【二部開始】魔王と勇者のカスガイくん~腐男子が転生して推しカプの子どもになりました~

森原ヘキイ

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第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい

1-13 ちゃんと言い方考えなさいっていつも言ってるでしょ

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「はい、俺たちの職場へようこそ」
「え、わ、うわあっ」

 四人で救護室を出て真っ白な廊下をしばらく進むと、ドーム型のガラスの天井が印象的な空間に突き当たった。その下にはすり鉢状の大きなホールが広がっていて、あちこちに不思議な形のオブジェクトが展示されている。初めて来たはずなのに、どこか懐かしい。そうだ、小さいころ似たような場所で巨大なマンモスを見たことがあった。と、いうことは。

「博物館、ですか?」
「ピンポンピンポン。ここはイルメリウム旧時代遺構博物館サードノンブル。長いから、みんな『サード』って呼んでるけどね。イルメリウムという国にある三番目の博物館で、旧時代遺構博物館というのは旧時代の遺物を集めて一般の人たちに公開している博物館のことだよ。きょうはちょうど休館日だからお客さんはいないけど、いつもはそこそこ賑わってるかな」

 ユラに抱っこされたまま、短い段差を降りて円形のホールに出る。亮太の記憶の中にある博物館は、落ち着いた照明に彩られた整然とした空間だったが、ここはまるで遊園地のアトラクションといった風情だ。近未来的なクリアな質感と奇抜なデザインに囲まれていると、知的好奇心よりも先に走り出したくなるような衝動が湧き上がってくる。そんな気持ちをバネに変え、さらにそのバネの反動を利用して、亮太は「はいっ」と元気に片手を上げた。

「旧時代って何ですか、先生?」
「いい質問ですね、生徒さん。旧時代というのは、魔王と勇者が本気で戦っていた時代のことです。だいたい二千年以上も前から始まって、魔王が勇者に討たれては、また新しい魔王が生まれ、さらにそれを新しい勇者が倒して……という歴史が延々と繰り返されてきたんだけど、なぜか千年前に突然その連鎖が止まったんだ」
「止まった?」
「そう、止まったんだよ。いわゆる『最後の魔王と勇者』が刺し違えて以降、彼らのような特別な運命と力を持った存在が生まれてこなくなったんだよね。そのおかげと言うべきかはわからないけど、お互いのトップを同時に失ったことでようやく冷静になれた人間と魔物は、ついに共存という選択肢に目を向けることができるようになったんだ」

 歩きながら説明を続けていたユラは、やがてホールの中央に鎮座している大きな像まで辿り着いた。その場で亮太を降ろすと「こっちの角とか翼があるゴツいのが魔王で、こっちのシンプルなのが勇者ね」と指を差して教えてくれる。魔王と勇者の像。二人の青年が固い握手を交わしている姿は、まさに平和の象徴そのもののように見えた。

「魔物と人間による争いがない今の時代を、旧時代に対抗して新時代と呼ぶんだけどね。それがいったいどうやってもたらされたものなのかを忘れちゃうと、また大変なことになるかもしれない。いつか旧時代と同じことが繰り返されるかもしれない」

 ユラが勇者の像の正面に立つ。すると、まるで示し合わせたかのようにマオが魔王の像へ重なった。

「だからこうやって旧時代の痕跡を残す博物館を作って、みんなに魔王と勇者の時代を忘れないようにしてもらおうってことになったんだ。そのために俺は勇者を、魔王さまは魔王を名乗ってパフォーマンスをしてるってわけ。二人一組で遺跡を探索したり、あちこちのイベントに参加したり――まあ、博物館の周知が主な仕事だね。いわゆるアンバサダーってやつ」
「アンバサダー!」

 現実世界でも聞いたことがある。確かブランドや企業の顔として大々的に宣伝をする、芸能人やインフルエンサーのことだ。まさかこの流れで、陰属性の自分の夢の中で、そんなキラキラした単語を耳にすることになるとは思わなかった。

「ちなみに魔王と勇者のコンビは、アンバサダー・バーサス。通称『アンバーサス』と呼ばれている」というマオの説明に「か、かっこいいです!」と、即座に食いつく。コンビとしての固有名詞を公式から与えられるのは非常にありがたい。オタク同士の会話も捗るというものだ。

「アンバーサスというのは、つまりニコイチってやつですか? どこへ行くにも二人一緒ってことですか? 唯一無二の相棒ということですか? 切っても切れない関係というやつですか!?」
「えっと、うん、そうかな? 少なくとも俺は魔王さま以外の魔王とは組めないけど」と、亮太の剣幕に押されたユラが助けを求めるようにマオへ視線を送る。それを受け止めたマオが、こくりと力強く頷いた。「おれは勇者が勇者でなければ、魔王にはなっていなかった」

 ほわああああ! と、亮太は心中で勝利の雄たけびを上げる。もう付き合ってない!? ねえこれ付き合ってない!? これで付き合ってないなんて嘘じゃない!?

「はいはい、そういうのは後にしてもらっていいですかね。そろそろ本題に入りたいんですが」

 黙って成り行きを見守っていたセンリが、少し離れた後方から声をかけてくる。彼の近くにある不思議な球体のような展示物が、同意するようにピコンピコンと点滅した。

「あなたは――ああ、どうやら名前がないようなんで、この呼び方で失礼させてもらいます。あなたが遺跡の秘宝であることは、状況から考えてほぼ間違いない……と思うんですが、現時点では正直まだ確証が持てません」
「そうそう。俺と遊んでくれた守護者の彼に改めて確認したかったんだけど、気絶した君を早く安全な場所で休ませてくれって追い出されちゃったんだよね。まあ守護者の彼や守護獣の子たち――ひいては、あの遺跡にとって君がとても大切な存在であることは、まず間違いないと思うんだけどさ」

 その場にしゃがみこんで亮太の肩に優しく手を添えたユラが、センリの言葉を補足する。気遣うような声で、安心させるように笑いながら。まるで今から子どもを医者に連れて行こうとする母親のように。

「そういうことなので、ここからはあなたが秘宝であるという前提でお話しますが――その場合、あなたはオレたちの保護対象ということになります。端的に言えばこれと同じ、この博物館で収集して保存して管理されるべき存在ってことです」

 これはレプリカですけど、と言いながらセンリが傍に浮かぶ球体をノックする。水晶玉のようなそれは、確かに『秘宝』と称されるに相応しい不思議な輝きを帯びているが、それと亮太が同じだと言われても正直あまりピンとこない。

「秘宝……」

 遺跡の中で何度も耳にした響きだ。推しカプのそっくりさんたちに気を取られすぎていてすっかり忘れていたが、今はそれが自分に深く関わる大きな問題となって目の前に立ちはだかっているらしい。「秘宝って何ですか?」と亮太が首を捻ると、即座にウィキペディアならぬマオペディアが反応してくれた。

「遺跡の奥で守護獣と守護者によって守られている、魔法とはまた別次元の特異な力を有した宝物のことだ。形状や能力は秘宝によって様々だが、そのほとんどがオーバーテクノロジーとしてのスペックを秘めているため、現在ではほとんどが連盟によって世界規模で管理されている」
「人型の秘宝が発見された前例もあるにはありますが、あなたのように普通の人間と変わらないように見える秘宝は前代未聞です。遺物専門の調査研究機関であるラボの変態さんたちにとっては、喉から手が出るほど欲しい実験対象でしょうね」
「変態さんの実験!」
「こら、センリ。ちゃんと言い方考えなさいっていつも言ってるでしょ、ホントのことでも」

 思わず肩を震わせた亮太の頭をひと撫でしてから立ち上がったユラが、センリに対して「めっ!」と冗談めかしながら釘を差す。そんな推しの珍しい一面を見た高揚のほうが何倍も勝り、変態さんへの恐怖はあっという間に吹き飛んでしまった。てっきりユラが年下だと思い込んでいたが、意外にセンリのほうが年下だったりするのだろうか。ああ、この二人の関係値も気になってしまう。そわそわ。
 
「はいはい、すみませんね。昔から言い繕うのは苦手なんですよ。――まあ、変態さんではありますが悪人ではありませんので、そこは安心してください。衣食住の完備と身の安全は、この場でお約束できます。必ずです。そのうえで、お願いします。ラボであなたを保護させていただけませんか?」

 まっすぐで力強い言葉だ。うっかり頷いてしまいそうになるくらい誠実さに満ちている。おそらく亮太の同意など得ずとも、無理矢理どこかに連れて行くことだってできるはずなのに、その選択肢は存在すらしないらしい。
 とても優しくて真面目な人なんだろう。そのセンリが言うなら、信じてついていくのも悪くないと思う。けれど。
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