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第三章 カスガイくんは、パパとママのお仕事を見学したい
3-1 白身の端っこがカリカリになってる目玉焼きがいい
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イリスは困惑した。なぜなら目の前の光景が想像よりもはるかに地味だったからだ。いや、地味というのはさすがに失礼だろう。イリスーーもとい、春日井亮太であったときは一度も参加したことはなかったが、博物館で行われる特別展示の解説講座とは本来そういう落ち着いたものであるはずだ。
けれど、その割には舞台が華やかすぎる。円形のホールの中心にある、同じく円形のステージをぐるりと囲むように並べられた座席は、ざっと見積もっても百席はあるだろう。コンサートや演劇ならいざ知らず、とてもこれから博物館で行われる特別展示の解説講座が始まるようには思えない。
そんなキラキラな会場にも関わらず、「地味だ」とイリスの脳が強く感じ取った原因は、ひとえにその雰囲気にある。
(なんだかとっても活気が少ない気がする!)
そう、全体的に物足りないのだ。階段状に高くなっていく観客席の最上部にいるイリスからは参加者の配置がよく見えるのだが、瞬く間に数え終わってしまうくらいには少なかった。まばらにぽつぽつと席を埋める客層は、それこそ老若男女、魔物から人間まで様々だ。パンフレットを広げながら、のんびりと談笑をする老夫婦。ビジネススーツに身を包み、膝の上にノートパソコンらしきものを広げる女性。「何かやってるからふらっと立ち寄ってみました」と言わんばかりのラフな服装で、大きなリュックを抱えている青年。さらには学校の郊外実習なのだろうか、先生に引率されたイリスよりも少し年上といった子どもたちが、とある一角の最前列から四列目までの席を占めている。
「推しに会えるなんて緊張する!」とか「マオユラ待ってました!」といった黄色い歓声を上げるファンの集団など、まったくもって見当たらない。
なので「あなたのお父さんとお母さんは、もうすぐ出てきますよ」という隣のセンリの台詞を、イリスは素直に信じることができなかった。
だって、こんなのおかしくない? こんなの絶対おかしくない?
最高にきれいで最強にかっこいい魔王と勇者が今から登場するというのに、この人の少なさはなんなのだろう。この会場の静けさは、どうしたことだろう。
(もっともっと超人気アイドルのライブ前みたいに激しく盛り上がっていただいてぜんぜん構わないんですけどっ!)
イリスは心の叫びを必死に喉元でせき止めながら、数時間前を回想する。いったいどういう経緯でこういう展開になったんだっけ。
ああ、そうだそうだ。確か。
「あのね、イリス。きょうは俺と魔王さまはお仕事でサードに行かないといけないんだけどーーあ、サードって覚えてる? イルメリウム旧時代遺構博物館サードノンブル。センリに会った、あの博物館のことね? イリスはどうする? 屋敷でギルモンテとタフィーと一緒にお留守番してる?」
「お邪魔じゃなければ一緒に行きたいですが、たとえお邪魔だったとしても一緒に行きたいです!」
「あはは、そっか。うん、もちろん大歓迎だよ。じゃあ、朝ごはんを食べてから支度しようね。ではお客様、卵は目玉焼きにしますか? スクランブルエッグにしますか?」
「スクランブルエッグでお願いします!」
「はい、かしこまりました」
フリルのついたメイドエプロンを着たユラが、まるで役者のように芝居がかったおもてなしをしてくるので、イリスはつられてホテルのビュッフェでしか食べたことのないようなおしゃれなメニューを注文してしまった。スクランブルエッグってなんだっけ。あの、ぐちゃぐちゃしたやつだっけ。
「ユラ様、ユラ様! ワタクシもお手伝いしてよろしいでしょうか?」
「お、やる気だねギルモンテ。助かるよ、ありがとう。じゃあまずはパンをチンしてもらっちゃおうかな。その間、俺がイリスの分のスクランブルエッグを作るから、ギルモンテはそれが終わったら俺の目玉焼きを作ってくれる? ちゃんと教えるから安心してね」
「はい、光栄でございます! 不肖ギルモンテ、精いっぱい努めさせていただきます!」
イリスは大きな調理台の前で仲良く朝食作りに励む二人を見守りながら、タフィーと手をつないで厨房を後にする。隣接する食堂はとてつもなく開放的で、それに比例するようにテーブルも貴族の晩餐会並みに細長い。タフィーに促されるまま、いわゆる誕生日席についておとなしく待っていると、すぐにおいしそうな匂いと一緒にユラとギルモンテが姿を現した。
「お待たせしました。それじゃあ、お先に召し上がれ」
「ありがとうございます!」
ミニトマトとベビーリーフを添えた、ふわふわでとろとろのスクランブルエッグ。瑞々しいシーザーサラダと、湯気を上げるオニオンスープ。それぞれがセンスのいいシンプルなデザインの皿の上で「さあ、食べて!」と言わんばかりに踊っている。加えて、こんがりと焼けたトースターにたっぷりとバターを塗ってくれるギルモンテの表情が誇らしげだということもあって、イリスは思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「とってもとってもおいしそうです! ギルモンテさんとタフィーさんは食べられないのにごめんなさい」
「これはこれは、お心遣い痛み入ります。ですが皆様の幸せそうな笑顔でワタクシお腹いっぱい胸いっぱいでございますので、どうぞお気になさいませんよう。さささ、イリス様! ぐいっといっちゃってください!」
「お酒みたいな入れ方です!」
高価そうなガラスのピッチャーでオレンジジュースの給仕をしてくれるギルモンテに思わずツッコミを入れてしまったが、そのフランクな対応のお陰でずいぶんと気が楽になった。場所が場所だけにマナーに注意しなければいけないのではと気後れしっぱなしだったイリスも、安心してフォークに手を伸ばせる。
「あの、ユラ様? そろそろマオ様にもお声をかけたほうがよろしいでしょうか……あ、噂をすれば」
ふと気配を感じたのか、あるいは魔法で何かを視たのか、ギルモンテが食堂の入り口のほうへ視線を向けると同時に、廊下側から扉がゆっくりと開かれた。
「パパ、おはようございます!」
「おはようございます、マオ様。昨夜はよく眠れましたか?」
「おはよう。……ああ、快適すぎて寝坊したようだ。すまない」
まだ眠そうなマオは、いつもよりもアンニュイなオーラが八割増しで、大人の色気も一緒に駄々洩れている。ちょっと着崩した黒い部屋着や僅かに跳ねた寝癖も、彼の野生的な美貌を煽りこそすれ、決して損なってはいない。
(これは朝から目に毒だ!)と、光の速さで瞬きを繰り返すイリスの斜め左側の席に座ったマオに、向かいの席にいたユラが声をかけた。
「おはよう、魔王さま。スクランブルエッグと目玉焼き、どっちがいい?」
「おはよう、勇者。目玉焼きを頼めるだろうか」
「おっけー。ちょっと待っててね」
その言葉を残して、自分の分の朝食を置いたばかりのユラが厨房へと戻っていく。「ユラ様、ワタクシが!」と、すかさずギルモンテが後を追った。きっとマオの朝食作りも手伝うつもりなのだろう。学びの機会を一度たりとも見逃さない、実に勉強熱心な執事だ。
「イリスは、よく眠れたか? ひとりで大丈夫だったか?」
「はい! タフィーさんも一緒だったのでぜんぜん大丈夫でした! でも、えっと、実は――」
不思議そうに首を傾げるマオに、小声でこっそり。「ママが『きょうだけ一緒に寝て』って部屋に来てくれました」
そう、昨夜の話だ。「どうぞ皆様で三階をお使いください」というギルモンテの厚意を丁重に断って、三人は二階のゲストルームの一室をそれぞれ借りることにした。もちろん、イリスはマオとユラのどちらかと一緒に使おうという話も出たのだが、イリスのほうで「別がいいです!」と、断固拒否した。
(だって万が一でも何か間違いがあったときに、自分が同じ部屋にいたら邪魔じゃないか!)というイリスの不埒な思惑など知るよしもなく、イリスがそう言うならと二人は渋々引き下がってくれた。その代わり、タフィーは常に傍に置いていてほしいと念を押されたので、きのうの夜はウサギのぬいぐるみと眠ることにした――のだが、イリスを心配してか、あるいはホームシックからか、ユラが枕を持って部屋にやってきた。そのときの様子が今思い出しても信じられないほどかわいかったので、イリスは当然の義務としてマオに報告する。
「ああ、それなら知っている」
「えっ、そうなんですか?」
「ちょうど廊下で勇者に会った。最初はおれの部屋に来るつもりなのかと思ったが――」
「え?」
「ん?」
なにかとんでもない台詞が聞こえた気がした。お互い、きょとんとしながら顔を見合わせているところで、「お待たせ」と言いながら厨房にいた二人が戻ってくる。
「ごめん、魔王さま。ちょっと白身が焦げちゃったから、さっき作った俺の目玉焼きのほうを食べてくれる? 出来立てだから問題ないと思うんだけど」
後ろでギルモンテが「すみません申し訳ありませんっ」と、キツツキのおもちゃのように素早く頭を下げ続けているので、おそらく目玉焼きを焦がしたのは彼なのだろう。自分の席にあった皿と、持ってきた皿とを交換しようとするユラを「いい」と、マオがさえぎる。「その目玉焼きがいい」
「え? 白身の端っこがカリカリになってる目玉焼きだよ?」
「ああ。白身の端っこがカリカリになってる目玉焼きがいい」
「……あー、そうだね。そういえば魔王さまってばそうだった、うっかりしてたよ。なら、ちょうどよかったね。ーーはい、カリカリの目玉焼きをどうぞ」
「ありがとう」
イリスは首を伸ばして、マオの前に置かれた目玉焼きを覗き込む。焦げているとはいっても微々たるものだ。白身の縁が少し濃いキツネ色になって薄くめくれあがっているものの、食べるのに何の問題もなさそうだった。
けれど、はたして本当にマオは焦げた目玉焼きが好きなのだろうか。表情の乏しい玉顔から真意を読み取ることはできなかったが、それでもひとつだけ得られたものがある。
「すっごく新婚さんなやり取りをごちそうさまでした……!」
「あれ? イリス、もう食べ終わっちゃった? おかわりする?」
「まだ大丈夫です! このスクランブルエッグ、とろとろふわふわでとってもおいしいです!」
「あはは、よかった。どうもありがとう。ーーあ、魔王さま髪の毛はねてる。きょうはお客さんの前に出る仕事だから、いつもよりも念入りに整えておいてね」
「そうだったな」
「お客さん? ですか?」
サードのアンバサダーをやっている二人に関係のある『お客さん』といえば、博物館の入館者しか心当たりがない。ではその客と関わることになる仕事とは、いったいなんだろう。首を傾げるイリスに、マオの向かいの席に腰掛けたユラが「いただきます」と、手を合わせてから笑いかけた。
「うん、そう。期間限定で、とある遺跡の特別展示をすることになってね。それを見に来てくれたお客さんに、遺跡を探索した者としてちょっとした小話を披露することになってるんだ」
「なるほど!」
確かに現実世界の博物館でも、学芸員が展示について解説することがあると聞いた。それと似たようなことなのだろうか。
どんな形であれ、推しカプの仕事中の姿が見られるのはうれしい。遺跡でのアウトドアな仕事もかっこよかった。きっと博物館のインドアな仕事だってかっこいいはず。めちゃくちゃ人気があって、キャーキャー言われるに違いない。
けれど、その割には舞台が華やかすぎる。円形のホールの中心にある、同じく円形のステージをぐるりと囲むように並べられた座席は、ざっと見積もっても百席はあるだろう。コンサートや演劇ならいざ知らず、とてもこれから博物館で行われる特別展示の解説講座が始まるようには思えない。
そんなキラキラな会場にも関わらず、「地味だ」とイリスの脳が強く感じ取った原因は、ひとえにその雰囲気にある。
(なんだかとっても活気が少ない気がする!)
そう、全体的に物足りないのだ。階段状に高くなっていく観客席の最上部にいるイリスからは参加者の配置がよく見えるのだが、瞬く間に数え終わってしまうくらいには少なかった。まばらにぽつぽつと席を埋める客層は、それこそ老若男女、魔物から人間まで様々だ。パンフレットを広げながら、のんびりと談笑をする老夫婦。ビジネススーツに身を包み、膝の上にノートパソコンらしきものを広げる女性。「何かやってるからふらっと立ち寄ってみました」と言わんばかりのラフな服装で、大きなリュックを抱えている青年。さらには学校の郊外実習なのだろうか、先生に引率されたイリスよりも少し年上といった子どもたちが、とある一角の最前列から四列目までの席を占めている。
「推しに会えるなんて緊張する!」とか「マオユラ待ってました!」といった黄色い歓声を上げるファンの集団など、まったくもって見当たらない。
なので「あなたのお父さんとお母さんは、もうすぐ出てきますよ」という隣のセンリの台詞を、イリスは素直に信じることができなかった。
だって、こんなのおかしくない? こんなの絶対おかしくない?
最高にきれいで最強にかっこいい魔王と勇者が今から登場するというのに、この人の少なさはなんなのだろう。この会場の静けさは、どうしたことだろう。
(もっともっと超人気アイドルのライブ前みたいに激しく盛り上がっていただいてぜんぜん構わないんですけどっ!)
イリスは心の叫びを必死に喉元でせき止めながら、数時間前を回想する。いったいどういう経緯でこういう展開になったんだっけ。
ああ、そうだそうだ。確か。
「あのね、イリス。きょうは俺と魔王さまはお仕事でサードに行かないといけないんだけどーーあ、サードって覚えてる? イルメリウム旧時代遺構博物館サードノンブル。センリに会った、あの博物館のことね? イリスはどうする? 屋敷でギルモンテとタフィーと一緒にお留守番してる?」
「お邪魔じゃなければ一緒に行きたいですが、たとえお邪魔だったとしても一緒に行きたいです!」
「あはは、そっか。うん、もちろん大歓迎だよ。じゃあ、朝ごはんを食べてから支度しようね。ではお客様、卵は目玉焼きにしますか? スクランブルエッグにしますか?」
「スクランブルエッグでお願いします!」
「はい、かしこまりました」
フリルのついたメイドエプロンを着たユラが、まるで役者のように芝居がかったおもてなしをしてくるので、イリスはつられてホテルのビュッフェでしか食べたことのないようなおしゃれなメニューを注文してしまった。スクランブルエッグってなんだっけ。あの、ぐちゃぐちゃしたやつだっけ。
「ユラ様、ユラ様! ワタクシもお手伝いしてよろしいでしょうか?」
「お、やる気だねギルモンテ。助かるよ、ありがとう。じゃあまずはパンをチンしてもらっちゃおうかな。その間、俺がイリスの分のスクランブルエッグを作るから、ギルモンテはそれが終わったら俺の目玉焼きを作ってくれる? ちゃんと教えるから安心してね」
「はい、光栄でございます! 不肖ギルモンテ、精いっぱい努めさせていただきます!」
イリスは大きな調理台の前で仲良く朝食作りに励む二人を見守りながら、タフィーと手をつないで厨房を後にする。隣接する食堂はとてつもなく開放的で、それに比例するようにテーブルも貴族の晩餐会並みに細長い。タフィーに促されるまま、いわゆる誕生日席についておとなしく待っていると、すぐにおいしそうな匂いと一緒にユラとギルモンテが姿を現した。
「お待たせしました。それじゃあ、お先に召し上がれ」
「ありがとうございます!」
ミニトマトとベビーリーフを添えた、ふわふわでとろとろのスクランブルエッグ。瑞々しいシーザーサラダと、湯気を上げるオニオンスープ。それぞれがセンスのいいシンプルなデザインの皿の上で「さあ、食べて!」と言わんばかりに踊っている。加えて、こんがりと焼けたトースターにたっぷりとバターを塗ってくれるギルモンテの表情が誇らしげだということもあって、イリスは思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「とってもとってもおいしそうです! ギルモンテさんとタフィーさんは食べられないのにごめんなさい」
「これはこれは、お心遣い痛み入ります。ですが皆様の幸せそうな笑顔でワタクシお腹いっぱい胸いっぱいでございますので、どうぞお気になさいませんよう。さささ、イリス様! ぐいっといっちゃってください!」
「お酒みたいな入れ方です!」
高価そうなガラスのピッチャーでオレンジジュースの給仕をしてくれるギルモンテに思わずツッコミを入れてしまったが、そのフランクな対応のお陰でずいぶんと気が楽になった。場所が場所だけにマナーに注意しなければいけないのではと気後れしっぱなしだったイリスも、安心してフォークに手を伸ばせる。
「あの、ユラ様? そろそろマオ様にもお声をかけたほうがよろしいでしょうか……あ、噂をすれば」
ふと気配を感じたのか、あるいは魔法で何かを視たのか、ギルモンテが食堂の入り口のほうへ視線を向けると同時に、廊下側から扉がゆっくりと開かれた。
「パパ、おはようございます!」
「おはようございます、マオ様。昨夜はよく眠れましたか?」
「おはよう。……ああ、快適すぎて寝坊したようだ。すまない」
まだ眠そうなマオは、いつもよりもアンニュイなオーラが八割増しで、大人の色気も一緒に駄々洩れている。ちょっと着崩した黒い部屋着や僅かに跳ねた寝癖も、彼の野生的な美貌を煽りこそすれ、決して損なってはいない。
(これは朝から目に毒だ!)と、光の速さで瞬きを繰り返すイリスの斜め左側の席に座ったマオに、向かいの席にいたユラが声をかけた。
「おはよう、魔王さま。スクランブルエッグと目玉焼き、どっちがいい?」
「おはよう、勇者。目玉焼きを頼めるだろうか」
「おっけー。ちょっと待っててね」
その言葉を残して、自分の分の朝食を置いたばかりのユラが厨房へと戻っていく。「ユラ様、ワタクシが!」と、すかさずギルモンテが後を追った。きっとマオの朝食作りも手伝うつもりなのだろう。学びの機会を一度たりとも見逃さない、実に勉強熱心な執事だ。
「イリスは、よく眠れたか? ひとりで大丈夫だったか?」
「はい! タフィーさんも一緒だったのでぜんぜん大丈夫でした! でも、えっと、実は――」
不思議そうに首を傾げるマオに、小声でこっそり。「ママが『きょうだけ一緒に寝て』って部屋に来てくれました」
そう、昨夜の話だ。「どうぞ皆様で三階をお使いください」というギルモンテの厚意を丁重に断って、三人は二階のゲストルームの一室をそれぞれ借りることにした。もちろん、イリスはマオとユラのどちらかと一緒に使おうという話も出たのだが、イリスのほうで「別がいいです!」と、断固拒否した。
(だって万が一でも何か間違いがあったときに、自分が同じ部屋にいたら邪魔じゃないか!)というイリスの不埒な思惑など知るよしもなく、イリスがそう言うならと二人は渋々引き下がってくれた。その代わり、タフィーは常に傍に置いていてほしいと念を押されたので、きのうの夜はウサギのぬいぐるみと眠ることにした――のだが、イリスを心配してか、あるいはホームシックからか、ユラが枕を持って部屋にやってきた。そのときの様子が今思い出しても信じられないほどかわいかったので、イリスは当然の義務としてマオに報告する。
「ああ、それなら知っている」
「えっ、そうなんですか?」
「ちょうど廊下で勇者に会った。最初はおれの部屋に来るつもりなのかと思ったが――」
「え?」
「ん?」
なにかとんでもない台詞が聞こえた気がした。お互い、きょとんとしながら顔を見合わせているところで、「お待たせ」と言いながら厨房にいた二人が戻ってくる。
「ごめん、魔王さま。ちょっと白身が焦げちゃったから、さっき作った俺の目玉焼きのほうを食べてくれる? 出来立てだから問題ないと思うんだけど」
後ろでギルモンテが「すみません申し訳ありませんっ」と、キツツキのおもちゃのように素早く頭を下げ続けているので、おそらく目玉焼きを焦がしたのは彼なのだろう。自分の席にあった皿と、持ってきた皿とを交換しようとするユラを「いい」と、マオがさえぎる。「その目玉焼きがいい」
「え? 白身の端っこがカリカリになってる目玉焼きだよ?」
「ああ。白身の端っこがカリカリになってる目玉焼きがいい」
「……あー、そうだね。そういえば魔王さまってばそうだった、うっかりしてたよ。なら、ちょうどよかったね。ーーはい、カリカリの目玉焼きをどうぞ」
「ありがとう」
イリスは首を伸ばして、マオの前に置かれた目玉焼きを覗き込む。焦げているとはいっても微々たるものだ。白身の縁が少し濃いキツネ色になって薄くめくれあがっているものの、食べるのに何の問題もなさそうだった。
けれど、はたして本当にマオは焦げた目玉焼きが好きなのだろうか。表情の乏しい玉顔から真意を読み取ることはできなかったが、それでもひとつだけ得られたものがある。
「すっごく新婚さんなやり取りをごちそうさまでした……!」
「あれ? イリス、もう食べ終わっちゃった? おかわりする?」
「まだ大丈夫です! このスクランブルエッグ、とろとろふわふわでとってもおいしいです!」
「あはは、よかった。どうもありがとう。ーーあ、魔王さま髪の毛はねてる。きょうはお客さんの前に出る仕事だから、いつもよりも念入りに整えておいてね」
「そうだったな」
「お客さん? ですか?」
サードのアンバサダーをやっている二人に関係のある『お客さん』といえば、博物館の入館者しか心当たりがない。ではその客と関わることになる仕事とは、いったいなんだろう。首を傾げるイリスに、マオの向かいの席に腰掛けたユラが「いただきます」と、手を合わせてから笑いかけた。
「うん、そう。期間限定で、とある遺跡の特別展示をすることになってね。それを見に来てくれたお客さんに、遺跡を探索した者としてちょっとした小話を披露することになってるんだ」
「なるほど!」
確かに現実世界の博物館でも、学芸員が展示について解説することがあると聞いた。それと似たようなことなのだろうか。
どんな形であれ、推しカプの仕事中の姿が見られるのはうれしい。遺跡でのアウトドアな仕事もかっこよかった。きっと博物館のインドアな仕事だってかっこいいはず。めちゃくちゃ人気があって、キャーキャー言われるに違いない。
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