノがすっ飛んできたんですから」
思いがけないファーストインプレッションにイリスが驚いているうちに、センリがくくっと喉を鳴らして笑う。バケモノ、と。少し誤解されるような呼び方をしながらも、その表情はどこか郷愁を帯びていて物優しい。
「……それでもセンリさんは、今はここにいるんですね?」
最初はマオとユラに恐怖心を覚えたとしても。今は二人のサポートのために近くにいる。それはいったい、どういう心境の変化なのだろうか。
「はい。――なんかね、諦められるのが嫌だったんです」
「諦められる?」
「あの二人、自分たちに関することは意外とすぐに諦めるでしょう? 自分は怖がられてもしかたない存在だから、そういう人には触らずにそのままにしておこうって」
「……あー」
思い当たる節はあった。それこそ、あの四人の調停騎士団に対する態度がまさにそうだった。イリスは『寛容』だと受け止めたが、確かに『諦め』だと言われれば、そういう見方もできるかもしれない。
「オレは、それがムカついてムカついてしょうがなかった。アイツらの視界にどうしても入り込んでやりたくて、嫌いな勉強をして、わざわざ国まで渡って、なんとか今の仕事に就きました。なので今回のイベントは、あの人たちへの荒療治というか――まあ、オレによる『未成年の主張』みたいなものです」
ステージを見つめるセンリの横顔が、一瞬だけ全く知らないものに変わった。
「勝手に諦めてんじゃねぇぞふざけんな、って」
ひゃっ、と。心の中で小さく悲鳴を上げたイリスの心臓が、ひとつ大きく鳴る。マオとユラのことをこんなにも強く想ってくれている人が近くにいてくれることが、とんでもない幸福だと思った。そしてそして、さらにさらに。
(ふだんとのギャップがたまらないです、センリさん! それはずるいです!)
ほんの少し垣間見えたセンリの粗野な一面に悶絶するイリスの耳へ、「カリカリじゃない普通の目玉焼きが好きなひとは優しくないひと?」という幼い男の子の声が、ステージのほうから飛んでくる。
「まさか。オレも好きだよ、普通の目玉焼き。だから、ええと――普通の目玉焼きが好きなひとは、かっこよくて、かけっこも速くて、料理も上手で、あとはおばあちゃんっ子かな」
「寂しがりで臆病なところもある」
「ちょっ、魔王さま? 普通の目玉焼きにだけネガティブな要素を付け加えなくていいから! 不公平になっちゃうから!」
マオの突然の介入に、ユラがすぐさまびしっと突っ込む。夫婦漫才で沸く会場の片隅でパソコンのキーボードをカタカタカタカタ打ち続けている女性のことが、イリスはさっきから気になって気になって仕方ない。これはひょっとしたら同士かもしれないぞ。そわそわ。
「――だからこの人たちには、二人が戦っている姿はあまり見せたくないですね」
イリスと同じ風景を眺めているセンリが、隣でそっと呟く。
「内面の柔らかい部分――マオさんは魔物ですけど、いわゆる人間味のある姿だけ見ていてほしい。そうすれば、こうやってみんなが笑っていられますから」
「それが、センリさんの願いなんですね」
「はい」
大きく、深く。センリが頷く。それだけで、彼がどれだけマオとユラのことを大事にしているのかがわかってしまった。
「じゃあスクランブルエッグが好きなひとは?」
そしてどうやら、卵料理診断はまだまだ続くらしい。スクランブルエッグといえば、けさイリスが注文したメニューだ。ユラはなんと答えるのだろうとイリスが見守る先で、最強のアンバーサスがおもむろに顔を見合わせ――そして。
「ずっと一緒にいてほしいひと」
「ずっと幸せでいてほしいひと」
まるで願いのように、祈りのように。二人で声をそろえるものだから。
つんと鼻の奥が痛くなって、じわりと涙がにじんでしまった。
(ああ、好きだ! やっぱり好きだ! 大好きだ!)
川柳のように軽快なテンポで紡がれた熱い想いを胸に、イリスはじんと幸せをかみしめる。
すると、ステージのほうから小さな悲鳴が聞こえてきた。反射的にセンリが席を立ち、「ちょっと失礼します」と、イリスに言い残して前方へと移動する。どうやら子どもたちが盛り上がりすぎて、座席から転がり落ちてしまったらしい。引率の先生が何か声をかけている姿が見え――あれ? ユラがいない?
ぽっかり空いたステージの空席。目元をこしこしと擦ってから、改めて確認しようとしたイリスだったが――。
「なんだよ、急に盛り上がっちゃってさ。あんな奴ら、全然大したことないじゃん」
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