【二部開始】魔王と勇者のカスガイくん~腐男子が転生して推しカプの子どもになりました~

森原ヘキイ

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第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい

1-10 はい、小指ちょうだい

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「あ」

 亮太が興奮している間に、ゴーレムが次の行動に移った。ジュリオに向けて、今度は右腕が照準を合わせる。またあのレーザービーム的な何かを撃つつもりなのだろうか。前回の攻撃では角度の問題で見えなかった手のひらが、今回は亮太の位置からも確認できる。ゆっくりと収束していく七色の光の奥で、それとは別の赤い光が鋭く輝いているように思えたが、当然そんなことを気にしている状況ではない。

「……」

 ない。ないのだが、亮太は自分でも不思議なほど落ち着いていた。今まさに、銃口がジュリオ越しにこちらに向けられているにも関わらず。
 その理由は主に三つ。ひとつは、これが夢であるということ。夢である以上、どんな必殺技を受けたところで現実の肉体には影響がないのだから、何も怖がることはない。
 そして、それ以上の理由が二つ。
 ひとつ、ロミットがいること。
 ひとつ、ジュリオがいること。
 ロミットのスノードームが絶対に守ってくれるだろうという確信。
 そして、ジュリオならきっと何とかしてくれるだろうという信頼。
 その二つが側にあるかぎり、亮太はこんな危機的な状況でも目を背けずにいられる。
(ええい、矢でも鉄砲でもビームでも何でも来いっ!)というような強めのオーラを全身から放出してゴーレムを睨みつければ、心なしか相手がびくっと怯んだような気がした。

「あは」

 吐息にも似た笑い声を残して、ジュリオの姿が陽炎のように薄くなる。完全に消えたと思ったときには、もうすでにその姿はゴーレムの懐へと飛び込んでいて、さらに片手を思いっきり上げながら「よいしょ」と体を伸ばしていて――そして。

「はい、おっしまい」

 ぽん、と。エネルギー充填中のゴーレムの手のひらへと、自分の手を無造作に重ねてしまった。

「え? え?」

 それは着火寸前の爆弾に、ノーガードで触れるような恐ろしすぎる行為だ。さすがに驚いてロミットを見上げるが、相変わらず「問題ない」という答えしか返ってこない。寝惚けてるのではないかと不安になり、大佐の顔の前でひらひらと手を振ってみると、「?」と、不思議そうに目をぱちぱちした。かわいい。

「なるほど、君の心核は右手の中にあったんだね。このまま続けるなら破壊しちゃうけど、どうする?」
「ソノ前ニ汝ノ身体ガ消シ飛ブコトニナル」
「この射線じゃ撃てないでしょ。魔王さまの障壁が絶対にあの子を守ってくれるとわかってたとしても、君は撃てない。万が一にも、あの子を危険にはさらせない。守護者は秘宝を守るためにいるんだからさ」

 ちらりと、ジュリオが肩越しにこちらを振り返る。あの子。秘宝。状況から考えて、どちらも亮太のことを指しているのだろう。ゴーレムは亮太を傷つけられないので、ビームを撃てない。ついでに心核という大事な部分をジュリオに握られていて動けない。つまり、八方塞がり。

「……」

 ゴーレムの長い沈黙が続く。やがて手のひらの光が完全に消えたかと思うと、その右腕がゆっくりと垂れ下がった。「よっし!」と拳を握る亮太の脳内で、とある国民的ゲームの戦闘終了ジングルが鳴り響く。

「はい、お疲れ様。お互い消化不良だと思うけど、とりあえず今回は俺の勝ちってことでよろしくね。――それで、どうだった? 覚悟云々を知りたかったのは、俺と魔王さまだけじゃないよね。むしろ本命は、あの子のほうだ。君から見て、どう感じた?」

 ジュリオの言葉を受けて、ゴーレムがじっと亮太を見つめる。まるで値踏みでもされているようだ。よくわからないが、心象を悪くすることだけは避けたい。とっさに「オッケーです!」とばかりに大佐の腕の中から両手で大きく丸をつくると、不思議そうに首を傾げられてしまった。ややあって、こくんと頷いてくれる。よかった、何とか異種族コミュニケーションが成立してくれた。

「問題ナイト判断スル。三人ガ共ニ在ルノナラ」
「うん、そっか。守護者である君の許可が欲しかっただけなんだけど、ついでに背中まで押してもらっちゃったね。ありがとう、努力するよ。置いていかないって、あの子とも約束したし」
「約束」
「君ともしよっか? はい、小指ちょうだい」

 ジュリオのかわいいおねだりに逆らえる生物など、この世に存在するだろうか。いや、いない。いていいはずがない。そんな厄介オタクの念が通じたのか、ゴーレムは下ろしたばかりの右腕を持ち上げると、それをまじまじと見つめながら――なんと先ほどジュリオに落とされて失くしたはずの左腕を肩口からにょっきりと生やしてみせた。

「なんか治っちゃってます!」
「守護者は自己再生能力にも優れている。心核さえ無事なら欠損部を補うことなど造作もない」
「それはよかったです……!」

 そう。本当によかった。お互いが和解モードになっている今、心からそう思う。ひょっとしたらジュリオはすぐに治ることまで想定して腕を破壊したのかもしれなかった。大佐同様まったく驚いた様子もなく、再生した左腕の小指に相当する部分をゴーレムに差し出されて、うれしそうに手を伸ばしている。そのまま、にぎにぎ。二人のサイズが違いすぎるので、指切りというよりは牛の乳揉みのようになってしまったのはご愛敬だ。
 
「また近いうちにめちゃくちゃ楽しく戦えますよーに。約束破ったら腕を落ーとすっ。はい、指切った」
「モウ落トサレタ。コチラニ益モナイ。極メテ不当ダ。異議ヲ申シ立テル」
「魔王さまみたいに固いこと言うね、君。だからそんなにカチカチなの?」

 不思議だった。言葉が通じ合っているどころか、二人の心までが急速に通じ合っている気がする。友情は本当に殴り合いで生まれるものらしい。

「おれはカチカチだろうか」と、大真面目な声でロミットが呟くので、思わず「はい胸板はカチカチでした肩回りも腕回りもしっかりとした無駄のない筋肉に覆われていて攻め――おっと男性としてこれ以上なく魅力的だと思います最高ですありがとうございます」と、ワンブレスで答えてしまった。そんな亮太に気圧されながらも「こちらこそ」とアンサーを返してくれる大佐の実直さが何とも微笑ましい。どうしよう、さっきからロミットがかわいくて仕方がないんだが? そんなこと『極マリ』では一度も思ったことなかったんだが?

「あ、それとも君も一緒に来る?」
「守護者ハ遺跡ヲ出ルコトハナイ」
「そうだったね。じゃあ、まあ、安心してここで待っててよ。――あの子は、俺たちが必ず守るから」

 誓いを立てるようにゴーレムの薬指を強く握ってから、ジュリオがくるりと振り返る。終わった。ゴーレムとの戦闘も交渉も、無事に解決した。そう認識した瞬間、亮太はいてもたってもいられずに大佐の腕から飛び降りていた。
 端から溶けるように消えていくスノードームをくぐり抜け、ぱたぱたと足音を響かせながら突進してきた小さな猪を、ジュリオは膝をついて「おっと」と言いながら抱き留めてくれる。
 怪我がなくてよかったとか無事でよかったとか伝えたい言葉はたくさんあるが、我先にといっせいに口元に殺到したせいで大渋滞を起こしてしまった。結果、ただジュリオの胸元でスーハーしている危ない子どもになる。うおお、すっごくいい匂い! くんかくんか!
 優しいジュリオはそんな不審者にも「怖かったね、ごめんね」と声をかけてくれた。慌てて大きく首を振ってから、亮太は弾かれたように顔を上げる。

「す、すっごかったです! 強かったです、きれいです、かっこよかったです!」

 素材をそのまま突っ込んだ鍋みたいな感想で、我ながら恥ずかしい。けれど、それ以外に言葉が見つからないのだから仕方がない。だって本当にすごかった。身体能力もだが、結果としてゴーレムを倒すことなく指切りまでする仲良しになってしまったところが特に。そんな道を選ぶことのできる強さと優しさが、どうしようもなく好きだと思った。そうだ、好きで好きで、好きだから、つまり――!

「大っ好きです!」

 たとえ彼が『極マリ』のジュリオじゃなかったとしても、大好きになってしまった。推しが、新たな推しになってしまった。
 欧米人さながらの大仰なジェスチャーをしながらまくしたてる亮太を、ぽかんと口を開けながら見つめるジュリオ。長すぎる睫毛が風を起こしそうなほど忙しく瞬きをしていたが、やがて完璧に整った白い顔をかあっと真っ赤に染め上げた。

「あ、え、その……、あっ、アリガトウ……ゴザイマス……」

 声を上擦らせながら、照れたように、はにかむように呟くジュリオ。
 そっと目線を伏せ、あらぬ方向を向き、片手の甲で頬を抑えるジュリオ。
 そんな、未だかつて見たことのなかった推しの姿を、至近距離で直視してしまった亮太は。
 アニメでは自信たっぷりな表情しか見せなかった推しの、二次創作でも見られないような可憐な表情を目にしてしまった亮太は。

「ぶはっ!」

 完全にキャパオーバーとなり、鼻血を噴いて倒れてしまった。
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