【二部開始】魔王と勇者のカスガイくん~腐男子が転生して推しカプの子どもになりました~

森原ヘキイ

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第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい

1-14 裸踊りって何ですかそのいかがわしい儀式は

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「それは、もうマオさんとユラさんには会えなくなるということですか?」
「……うーん、そうだね。管轄が違うし、居住区域も少し離れちゃうから。もちろん完全にお別れなんてことはないけど、そんなに頻繁には会えなくなっちゃう、かな。だとしても、俺と魔王さまが絶対に守るか――」
「それは無理です!」

 それは無理ですそれは無理ですそれは無理です……と、亮太の大声が吹き抜けのホールにどこまでも響き渡った。予兆も何もない突然の爆発はさすがに回避不能だったのか、その場にいる全員の時間が完全に停止する。しばらくして「ハッ!」と真っ先に我に返ったのは、やはりと言うべきか、速さに定評がある雷魔法の使い手ユラだった。

「む、無理じゃないよ大丈夫だよ? 君の身の安全は絶対に――」
「違いますそうじゃないです命の危険とかそういうのはこの際どうでもいいんですっ」
「え、いいの? いや、よくなくない? とっても大事なことじゃない?」

 いいや、そんなのはぶっちゃけどうでもいいのだ。問題なのは、マオユラとほんの少しでも離れてしまうこと。ただそれだけ。
 だって当然だろう。亮太が今見ているこの夢は、推しカプを愛でるためにあるのだ。ただのそっくりさんだということが判明した今でも、その目的に変わりはない。何ならむしろもっと燃え上がっている。
 だったら離れるなんて論外だ。どんなことをしても、そのルートは阻止しなければならない。そう、どんなことをしても!

「パパ!」

 向かって左側。魔王の像を背後に従えた美丈夫の手をぎゅっと握り締めると、深い碧瑠璃の目がゆっくりと見開かれた。

「ママ!」

 向かって右側。勇者の像を隠していた美青年の手をぎゅっと握り締めると、桜色の唇が金魚のようにぱくぱく動いた。
 驚くのも当然だろう。だって亮太自身もびっくりしている。公共の場でありながら、推しカプを左右込みで公言したようなものだ。いくら夢だとしても大胆すぎるし恥ずかしすぎる。

「ぼくはパパとママと離れたくないです!」

 けれど、悪くない展開かもしれないとも思う。推しカプの子どもになるなんて、そんな二次創作でも滅多にお目にかかれないようなシチュエーションが実現できたら最高じゃないか。たとえそれが夢であったとしても。いや、夢だからこそ。
 ――願い事は口に出さなきゃ叶わないからね。
 遺跡の落とし穴で聞いたユラの言葉に、どんっと強く背中を押される。その勢いのまま、「えいやっ!」と飛び出した。

「パパとママとずっと一緒にいたいです!」

 掛け値なしのわがままを最大級のボリュームで叩き付けると、博物館全体がぐわんと揺れた。もちろん錯覚だろう。ぐるぐるしているのは自分のほうだ。こんな大声を出した経験は現実でもない。喉が気持ち悪くて、酸欠のせいで軽い目眩を覚える。
 でもまだだ、油断するな! 何でもいいからコンボをガンガン決めていけ!

「それが無理なら、ぼくはさっきの遺跡に戻ります!」
「えっ」
「奥で引きこもって二度と出てきません!」
「え!?」
「たとえ外で誰かが裸で踊り狂っていたとしても、絶対に自分から扉を開けたりしませんよ!」
「は、裸踊りって何ですかそのいかがわしい儀式は。ちょっと待って、落ち着きましょう。さすがにあなたのような小さな子どもを、そんな過酷な目にあわせるわけにはいきません」
「確か東方の国の神話に類似の場面があった覚えがあるが……いや、そうだな。遺跡での長期間の滞在は、身体的にも精神的にも負担が大きい。とても勧められない」
「そうだよ、お願いだからそんなこと言わないで。想像しただけで悲しくなってきたっ」

 実際できるかどうかもわからないうえに呂律も回っていない亮太の脅しは、どうやら効果てきめんだったらしい。慌てて膝を折ったユラが「ああもうびっくりした、ホントにびっくりした」と言いながら亮太を抱き上げる。その反動でマオとつながった手は離れてしまったが、マオ自身が亮太に二歩三歩と歩み寄ってくれた。

「ママ?」
「ん~……」

 ユラは抱き上げた亮太の肩口に、自分の額を押し付けている。表情が見えないので、何を考えているかわからない。困らせてしまっているのなら申し訳ないと思いつつも、前言を翻す気は欠片もなかった。しばらくしてから、ぐりぐり動かれる。ちょっとくすぐったい。

「ん~、ん~。……、……魔王さま」
「ああ、構わない」

 ユラのくぐもった呼びかけに、ずっと沈黙していたマオが即答する。阿吽の呼吸というのだろうか。この二人にはこういうところがあって、こういうところをずっと見ていたいと亮太は願ってしまう。

「うん、そっか、よしっ。――センリさん、お話があります」
「あー……嫌な予感しかしないんですけど、聞くだけ聞いときます。何でしょうか、ユラさん」

 亮太を抱えながら軽やかに振り返ったユラが、びしりとセンリに指を突きつけた。そうして、長い航海の末にようやく宝島を見つけた海賊の船長のように、全開の笑顔で宣言する。

「よく考えたらこの子は俺と魔王さまの子どもだったみたいなので、俺たちが引き取って育てることにしました!」
「えええっ!?」

 まさか自分の無茶苦茶な要求がこんなにあっさり通るとは思っていなかったので、言い出しっぺの亮太が一番びっくりしてしまった。夢のアドバンテージってすごい! 本当に何でも叶っちゃう!

「……あんたの言いたいことはわかりました。でも当然、上には報告しますよ。秘宝ってだけでも貴重なのに、さらに人型なんてことになれば、その稀少価値は計り知れない。『親子でした』なんて誰がどう聞いたって信じられない無茶苦茶な言い分だけで、勝手に所在をどうこうできるとは思えませんが?」
「俺たちって何だっけね、センリ」

 唐突に、ユラが尋ねる。亮太には話の流れを分断したようにしか思えない問い掛けだが、それを聞いたセンリは「そう来るんですか」と、肩を落としながら大きく息をはき出した。

「最強の、魔王と勇者ですよ。この世界のこの世代において、あんたたちより強い存在をオレたちは他に知りません」
「あっはっは。何回聞いても気持ちいいね、それ」

 先程からセンリは、マオやユラに対して世辞めいた言動は一切とっていない。それどころか気安すぎて腐れ縁の友人なのではないかと思うくらいだ。そんな相手が臆面もなく素直に言い切るほど、マオとユラの魔王と勇者としての能力は飛び抜けているのだろう。遺跡での活躍を思い出せば、この世界の常識を何も知らない亮太とて納得せざるを得ない。

「ということは、貴重で稀少な秘宝の護衛にはこれ以上ないくらいの最適な人選ということだよね? 年柄年中、四六時中、それこそ家族のようにぴったり一緒にいる以上に安全なことなんてある? ないよね?」

 自分がこうと決めた道を突き進むときのユラときたら、眩しすぎて眩しすぎて亮太にはとても直視できそうにない。太陽が大好きな向日葵だって、あるいはその太陽ですら、ユラを前にしたら裸足で逃げ出してしまいそうだ。
「魔王さまもそれでいい?」とユラが隣に立つ偉丈夫に尋ねれば、「ああ」というシンプルな一言が返ってくる。亮太が一方的に押し付けた役割ではあるが、すでに妻の尻に敷かれている夫のようだったので、思わず声を上げて笑ってしまった。
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